Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
「おい、何だよあいつら?」
「EFTの連中か? なんか笑ってるけど」
「この状況でよく出られるな」
SAOプレイヤーが何やらヒソヒソ話していて、キリトは驚愕の表情を浮かべていた。
俺に任せろ、とサムズアップしたけど、伝わったかな? 隣のフードを被ったプレイヤーも訝し気にしているし、伝わってなさそうだ。
「誰だよ、このタイミングで出てった奴?」
「どこのアホだ……げ! あのBEARコンビ、死神と命知らずじゃねーか! ホント何考えてんだあいつら!?」
「やべーよ、アインクラッド初のPK出るんじゃねえか?」
「マリモよりあいつらが先に出るって、予想外だった……」
PMC連中がザワザワしているが気にしない。あと、圏内じゃダメージ入らんからPKにはならないぞ。
「何やジブンら! 悪いっちゅう意識あるんやな!?」
「いやはや、どうもアイテムとコルにお困りの様子でしたのでねぇ」
リョーハよ、それは「お前貧乏だな」って煽ってるのか? まあ、それでいいんだが。むしろもっと煽れ。
俺たちは不敵に笑みを浮かべながら中央に歩み寄っていく。キバオウは若干気圧されて、ディアベルは俺たちの真意を読み取れずに困惑していた。完全武装の2人組が出てくりゃそうだろうよ。
「と言うわけでたっぷりと吐き出させていただきます。タチャンカ! たっぷりくれてやれ! 当てるなよ!」
押さえつけていたブラックバーンが「マジか!?」という顔をするが、俺は手を払って合図してやる。
レッカーも覚悟を決めたのか、目を背けながら手を離し、ブラックバーン共々その場に伏せた。周りのPMCもその場に伏せ、祈りまで捧げる始末だ。
「AAAAaaaaaaaaa! Сука! Бля! aaaaaaaaaaa!」
顔をすっぽり覆うスチール製ヘルメットから不気味な叫び声が響く。コハルがドン引きしているのがここからでもよく見えるぞ。引き攣った顔も可愛いな。
しかしゆっくり眺めている余裕はない。我らPMCのトラウマがこのアインクラッドの地にも現れてしまったのだから。
「ディアベル伏せろ!」
俺はディアベルに飛びかかり、無理矢理その場に伏せさせる。リョーハもとっくに伏せていて、棒立ちなのはキバオウだけだ。
「なんやなんや!?」
答えはすぐに出た。タチャンカは軽機関銃RPK-16に95連ドラムマガジンを装填すると、叫びながら乱射し始めたのだ。
確かにここは圏内で、ダメージは無効化される。だが、怒れるマリモが不気味な叫び声をあげて銃乱射など恐怖でしかなかろう。実際怖い。当てるなとは言ったけど。
弾丸が巻き起こす衝撃波、見えない殺意の塊突き抜けていくのを肌で感じる。分間650発の連射速度で95発を撃ち切るのはいつになるのか。早く終わってお願い。
お祈りを始めて数秒程度経っただろうか。何時間にも感じる豪雨が止み、静寂が訪れた。周りのSAOプレイヤーは唖然として、キバオウは腰を抜かしている。これでいい。この空気をぶち壊すには、これしかない。
「ペレザリャドゥカ!」
「ブラックバーン! タチャンカを止めろリロードさせるな!」
PMCたちがラグビー選手の如くタチャンカへタックルを繰り出し、その動きを封じる。これで十分なのだ。これ以上やられたら流石にたまらない。
「おい、このマリモを止めろ!」
「タルコフの恥め! やっぱりそのメット剥ぎ取ってやる!」
よし、タチャンカは片付いた。なんかスズメバチを蒸し殺すニホンミツバチの群れって、あんな感じだったなぁ。
「発射レートは分間650発。それで、こいつが撃ち出されるわけだ」
取り出したPRS弾を一発指で弾くと、キバオウは見事にキャッチしてまじまじと見つめる。銃弾を見るのは初めてらしいな。
「それ一発のダメージ量は60しかない。貫通力も低いから、ちょっとしたアーマー持ちの相手にはあっさり防がれて役に立たない。それに、後ろ見てみな」
キバオウが振り向くと、壁には破壊不能を示す警告が無数に表示されている。タチャンカの弾丸が当たった場所で、水風船をぶつけたかの如く散らばっていた。
「25メートルもない距離から95発撃ってこの散らばりようだ。あんたの胸に撃ったとしても、最初の2、3発以外は全部ハズレ。貫通力も低いからその革鎧に防がれるだろうし、100ダメージも入るか怪しいな」
「100……? そんなわけあるか! ボアも倒せへんやろ!」
「そうだよ。レベルが上がろうと攻撃力は弾薬依存、体力だって440固定さね。SAOでのカスダメは俺たちにとっては致命傷。その癖ボアもワンパン出来ねえ」
実際、ラストアタックはコハルに譲ってるから俺のレベルは高くない。SCAVキルと探索経験値だけで稼いでいるから、まだレベル5だ。
キバオウはあり得ないとでも言いたそうに俺やPMCを見回す。他のSAOプレイヤーも唖然とした表情だ。キリトくらいか、驚いていないのは。
「俺たちはボスの一撃にも耐えられないだろう。剣先カスって致命傷、直撃は即死だろう。アーマーがどれほど防いでくれるかも未知数。それでも役に立ちたいと集まってんだ。ここの飛び切りの命知らずを筆頭にな」
リョーハは俺と肩を組んで言う。キバオウへではなく、他のプレイヤーたちへ語りかけるように。全く、劇場で役者気分だ。乗ってやろう。
「俺はベータテスターに助けられて、その知識のおかげで生き残れた。そして彼は後続のため、タルコフのマップに置き換えられたダンジョンに挑み、情報を持ち帰って広めてくれた。最初にビギナーを見捨てたようで、実はもっと多くの人を救ってるんじゃないか?」
俺も俺で、よくもスラスラと出任せが出るもんだ。オペラ歌手にでもなった気分だ。まあ、悪くない。周りのプレイヤーたちも耳を傾けてくれているしな。
「ベータテスターを拒んでどうする? 情報を持ってるなら利用すべきだろう。俺たちでノウハウを確立するまでは、その補助輪に頼るべきじゃないか? 自転車でいきなり補助輪なしに走らないように。転んで痛い目見たくないだろ?」
そうだそうだと声が上がる。PMCたちは骨身に染みている。
動く人影を、スナイパーの存在や敵の武器、位置情報の全てが鍵であり、見逃したが故にパーティ全滅の憂き目に遭うことさえも体験しているはずだ。
でもRPGプレイヤーには馴染みが薄いかもしれない。だから例えを混ぜ込んだり、語りかけるようにして促すのだ。考えることを。
「俺の言いたいことは以上だ。ディアベルさんの指揮の下、俺たちで勝つぞ」
ベータテスターへの不信感や敵愾心を拭れたかというと微妙だが、軽減はできただろうか。
少なくともボールは俺が奪って、ディアベルに渡した。後は彼の采配次第だな。
俺と入れ替わりに、色黒の強面男が「情報ならあった」とベータテスター(恐らくアルゴ)が作った攻略本の存在を話すのだが、俺にはどうでもいいことだった。
※
攻略会議はディアベル主導で円滑に進み始めた。
パーティ編成は少し手間取ったが、俺たち4人にキリトと、その連れであるアスナというフードの少女を加えた6人でフルパーティを編成した。タルコフより1人多いな。
そして会議が終わった今、俺はキリトと噴水に腰掛け、明日のボス戦に向けて話をしている。勿論、コハル同伴だ。キリトもアスナ同伴だし、文句あるまい。
ちなみにリョーハはシノンに連れられてどこかへ消えた。何かの勝負に負けたらしく、飯を奢る約束をしていたらしい。
「運用方法が確立してないし、とりあえず予備隊兼後方支援ってところか」
PMCは俺たちを入れて8名。それを2パーティに分け、俺とブラックバーンがそれぞれ率いる。
SAOプレイヤーを擁するのは俺のところだけで、ブラックバーンのグループ2は5名全員がPMCで構成されている。
与えられた役目は医薬品を用意して、負傷者発生時の後送及び救護。後はキリトと連携して取り巻きの始末だ。
「重要なのは理解できるけどな。PMCをダメージソースにするには心許ないし」
キリトはそう言いながら小瓶を差し出してくる。どこかのクエストで手に入ったバターが詰められていて、パサパサのアーミークラッカーに塗ればいい味になる。
それにしても、アスナは随分無口な上に目が死んでいる。ただ、バターを塗った黒パンを齧るときだけは目が輝いているな。
「てっきり、やり過ぎたレイジを左遷したのかと思ったよ」
「見かけによらず毒舌だな!?」
コハルの何気ない一言が突き刺さる。あの大立ち回りの後、席に戻ったらコハルに小声で説教されてしまったのだ。銃乱射はやり過ぎだろう、と。
「私も肝が冷えたわ。やり過ぎよ」
「アスナまで……ああするしかなかったんだ。キバオウが作っちまったあの空気をぶち壊して作り直すには、みんなの思考を止めて、忘れさせるほどのインパクトが必要だったのさ」
「それが怨念マリモね……早速こっちにも広まってたわよ。タルコフの悪夢、怨念マリモってね」
許せタチャンカ。いや、赦しは乞わなくていいか。奴のストレス発散も入ってたわけだしな。
それにしても、あちこちでSAOプレイヤーとPMCが立ち話をする姿が見える。銃を持たせてもらって喜んでるSAOプレイヤーや、剣を持って喜ぶPMCもいるし、さっきのが効いたというより物好きなだけか?
まあ、いつの時代も男の子は剣とか銃とか好きだもんな。修学旅行で木刀買ったのは覚えてるぞ。
「そんなことより、明日のことを考えよう。キリト、場合によってはコハルをそっちに預けて動こう」
「了解。プランはあるのか?」
「取り巻きは俺らが制圧射撃で怯ませるから、弾切れと同時に突っ込んで仕留めてくれ。コハルが得意としてるから、コツを聞いてくれると助かる」
「わ、私が教えるの!?」
コハルは自分が教える側に回ると思っていなかったようだが、PMCとの連携を一番やっているのはコハルだ。そこは俺が保証しよう。
「そうだ。自信持て。俺と散々やっただろ?」
「……うん、頑張るね!」
決意を秘めた笑顔に心が癒される。コハルマジ天使。精神安定剤になりそうだな。撫でたくなる。
「で、キリト。今回のボスなんだが、負傷者大量発生する可能性あるか?」
ボスのイルファング・ザ・コボルトロードは体力が減ると曲刀に持ち替えるとかなんとか言っていたが、そんな違いはわからない。当たったら死ぬとしか知らないのだ。
「いや、考え得る限りではないな。範囲攻撃や状態異常はなかったし、ディアベルの作戦ならば問題ないと思う」
「怖いのは仕様変更か」
ただでさえ、SAOとEFTを混ぜこぜという仕様変更がされているのだ。更なる仕様変更があってもおかしくない。取り巻きが銃を持っていたり、とかな。
「ああ。考えられる限りは考えたけど」
「やってみないとわからないか」
俺は天を仰ぎ、溜息を吐く。キリトでわからないのに、俺にわかるわけがない。ぶっつけ本番しかなさそうだ。
「最悪の場合はキリトが指示を出してくれ。勝手知ったる、だろ?」
「わかった。最善を尽くすよ」
「死ぬなよ、友よ」
俺はキリトと拳を打ち合わせる。大丈夫、俺たちは勝つさ。出来れば何事もなく。
・RPK-16
5.45×39mm弾を使用する軽機関銃。マガジンはAK-74と共用。
初期状態でもレイル標準装備のため、グリップや照準器をすぐに取り付けられる。AK-74より反動もわずかに小さいので、重量を無視すれば強武器といえる。
BEARの初期配布装備の一つであり、パッチ0.12.11でドラママガジンの配布は無くなったが、タチャンカはリアルラックと粘り強さによって95連ドラママガジンを入手した。
・マスカヘルメット
鉄仮面にスリットを入れたような外見が特徴のヘルメット。1990年代から2000年にかけて「SOBR」「OMON」が使用していた。現在では骨董品の模様。
R6Sのタチャンカや、EFTのボス"Killa"が装備している。
バイザー装着時は非常に視界が狭まるものの、フェイスシールドのアーマークラスはEFT最高の6(本体は4)を誇り、並大抵の弾薬でフェイスシールドを貫通するのはほぼ不可能である。