Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
どうしてだか、俺は夜の円形広場にディアベルと座っている。どうにも俺と話したかったらしくて、キリトたちとの訓練を終えた帰りに声をかけられたのだ。
何でも、大事なことを話しておきたいと。
「悪いね、疲れているところを」
「いえいえ、騎士様のお呼びですからね」
飲みます? とウォッカを差し出してみる。俺は酒は飲まん。コーラなら飲むけどな。
ディアベルはウォッカを受け取ると、蓋を開けて豪快にラッパ飲みしてみせた。中々いい飲みっぷりじゃないか。
「ふう、アインクラッドにウォッカがあるなんてね」
「タルコフのアイテムですけどね。ウィスキーもありますよ」
「今度探してみるよ。カクテル作れるか試してみたいからね」
「
そんな冗談で笑い、気を解す。彼もリーダーとして背負っているものがあるのだろう。少しくらい飲んで、気を休めて欲しいものだ。
「実は、オレは元ベータテスターなんだ」
ディアベルの独白に耳を貸しつつ、コーラの缶を傾ける。今は、静かに聴くべきだろう。
「今とは名前も見た目も、プレイスタイルさえもが違う。だけど……第2層より先の景色を見てきた。それがオレなんだよ」
ツマミになるかは分からないが、キビナゴの缶詰を開けて差し出すと、ディアベルは切り身をひとつまみ口に放り込み、またウォッカを呷る。
ただの酔っ払いの世間話。明日にはきっと、スッキリ全てを忘れているはずだ。
「攻略会議でキバオウが話したことは正しいよ。デスゲームが始まった時、オレは……本当ならみんなを助けるべきだった」
「でも、1人の手が届く範囲は狭い。そうでしょう?」
俺だってコハルくらいしか守れない。むしろ、俺が守られたいくらいなのだ。キリトやクラインでさえ、自分や旧友を守るのに精一杯なのに。それなのにどうして彼を責められようか。
「……その通りだ。オレは失った命に責任を持てない。だから、仲間にも勘がいいと嘘をついて、誘導するしか出来なかったんだ」
それは懺悔のような独白。ベータテスターに助けられたと、拒むべきではないと言い放った俺だからこそ話せる真実だというわけか。
「それで十分でしょう。自分も守れないままに誰かを救うなんて、無理な話です。でも、今はもっと多くのプレイヤーを救おうとしている。違います?」
心肺蘇生だって、救助する人に危機が差し迫った場合は中止することが許されている。自分を守れて初めて、誰かにその手を伸ばせるのだ。
弱いままなのに、誰かのためにその命を危険に晒せなど、誰に言う権利があるだろうか。
それに、助け方は一つじゃない。戦う理由が一つでないように。
「君と話していると、教会で懺悔してる気分になるよ」
「なら、PMCからクレリックにジョブチェンジしてきましょうか?」
「ははは、悪くない」
ディアベルはウォッカを飲み干すと、スッと立ち上がる。その顔にさっきのような迷いはなく、清々したような顔をしていた。
「ここを攻略したら、今度はタルコフに来てくださいよ。俺たちが見てきた地獄を、たっぷり味わわせてやります」
「あのマリモに追いかけられるのは、ごめん被りたいなぁ」
そりゃ同感だ、とこの日1番の笑い声を上げた。
※
キリトの教えに従い、農家の2階を借りたのはいい選択だった。ベッドはハイドアウトと違ってフカフカで、部屋もデカくて眺めはいい。何より、風呂付きなのだ。
「で、どうしてこうなった?」
2部屋しかないから、当然コハルとアスナが相部屋になると思っていたのだが、コハルは俺の部屋の方に転がり込んできた。
消去法でキリトはアスナと同部屋という気まずい状況も巻き起こる。
リョーハに助けてとメッセージを送ったが『俺野宿、リア充爆発しろ』と返ってきた。どこも満室で、シノンしか宿に泊まれなかったそうな。
「サッパリしたよ、やっぱりお風呂はいいね」
「そ、そうか」
ベッドに飛び込むコハルをよそに、俺はいつものように壁にもたれて座り、銃を肩に立てかける。
流石に同衾するわけにはいくまい。というかコハルは何を考えているんだ?
「さっきね、アスナと話してきたんだ」
そう言いながらコハルはベッドを下り、俺の隣に座る。柔らかいベッドに寝てればいいのに、どうしてわざわざこっちにきた。
「ガールズトークってやつか?」
「そんなもんじゃないよ。このヴァーチャルの、偽物の世界をどう思うかって言われたの」
「偽物、ね」
自分の手を見てみる。本物とそんなに変わらない手で、細かいところは確かに違うのかもしれないが、こうして自分の体の一部として動かせる。
この世界が何かの演算システムに動かされているとして、ならば現実の世界は何に動かされているというのか? 哲学的すぎて、分からなくなりそうだ。
「レイジはどう思う?」
「さあな。誰がそんなこと決めるんだ? 俺はここにいて生きているんだ。本物も偽物も関係ないさ」
「そうやって割り切れるの、見習いたいよ」
「現実逃避してるだけかもよ?」
コハルは笑う。そんなにおかしいことを言った覚えはないが、まあいいか。
なんて考えていたら、コハルがその頭を肩に乗せてきた。重みが、その温かみが伝わってくる。確かにそこにいて、感じられる。それがどうして偽物と断じられようか。
「私ね、自分が攻略組にいるなんて考えてもいなかったよ。きっと、1日中何処かに引きこもって泣いていて、帰りたいって嘆いていたと思う」
そういう人間も少なからず存在するし、それを臆病だと詰る気もない。俺はただ、最期の瞬間まで自分でありたかったから戦った。それだけの話だ。
どう答えようか迷う俺の手がコハルの手に包まれる。華奢で小さな手なのに、剣を握って今日この日まで生き残ってきた強い手だ。
その手が、指が俺の指を絡めとる。その意味がわかっているのか? その顔を見て真意を確かめようにも、肩に頭を乗せられたせいで上手く見れずにいた。
「だから、レイジには感謝してるんだ。私を連れ出してくれて、勇気をくれたから。突っ込む時だって、レイジが守ってくれているって思うと怖くないんだよ」
「そりゃ買い被り過ぎだ。俺じゃなくても、キリトやクラインがいた。俺がいなくても、コハルはここにいたと思う」
俺はただトリガーを引いただけ。その役目は誰だっていい。現実と同じで、俺の代わりはいなくても上位互換はいくらでもいる。
いつだってそうだったから。戦わなければ、戦っても何も得られないから。
「……それじゃ、だめだよ」
コハルの手に力がこもる。少し痛いくらいに。悪い方向にいく思考を無理矢理中断させるような、心地よい痛みがする。
「レイジだったから、今の私がいるんだよ。ちょっとおバカで命知らずで、私を泣かせてさ」
「最初2つは兎も角、最後はぐうの音も出ねえわ」
シュトゥルマンに殺されかけた時、コハルはどれだけ俺のために泣いたのだろう。
現実世界で俺のために泣く奴なんてそうそういない。両親でさえも。そんな人が
「でも、強くて優しくて……いつだって、私に夢を見せてくれる。そんな最高のパートナーだから」
「夢?」
いつそんな夢を見せただろうか。俺はその日を戦い、生き残っているだけなのに。耳に心地いい言葉の一つ、聞かせた覚えがない。
「うん、夢。レイジと一緒なら100層も突破できるって、そんな夢を見てる。私はその後ろじゃなくて、隣で肩を並べて戦うの」
「コハルが隣に、か。いい夢だ。俺も同じ夢を見れたらいいんだけどな」
でも、きっとそうはいかない。俺たちPMCのステータスには限界があって、どこかで前線を退く日が来るだろう。
最後の瞬間に俺は立ち会えない。そこに立っているのはキリトやコハルたち。悲しいけれども、同じ夢を見るには壁が高すぎる。
「見れるよ。レイジが見せてくれているんだから。私も、置いていかれないように頑張るよ」
「……ホント、こんな俺のどこがいいんだか」
どうしてこうも、俺を信頼してくれるのだろうか。どうして、こんなに嬉しいのだろう。
「明日、一緒に生き残ろうね。ボスも倒してさ」
「ああ、暴れ倒してやろう」
コハルは漸くベッドへ戻っていく。俺も寝ようかと思ったが、コハルに腕を掴まれた。
「寝るまで、手を握ってて」
「甘えん坊か?」
「やっぱり怖いからね。だから、お願い」
ベッドの縁に腰をかけ、そっと手を握る。ついでに頭を撫でてやると、嬉しそうに微笑んだ。この可愛らしい笑顔を、もうしばらく見守っていたい。そう思えた。
睡魔がやってきて、その笑顔を覆い隠す瞬間まで、俺は静かにコハルを見守っていた。
もう少しだけ。斃れるのを先延ばしにしてでも、一緒にいたい。案外、俺は寂しがりのようだ。
・ウォッカ
タルコフスカヤウォッカ。説明文には「これを飲めばエリア51に侵入しなくても、エイリアンを目撃することができるだろう」と書いてある。
鎮痛効果とストレス耐性スキルレベル+5、何故か放射線被曝(未実装)の治療効果がある。
記憶力と体力スキルの低下や手の震え、さらには脱水を引き起こすため、基本的にはクラフトやトレードに使うくらいのものである。
ちなみにBEAR初期配布アイテムの一つ。USECはウィスキーが配布されている。
・キビナゴ缶
なんの変哲もない食糧アイテムだが、最終タスクの"Collector"にて納品する必要があるアイテムの一つ。そんなにレアというわけでもないのだが……