Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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1層-14 犠牲の覚悟

「コハル、スイッチ!」

 

「行くよ!」

 

 今日は何だか調子がいい。コハルの「おはよう」は破壊力が高かったからな。バフがついたのだろう。 

 手を繋いだまま寝てしまったから、結果として添い寝になっていたのも来るものがある。

 

 そんな調子で迷宮区のモンスターどもを蹴散らしたのは何回目か。後ろでSAO連中が舌を巻いているのが見える。

 俺がモンスターを怯ませ、そこにコハルが突っ込んで仕留める。仕留めきれない時は俺が銃撃したり、トマホークで頭をかち割ってトドメを刺す。

 

 流れるような動き、阿吽の呼吸。初日からずっと組み続けてきたおかげか、最高のチームプレイに仕上がっていると思う。

 

「おいおい、レイジの相棒は俺だったのによ。コハルにお株奪われちまった」

 

「なら、リョーハには私のスポッターをやって貰おうかしら」

 

「シノンの? 喜んで。距離観測から護衛、身の回りのお世話まで」

 

「じゃあ、焼きそばパン買ってきて」

 

「そりゃパシリだ!」

 

 リョーハは再就職先を見つけたらしいし、心置きなく暴れられる。そらそら、次だ次。

 

「レイジ、弾を温存しろよ。ボス用まで使うな」

 

「バックいっぱいにあるし、何ならタチャンカが分けてくれるさ」

 

「だといいが」

 

 まあ自由にしろとリョーハは苦笑いを浮かべる。そんな悲しそうな顔をするな。タルコフのマップになったらお前とのバディ復活だ。

 

 そうして俺たちはボス部屋の前に辿り着く。ここまで損耗はなし。弾薬使用量は想定の範囲内。予備弾薬をマガジンに突っ込んだら、いよいよ攻略開始だ。

 

「レイジ、準備はいいかい?」

 

 振り向くと、ディアベルが立っていた。俺たちの準備状況を確認に来たのだろう。

 

「後2分。それで済みます」

 

「分かった。突入したら先制攻撃を頼むよ。打ち合わせ通りにね」

 

「勿論です。勝ったらまたウォッカをご馳走しますよ」

 

「はは、楽しみにしてるよ」

 

 ディアベルと拳を打ち合わせる。昨夜に打ち解けてみれば、中々いい人ではないか。個人的に仲良くしたい。

 そんな個人的友誼もあるが、SAOとEFTの共同作戦であるということを強調するのもまた目的だ。

 

 弾薬を詰め込んだマガジンをポーチ入れ、立ち上がる。そんな俺の腕をコハルがつつく。

 

「ねえ、レイジ」

 

「どうした?」

 

「これ、プレゼント!」

 

 コハルが差し出してきたのは緑のヘルメット。その辺のクレートからドロップしたのだろう。

 6B47ヘルメットはロシア軍主力ヘルメットで、タルコフにおいてはアーマークラス3、頭頂部と後頭部、耳を保護してくれて、序盤で購入できるヘルメットの一つだ。

 

「おいおい、持ち帰って売った方がいいんじゃないか?」

 

「レイジ、いつも帽子だから心配なんだよ。ほら、被って」

 

 そう言うなら仕方ない。お気に入りのBEARキャップからヘルメットに変えてみる。頭に重量物があるのは好きじゃないんだけどな。

 

「ディアベルさん! PMCは準備完了、命令を待ってる!」

 

「分かった! さあ、行こう!」

 

 ディアベルの掛け声でボス部屋の扉は開かれた。

 先陣を切るのは俺たちPMCで、入ってすぐにバックパックを放り投げ、左右に散らばって射撃を始める。SAO組の体勢が整うまで、制圧射撃でボスを拘束するためだ。

 

「横隊展開! 準備できた奴から撃て!」

 

「接近するなよ! 奴を拘束できればそれでいい!」

 

「2グループは入口付近で救護体勢を整えろ! 制圧は1グループに任せろ!」

 

 ブラックバーン率いる2グループが入口付近の一角にバックパックを置き、周辺を固める。

 その中には回復アイテムがこれでもかと詰められており、重傷者発生時の支援体制を整えている。

 

「レイジ、SAO隊突入するぞ!」

 

「了解、1グループ射撃中止! 下がれ!」

 

 ディアベルが叫んでいる。準備ができたならば、次の段階に移行するとしよう。キリトを援護して取り巻きの始末、あとボス攻撃隊に負傷者が出たら救助。やること盛りだくさんだな。

 

 

 攻略は順調に進んでいた。俺たちグループ1が救援にいくような事態も起こらず、グループ2は下がってきた隊のデバフ解除や水を渡す程度。あまり役目がないのはいいことなのだが、どこかもどかしい。

 

「このまま押し切っちまうんじゃねえか?」

 

 リョーハは壁際に身を寄せ、空のマガジンに弾薬を込めながら漏らす。それはそれで良いことなのだが、何となく嫌な予感がする。上手くいきすぎてはいないだろうか?

 

「キリト、ベータの時もこんな感じか?」

 

「ああ。ディアベルは随分手慣れてるな」

 

 そりゃ、彼もベータテスターだからな。とは言え俺の口から言うことではない。男同士の腹を割った話を、他人に話すべきではなかろう。

 

「問題は武器チェンジか?」

 

「情報通りなら問題はない。範囲攻撃はしてこないし、タゲを取ってる人が気をつければいいんだ」

 

「でも、戦場の霧は立ち込めている」

 

 歴史を見てもそうだ。作戦は完璧なのに、敵の動き、気象条件や環境に未知の要因が加わり、予想外の事態を引き起こす。

 情報だってそうだ。敵は情報を隠蔽したり偽装して、混乱を起こさせようとする。25%集まれば作戦を実行していいと言うくらいだ。

 

 偽装、それがどうにも引っかかる。何か隠しているのだろうか。実際、このゲームがデスゲームであるってこともしばらく隠してたわけだし。

 

「……リョーハ、動けるように準備しろ。何だか嫌な予感がする」

 

「俺はいつでも。出来てねえのは死ぬ準備だけだ」

 

「レイジ、何かあったの?」

 

「まだ勘だ。何かこう、側面に回り込まれてるんじゃないかって不安になるような……」

 

 自分の横が遮蔽されていない時に限って、何かに狙われているような感覚がするのだ。レーザーを当てられているようで、嫌な気分がする。

 そして、それは往々にして現実のものとなる。

 

 そうじゃなきゃ、手慣れのMMORPGプレイヤーたちが1ヶ月も突破できない訳がないのだから。

 

「気を付けろ! ボスが武器を変えるぞ!」

 

 誰が叫んだか。コボルトロードはそれまで持っていた剣を捨て、腰から新たな武器を持つ。細身の片刃で、緩い湾曲を描くそれは、イメージの曲刀とは違っていた。

 曲刀ってこう、海賊のサーベルとかアラビアンナイトのカトラスみたいなイメージなんだが、あれじゃ時代劇の刀だろう。

 

「まずい、アレは……!」

 

 本当、嫌な予感ってこんな時にばっかり当たるんだよな。

 しかも、ディアベルが突出してしまっている。功を焦ったな。そういう奴は大概最初に死んでいき、作戦の綻びとなりうる。

 

 考え得る中でも最悪のパターンが来たわけか。

 

「情報が違う! 全力で後ろに飛べ!」

 

「全グループスタンバイ! 重傷者発生に備えろ!」

 

 キリトの叫びは届かない。コボルトロードの横薙ぎがディアベルを含めて6名を巻き込み、ガラスが飛び散るようなエフェクトが現れた。

 全員生きてはいるようだが、ダメージが大きい。しかも、その場に倒れて動けなくなっていた。頭の上を星のエフェクトが回っている。

 

「まずい、スタン攻撃……!」

 

「スーカ……! キリト、手を貸せ! 救助の間、奴の気を引けるか!?」

 

 キリトは俺の顔を見て、覚悟を決めたように表情を引き締めた。このままでは攻略組が瓦解してしまうし、最悪死傷者が出る。その意味をキリトも理解してくれたのだろう。

 現実、残った攻略組の連中は統率を失い、怯んで逃げ惑う始末なのだから。こんな時こそ、俺たちが行かなければ。

 

「分かった。俺とアスナで引き受ける」

 

「頼むぜ。グループ1、行けるか!?」

 

「俺はいつでも!」

 

「私も行けるわ」

 

 リョーハとシノンは大丈夫。問題はコハルか。

 彼女が恐怖を感じているのが伝わってくる。無理に突っ込ませて、ボスの前で立ち止まられたら二次災害になり得る。連れて行くべきではないな。

 

「コハル、グループ2の直掩についてくれ。追って指示を出す」

 

「待って、レイジ……」

 

「突撃支援射撃、撃て! 行けキリト!」

 

 コハルの声を銃声が掻き消す。ごめんな、約束守れそうにないや。置いていかないって言ったのに、俺はまた行っちまう。

 

 キリトとアスナが突っ込んでいった。いいぞ、ボスの気を引いている。上手く負傷者から引き剥がしてくれよ。

 

「シノン、そのまま狙撃頼んだ。リョーハは俺と!」

 

「無茶苦茶するわね」

 

「性分なもので」

 

「右に同じく、な」

 

「リョーハは私が買い取ったんだから、ちゃんと返してよ」

 

 元々俺の相棒なんだけどな。まあいいか。リョーハも満更じゃなさそうだし、傷物にして返すわけにもいくまい。

 

「任せろ。行くぞ相棒!」

 

「おうよ、相棒!」

 

 いつも通り。リョーハが正面から突っ込み、俺が右側面大回りで挟み込む。お互いを、味方を射線に入れないように位置を取り、2方向からの攻撃で敵を混乱させる。

 中々に効いた。ボスはリョーハを狙おうとしたら俺に撃たれ、ヘイトをこっちに移せばリョーハに撃たれる。シノンの狙撃も加われば、ボスは狙いを一つに絞りきれなくなる。

 

 そして最後は、キリトとアスナが突っ込んできて痛烈な一撃をぶちかます。その一撃は俺たちの射撃よりも大きく、ヘイトが一気にキリトとアスナへ向いた。

 

「今しかねえ、ブラックバーン! 4人出して負傷者を収容しろ!」

 

「クソッタレ、やっぱり無茶しやがって! レッカー、コハル、ここは任せた。残りは俺と来い!」

 

 ブラックバーンが来てくれて、負傷者の回収が始まる。俺とリョーハも合わせれば、一気に負傷者を回収できるはずだ。作戦通りならば、そうなるはず。

 

「ほら、もう大丈夫だ」

 

「すまない、借りができた」

 

「帰ったら奢れ。それでチャラにしてやるよ。レイジ、俺たちは下がる!」

 

「先行け!」

 

 俺はリョーハとギリギリまで援護射撃をして、ブラックバーンたちが負傷者を連れて行くのを見届ける。彼らが安全圏まで下がったら、次は俺たちだ。

 

「リョーハ、先に!」

 

「任せた!」

 

 リョーハはディアベルを連れて行こうとしたが「仲間を先に」というものだからもう1人を先に連れて行く。

 

「キリト、最後は俺だ! そのまま頼む!」

 

 射撃をやめてディアベルを担ぐ。スタン状態がまだ回復せず、自力では歩けないようだ。さっさとここからおさらばしよう。

 

「助かった、おかげで仲間を死なせずに済む」

 

「リーダーが先走ってどうするんですか。今度は奢ってもらいますからね」

 

「はは、レイジからウォッカ貰ったし、オレはウィスキーかな」

 

「酒飲まないから、コーラで頼みます」

 

 何か背中に感じる。こう、ビリビリと電流が流れるような、嫌な感触だ。何かが訴えかける。何かが来ていると。

 

「レイジ、そっちにヘイトが向いたぞ! 逃げろ!」

 

 キリトの叫び声が答え合わせになった。何が気に触れたのだろう、ボスのヘイトが俺に向いているではないか。

 キリトが被弾してヘイトがリセットされたか? いや、そんな考察は後回しだ。

 

 みんなは救護や負傷者の搬送に手一杯で、射撃支援は望めない。

 逃げようにも全く距離が開かず、逆に縮んでいく。タルコフの重量システムのせいだ。筋力スキルが低いのに大の男を抱えているせいで、Critical over weightに陥っている。

 

 移動速度は3分の1にまで低下して、スタミナ消費は増大。そのくせ回復しないからまともに走れない。逃げられるわけがなかった。

 

 ディアベルを置いて逃げれば俺は助かる。でも、それをやったが最後SAOとEFT間の亀裂は決定的になる。そうなれば攻略は夢のまた夢と消えてしまうことになるだろう。

 

 俺1人のために、全体を危険に晒せるものか。

 

「レイジ、逃げて!」

 

 ボスの横薙ぎが来る。退避は不可能。このまま2人で死ぬか、どちらかが生き残るか。答えは決まっていた。

 

「……ディアベル、みんなと……コハルを頼む!」

 

「待て、何を!」

 

「うらぁぁぁぁぁぁ!」

 

 問答の余裕はない。その場で一回転して勢いを乗せ、担いでいたディアベルを投げ飛ばす。

 大した距離を飛ぶわけじゃない。それでも、攻撃範囲からは逃れられたはずだ。ディアベルが無事ならば、また攻略組は団結できる。EFTしか纏められない俺より、彼が生き残るべきだ。

 

 バランスを崩して片膝をつく。ディアベルを投げた姿勢のまま崩れ落ち、俺は手を伸ばした。

 コハルが手を伸ばしている。その手を握れば、きっと引っ張ってくれただろう。あの温もりを、もう一度味わえただろう。でも、あまりにも遠すぎた。

 

 その手を握れたならば、俺自身が救われただろうに。

 

 ごめん。約束、破っちゃった。

 

 叫び声が聞こえた。みんなが俺を呼んでいる。でも、いいんだ。俺は役目を果たした。覚えていてくれ。命を捧げた、1人の兵士のことを。先にヴァルハラで待ってるから。

 

 頭頂部を強い衝撃が襲い、視界が霞む。何回転したのだろう。目まぐるしく変わる視界の中、俺は地面を見つめていた。

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