Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
「コハル、スイッチ!」
「行くよ!」
今日は何だか調子がいい。コハルの「おはよう」は破壊力が高かったからな。バフがついたのだろう。
手を繋いだまま寝てしまったから、結果として添い寝になっていたのも来るものがある。
そんな調子で迷宮区のモンスターどもを蹴散らしたのは何回目か。後ろでSAO連中が舌を巻いているのが見える。
俺がモンスターを怯ませ、そこにコハルが突っ込んで仕留める。仕留めきれない時は俺が銃撃したり、トマホークで頭をかち割ってトドメを刺す。
流れるような動き、阿吽の呼吸。初日からずっと組み続けてきたおかげか、最高のチームプレイに仕上がっていると思う。
「おいおい、レイジの相棒は俺だったのによ。コハルにお株奪われちまった」
「なら、リョーハには私のスポッターをやって貰おうかしら」
「シノンの? 喜んで。距離観測から護衛、身の回りのお世話まで」
「じゃあ、焼きそばパン買ってきて」
「そりゃパシリだ!」
リョーハは再就職先を見つけたらしいし、心置きなく暴れられる。そらそら、次だ次。
「レイジ、弾を温存しろよ。ボス用まで使うな」
「バックいっぱいにあるし、何ならタチャンカが分けてくれるさ」
「だといいが」
まあ自由にしろとリョーハは苦笑いを浮かべる。そんな悲しそうな顔をするな。タルコフのマップになったらお前とのバディ復活だ。
そうして俺たちはボス部屋の前に辿り着く。ここまで損耗はなし。弾薬使用量は想定の範囲内。予備弾薬をマガジンに突っ込んだら、いよいよ攻略開始だ。
「レイジ、準備はいいかい?」
振り向くと、ディアベルが立っていた。俺たちの準備状況を確認に来たのだろう。
「後2分。それで済みます」
「分かった。突入したら先制攻撃を頼むよ。打ち合わせ通りにね」
「勿論です。勝ったらまたウォッカをご馳走しますよ」
「はは、楽しみにしてるよ」
ディアベルと拳を打ち合わせる。昨夜に打ち解けてみれば、中々いい人ではないか。個人的に仲良くしたい。
そんな個人的友誼もあるが、SAOとEFTの共同作戦であるということを強調するのもまた目的だ。
弾薬を詰め込んだマガジンをポーチ入れ、立ち上がる。そんな俺の腕をコハルがつつく。
「ねえ、レイジ」
「どうした?」
「これ、プレゼント!」
コハルが差し出してきたのは緑のヘルメット。その辺のクレートからドロップしたのだろう。
6B47ヘルメットはロシア軍主力ヘルメットで、タルコフにおいてはアーマークラス3、頭頂部と後頭部、耳を保護してくれて、序盤で購入できるヘルメットの一つだ。
「おいおい、持ち帰って売った方がいいんじゃないか?」
「レイジ、いつも帽子だから心配なんだよ。ほら、被って」
そう言うなら仕方ない。お気に入りのBEARキャップからヘルメットに変えてみる。頭に重量物があるのは好きじゃないんだけどな。
「ディアベルさん! PMCは準備完了、命令を待ってる!」
「分かった! さあ、行こう!」
ディアベルの掛け声でボス部屋の扉は開かれた。
先陣を切るのは俺たちPMCで、入ってすぐにバックパックを放り投げ、左右に散らばって射撃を始める。SAO組の体勢が整うまで、制圧射撃でボスを拘束するためだ。
「横隊展開! 準備できた奴から撃て!」
「接近するなよ! 奴を拘束できればそれでいい!」
「2グループは入口付近で救護体勢を整えろ! 制圧は1グループに任せろ!」
ブラックバーン率いる2グループが入口付近の一角にバックパックを置き、周辺を固める。
その中には回復アイテムがこれでもかと詰められており、重傷者発生時の支援体制を整えている。
「レイジ、SAO隊突入するぞ!」
「了解、1グループ射撃中止! 下がれ!」
ディアベルが叫んでいる。準備ができたならば、次の段階に移行するとしよう。キリトを援護して取り巻きの始末、あとボス攻撃隊に負傷者が出たら救助。やること盛りだくさんだな。
※
攻略は順調に進んでいた。俺たちグループ1が救援にいくような事態も起こらず、グループ2は下がってきた隊のデバフ解除や水を渡す程度。あまり役目がないのはいいことなのだが、どこかもどかしい。
「このまま押し切っちまうんじゃねえか?」
リョーハは壁際に身を寄せ、空のマガジンに弾薬を込めながら漏らす。それはそれで良いことなのだが、何となく嫌な予感がする。上手くいきすぎてはいないだろうか?
「キリト、ベータの時もこんな感じか?」
「ああ。ディアベルは随分手慣れてるな」
そりゃ、彼もベータテスターだからな。とは言え俺の口から言うことではない。男同士の腹を割った話を、他人に話すべきではなかろう。
「問題は武器チェンジか?」
「情報通りなら問題はない。範囲攻撃はしてこないし、タゲを取ってる人が気をつければいいんだ」
「でも、戦場の霧は立ち込めている」
歴史を見てもそうだ。作戦は完璧なのに、敵の動き、気象条件や環境に未知の要因が加わり、予想外の事態を引き起こす。
情報だってそうだ。敵は情報を隠蔽したり偽装して、混乱を起こさせようとする。25%集まれば作戦を実行していいと言うくらいだ。
偽装、それがどうにも引っかかる。何か隠しているのだろうか。実際、このゲームがデスゲームであるってこともしばらく隠してたわけだし。
「……リョーハ、動けるように準備しろ。何だか嫌な予感がする」
「俺はいつでも。出来てねえのは死ぬ準備だけだ」
「レイジ、何かあったの?」
「まだ勘だ。何かこう、側面に回り込まれてるんじゃないかって不安になるような……」
自分の横が遮蔽されていない時に限って、何かに狙われているような感覚がするのだ。レーザーを当てられているようで、嫌な気分がする。
そして、それは往々にして現実のものとなる。
そうじゃなきゃ、手慣れのMMORPGプレイヤーたちが1ヶ月も突破できない訳がないのだから。
「気を付けろ! ボスが武器を変えるぞ!」
誰が叫んだか。コボルトロードはそれまで持っていた剣を捨て、腰から新たな武器を持つ。細身の片刃で、緩い湾曲を描くそれは、イメージの曲刀とは違っていた。
曲刀ってこう、海賊のサーベルとかアラビアンナイトのカトラスみたいなイメージなんだが、あれじゃ時代劇の刀だろう。
「まずい、アレは……!」
本当、嫌な予感ってこんな時にばっかり当たるんだよな。
しかも、ディアベルが突出してしまっている。功を焦ったな。そういう奴は大概最初に死んでいき、作戦の綻びとなりうる。
考え得る中でも最悪のパターンが来たわけか。
「情報が違う! 全力で後ろに飛べ!」
「全グループスタンバイ! 重傷者発生に備えろ!」
キリトの叫びは届かない。コボルトロードの横薙ぎがディアベルを含めて6名を巻き込み、ガラスが飛び散るようなエフェクトが現れた。
全員生きてはいるようだが、ダメージが大きい。しかも、その場に倒れて動けなくなっていた。頭の上を星のエフェクトが回っている。
「まずい、スタン攻撃……!」
「スーカ……! キリト、手を貸せ! 救助の間、奴の気を引けるか!?」
キリトは俺の顔を見て、覚悟を決めたように表情を引き締めた。このままでは攻略組が瓦解してしまうし、最悪死傷者が出る。その意味をキリトも理解してくれたのだろう。
現実、残った攻略組の連中は統率を失い、怯んで逃げ惑う始末なのだから。こんな時こそ、俺たちが行かなければ。
「分かった。俺とアスナで引き受ける」
「頼むぜ。グループ1、行けるか!?」
「俺はいつでも!」
「私も行けるわ」
リョーハとシノンは大丈夫。問題はコハルか。
彼女が恐怖を感じているのが伝わってくる。無理に突っ込ませて、ボスの前で立ち止まられたら二次災害になり得る。連れて行くべきではないな。
「コハル、グループ2の直掩についてくれ。追って指示を出す」
「待って、レイジ……」
「突撃支援射撃、撃て! 行けキリト!」
コハルの声を銃声が掻き消す。ごめんな、約束守れそうにないや。置いていかないって言ったのに、俺はまた行っちまう。
キリトとアスナが突っ込んでいった。いいぞ、ボスの気を引いている。上手く負傷者から引き剥がしてくれよ。
「シノン、そのまま狙撃頼んだ。リョーハは俺と!」
「無茶苦茶するわね」
「性分なもので」
「右に同じく、な」
「リョーハは私が買い取ったんだから、ちゃんと返してよ」
元々俺の相棒なんだけどな。まあいいか。リョーハも満更じゃなさそうだし、傷物にして返すわけにもいくまい。
「任せろ。行くぞ相棒!」
「おうよ、相棒!」
いつも通り。リョーハが正面から突っ込み、俺が右側面大回りで挟み込む。お互いを、味方を射線に入れないように位置を取り、2方向からの攻撃で敵を混乱させる。
中々に効いた。ボスはリョーハを狙おうとしたら俺に撃たれ、ヘイトをこっちに移せばリョーハに撃たれる。シノンの狙撃も加われば、ボスは狙いを一つに絞りきれなくなる。
そして最後は、キリトとアスナが突っ込んできて痛烈な一撃をぶちかます。その一撃は俺たちの射撃よりも大きく、ヘイトが一気にキリトとアスナへ向いた。
「今しかねえ、ブラックバーン! 4人出して負傷者を収容しろ!」
「クソッタレ、やっぱり無茶しやがって! レッカー、コハル、ここは任せた。残りは俺と来い!」
ブラックバーンが来てくれて、負傷者の回収が始まる。俺とリョーハも合わせれば、一気に負傷者を回収できるはずだ。作戦通りならば、そうなるはず。
「ほら、もう大丈夫だ」
「すまない、借りができた」
「帰ったら奢れ。それでチャラにしてやるよ。レイジ、俺たちは下がる!」
「先行け!」
俺はリョーハとギリギリまで援護射撃をして、ブラックバーンたちが負傷者を連れて行くのを見届ける。彼らが安全圏まで下がったら、次は俺たちだ。
「リョーハ、先に!」
「任せた!」
リョーハはディアベルを連れて行こうとしたが「仲間を先に」というものだからもう1人を先に連れて行く。
「キリト、最後は俺だ! そのまま頼む!」
射撃をやめてディアベルを担ぐ。スタン状態がまだ回復せず、自力では歩けないようだ。さっさとここからおさらばしよう。
「助かった、おかげで仲間を死なせずに済む」
「リーダーが先走ってどうするんですか。今度は奢ってもらいますからね」
「はは、レイジからウォッカ貰ったし、オレはウィスキーかな」
「酒飲まないから、コーラで頼みます」
何か背中に感じる。こう、ビリビリと電流が流れるような、嫌な感触だ。何かが訴えかける。何かが来ていると。
「レイジ、そっちにヘイトが向いたぞ! 逃げろ!」
キリトの叫び声が答え合わせになった。何が気に触れたのだろう、ボスのヘイトが俺に向いているではないか。
キリトが被弾してヘイトがリセットされたか? いや、そんな考察は後回しだ。
みんなは救護や負傷者の搬送に手一杯で、射撃支援は望めない。
逃げようにも全く距離が開かず、逆に縮んでいく。タルコフの重量システムのせいだ。筋力スキルが低いのに大の男を抱えているせいで、Critical over weightに陥っている。
移動速度は3分の1にまで低下して、スタミナ消費は増大。そのくせ回復しないからまともに走れない。逃げられるわけがなかった。
ディアベルを置いて逃げれば俺は助かる。でも、それをやったが最後SAOとEFT間の亀裂は決定的になる。そうなれば攻略は夢のまた夢と消えてしまうことになるだろう。
俺1人のために、全体を危険に晒せるものか。
「レイジ、逃げて!」
ボスの横薙ぎが来る。退避は不可能。このまま2人で死ぬか、どちらかが生き残るか。答えは決まっていた。
「……ディアベル、みんなと……コハルを頼む!」
「待て、何を!」
「うらぁぁぁぁぁぁ!」
問答の余裕はない。その場で一回転して勢いを乗せ、担いでいたディアベルを投げ飛ばす。
大した距離を飛ぶわけじゃない。それでも、攻撃範囲からは逃れられたはずだ。ディアベルが無事ならば、また攻略組は団結できる。EFTしか纏められない俺より、彼が生き残るべきだ。
バランスを崩して片膝をつく。ディアベルを投げた姿勢のまま崩れ落ち、俺は手を伸ばした。
コハルが手を伸ばしている。その手を握れば、きっと引っ張ってくれただろう。あの温もりを、もう一度味わえただろう。でも、あまりにも遠すぎた。
その手を握れたならば、俺自身が救われただろうに。
ごめん。約束、破っちゃった。
叫び声が聞こえた。みんなが俺を呼んでいる。でも、いいんだ。俺は役目を果たした。覚えていてくれ。命を捧げた、1人の兵士のことを。先にヴァルハラで待ってるから。
頭頂部を強い衝撃が襲い、視界が霞む。何回転したのだろう。目まぐるしく変わる視界の中、俺は地面を見つめていた。