Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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 ソロでサニター軍団を倒したのに、ボートハウス出口で待ち構えられ、狙撃されたこの怒り!


1層-15 生還者

 私は手を伸ばした。届くと信じて。

 

 ディアベルさんを投げたレイジはバランスを崩して、その場に片膝をついていた。そんな不安定な姿勢からは走り出せなくて、誰かの助けがなければ逃げられない。

 

 でも、手は届かない。10メートル先は遠すぎて、悲しそうに笑うレイジの顔を見つめるのが精一杯だった。

 

 ボスの剣がレイジの頭を斬りつける。鈍い金属音と火花が散り、吹き飛ばされたレイジは倒れて動かない。

 レイジのHPはたったの440。攻略組が行動不能になるようなダメージを耐えられるわけがない。HPバーなんて、見る価値もない。

 

「嫌……レイジ、レイジ……」

 

「嘘だろ……レイジ! クソが、この野郎やりやがった!」

 

「殺せ、そのクソッタレコボルト野郎を殺せ!」

 

「Сука Блядь!」

 

 EFTプレイヤーが怒り、攻撃する中でディアベルさんは救出された。でも、レイジには誰も駆け寄らない。死んだ人に割ける人はいないってことかな。嫌になるほど合理的すぎる。

 

 私が行こうにもボスが邪魔をする。怖くて足が震えて、武器があるのに進めない。

 レイジの顔が、思い出がよぎって、視界が霞んでいく。私はまた泣いているのだろう。あの時のように。

 

 レイジは武器を持ってボスに挑んだ。それなのに私は、また立ち止まっているというの?

 

「また、生きてるんだよね?」

 

 HPバーを見る勇気がない。現実を受け入れられると思えないから。見てしまったら、私はここに戻ってこらないかもしれない。

 戻らなくてもいいかな。レイジが見せてくれた優しい夢を思い出しながら、あのハイドアウトで眠っていようかな。思い出の毛布に包まれて。

 

 そう思っても、どうしても見てしまう。まだ希望があるって信じたいから。

 

 その答えは、名前の下の緑色が教えてくれた。

 

「え……バグ?」

 

 涙を袖で拭って、もう一度見てみる。確かに名前はレイジで、リョーハでもシノンでもなくて……その下のバーは緑色。僅かにドット一つ削れているだけだ。

 スタンを示す星のマークと、渦巻みたいなマークが出ているけど、死んではいなかった。

 

「リョーハ! レイジが!」

 

「なんだ!? 命知らずが命なしになったの見ただろ!」

 

「違うの、HPバーを見て!」

 

「あ、忘れてた」

 

 後で聞いたけど、EFTは味方のHPを見ることは出来ないから、リョーハもシノンもすっかり忘れていたらしい。

 そして、緑のバーは表示バグじゃないって証明された。2人が叫び出したから、言われずともわかっちゃった。

 

「なんで生きてんだアイツ!?」

 

「知らないわよ! 回収しないと!」

 

「わかってる! 野郎ども、レイジを回収するから援護してくれ! 奴は生きてる! 生きてるぞ!」

 

「ウッソだろおい!?」

 

「どうやって生きてるんだアイツ?」

 

「メットだ! 珍しく被ってたメットで弾いたんだ! 信じられねえ!」

 

「ハラショー!」

 

 たちまちEFTプレイヤーが活気付いて、レイジからボスを引き離そうとしてくれた。キリトとアスナも加わって、足止めでしてくれている。

 

「援護する、行けコハル!」

 

「うん!」

 

 リョーハが、シノンが助けてくれる。ボスと戦うのはまだ怖いけど、いつか、私もキリトやアスナみたいに戦いたい。

 そうすれば、傷付く人が減るはずだから。今度こそ、あの手を引っ張れるようになりたいから。

 

 

 ぼやけた視界に光が戻る。死んだと思ったのに、なんで俺は生きている。どうして、ダメージ表記は緑のままなのだろう。

 天井を見上げていて、頭は何か柔らかいものに乗せられている。覚えがある。降り注ぐこの暖かい雨でさえも、俺は知っている。

 

 俺は死んだはずだ。ボスに頭をぶった斬られて。なのにどうして生きていて、コハルの膝に頭を乗せられているのだろう。

 

「……ばか」

 

「……ごめん」

 

 そっと手を伸ばし、コハルの頬に触れる。指先に触れる涙は暖かくて、確かに生きているんだと感じ取れた。

 

「ボスは?」

 

「終わったよ。キリトが倒した。ディアベルさんも、攻略組のみんなも無事」

 

「そっか」

 

 あの後、キバオウはまたキリトに突っかかったらしい。情報を隠してだのなんだのと。

 それでキリトは「ベータテスターなんて素人ばっかり、上まで行ったのは俺だけだ」的なことを言い放って汚れ役を買って出たとか。ヘイトを1人で持っていった訳か。

 

 それに、ディアベルも自らがベータテスターだと明かした後、攻略組から一度身を引くことを宣言したようだ。攻略組の旗頭でいて欲しかったから助けたんだけどな。個人的な友誼もあるけど。

 

 そして、ディアベルの後継であるリンドは"ドラゴンナイツ・ブリゲート(DKB)"、キバオウは"アインクラッド解放隊(ALS)"結成を宣言し、それぞれ違う方針を掲げて2層へ向かっていった。それが、俺が気絶している間の顛末らしい。

 

「また怨念マリモさんが叫びながら撃ちまくってたよ。みんな、レイジの仇を討て! ってさ」

 

「明日には、アルゴが"マリモ、怒りのボス攻略"とかタイトルつけて新聞にしそうだ」

 

 コハルの手が頬に添えられる。そして、軽く叩かれた。

 

「約束したのに」

 

「こうするしかなかった、なんて言い訳か。ごめん」

 

「財布が空になるまで食べ歩きだからね。キリトが2層には高いけど美味しいケーキがあるって言ってたから」

 

 文句はなしだ。俺が大暴走してやらかしたのだから。戦略的判断といったところで、約束を破ったことに変わりはなかろう。

 

「わかってるさ。それに、生き残れたのはコハルのおかげだからな」

 

 ヘルメットを外してコハルへ差し出す。あまりにも低確率すぎて忘れていたシステム。コハルがこれをくれなければ、その奇跡は起きなかった。

 

「浅い角度で攻撃が入った時、跳弾判定が入るんだ。コハルがメットくれなければ跳弾判定なんて起きないから、間違いなく即死してた」

 

 ヘルメットには跳弾確率が設定されており、浅い角度で入った弾を稀に弾く。

 2000時間近いプレイ時間で2〜3回程度しか(半分くらいヘルメットしていないことを加味しても)起きたことがない。どうやら、俺は幸運の女神(コハル)に救われたらしい。

 

 近接攻撃にも跳弾判定が発生するなんて聞いたことがないけどな。どうやら変更点のようだ。単に剣に貫通力がなくて、ヘルメットそのものが防いだ可能性もあるけど。

 

「そっか、バランス崩して膝をついてたから」

 

「そ、頭を引っ掛けるみたいに当たったらしい。スタンと挫傷食らって動けなくなったが」

 

 のそりと起き上がる俺へコハルが飛びついてきた。胸に顔を埋めても、プレートキャリアのせいで硬いだけだ。

 それでも、声を上げて泣く彼女を撫でていることしかできない。胸が張り裂けそうになり、苦しい。そして同時に、生きていて良かったと思える。

 

 俺のために泣いてくれた、それが嬉しかったから。そして、その顔を笑わせるチャンスを得られたから。

 

「よう、この大馬鹿野郎。女の子泣かせた気分はいかが?」

 

 リョーハはそう言って肩を叩いてきた。この野郎、なんで面白そうに笑ってやがる。

 

「最悪だな。俺もすっかり悪役だ」

 

「2層スイーツ食べ放題ツアー決定だな。ここの連中に感謝しろよ。お前が生きてるってわかった瞬間、救出のために必死に突っ込んで行ったんだから」

 

 SAO組はさっさと上に行くか、街に戻っていた。それなのに、PMCたちと見知った青髪騎士は俺が起きるのを待っていたらしい。

 

「レイジ」

 

 この爽やかな声がよく通って聞こえた。集団の中から出てきたディアベルは、何やら神妙な面持ちだ。

 まあ、なんとなく理由はわかるけど。

 

「すまなかった」

 

 頭を下げられるところまでは予想通り。功を焦って突っ込んで、その尻拭いをした俺が死にかけたのだ。これで気にしないような男なら、そもそも旗頭になどなれるわけがないしな。

 

「気持ちはわかるけど、ディアベルさんが死んだら総崩れ。下手に見捨てりゃSAOとEFTは真っ二つ。自分の価値を天秤にかけ直した方がいいですよ」

 

 最も、その地位は後継者たるリンドとかいう奴に譲ったらしいけど。

 

「……面目もないが、その言葉はそのままレイジにも返すよ」

 

「そうだぞこの大馬鹿が」

 

 リョーハにまでも怒られた。コハルは腕に力をこめてきているし、どうも逃げ場はないようだ。

 

「分かったよ。次はもうちょい気を付ける」

 

「お前は気を付けて突撃するじゃねーか。コハル、ちゃんとリードつけておいてくれ」

 

「2層で首輪とリード買ってくるよ」

 

「俺は犬か!?」

 

 そんなことをしたら「SMプレイしてる変なプレイヤーがいる」と有名人になるだろうが。そんなのはごめんだ。断固阻止してやる。

 

「痴話喧嘩はその辺にして。そろそろ上に行きたいわ」

 

「おい、痴話喧嘩って何だ」

 

 シノンめ、サラッと爆弾を落としてきやがる。変な噂が立ったらどうするんだ。

 

「レイジ」

 

 ようやく泣き止んだコハルは俺と目を合わせる。まだ不安そうな顔だけど、その瞳には決意を宿しているように見えた。

 

「私、レイジの隣で戦えるよう頑張るから。パートナーって、胸を張って言えるように」

 

「今のままでも十分なんだがな。期待してるぞ」

 

「うん! でも心が傷ついたから、ケーキを食べて癒したいなぁ」

 

「……今度は何を売るかね」

 

 切腹前の武士のような面持ちで立ち上がると、PMCたちは俺を見て待っていた。いつの間に俺が指揮官になったんだ。ほんと、ベータで暴れすぎた。

 

「これから2層へ向かう。補給が足りないやつは帰還、余裕のある奴はついて来い」

 

「おいおい、それだけか?」

 

 そうだそうだとPMCたちが声を上げる。ブラックバーンめ、煽りやがって。どうせ、俺の寝てる間になんか画策してたんだろ? DKBとALSに触発されやがって。

 いいだろう。少しくらい表舞台で暴れてやる。振り回されて泣き目を見るがいい。

 

「なら、現時刻を持って俺たちもチームを作ろう。EFTもSAOもベータも関係ない、同じ目的のための部隊を」

 

 待ってましたと声が上がり、タチャンカは「Ура!」と雄叫びをあげる。やめろ、声が反響して不気味すぎる。○ース○イダーが美声に聞こえるレベルだぞ。

 

「で、チーム名はどうする? どうせそのうちギルド結成するんだろうし、まともなのを頼むぜ」

 

 リョーハよ、貴様は副官としてこき使ってやる。俺のことを祭り上げたのを後悔するがいい。覚悟済みなのだろうけど。

 

「タスクフォース・アトラス。これでどうだ?」

 

「天を支える神ね。いいんじゃない? リョーハが考えるよりまともそうだし」

 

「それどんな基準だよ!」

 

 リョーハとシノンが騒いでいる横で、俺はディアベルに向き合う。どうしても必要だからだ。

 

「ディアベルさん、俺たちと来て欲しい。より多くの人を救い、導くために」

 

 最初に見捨てた人たちの事を、今からでも助けられる。ディアベルもキリトも、そんな負い目があるなら今から取り返せばいい。

 

 差し出した手を握り返され、拍手が巻き起こる。総兵力10名。それが、俺たちアトラスの始まりだった。




・跳弾判定(リコチェットチャンス)
 ヘルメットには跳弾確率が設定されており、浅い角度で当たった攻撃を稀に弾くことがある。その場合はほんの数ダメージ程度入るとともに、"挫傷"のデバフを喰らって視界の霞みや耳鳴りといった症状が起こる。

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