Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
Raid#45
Day4
BEAR Operator "Rage”
Task Force “Atlas”
Aincrad layer1 “Woods”
「……コハル、これで何回目だっけ?」
「もう忘れたよ。同じ道ぐるぐる回ってるもんね」
「シュトゥルマン25キルのタスク、半分終わりかけてるんだけど。地雷原を裸足で走ろうかな」
「やめて。死んじゃったら嫌だよ」
そうは言うけど、俺とコハルの目は死んでいるんだよなぁ。その目の前ではキリトがぐったりしゃがみ込み、全ての元凶であるアスナは地面と睨めっこしていた。
ここは初めてコハルとWoodsに来た時スポーンした廃村近く。勿論、お目当ては魔法陣。
2層攻略中、アスナはひとつの武器を使い続けることに価値を見出したらしい。それで主力に相応しい武器を探していたところ、コハルのレイピアが目に止まったそうだ。
出所を答えたところ、俺やコハル、リョーハにシノンと勿論キリトがWoods周回に付き合わされる羽目となり、交代交代で地獄ランを続けていた。
尚、キリトのみ皆勤賞である。目覚めさせたのはお前だ。責任とれ。
「うーん、要らないのしか出なかったなぁ」
「この大馬鹿、そのドキュメントケースは高額アイテムだ!」
アスナが放り投げた革製のポーチをなんとか受け止め、バックパックへ仕舞う。
中には高額アイテムの"Terra Grope Lab access keycard"が入っていたが、こっそり受け取っておこう。コハルとの食事代だ。
「でも、目的の物じゃないから……」
「これ売って、その金で作ればいいんじゃ?」
キリトに目をやるが、首を横に振るばかりだ。どうも、この品質と強化ランクは金を出して解決するような代物じゃないらしい。
お陰で要らない子扱いの武器が増え、売却も考えたがアトラスに入ってきた新人プレイヤーへの貸出装備として保管することとなった。
「後は伐採場越えた先の魔法陣だ。他のプレイヤーに漁られる前ならばな」
その副次効果でボス狩りが捗る捗る。ボスも取り巻きも体力は多いが、キリトたちにかかればワンパンだ。接近さえできれば効率良く狩れる。
ボスとはなんだったのかと言いたくなる。シュトゥルマンは泣いていいだろう。
シュトゥルマンキーを何度開けても、Red Rebel ice pickは出なかったけどな!
「コハル、伐採場過ぎた辺りの森で休もう。SCAVさえ轢き殺せば安全だ。森林浴と行こう」
「賛成。もうお腹減ったよ」
廃村内に湧いたSCAVがスーカスーカ叫んでいる。うるせえこの野郎。コハルとの話を邪魔するんじゃねえ。
そんな憎しみの小銃弾が頭を貫き、SCAVはその場に崩れ落ちる。持っていたアイテムはそんなに美味しくなかった。スーカ。
そして結構な距離を歩き回り、伐採場を越えて森の中にいる。アスナはキリトを連れて魔法陣へ行き、俺はコハルと湖畔に腰掛ける。
森と草原の境目、どこまでも続く巨大な湖を見ながら昼飯だ。小虫や土汚れを気にしなくていいから、仮想世界は楽だ。
「コハル、飲み物何にする?」
「紅茶あったよね?」
「ああ、もちろん」
タルコフの頃には交換とかクラフトに使うだけだった茶葉やコーヒー豆だが、ここではちゃんと飲み物に出来る。
それを詰めた水筒を取り出し、コハルのカップへ注ぐ。タルコフがロシアだからか、少し肌寒い。おかげさまで温かい紅茶が美味く感じるのだ。
「さて、食い物は……」
ビーフシチューの缶詰"Tushonka"を取り出そうとして、その手をコハルが握る。待って、そういうかのように。
ただ、女の子に手を握られるとドキッとしてしまう。それがグローブ越しであったとしてもだ。
「その……お弁当、作ってきたの。食べる?」
恥ずかしそうに目を潤ませているコハルから目が離せない。破壊力が高すぎて、核兵器禁止条約に引っかかりそうだ。
勇気を振り絞って言ってくれたのに、俺は驚きのあまり声が出ない。不安そうに震えるコハルのためにも、動いてくれ、俺の声帯。
「……食べる」
その一言でコハルは緊張から解放されたらしい。表情が緩み、手を離してストレージを操作し始めた。残念、もう少し握られていたかったのに。
その代わりに、俺たちの間にはバスケットが現れた。蓋を開けてみると、色とりどりのサンドイッチが詰め込まれていた。
「その……料理スキルはまだまだだから、あまり期待しないでね?」
「ごめん、もう期待で俺の胸部耐久値全損してるわ」
もう、とコハルに背中を叩かれた。こんなプレートキャリアも何もを外して、のんびりとピクニックを楽しみたいんだけどなぁ。
「ほら、召し上がれ。お腹減ってるんでしょう?」
サンドイッチに目を移すのが惜しくなるほど、コハルの優しい笑顔を見ていたくなる。でも、早いところ食べなきゃ。じゃないとコハルが不安になるだろうし、そろそろエネルギー切れでデバフを喰らってしまう。
まずは一切れ、豪快にかぶりついて天を仰ぐ。美味いじゃないか。
シャキシャキレタスにみずみずしいトマト、程よい塩味のハムとそれを包み込むパン。その全てが口の中で混ざり、舌の上に極楽浄土が現れる。
嗚呼、ここがエデンか。
「美味い」
「本当? よかった……って、サンドイッチを不味く作る方が難しいと思うけどね」
はむ、とコハルがサンドイッチを咥える。俺に比べれば口は小さいし、女の子が豪快にかぶりつく事はそうそうないだろう。
なんだかハムスターみたいで、少し心がほっこりとする。なんだこの可愛い生き物。
一つ、また一つとサンドイッチに手を伸ばし、紅茶を啜ってホッと一息。デスゲームの中にいることを忘れてしまうような、そんな穏やかな時間に包まれて俺は微笑む。
コハルもいつしか微笑んでいた。これが幸せというものなのだろうか。この心地よさが、鎖から解き放たれたような、この気分がずっと続いて欲しい。
それがコハルのおかげだというのなら……もう少しだけ、欲張っていいだろうか。いつか離れる時が来ると覚悟した癖に。それなのに、コハルを求めようとして……本当に、いいのだろうか。
「最初にここを通った時ね、この湖を呪ったよ。この湖がなければ脱出地点までもっと短くて、レイジをもっと早く助けられるのにって」
「あの時か……」
コハルの涙を俺は知らない。気絶していた人間にできる事は、後で知る人から聞くことのみ。
守りたいって思っておきながら、俺が一番傷つけてしまっている。なんの皮肉だ。
「でも、今はこの湖があってよかったなって思ってるの。レイジとピクニックして、取り止めもないことを話してさ……そうしていると、ここにいても辛いことばかりじゃないんだって、そう思えるから」
「それは俺もだ。戦って、パッと死のうと思ってたのにさ……あまりにも楽しくて、まだ死にたくないって思ってる」
この一瞬でさえも、俺にとっては宝物だ。最期の瞬間まで忘れることはないだろう。
もう少しだけ、コハルのそばにいたい。何なら、好きだと言っても過言ではない。
でも、それを言う勇気はまだない。だから、この瞬間をスクリーンショットに収めておくにとどめた。
「レイジ、何したの?」
「スクショ。保存先がナーヴギアのメモリだから、ログアウトしないと見れないけどね」
「タイムカプセルみたい。私も撮っておこう」
「景色を?」
「それと、レイジをね」
花が咲いたような笑顔に、俺は思わずもう一枚スクショを撮っていた。コハルは俺に守られているとよく言うが、コハルこそ俺のことをよく救ってくれている。
「かっこよく頼むぜ」
薄く笑みを浮かべ、銃を肩に立てかける。これで立派な兵士の写真になるだろう。どちらかが生還するか、志半ばで倒れたとしても、その記憶は必ず残る。
もう少し、多めにスクショを撮る癖をつけておこう。俺が先に斃れたとして、必ずメモリは分析される。その時にコハルのスクショが見つかって、親御さんを安心させられるだろうから。
「あーっ!」
そんな叫びが森から響き、小鳥が慌てて飛んで逃げていった。俺は銃を、コハルはレイピアを手にして身構える。アスナが悲鳴を上げるなんてよっぽどの事だ。キリトもいるんだぞ。
「コハル、行こう!」
「うん、任せて!」
おかげさまで、コハルが初めて撮った俺のスクショはブレてよくわからない画像になっていた。データは現在進行形で吸い出されていて、"正体不明の男"としてコハルの父親をヤキモキさせたのはまた別の話になる。
ちなみにアスナの悲鳴は、魔法陣からようやくレアなレイピアが出たからだった。驚かせおって。
何かともあれ、ようやくWoodsお百度巡りは終わりを告げた。