Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
※7/8 レイジの装備をM2からM1プレートキャリアに変更しました(ゲームでの初期配布に合わせて)
キャラメイク画面というのはドキドキする物だ。これから新しい世界を旅する自分の相棒、分身を作る時間なのだから。
今だけは辛い現実を忘れて、思い通りの自分になれる。手に入らぬ理想がここでは手に入るから、ゲームに思いこがれるのだろう。
ナーヴギアという、バイクのヘルメットのようなヘッドセットを被っただけだ。それだけで、俺は変われた。
世界初のフルダイブ型VR機器。今まさに、世界中が待ち望んだVRゲームの世界が始まろうとしているのだ。
弓や魔法を廃し、純粋に剣で戦い、冒険する王道のMMORPGのソードアート・オンライン(SAO)と、ハードコアシューティングが売りのFPS、Escape from Tarkov(EFT)の発売は世界を賑わせた。
ゲームの革命、新時代の始まり。そう期待されたSAOとEFTの2タイトル。どちらを買うか正直迷った人も多い。
そして今、EFTのキャラメイク画面でひとりのPMCオペレーターが生まれた。コードネーム"レイジ"。
ロシア系PMC"BEAR"所属のレイジは、扮装地帯"タルコフ特別市"に取り残され、かつての仇敵"USEC"と手を組んででもTerra Gropeの謎を解き明かし、タルコフから生還することを目指す。
「……筈だったんだけどなぁ」
原っぱに大の字に寝転がり、空を見上げていた。これだけならばタルコフにも見える。
Woodsという森林マップの一角に見えなくもないのだ。だが、最大の違いはそこらを走り回る猪の存在だろう。しかも多い。そして、こっちに向かって来る。
「タルコフに猪がいるかボケェ! 鳥もオブジェクトだろうがい!」
突進してきた猪(フレンジーボアとか言うらしい)の頭めがけてタクティカルトマホークを振り下ろす。
トラックも嫌だが、猪に轢かれて死ぬなんて絶対にごめんだ! 初期装備を失くしてたまるか!
トマホークは最上級グレードパッケージ、Edge of Darkness(通称闇落ち)の特典だ。一撃の威力とリーチはそこそこ。
近接攻撃があまり息をしていないEFTで、これがまともに使える日が来るなんて誰が思うだろうか。俺も思ってはいなかった。
血の代わりに、ガラスのようなエフェクトが飛び散る。フレンジーボアの頭上のHPバーが削れるが、まだ殺すには至らなかったらしい。
「俺にEFTをやらせやがれ、ボリスぅぅぅう!」
VR版EFT開発主任の名を叫びつつ、AK-74N(これも闇落ち特典)を構える。
照準器もグリップもない。弾も対人戦には最低限と言われるBP弾。それでも、この怒りを収めてくれるには十分だ。
突進してくる猪に狙いを合わせ、トリガーを引く。トリガーを引いている限り、弾のある限りAKは5.45mmの弾丸を吐き出し、フレンジーボアに無数の穴を穿つ。
その反動で銃が暴れ回る。目の前のフレンジーボアも真っ青な暴れぶりで30発の弾を撃ち尽くし、ようやく射撃は止まった。
「
援護してくれる味方はいない。ヤケクソで叫びながら
回避は間に合わない。両手が塞がっているせいで、咄嗟に斧を抜くこともできない。
これはやられた。
覚悟を決め、装備ロスの悲しみを待ち構える。EFTは死んだら装備を全ロスしてしまう。
闇落ち特典は後半でないと手に入らないグレードの装備もあるため、無くすのは心にくる。特に、今着てるプレートキャリアとか。
「後ろに飛べ!」
そんな男の声に、悲痛な覚悟は吹き飛んだ。
咄嗟にバックステップして、悪あがき程度にフレンジーボアとの距離を取ると、横合いから突っ込んできた男が一撃でフレンジーボアを斬り殺したのだ。
その間にチャージングハンドルを引く。カチャ、という金属音が射撃準備完了を伝えてくれた。
「おい、後ろだ!」
今度は巨大な蜂、ピリックワスプが男へ襲いかかる。それに対してフルオート射撃で弾幕を浴びせると、薄い羽がたちまち穴だらけになっていく。
飛行能力を失ったピリックワスプは地に落ちた。
考えている暇はない。跳ね上がるように駆け出し、その頭をトマホークで叩き割ってトドメを刺す。ぐちゃりと虫を潰したような、嫌な感触がした。
「借りは返せたか?」
「そうみたいだな。そっちは大丈夫か?」
「タルコフやろうとしたら別ゲーに放り込まれて、大丈夫に見えるか?」
落としたマガジンを拾いながら答えると、男は苦笑いを浮かべていた。彼も、俺と同じ立場になったら大丈夫とは言えないらしい。
「おいキリト! 1人で行かないでくれよ!」
「すごい音だったけど、大丈夫!?」
銃を構えようとして、すぐに下ろした。走って来た男女2人組は、どうやら助けてくれた彼の仲間らしい。
……美男美女揃いかこの野郎。どうしてタルコフのキャラメイクは、厳ついかむさいおっさんしかないんだ?
「ああ、大丈夫だったけど、ゲーム的には大丈夫じゃなさそうなんだ」
「言えてるぜ。SAO体験版が特典についてたらしい」
「是非製品版も買ってくれよ」
「抽選に受かればな」
ははは、と豪快に男と笑う。仲間の方が置いてけぼりになっているが、仕方なかろう。
「俺はレイジ。EFTプレイヤーだ、見ての通りの」
BEARの文字とロゴが刺繍された黒の野球帽にアーミーグリーンの半袖シャツとズボン、胴体は緑を基調とした迷彩柄のM1プレートキャリア。
どう見てもFPSキャラクターの出立ちで、間違ってもファンタジーなRPGに出てくるキャラクターの格好ではない。お陰様で、好機の目に晒されることとなった。特に彼らの。
「キリトだ。よろしく」
黒髪黒目に青い服。RPGの初期装備といった出立ちのキリトはすらっと背が高く、少女漫画にでも出て来そうなキリッと整った顔をしている。
厳ついロシア人顔の俺は、その顔に1発弾丸をぶち込むべきかと迷いつつ握手を交わす。
「俺はクライン! あんたを見てたら、俺もタルコフ買えばよかったって迷うじゃねえか!」
長めの赤髪とバンダナの男と握手を交わす。
なんだかクラインが気の良い兄ちゃんのように見えた。見た目はチャラいような雰囲気だが。
「じゃあタルコフ買って、一緒に戦おうぜ」
「SAOとナーヴギアで財布がすっからかんなんだよ。ボーナスまで待っててくれ」
「世知辛いのぅ」
そして最後の少女だが、どうやら引いてしまっているらしい。
セミロングの黒髪に緑の瞳で、可愛らしい見た目の少女が厳ついPMCを前にすれば、確かに警戒するだろう。
「レイジだ。短い間だろうけど、よろしくな」
「コハルです。その……別ゲームの人なんですよね?」
「その筈だ。俺がタルコフと間違ってSAO買ってなければな」
「じゃあ、その装備はチートで手に入れたんですか?」
「はは、一本取られたな」
思わず笑ってしまう。そして、コハルと握手した手を2度見してしまった。VRとは言え、女の子と握手するなど滅多にない経験なのだ。
ネカマの危険性はあるが、見た目は美少女。この綺麗な思い出だけあればよかろう。ご飯3杯はいける。
「にしてもよぉ、あっちもこっちもEFTの傭兵だらけだぜ? SAOは剣の世界だって聞いてたが、いつから紛争地帯になったんだ?」
「そいつは俺が聞きたいね。
そりゃそうか、とクラインは笑う。お互いわからないことだらけで、キリトも何やら不思議そうにフレンジーボアとピリックワスプの死体を眺めている。
「レイジ、EFTは倒した敵の死体って残るのか?」
「ああ。戦利品はその死体を漁って入手するし、死体があれば戦闘があった証拠だから警戒もする。それがどうした……」
そこまで言って違和感を覚えた。PC版からEFTをプレイしているせいで慣れてしまっているが、RPGからすればおかしな事態だ。
大概のRPGは倒した敵はすぐに消えて、戦利品だけドロップする。復活待ちの仲間ならともかく、倒したモンスターがその場に残ることなんてあるだろうか?
「俺が倒したフレンジーボアからアイテムはドロップしなかった。普通なら、倒したと同時にラストアタックした人にドロップアイテムと経験値が入るはずなんだ。少なくともベータではな」
「まさかな」
試しにフレンジーボアに近寄り、死体に触れてみる。するとたちまちウィンドウが開き、自分の装備欄と並んで死体の装備欄が開いた。
しばらくのサーチ時間の後、欄にアイテムが表示されていく。どうやら、ドロップのシステムが変わったらしい。
「キリト、ビンゴだ。倒した死体から漁らないとダメらしい。タルコフのシステムだぞこれ」
このフレンジーボアを倒したのはキリトだ。アイテムを奪うのは忍びないと、ウィンドウを閉じてキリトへ譲る。戦利品は倒した奴のものだ。
「おかしいな。最初はオープニングイベントの一環でキャラだけコンバートしてるものだと思ったんだけど……そうならシステムまで合わせるか?」
「それに、ステータス画面に水と……雷かな? アイコンが増えてて、何かや残量を表してるみたいなんだけど」
コハルの疑問に思い当たる節がある。ピリックワスプの死体を漁るのをやめてコハルへ駆け寄る。丁度ステータス画面を開いているところだし、説明もしやすそうだ。
「……水分とエネルギー残量? SAOも餓死とかあるのか?」
同じくステータス画面を開き、コハルへ見せる。キリトとクラインも他ゲームの画面に興味があるのか、すぐに寄って来た。
「あ、これだね。同じマークがあるけど、何を表してるの?」
「雷はエネルギー、水は水分だ。適度に水飲んだり飯食わないと、デバフ食らったりスリップダメージを受けるようになる」
「いや、ベータでは空腹は感じるけど、直接ダメージになるようなことはなかった。仕様変更のようだな」
「おいおい、RPGで餓死なんざ聞いたことないぜ……あ、餓死で思い出した!」
突然クラインが大声を上げるものだから、コハルが驚いて飛びのいた。
俺も驚き、思わず銃を構えようとしたが、距離が近すぎたせいで構える事はできなかった。拳銃を持っておくべきだったか。
「なんだよ、昼飯抜いたのか?」
「違う違う、夕方にドーバーイーツ頼んだんだよ! ピッツァが冷めちまうだろ! 冷めたピッツァなんて、粘らない納豆以下だぜ……」
「ああ、ドーバー海峡の先にもお届けの? ログアウトして食って来なよ。オープニングイベントまでに戻れりゃ万々歳だろ?」
そりゃ大問題だと、笑いが溢れる。冷めたピザは確かにまずいし、受け取れなければキャンセル料を取られてしまう。
SAOを買って懐の寒いクラインには大事だろう。ゲームのために飯を犠牲にするのは廃人がやる事だ。
「そうだな……だけどよ、ログアウトボタンがねえんだ……」
「フィールドだからじゃないか? 街に戻ったら離脱可能に仕様変更してるとか」
「確かに、その方法は試してなかったな」
キリトたちはログアウトボタン消滅に気付いていたらしい。俺はそれを全く知らなかった。
そもそも、EFTでログアウトの操作ができるのは
「じゃあ、はじまりの街に戻らない? 私の水分残量、結構減って来ちゃった」
「そうしようか。レイジもついて来るか?」
「是非ともお供させてもらうよ」
キリトの申し出をありがたく受け取っておく。短い縁になるかもしれないが、もしどちらかのゲームで出会えたらまたご一緒したいものだ。
そう思いつつ、背負っていた"Berkut"バックパックからボトルを取り出し、コハルへ差し出す。
「あと、コハルはこれ飲んどけ。全部やるよ」
「ありがとう。お水?」
「そう。初期配布アイテムだから遠慮はいらん。グビッと一杯」
「お酒じゃないんだから」
もう、とコハルは笑って水を飲み干す。これで街まで保つだろう。脱水はスリップダメージを受ける上に、視野狭窄や消費スタミナ倍増と、嫌な事ずくめだ。
そんな考えを杞憂にしてしまったのは、鳴り響く鐘の音と体を包み込む謎の青い光だった。
それが、終わりを告げる鐘だなんて想像出来ただろうか? 朝起きて「俺は今日死ぬんだ」と思うようなものだっただろう。
・Escape from Tarkov
ロシアのBattle State Gamesが開発しているハードコアFPS。2021/7現在、クローズドベータテスト中。
ゲーム中の画面はスタミナゲージ等の最低限の情報しかなく、残弾表示やレーダーはない。
被弾時には出血や骨折といったデバフがあり、死ねば装備をロストする等、他のFPSとは一線を画するゲームである。
玄人向けのゲームではあるが、その分体験できる緊張感や勝利時の興奮の他、プレイ時の戦略性など、魅力は多い。
今作では架空のVR主任"ボリス"の名が叫ばれているが、リアルではCEOのニキータの名が叫ばれている。
作中では、パッチ0.12.11の情報をもとに執筆しているため、時期によってはゲームとシステムが変わる場合があります。