Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
戦利品とアルバムの回収も終わり、俺はコハルと屋上にいた。間にはバスケットが置いてあり、その中身はコハルお手製のサンドイッチだ。
「ここ、すごく景色がいいね」
「保養地だしな。元ネタのホテルがロシアにあるらしいぜ」
「本当? 行ってみたいなぁ」
「もう廃業してるらしいけど」
残念、とコハルが肩を落とす。その間にサンドイッチをひとつ齧ると、シャキシャキとした野菜の食感がした。耐久値はまだ残っているらしく、さっぱりとした旨味が口に広がっていく。
「ホテルの料理はないけど、コハルの飯があるからな」
「練習してよかったよ。苦手な物はない?」
「ナスとオクラくらいのもんだ」
「そんなのサンドイッチに入れないよ」
でも、覚えておくね。そう言ったのは聞き違いではないだろうな? つまり、また何か作ってくれるのか。これは期待してしまう。
もう一口サンドイッチを齧り、紅茶で喉を潤す。流石に海は遠すぎてさざなみの音が聞こえることはなく、代わりに風に揺れる葉がBGMを奏でている。
「2層も大変だったね」
「そうだな。リョーハが牛に轢かれたり、アスナのWoods御百度参りとかな」
「あんまりWoodsにいるから、レイジまで"森の熊さん"って言われてたもんね」
「それはリョーハに返したよ」
そんな他愛もない雑談が時間を忘れさせる。サンドイッチもいつの間にか無くなって、バスケットが片付けられた分距離が近くなった。
それだけ、コハルの笑顔が近くなる。一緒に2層を戦って何日経っただろうか。怯えた顔よりも、笑顔を見せることの方が多くなった。
戦い方も随分上手くなった。今では、コハルの方からMobにケンカを売るくらいだ。
きっと、彼女は俺に近付いたと思っているのだろう。本当は、もう突き放されているというのに。
「コハルは、随分強くなったよな」
「まだレイジの後ろに隠れてばっかりだよ。今度は、私がレイジを守れるようになりたいな」
「はは、悪くない」
それほどに強くなってくれたら、俺はどうしようか。静かに消えてしまうのも悪くないと思っていたが、これ以上コハルとの約束を破りたくない。
俺だって、強くありたいのに。得られたものを失いたくないのに。
「だから、それまでレイジが私を守ってね。すぐに追いつくから」
「シュトゥルマンに続いてサニターぶっ殺して、まだ守られるほどってか?」
「もう、それだけじゃないでしょ」
ならどれだ。銃も格闘も限界があって、スキルをエリート化してもどこまで対抗できるかわからない。そんな俺に、何があるというんだ。
「身を張って攻略組の分裂を防いで、自分以外の命も背負って……そんなレイジが、弱いはずないよ。私にはできないし、そんな覚悟もないもん」
俺じゃなくてもよかった。でも、誰もやらないから俺がやった。いつだってそうだったから。
それだけか? 自分に問う。それだけの理由で、俺はここにいるのだろうか。
祭り上げられたから、手が届くところにいたから。それだけでアトラスのリーダーになったり、身を張ってディアベルを助け出したり、コハルのパートナーになったのか?
理由なんてもうわかってるくせに。こじつけて遠回りして、言い訳してそれを信じようとして……悪い癖だ。
「コハルがいたからだ」
え、コハルがそんな声を漏らす。鳩が豆鉄砲を食ったような顔、とはまさにこの顔だろうな。
「ぶっちゃけ、俺は脱出なんてどうでもいいし、リアルになんて帰りたくない。どうせならここで好きに暴れて、最期は笑って死んでいこうって思ったくらいだ」
でも、と呟いて紅茶を啜る。コハルは何も言えず、次の言葉を待っていた。そりゃそうだ。生き残るどころか死に方を考えるような奴がいたら、正気を疑うだろう。
そのくらい、俺のリアルは最悪ってことだけど。
「でも、気付いたらもう少しコハルと一緒にいたいって思ってた。そうでもなければアスナみたいに無茶苦茶やって、今頃脳味噌をチンされてただろうよ」
そう言うと、コハルは優しく微笑んだ。そっと手が重ねられて、安心感を覚える。
きっと、俺は守られていたかったのだ。いつだって自分1人で誰にも頼らず、頼れずに切り抜けてくるしかなかったから。
「だから、パートナーでいてくれって言うのは俺の方だ。その……いいか?」
上手い言葉もマシな言い回しも知らなくて、こんな言い方しかで来ない。でも、それが俺だ。"デアデビル"でも"レイジ"でもなくて、ありのままの俺だ。
そんな俺に、コハルは満面の笑みを向けてくれた。
「もちろんだよ。レイジがいてくれると、私も怖さを忘れて、楽しいことを考えていられるの。いつも、ありがとう」
やられた。この満面の笑顔に屈しない奴がいるか。それに、これだけ信頼してくれているのだ。真っ向からぶつかってもいいと、信じてみようか。
「なあ、コハル……」
そんな最中に、階段のドアが開いた。リョーハが連絡なしに上がってくるとは考えられない。ベータではなかったが、SCAVが屋上にまで来たのか?
咄嗟にAK-74Nを手に、コハルの盾になるように陣取るが、すぐに銃口を下ろした。
「ブラックバーン、なんでここに?」
USECの男はブラックバーン。我らアトラスの一員で、今はもう一つのレイドグループ"メイベル"を率いてくれている。チュートリアル中にリョーハと飲んだくれていたアホではあるがな。
「アルゴから『お使いクエなのに中々帰ってこない、何かあったかもしれないから探してきてくれ』って頼まれたんだが……お邪魔だったか?」
「邪魔だ大馬鹿野郎、空気読みやがれ。ちなみに遅れの原因はサニターとやり合ってたからだ」
「辛辣だな……まあ無事ならさっさと帰るから、後はごゆっくり」
タチャンカとレッカーが扉の影からコソコソ見てきているのがなんだかムカつく。せっかく勇気を出そうとしたのに、そんな空気ではなくなったぞ。
「……帰ろうか」
「そうだね。今夜は何食べよっか」
立ち上がろうとするコハルの手を握る。自分でももどかしい気持ちはあるが、今はこの関係を味わっていよう。
こうして、俺はまた言い訳して先延ばしにしていくのだ。