Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
正面50メートルに建築中の倉庫がある。あちこち穴があって、まだ骨組みだけのコンクリート製2階建ての廃墟だ。
そこの2階では死の音楽を奏でる奴らがいる。タルコフの芸術家は随分情熱的なものだ。時折光の尾を引いて飛んでくる曳光弾は、音の恐怖に視覚のアクセントをつけていた。
全く、最悪の音楽だバカやろー。
「コハル、頭上げんなよ! キズメルも絶対動くな!」
「言われなくても上げたくないよ!」
「人の作る兵器とは、中々に面妖だな!」
俺の隠れている盛り土は重機関銃の弾を防いでくれている。ちょっとした古墳くらいに盛られた土の密度は銃弾すら防ぐ、強い味方になるのだ。
とはいえ音や衝撃波は絶え間なく俺たちを襲ってきていて、隣でコハルが悲鳴をあげる。
スーカ! ベータに比べて強化されすぎだ!
「リョーハ、シノン! てめーらどこにいやがる!? こっちは新建築で制圧くらって動けない!」
『旧建築迂回して、側面に回る!」
「早くしてくれ、奴ら詰めてくるぞ! 頭あげらんねえ!」
重機関銃は俺たちが隠れている盛り土に狙いを合わせて制圧射撃をしている。なんつー賢さだ。中身人間じゃないのかあいつら?
支援がなければすり潰される。こんなクソな状況に、どうして陥ったのだろうか。
※
年の暮れも近づくアインクラッド第5層はまだ突破されておらず、俺はコハルやアトラスの面々と共に攻略に勤しむ毎日を送っている。
アトラスはノルマを設定しておらず、タスクや攻略などの目的別でパーティを組んで挑んだり、気心知れたメンツで固定パーティを組んだりと様々だ。タルコフ時代そのままで、俺としては居心地がいい。
そして今日の予定は、コハルと夜景を楽しみながらスイーツ巡りの旅だ。リーダーの俺も、たまには休暇が欲しいからな。
「アルゴから情報買った甲斐があったよ」
「代わりに、レイジの新しい服は買えなかったけどね」
ズボンだけは"BEAR Summer Field"に変えることが出来たが、上はまだデフォルトの半袖シャツのままだ。アルゴから店の地図を買うのに使ってしまって、服を買う予算が残らなかったからだ。
「一応12月だし、長袖が着たいな」
「寒かったり、雪が降ってたりはしないけどね」
「雪、か……」
青空を眺め、少しだけ故郷を思い出す。冬にはバカみたいに雪が降り、一面が白く染まる世界へと変貌する。
どんな豪雪で道路が埋まろうと休校にならないくせに、弱い台風ではすぐ休校になるのだ。そんな理不尽を思い出し、思わず笑ってしまった。
「リアルのこと、思い出してた?」
こういう時にコハルは鋭い。俺の考えを正確に見抜いて、心配そうに目を向けてくるのだ。
帰りたくなんてない、って言った癖にな。
「ああ。雪かきで腰をおかしくしかけたな、って」
「もう、おじいちゃんみたい」
「雪を舐めたら死ぬぜ」
そう笑いながら料理に手をつける。この店はアルゴの一押し店であり、スイーツ以外の料理も最高だ。割と予算も潤沢になってきたし、たまに贅沢をするのも悪くない。
まだまだ5層だが、こんな贅沢ができるならばアインクラッド生活も悪くない。現実でこんなに豪華な食事を食べるとしたら、どれだけ貯金が必要なことか。
「あ、このお肉美味しい」
「チキンステーキもバカに出来ないな。それに酒は苦手な方だけど、このワインはスッといけるよ」
「お酒飲まない人?」
「ジョッキ半分も飲んでないのに倒れたことがあってな」
「本当に弱いね。酔いつぶされちゃいそう」
「そのままテイクアウト……する人いるか?」
笑うコハルを見ていると、俺もつられて笑ってしまう。この楽しい時間がずっと続けばいいのに。そんな時間をくれるアインクラッドが好きになりつつあった。
そんな俺たちのテーブルにタルトが並べられる。ブルーベリーが山と盛られていて、隙間から見えるカスタードが甘味の想像を引き立てる。
アルゴ曰く、アイテム発見のバフがついているらしい。数量限定で、ベータではすぐに売り切れる代物だったとか。これが食べられるのはラッキーという話だ。
「わぁ……! レイジ、これすごく美味しそう!」
「写真撮っておきたいくらいだな。有名パティシエのなんとか、みたいな感じだもん」
「そうだね、スクショ撮っておこうよ」
タルトを前に微笑むコハルとタルトを収める。でも、これは見ることができない。
「やっぱりナーヴギアのメモリに行っちゃった。ログアウトしないと見れないっぽいな」
「でも、少し楽しみだね。ここを出てから、みんなや……もちろん、レイジとスクショを見て、思い出話がしたいね」
「やっぱりタイムカプセルみたいだ」
「もっと撮っておこうっと」
話しながらもコハルはスクショを撮ったり、フォークをタルトへ突き立て、口へと運んでいく。その顔はなんと表現すればいいかわからない、満面の笑みを浮かべていた。
俺はそっとその顔をスクショに収めておく。刹那に消えてしまう命だからこそ、この一つ一つが大切な思い出なのだ。例え死んだとしても、忘れたくない。
「美味しい、これすごく美味しいよ!」
「うん、ベリーは程よい甘酸っぱさ、そこに濃厚なカスタードとサクサク生地……バフ云々を抜きにしても、また食べたくなっちまうな」
甘いものは好きだ。それ以上に、笑顔のコハルを見れるのが嬉しくてたまらないのだ。
またこの時間を楽しむためにも、頑張らないといけないな。生き残る理由が出来てしまった。
「それで、アルゴさんが言ってたバフってどんなのかな?」
「落ちてるアイテムが分かるようになるらしいぞ」
へぇ、とコハルはあちこちを見回す。すると、何か光るものが地面に落ちているのが見えた。試しにそれを拾ってみると、古びたコインのようだ。
「もしかしてこれか?」
「アルゴさんの本にも載ってるね。カルルコインって言って、集めると換金してくれるみたいだよ」
「バフ効果1時間、街中に落ちているのか……探してみるか?」
「うん、食べ終わったら行こう!」
この美味いタルトを食べ終わるのは惜しいが、モタモタしていればバフが切れてしまう。せめて、この味を忘れないようにいよう。
※
「あ、またあったよ!」
「今度は宝石か? すげえな!」
コハルとの宝探しは盛り上がった。コインだけでなく、指輪や宝石といった装飾品も落ちているのだ。これは目を輝かせるのも無理はない。
砂遊びをする子供のような心で楽しめる、中々いいシステムだ。嫌な事とか辛いことも忘れて、楽しく遊べて金が稼げるのだから。
「でも、バフはもう切れちゃうね」
「もう1時間か? 楽しかった分早いな」
「私も時間を忘れちゃったよ。換金しに行こっか」
「だな」
俺のバックパックにはたっぷりとお宝が入っている。コハルのストレージに入れた方が容量とか重量の制限は緩いのだが、俺のスキル上げのために俺が運んでいる。
タルコフのスキルは特定の行動をすれば経験値が溜まり、スキル効果は常時発動する。
重量オーバー状態で移動すれば"筋力"のスキルポイントが溜まり、レベルが高いほど重量制限が緩和され、近接攻撃のダメージも増える。いいこと尽くめだ。
しばらく歩いて、店に到着した俺たちは早速お宝を鑑定に出す。そのお宝は売却してコハルと山分けにするのだが、俺は2つくらい売らずにとって置いた。
「コハル、これプレゼントだ」
まずはひとつ、大きめの宝石を渡す。拾った時に目を輝かせていて、売るのを惜しそうにしていたからだ。
宝石のひとつくらい売らずにいても困るわけではない。それより、コハルが喜ぶ方が優先したい。
「わぁ……いいの? こんなに大きな宝石、売ったら結構な値段になるよ?」
「そんくらいすぐに稼いでやるさ。でも、その宝石は買えるかわからねえぞ? それともうひとつ」
コハルの手を取り、右手の中指へ指輪を嵌める。小さな宝石が嵌め込まれたそれは、敏捷アップの効果付きだ。バフ付きだし、きっと喜んでくれるだろうから。
「指輪……? レイジ、これって……」
「似合うと思ったからさ……こそっととっといた。バフがついてたのはたまたまだ」
多分、言葉はしどろもどろだっただろうし、キョドっていたことだろう。女の子にアクセサリー、それも指輪を贈るなど、俺の人生で前代未聞だしな。
だから、少しだけ怖かった。拒絶されるのが、嫌がられるのが。
でも、コハルの笑顔はそんな迷いを杞憂に変えてくれた。
「ありがとう……! これ、大事にするね!」
渡してよかった。そう思うと同時に、もう少し信じてもいいのかなと、そう思えた。こんな俺でも受け入れてくれる人はいる。今まで戦ってきて、ようやくそう思えるようになっていた。
その先の言葉を伝えようとしたが、それは入店してきたキリトとアスナのせいで言えず、またしても胸の中に収めておくしかなかった。
収集合戦に負けて、晩飯を奢ることになったキリトの姿を見て溜飲を下げたのはまた別の話だ。