Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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5層-2 悪意の陰

 俺は珍しく宿にいた。キリトに話があると呼ばれたので、彼が泊まる部屋に来ている。

 コハルはアスナに呼ばれたそうで、きっとガールズトークでもしているのだろう。

 

「で、話ってなんだ。やっとアトラスに入ってくれる気になったか?」

 

「そっちじゃない。俺はソロの方が動きやすいからな」

 

「ま、期待はしてなかったさ。なら本命は?」

 

 ここまでソロを貫いてきているのだ。今更入ります、と言われた方が驚く。それに、ソロだからこそ対立する攻略組の中で立ち回れる場合もある。

 まあ、アトラスとしてはこそっとバックアップくらいはするけどな。

 

 アスナに告白する、とかだったら面白いのに。

 

「3層の件、覚えているか?」

 

「あのエルフクエか?」

 

 3層で俺たちがサニターとやり合っている頃、キリトはキャンペーンクエストに挑んでいた。

 3層から9層まで続く"エルフ戦争"クエストの最中、ALSとDKBでPKに発展する寸前のいざこざが発生したり、それを阻止しようとしたキリトにデュエルを仕掛けて殺そうとした輩がいたという。

 

 もちろんそんなイカれた野郎を放置するわけもなく、アトラスはそのプレイヤーの情報を探っている。

 

 尚、エルフクエは俺たちも遅れて始めた。理由? 楽しそうだったからさ。

 

「そうだ、その件について」

 

「Shorelineじゃなくてそっち行っておけば、また展開も変わったんだろうかなぁ」

 

「ああ。それに話を聞く限りだと、どっちのギルドにも工作員が潜んでいる可能性がある。疑心暗鬼からの対立を煽って、PKをさせようと今も画策しているはずだ。アトラスは大丈夫なのか?」

 

「割とこっちは一枚岩なもんでね」

 

 アトラスは良くも悪くも、俺やリョーハの影響力でまとまっている。その上、メンバーもベータ時代からの気心知れた奴だったり、共にボス戦を切り抜けただけあって繋がりは強い。

 そんな所に煽動野郎がいたところで、何言ってるんだお前と吊し上げられるのがオチだ。怨念マリモの刑にされるだろうさ。

 

「そっちが羨ましいよ。悪いけど、そっちでも警戒していて欲しい。情報があったらまた伝えるから」

 

「任せろ。そんな時こそ俺たちの出番だ」

 

 俺たちは本来異質な存在で、SAOの事やMMORPGプレイヤーの気質や事情も知らない。そして、それは逆も然りというわけだ。煽動野郎も涙目だろうさ。

 

「そんなレイジにお願い事があるんだ」

 

 キリトが紙片を差し出してきた。それを見てみると、座標と時間だろうか、数字と文字の羅列しか書いていない。

 

「これをどこで?」

 

「地下のダンジョンでスライ・シュルーマンが持っていたんだ。何かの連絡用だけど、書き損じて捨てたらしい」

 

「あの泥棒ネズミか」

 

 スライ・シュルーマンはネズミ型のMobで、プレイヤーのアイテムを盗む厄介な奴だ。そういえば、指輪を盗まれたコハルが血眼になって追い回していたっけ。

 結局は居合せたタチャンカの乱射に巻き込まれて死んでいて、コハルに感謝されたマリモがキョドってるのは中々レアな光景だった。

 

「ああ。フレンドメッセージがあるのに、わざわざこんな連絡方法を使うなんておかしいだろう?」

 

「調べる必要があるな。それで、俺について来てくれと」

 

「そうだ。アスナを巻き込みたくない」

 

「俺ならいいのかよ」

 

 苦笑いを浮かべて冗談めかして言うが、心の中では行くと決めていた。本当にPKを目論む輩がいるとして、そんなのが裏で蠢いているならば調査しなければならない。

 特に、攻略組が潰し合うなんていう事態になるくらいならば。

 

 きっとそれは、命を賭けるに相応しいことだろうから。

 

「昨日の21時半、ダンジョン入口に集合でいいか?」

 

「完全武装で行く。ただ、コハルは置いていくからな」

 

 そういう俺の顔を見て、キリトはニヒルに笑ってみせた。

 

「結局、そこはレイジも同じじゃないか」

 

「まあな。置いていかないと約束したのに、俺はまた嘘つきになっちまう」

 

 一体、俺は何度コハルを泣かせれば気が済むのだろうか。また首輪とリードを着けられる羽目になりそうだ。

 

 

 コハルたちの女子会が長引いているのをいいことに、俺とキリトはダンジョンへ潜っていた。夜中に家を抜け出すような気分だ。バレないかヒヤヒヤした。

 ちなみにだが、リョーハは置いて来てしまった。奴まで来たら、俺が何か企んでいるのが丸わかりだからな。キリトとサシで飲みにいくと騙したことは後で謝ろう。

 

「で、連中はなんでわざわざ手紙を使ってるんだ? メッセあるのに」

 

 俺はAKに取り付けたライトで洞窟を照らしつつ、隣のキリトへ声をかける。この暗い洞窟は暗視スキルか、フラッシュライトが必要不可欠だ。

 

「履歴を残したくないのかも。後ろ暗いことをしているんだからな……ところで、あの暗視ゴーグルだっけ? アレは使わないのか?」

 

「使えないんだ。暗視装置ってのは星明かりとかの僅かな光を増幅する装置だから、洞窟や密室みたいな完全な暗闇だと役に立たねえのさ」

 

 そんな構造ゆえに、ライトなどを向けられると大変なことになる。

 ダンジョンだから松明などがあり、完全な暗闇というわけでもないが、そういった灯りが眩しくて見辛くなる。どの道フラッシュライトの方が目潰しにもなるから有利だろう。

 

 道中のMob共はキリトが始末して、SCAVは俺が一撃で仕留めていく。サプレッサーと亜音速弾併用のおかげで、随分音は小さくなった。気付かれにくくなっているだろう。

 俺たちが来ているのが露見すれば、きっと目的の人物は逃げる。それでは意味がないのだ。

 

 こういう閉所戦、よくリョーハとやってたっけ。

 

 コハルもリョーハもいなくて、あまり組んだことのないキリトとの作戦。一歩進むたびに、不安が俺の背中にのしかかる。

 ブーツが岩を踏みしめる音がして、その反響音だけが周囲を包む。あまりにも寂しく、あまりにも不気味。キリトもまるで亡霊かのような雰囲気で、コハルが恋しくなっていた。

 

 その秘めたる実力も何もを外には漏らさない。まるで暗闇のような男だ。だからこそ、底が見えない不気味さに俺は冷や汗をかいているのだろう。

 

「レイジ」

 

 キリトの意思を汲み取り、ライトを消して壁に身を寄せる。何やら灯りが漏れているそこは、ダンジョン内の安全地帯らしい。目的の座標はここのはずだ。

 

「さーて、リズベット製のコレを試しますかね」

 

 俺は静かに息を潜め、耳を澄ませる。ヘッドセットはリズベットに頼んで作ってもらった"Comtac2"に変えてきた。

 GSShと違ってノイズキャンセリング機能付きで、雑音や環境音をカットしながらも足音や声を聞きやすくしてくれる。もう少しレベルを上げないとトレーダーが取り扱わない代物だから、ここで手に入るのは幸運だった。

 

 おニューのヘッドセットは壁の向こうの足音もよく拾ってくれる。誰かがその空間へと入ってきて、何やら話を始めた。

 

「どもどもぉー」

 

 軽薄な笑いと、あまりにも軽い口調の男。足音はそいつの仲間か。どうやらビンゴのようだ。キリトも頷いている。

 

「メッセでいいじゃん」

 

「ダメダメですよぉ! 万一やりとりしてるのバレたら、苦労が台無しですよぉ!」

 

 やっぱり、キリトの読み通り後ろ暗いことをしてやがるようだな。言っていた通り、攻略組間の対立を煽っているのか?

 

「例の話、どうなりました?」

 

「上手くいったぜ。ウチの主力は合同カウントダウンブッチして、一気に迷宮区を狙う!」

 

「いー感じですね。3層4層ではちょっと日和っちゃいましたからねぇー、リンちゃんとキバちゃん」

 

「アトラスの野郎がいなきゃ上手くいったのによ。まさか殺す気満々で脅して来るとは予想外だったぞ」

 

「アッチはPKがゲームの本質ですからねぇ、タルコフ買えばよかったかも」

 

 キリトと顔を合わせると、彼も頷いた。こいつらで間違いない。それぞれのギルド奥深くに入り込んで、対立を煽ってやがる。

 そういや、対立を煽るようなことを言ったバカに拳銃突きつけて脅したアトラス野郎って、俺のことじゃねえか。

 

『テメーみたいな思い違い野郎が一番迷惑なんだよ。お前1人のせいで何人犠牲にするつもりだ? そんならここで死にやがれ。それが全員のためだ』

 

 うん、一言一句思い出せる。当たるギリギリに1発撃ってやったし(しかも曳光弾)、荒療治だけど対立と反ベータの論争を無理矢理抑え込んだな。

 アトラスのPMC全員がそいつに銃口向けた時は流石に焦ったが、

散々対立して足の引っ張り合いをみせられたらこっちも辟易してしまうというものだ。こいつらのせいか。

 

 そんな思い出に浸りながら耳を傾けるが、あのヘラヘラ笑ってる野郎の喋り方が本当にムカつく。とりあえず、ギルド同士をぶつけようとしているのだけはわかった。

 ALSとDKBしか話が出てないが、アトラスのことは諦めたか? そうであってくれると助かるんだがな。というか、こんなウザいのがいたら吊し上げてしまいそうだ。主にタチャンカあたりが。ケツに銃口突っ込んで、弾切れまで撃ちまくるだろう。

 

 その時、俺のヘッドセットが不審な音を捉えた。何か石にでも躓いたような音で、中の男もそれに気付いたらしい。

 俺とキリトではない。ならば誰だ?

 

「ちょっと見てきますぅ〜」

 

 俺は咄嗟に手榴弾を手にする。F-1ハンドグレネードの直撃ならば、SAOプレイヤーだろうと即死させられるはずだ。最悪の場合は、コレで一網打尽にして逃げよう。

 

「うわっ、なんだこいつ!?」

 

 なんだ、Mobだったか。ホッとした俺はグレネードをポーチへ戻し、再び銃を手に取る。

 相手はMobを倒したのだろう。死体をサーチする音が聞こえる。

 

「おおっ、マジかよ! バリレアっぽいレイピアじゃん!」

 

 ピクリ、とキリトの体が震えた。レイピア、レア、そのふたつの単語が並んで、自分のパートナーを連想したのだろう。

 それは俺も同じだ。コハルにはダガーを贈ったが、レイピアとの併用は変わらない。

 

 もしもの事があったなら……俺はピンを抜いた手榴弾を抱えて、奴らに飛び込む。だから、キリトの気持ちもよくわかった。

 

「シルバリック・レイピア! かっけーじゃん! しかも+5まで強化済み!」

 

「よく見てくださいよぉー、シバルリックですよ」

 

 コハルのじゃない。だが、以前見せてもらったアスナのと同じ名前のレイピアだな。

 

 キリトに目を向けると、やはり縦に頷いた。そして、ハンドサインで『突入』と指示して来る。奴らがアスナを殺ったのか、はたまた事故でレイピアが失われたのかをハッキリさせたいのだろう。

 

 俺だってそうするさ。だからF-1グレネードの代わりに、"Zarya"スタングレネードを取り出し、キリトに見せる。

 やってやろうじゃん。突入からの制圧は俺の十八番だ。

 

 ピンを抜き、スタングレネードを投げ込む。安全レバーがバネに弾き飛ばされた金属音が響き、遅れて爆音が轟いた。




・Zaryaスタングレネード
 光と爆音で敵の視覚、聴覚を奪う非殺傷型グレネード。ロシア語読みでは『ザーリャ』と読み、その意味は『日の出』
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