Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
裏道にある喫茶店は俺のお気に入りだ。遺跡の街というだけあって、建物は石積みで作られている。それも、薄い茶色の石であるために中東のような雰囲気を醸し出している。
そんなエキゾチックな店内で、穏やかなBGMを聴きながらお茶を飲むのが楽しみだった。コハルもいるから楽しさ倍増だしな。
「ここで飲むお茶が美味しくてな」
「レイジったら、いつもフラフラ出かけると思ったら喫茶店巡りしてたの?」
「そんなところさ」
本当はリズベットの露店でグダを巻いていたら、目的の人物も巻き込んでお茶に行くことになっただけだがな。言うまい。ぶっ飛ばされる。
ドアのベルがカラカラと音を鳴らし、ベルとは違ってガチャガチャと重厚で耳障りな金属音が響いてくる。全身をフルプレートアーマーで包んだその不審者こそ、目的の人物だ。
「よう、時間通りだな」
「お久しぶりです、レイジさん。隣の方は?」
「いつも話してる相棒」
「コハルです」
ペコリと頭を下げるコハルだが、相棒って言われて嬉しそうにしてたのは見逃していないぞ。スクショは撮り損ねちまったけどな。
目的の人物は密閉型ヘルムで素顔を隠していたり、素の口調を隠していたりする。タチャンカのように声が反響して少し不気味だ。
しかし、ここにいるのは俺とコハルのみ。それに安心したのか、そのヘルムを外した。
アスナより少し明るいであろう茶色のセミロングヘアに、同じく茶色のくりくりとした目。小動物的な可愛らしさの素顔を目の当たりにして、コハルは目を見開いた。
フルプレートアーマーに身を包んだALSのタンクが少女だなんて、誰が予想するだろうか?
「リーテンです。お会いできて嬉しいです!」
リーテンはそう言ってコハルの手を握る。コハルは状況を読めていないらしく、リーテンと俺を交互に見て困惑していた。うん、困り顔も可愛いぞ。
「攻略組で頑張る女の子ってことで、コハルに憧れてたらしいぜ。ファンサービスしてあげなよ」
「サチも言ってたけど、私の評判一人歩きし過ぎじゃない!?」
それは大体アルゴのせい。ついでだから言うと俺の暴れぶりもアルゴが随分誇張してる。おかげで前線になだれ込むPMCが増えたものだ。
「いいじゃねえか。他のプレイヤーに勇気を与えてるんだ。俺よりずっと向いてると思うぜ」
「もう、私の身にもなってよ……この前も握手頼まれたんだからね?」
人気でいいじゃないか。とはいえそろそろ本題に入ろうか。リーテンだって暇じゃないだろうし、俺とコハルもやること山積みだ。
「リーテン、奢るから好きなもん頼んでくれ。そろそろ話を聞かせて欲しくてな」
「惚気話ですか?」
「ふざけるな、糖分摂り過ぎて死ぬとか嫌だぜ」
惚気話という単語にコハルが目を光らせた。女の子ってホントそういう話好きだよな。
「リーテンさん、もしかして……」
「コハル、後にしてくれ。先にパーティの件だ、ALSの状況はどうなってる?」
コハルは少し残念そうにしているが、解決さえすれば話す機会なんて幾らでも作れる。その可能性を潰さないために、少し我慢が必要なだけだ。
この辺りさえ片付けば、後はディアベルに丸投げしてやる。
「そうでしたね。あ、私厚切りロールケーキで」
「私もそれにしようかな。レイジは?」
「特盛パフェ。今のうちに食ってやる」
重い話になるだろうし、甘い物で中和しないとな。それに、リーテンの惚気話が始まる前でないと食べられない。舌と胃が受け付けなくなるからな。
「あ、少し待ってください」
さて話を、というところでリーテンはメッセージを確認し始めた。丁度俺のタブレットにも、キリトからのメッセージが来た。
DKBのシヴァタと接触して、今からALS側の企画者を呼んでもらうとの事だ。その企画者が俺の目の前にいるわけだがな。
「ごめんなさい、シバに呼ばれてしまって……」
「丁度いい。キリトが呼べってんだろ?」
「ご存知でしたか」
「奴も巻き込んで動いてるからな。すまんが、これを食ったら移動しよう」
NPCが皿を置いていく。ほんのり卵色の生地が濃厚なクリームを包み込むロールケーキと、バベルの塔が如く聳え立つパフェ。これを残していくなど、天が許しても俺の胃袋と舌が許すまい。
「そうだね、このお店初めてだから楽しみだよ!」
「レイジさん、コハルさんを連れて来たいって下見してましたもんね。攻略本に赤丸つけてたり……」
「黙れリーテン。自腹切らせるぞ」
「そんな! ここ高いんですよ!?」
コハルの視線が俺に突き刺さる。リーテンは財布の中身を確認しつつも、ロールケーキを口一杯に頬張って味わっていた。まあ、自腹は冗談だ。俺もそこまで鬼ではない。
そんな真似をしたら、俺がリーテンの彼氏にぶち殺されてしまうしな。
「そういえばリーテンさん、惚気話って一体何を話してるんですか?」
リーテンは固まった。さっきの軽口の中でコハルに惚気の件を聞きつけられたのが運の尽き。
恥ずかしそうに顔を赤らめて目を泳がせるも、キラキラと輝くコハルの眼差しからは逃げられまい。
「その……DKBに付き合っている人がいるんです。それで、プレゼントとかの相談をレイジさんや友達に……」
「世間一般からズレ放題の俺には、荷が重すぎる相談だと言ったんだがな」
そもそも、チキンぶりを発揮して告白一つできない男に、デートやプレゼントの相談するのは間違っているのではないだろうか?
やめてくれコハル。そのジト目は俺に効く。
「そっかそっか、レイジはリーテンさんと楽しく恋バナかぁ……」
やばい、逃げたい。パフェから血の味がする。リーテンはほわほわした笑みを浮かべて惚気始めるし、それを聞くコハルは笑顔だが、俺の名前が出た瞬間に背後に黒いモヤが現れる。
やっべー、死神どころか大魔神召喚した気分だ。リョーハたちタルコフ仲間とク○ゥルフのオンラインセッションやって、邪神が出てきたあの時を思い出す。リョーハが食われたっけ。
「お陰で、この前のデートはすごく上手くいったんですよ! ビーチで水遊びしたら、いつか私の水着が見たいって……」
「へえ、ビーチ……レイジ、それってWoods?」
笑顔の後ろに大魔神出すのやめてもらえないですかね? 流石にコハルとの思い出が詰まったあの湖畔を紹介するわけなかろうて。
「Shorelineのトンネル付近。たまにSCAVがいるけど、始末すれば安全だから……」
「私も連れて行って」
「うっす」
実はリズベットも混じえて道案内がてらに走りました、とか口が裂けても言えねえ。頼むリーテン、そこの情報は空気を読んで秘匿してくれ。
トイレで中座しようにも、仮想世界に排泄などない。逃げる口実はなく、俺はお白洲へ引き出されて吟味を受ける罪人気分。自分の頭をピストルで吹っ飛ばすにも、ここは圏内だしな。
リーテンが普通に恋バナする分には、コハルも楽しそうなんだがなぁ。
「それで、コハルさんとレイジさんは付き合っているんですか!?」
「ええっ!?」
俺は思わずコーヒーを吹き出した。リーテンめ、特大の爆弾を落としてくれたな。やっぱり自腹切らせよう。
コハルは顔を真っ赤に染めてアワアワとして、俺は落ち着いてコーヒーを飲もうとして全てをこぼしてしまう。やべえ、クソ熱い!
「あっちっち!」
「わっ、レイジ!? 拭く物……って、あるわけないよ!」
「クソ、どうしてこうなった!」
ペットボトルの水をぶっかけてようやく冷却。危ねえ、ダメージはないけど普通に熱い。
「レイジさん……それだけ動揺するってことはもしかして!」
やめろリーテン、そのキラキラした目を向けるな。
「も、もう! 早く行こう、呼ばれてるんでしょ?」
「あ、そうでした!」
ナイスだコハル。俺は心の中でグッジョブと褒め称えつつ、パフェを口に運ぶ。クリームの乗ったバニラアイスは擦り切れた俺のメンタルを癒してくれる。
「レイジ、少し頂戴」
「あ、おい!」
コハルは楽しみにしていたアイスを横から掬い取り、問答無用で口へ放り込んでしまった。
というかこのおバカ、それは俺の食べかけだ。またリーテンが目をキラキラさせているだろうが。
「やっぱり付き合ってるんですよね!? 隠さなくていいんです、むしろ大々的に!」
「だーかーら、早とちりするな! まだだ!」
「レイジ、まだって何まだって!?」
「つまり、レイジさんがようやく……!」
コハルよ、自分でやっておいて恥ずかしがるのはズルいぞ。赤い顔も可愛いけどな。スクショ撮っておこう。
それにしても、リーテンが限界オタクのようになっているのは気のせいだろうか?