Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
ハイドアウトのドアを開けると、ブラックバーンたちは適当なところに腰掛けていた。全員が疲弊した顔をしていて、タチャンカはマスカヘルメットを外さないが、俯いている。
「ブラック、何があった?」
「すまねえ、不覚をとった」
「言い訳はいい。事実を教えてくれ。最大限尽くしたんだろ?」
「ああ……」
どうも歯切れが悪い。弟のレッカーでさえも、重く沈んで言葉を発しようとしない。コハルはそんな雰囲気にオロオロとして、言葉を失っていた。コーヒーを淹れてきてもらおう。その方が落ち着くだろうしな。
「ガソリンスタンドでリシャラ軍団と接敵した。気付かれてなかったから、一斉射撃で取り巻きを仕留めるつもりだったんだ」
あのあたりは岩場が近く、約50メートル位の距離から一方的に攻撃することができる。計画通りなら、発見される前に一方的な攻撃で半分は持っていけただろうな。
「定石だな。今の環境で突入したくはねえ。グレネードの雨が降ってくるし」
「問題はそこからだ。どっかのアホが俺らの頭越しにボスを撃ちやがったのさ。しかも足に」
「別のPMCがしくったのか? それにしても、お前らの頭越しに何も言わずに撃つか普通?」
それでボスに発見されて、制圧射撃を喰らったのだろう。ボスの取り巻きは最大4人で、しかも一斉にグレネードまで投げてくるヤバい奴らだ。たまに空中爆発するから怖くてたまらない。
「だろう? しかも、野郎1発撃って逃げやがったんだ。黒いローブを着て、スカルマスクでツラ隠してやがった。少なくともオレンジでないのは見たが、あの調子からするとMPKだろうさ」
MobをぶつけるMPKならば、直接攻撃でないからオレンジにはなり得ない。だとしても、やり口があまりにも手慣れすぎてはいないだろうか?
「奴ら、俺たちの妨害にも動いてきたか?」
「可能性はある。マニエクが胸、アイザックが頭やられて戦闘不能になった。上の鉄塔でボスを撒いて治療したが、状況が悪いしショックがデカくて、そのまま退却してきたんだ」
流石に死にかけたのだ。トラウマになってもおかしくないし、それで前線を離れる選択をしても俺に止める資格はない。せめて、彼らの生活の保障をするくらいだ。
だけど本音は、また元気に戻ってきて欲しい。1線級の連中はみんな、第1層のボスを共に戦った仲間なのだから。
「レッカーとタチャンカは無事なのか?」
「レッカーは最初にマニエクを連れて下がったから無傷。タチャンカは1人岩場に残って、迫り来るリシャラ軍団に制圧射撃してたぞ」
詳しく聞けば、タチャンカはブラックバーンとレッカーが負傷者を連れて下がるまでの間、無数の被弾をしながらも彼らを守り抜いたという。
しっかりと取り巻き2人をぶち殺しているのも流石と言えよう。そのRPK軽機関銃もマリモも飾りではないようだ。
「怨念マリモが神様に見えた。後にも先にも、アレが最後だろうな」
「某はヘビーガンナーの役目を果たしたまでですぞ。バイザーに食らった時は肝が冷えましたがな。時にレイジ殿、アーマーとRPKの耐久値が限界を迎えてしまったのですが……」
「腕のいいガンスミスを紹介してやる。アーマー修理ついでに作ってもらってこい。特別に代金は俺のポケットマネーで落とす」
「感謝いたしますぞ!」
俺はリズベットに発注のメールを送り、ため息を吐いて天井を仰ぎ見る。やってくれたじゃないか。
たまたまアホがやらかしたのか、それとも煽動PKの仲間だったのか……可能性はいくらでもあるし、考えていても仕方ない。なんとかしてタスクをこなし、ボスの情報を探らねばならないのだから。
そして、時間もそんなにない。焦ってやると今度こそ死人が出るが、悠長にもしていられない。
「メイベルはリョーハと交代して本部機能と休息を。攻略は俺たちが行く。呼び出し時はレイドグループ"リンデン"だ」
「気をつけろよ」
「分かってるさ。ブラックたちはこれで美味いものでも食ってこい」
小銭入れを投げ渡し、俺はスタッシュへ移動する。結構な金を入れてあるから、メイベルの5人で好きに飲み食いするには十分すぎるだろう。
「気前のいい隊長だことで」
「そんくらいしねえとな」
ボックスから弾薬を取り出し、マガジンへと詰め込む。そんな細々した作業を始めた俺の隣に、コハルがやって来た。
「ねえ、もしかしたらエルフクエストにも動きがあるんじゃないかな?」
「そういや、この層ではまだキズメルに会ってなかったな」
忘れるわけがない。3層から始まったエルフ戦争のキャンペーンクエストはここでもまだ続いているだろう。
キズメルはその中で出会った黒エルフの女騎士。キリト曰く「本来なら最初に森エルフと相討ちになる」そうだが、俺とコハルが暴れ回った結果、生存ルートに入ったわけだ。
誤射の危険があるからと、トマホーク片手に暴れ回るハメになるとは思わなかったけどな。
そして、そのエルフクエストは最後にボス攻略のヒントをくれる。お陰で3層と4層では随分助かった。
3層なんて毒ガス攻撃の範囲拡大と聞いて、全員ガスマスク装備で行ったらワンサイドゲームになってしまったくらいだ。
キバオウはトゲトゲ頭のせいでガスマスクが被れず、口周りを覆うタイプの防毒マスク使ってたけどな。
「アルゴに聞いてみよう。どっかにトリガーがあるはずだ」
「もしキズメルも来てくれるなら、すごく心強いからね」
「俺はコハルが背中守ってくれるから安心だぞ」
もう、とコハルは笑顔を浮かべる。パートナーだといつも言っているのはコハルの方だろうに。
長い付き合いのリョーハと組んだ時の安心感とは違って、何か暖かな気持ちになるのがコハルの特徴だ。
とりあえずキリトにもメッセージを飛ばしておく。俺たちが出撃するので、何かあったら本部に残っている連中に連絡してくれ。それだけ伝えておけば十分だ。
※
マップに表示されているクエストマークを辿ると、そこに目的の人物はいた。色黒の肌に尖った耳で、鋼色の鎧に身を包んだ女騎士こそ、目的の人物だ。
「キズメル」
「こんにちは、キズメルさん!」
「ああ、レイジにコハルではないか。久しいな」
クールな長身美女のキズメルは、俺とコハルを見るなり嬉しそうな顔をした。これには男として、惚れないわけがない。コハルに足を踏まれてもな。
しかし驚くべきは、話し方も仕草もプレイヤーのような彼女が実はNPCということだろう。俺も一緒に戦ううちに、彼女がNPCであるなんてすっかり忘れてしまっていた。
命を預けた相手だし、今更NPCかどうかなんて関係ない。1人の戦友だ。
「お久しぶりです。何か困り事ですか?」
「ああ……この層にある秘鍵の事だ」
秘鍵はこのエルフ戦争において重要なアイテム。なんでも、森エルフとダークエルフがそれぞれ崇める"聖大樹"とやらの封印を解くための鍵で、それを奪い合っているのだ。
森エルフは封印を解いて聖大樹の力を取り戻すため、ダークエルフは封印を守り、厄災を防ぐ目的を持つ。
それをまさに奪い合っている最中、俺たちが現れたわけだ。
「こちらの手のものが人族に襲われ、秘鍵を奪われたそうだ。密偵によると、人族の廃墟のどこかでカレス・オーと取引を行うらしい」
カレス・オーという呼び方にはもう慣れた。森エルフの正式名称らしい。ちなみにダークエルフはリュースラだ。リュースラの方が呼びやすいし、響きが好きなんだよなぁ。
「その人族ってどんな人なんですか?」
「ならず者、とだけしか知らない。だが、森に住む人族の老狩人がよく知っているそうだ。一緒に話を聞きに行こう」
ならず者、老狩人ときて、ピンと来るものがある。これ、リシャラ狩りのタスクも複合で出てくるのか?
それに、森に住む老狩人って絶対イェーガーおじじだろ。ならば合点は行くんだけど。
「ああ、ピクニックを楽しみながら行くとしよう」
「遊びに行くんじゃないんだよ?」
「そんくらい気楽に構えていいだろ」
そんな俺たちを見て、キズメルは笑った。定型文しか返さない店のNPCなんかとは全く違う。俺たちの話を理解して、それで笑っているのだ。
「2人は本当に仲が良いな」
「ええ。大切なパートナーなんです」
「私にもそう呼べる者がいればいいのだけどな」
「俺たちじゃ不足かい?」
そんな軽口に対し、キズメルは一瞬キョトンとした表情を浮かべて、笑い出した。
「気持ちは嬉しいが、コハルに怒られてしまうぞ。レイジはコハルのパートナーだろう?」
「先約は入ってるけど、3人ならなお良いものさ」
「それは、そうだけど……」
コハルはどこか歯切れが悪く、口籠っている。すまん、後で埋め合わせはするから勘弁してくれ。
「確かに、2人と共に戦うのは心強いな。今後ともよろしく頼むよ」
「任せな」
コハルのご機嫌をどうやって直そうか考えつつ、リョーハへとメッセージを飛ばしておく。
『おじじのタスクを受けに行くぞ、早く来やがれ』
それだけで十分だ。