Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
急がば回れ、とはよく言ったものだ。イェーガーは3層の森の中へいるため、俺たちはわざわざ3層の森へ足を運んできている。
鬱蒼と茂る森の中で、天へと伸びる焚き火の煙を追いかけて進む。その手前ではリョーハとシノンが待ちぼうけしていた。
リョーハは技の実験台にされていて、よくわからない関節技を喰らっていた。痛くはないのだろうが、仮想世界でも関節は動くようにしか動かない。完全に動きを封じられていた。
「何のプレイだ?」
「あら、レイジ。このおバカがボディタッチしてきたから、お仕置きしているところよ」
「蔦に絡まってすっ転んだんだよ! 木を掴んだと思ったらシノンのお胸で」
「死刑」
「隊長からの許可が出たわ。覚悟しなさい」
「やめ、シノン様ー! パロスペシャルだけはご勘弁を! パロぉぉぉぉぉ!」
これが助っ人か? とキズメルが微妙な目を俺に向けてくる。やめてくれ、あれはもう他人だ。クエストNPCの前でSMプレイをする変態なんて、俺は知らないぞ。
まあ、黒鉄宮の牢獄送りじゃないんだからマシだろうよ。
そんなシノンの気が済んで、ようやく俺たちは焚火の前に座る老人へ対面を果たした。
キャラクターとしてはいい人なのだが、タスクの難易度に多くのPMCがメンタルと時間と財布を犠牲にしてきた。俺もその1人だ。
その名はイェーガー。プリオゼルスキー自然保護区の管理人をしていた老ハンターだ。
「やあ、傭兵。森の妖精を連れて来るとは、ただならぬ事態のようだな」
イェーガーは焚火で温めたポットを手に取ると、湯をカップへ注ぐ。こうして見ると、全てを諦めたような目をしているんだと気付く。
変わってしまったタルコフの現状や、SCAVの殺戮を前に助けられる人を助けられない自分へ嫌気がさして、それで隠遁生活をしているのだ。諦めなければやっていられなかろう。
「あなたならば何かを知っていると聞きました。カレス・オーの民と取引をしようとする人族のならず者、この顔に覚えは?」
キズメルが取り出した人相書きは、よく知った顔だ。やはりCustomsのボス、Reshalaの顔なのだから。
イェーガーはそれを一瞥すると、棒で焚き火の薪を転がし始めた。火の粉が舞い、熱が辺りを包む。それなのに、イェーガーの心は冷え込んでいた。
「カレス・オーが何者かは分からないが、そのならず者は知っている。殺戮、強盗に略奪。タルコフで好き放題しているクズだ。その名はReshala。取り巻き連中を率いて、今も工場地帯を我が物顔で歩き回っているだろう」
吐き捨てるようなその言葉から、リシャラへ対する嫌悪感が見て取れる。そして、それだけのことをする悪人に何もできない自分への嫌気さえもが伝わってきた。
何とも、その気持ちがわかるから苦しく思えてしまう。
「もしも、君たちの目的を果たす上で可能ならば、だ。このクズを葬ってきて欲しい。このタルコフへ再び平和をもたらすために」
俺たち前にウィンドウが表示される。リシャラの殺害及び、彼の持つユニークアイテム"Golden TT"の納品。パーティの場合は誰か1人達成すればいいという、良心設計になっていた。
「もし、この人を倒したとしたら……イェーガーさんはどうするんですか?」
コハルはイェーガーへ問いかける。相手はボスで、和解は不可能とはいえ、殺せという依頼にはやはり抵抗があるのだろうな。
「成り行きというものはある。それでも、タルコフを平和にするための一歩ではあるはずだ。そして、お前さんたちにもこの先へ進む切符が得られるだろう」
それはつまり、ボスの情報を握っているということだろうか。
まさかエルフクエストにタルコフのトレーダーが絡んでくるとは思わなかったが、少なくとも単品で受けても変わりはないだろうな。
「ならば、ちゃちゃっと行っちまおうぜ。シノンが狙撃して、俺とレイジで仕留めに行く。それで終わりだろ」
「簡単に言ってくれるな。メイベルの件を忘れんな。邪魔が入るかもしれん」
「わかってる。けしかけてきたとしても、纏めて殲滅すりゃ済む話だろ」
「物騒なことで」
殺しに来てる相手なんだ。捕まえようなんて甘い考えは捨てた方がいい。こっちも殺す気でいかなければ、殺されるのは自分か仲間だ。
俺はいいとしても、コハルやリョーハ、シノンがやられたら耐えられないだろうな。
「では、私は先に5層へ戻る。レイジたちは準備を済ませたら来てくれ。先程のところで待っているよ」
キズメルはそう言って立ち去る。俺たちもさっさと準備を済ませていかないとな。Customsにはタスクが山ほどある。今回はあくまで情報収集だが、終わったらしばらくこもってやる。
「またボスなんだね」
森から戻る間、コハルは不安そうな顔をしていた。シュトゥルマンやサニターと戦って、無傷だったことはない。そろそろ死者が出るんじゃないかと不安なのだろう。
そして、その犠牲が俺になることを想像しているはずだ。
「まあな。取り巻き多いけど、ボス自身はチキン野郎だ。隠れてコソコソしてるし、たまーに取り巻きのグレネードに巻き込まれて死んでるぜ」
「ボスも仲間割れするの?」
「ただのドジだろ。そうなってくれりゃ楽なんだけどな」
手持ち無沙汰なのもあったけど、コハルを安心させようと頭をわしゃわしゃ撫で回してみる。うん、手にすっぽり収まるいい大きさだな。
「ち、ちょっとレイジ! 髪型崩れちゃうよ!」
「大丈夫大丈夫、SAOだから髪型崩れないって」
「もう、お返し……!」
コハルはやり返そうとしたのか、俺のヘッドセットごと帽子をもぎ取ったが……そこにあるのは坊主頭だ。崩れる髪があんまりない。
どうして残念そうにしているのかはさておいて、一方的にやり放題だ。おらおら、もっと撫で回してやる。
「もう、おしまい!」
コハルは奪い取った帽子とヘッドセットを装着して頭を守る。それ、俺のなんだけどなぁ。
「なんかなぁ、頭の装備と胴体がチグハグだぞ。頭だけ近代的だ」
「これで髪型直すんだもん。しばらく借りるからね」
「へーへー、じゃあ俺はこっち」
SCAVが被っていたベージュのフリースキャップを被ると、コハルが目を向けてきた。そっちの方がいいって言いたそうだ。見た目はニット帽だしな。
「こっちの方がいいか?」
「ううん、私はこの帽子がいい。レイジがずっと被ってたやつでしょ?」
「1層の頃からな。よくロストしなかったよ」
ヘッドセットだけは取り返したが、帽子の方は返してくれそうにもない。ただのBEARキャップなんだけどな。
ただ、俺の帽子をかぶって微笑んでいるという姿には俺も思うところがある。いい加減、両想いって信じていいやつだよなこれ?
「おい、誰か来るぞ」
リョーハは耳聡い。何かの足音を探知したらしく、俺たちは一気に警戒を強める。ハイドしてたモンスターに襲われました、なんて死んでも死にきれない。
「誰だ、プレイヤーか!?」
リョーハが銃口を向けて怒鳴りつける。俺はその右後方、リョーハの肩越しに援護態勢を整えている。もしも敵ならば即座に射撃出来る位置。
何度も取ってきたポジション。どっちが前衛でも同じように出来るし、前衛は後衛を信じているからこそ突っ込める。
ずっと一緒に組んできた、コハルとはまた違う信頼関係。どっちについても守っているという使命感と、守られている安心感がある。だから俺は命知らずでいられるし、リョーハは死神でいられるのだ。
「待って、PMCだよ!」
相手の方が声を上げた。武器を持たず、両手を上げて出てきたことで漸く安堵の溜息が漏れる。
「脅かすな。足音殺しながら近寄ってくるから、レイダーかなんかが出たのかと思ったぞ」
忍び歩きの足音なんて、ほんの僅かにしか聞こえないだろうが。リョーハ、ヘッドセットの音域増幅あったとはいえよく気付いたな?
「こっちも、大人数でゾロゾロくるからボスか何かかと……」
俺たちより背の低い、中性的なUSECオペレーターは俺たちよりもその後ろ、シノンを見て驚いたような顔をしていた。知り合いなのか?
「あれ、あさ……シノン?」
「あら、シュピーゲル?」
「お? あんたら知り合いか?」
リョーハはやっと安心したようで、安全装置を掛けた。俺も撃たずに済みそうで喜ばしい限りだ。
「ええ、私をタルコフに誘った張本人。引退するって聞いていたけど……」
「成績が悪かったからね。それで最後にとログインしたらこれだよ」
おかげで成績も何も無くなったよ、とシュピーゲルは笑う。気楽でよかったじゃないか。後のことは考えたら負けだ。今は戦って生き残ることを考えればそれでいい。
「それで、シノンはどこか行くの?」
「リシャラ狩りよ。猟犬引き連れてね」
「わんわんお! キーカードをよこせー!」
猟犬と呼ばれて即座に犬の鳴き真似。リョーハよ、とうとうシノンの下僕をすっ飛ばして犬になったのか?
「猟犬って、まさかアトラスの?」
「ええ。それで死神の方は私の下僕よ」
ありゃりゃ、とうとう下僕にされてら。リョーハがマゾヒストとは知らなかったぜ。コハルが微妙な顔をしてるぞ。
本人は否定しようとしてはシノンに黙らせられているし、まあ楽しそうならばいいか。
「その……いや、何でもないや。頑張ってね!」
「シュピーゲルもね」
シュピーゲルも行き先があるのだろうか、俺たちに気を使ったのか世間話を切り上げていってしまった。子犬みたいな奴だったな。
「パーティ入りゃいいのに。まあ、行っちまったし今更か」
「……なんだか、苦しそうな顔してたね」
コハルは何かを感じ取ったらしいが、俺にはよくわからなかった。正直、人の気持ちを読み取るのは苦手だ。自分が裏で別の感情を抱いているように、相手の真意など読み取れない。
世間やら周りに合わせて自分の気持ちも誤魔化して、そんな事をしているから、俺は恐れて本音も出せないのだろうな。
・イェーガー
Ep16の後書き参照。
・The Tarkov shooter part.3
作者的クソタスクその1。
「ボルトアクションライフルを使用し、25m以内でPMCを3人殺す」というタスク。
2発目が遅いため外したらほぼ返り討ちにあう、胸部に当てても確殺とは限らない、エルゴノミクスの低さから、そもそもサイトを覗くのが遅いという、地獄のような条件を潜り抜けなければならないスーカなタスク。
「夕日のガンマンという映画を覚えているか?今回は拳銃じゃなくてボルトアクションライフルで、だけどな。ハッハッハ!」
「これを生き延びることができたなら、カウボーイハットを持っていっていいぞ。このあたりに一つあったはずだ」※依頼文ママ
・The Tarkov shooter part.8
感想欄のPMCたちが心にトラウマを負ったタスク。
内容は「Woodsにてボルトアクションライフルを使用し、1レイド中で3人のPMCを殺す」というもの。
かつては脱出のために伐採場(レイジがシュトゥルマンにやられた辺り。激戦区)を必ず通る必要があったのだが、マップ拡張後は迂回が可能になったにも関わらずPMCのスポーン人数も8〜14人で据え置きとなっている上、連射の効かないボルトアクションライフル縛りというのが難易度に拍車をかけている。
(作者はやる前に諦めた)