Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
道路を超えてすぐ、コンクリート壁の崩れた部分を越えると、2階建ての建物がある。"インテリ棟"と呼ばれるそこを制圧した俺たちは、ひとまず略奪タイムを楽しんでいた。PMCの横槍がないって幸せなことだ。
1階には医薬品ケースやダッフルバッグ、SCAVの死体があり、2階には医薬品のスポーンする医務室と、本棚が並ぶ事務室がある。
その事務室に機密情報フォルダ(通称"インテリ")がスポーンするから、ここはインテリ棟と呼ばれているわけだ。
「ラッキー、モルヒネあった」
青い注射器を3本ほどバッグへ詰め込み、俺はホクホク顔をしていただろう。コハルは微妙な顔をしているけど。
「レイジ、まさか薬物乱用を!?」
「ちげーわ! こいつ1マスあたりの単価が店売り1万ルーブル下らない代物なんだよ!」
コルで取引している今、いくらくらいの値段になるのかはわからないが、高値で売れるのは間違いあるまい。鎮痛剤として使ってもいいが、デバフがデカイしなぁ。
ただ、鎮痛効果が長い上に2秒で使えるのはデカい。俺が愛用するイブプロフェンやワセリンよりも1秒だけ使用時間が短い。時にそれが生死を分けるのだ。
というかこれを使うのが薬物乱用と言うならば、ラムネ菓子感覚で鎮痛剤飲んでる方がヤバい気がする。
タルコフでは不意討ちで脚を破壊されても逃げられるようにと、こまめに鎮痛剤を飲むPMCが多い。鎮痛剤って、痛みが出てから飲むものじゃないだろうか。
「結構貴重なアイテムなんだね」
「紛争地帯で医薬品は貴重だからな。タスクでの納品もあるぞ。避難民の治療用にって」
取っておくか迷ったが、今は金が欲しい。納品分は必要になってから集めようかな。
「シノン、動きはあるか?」
医務室の窓ガラスは分厚く、銃弾のダメージを大きく減衰させる。その例外は割れている部分で、シノンは大きく割れた穴から向かいの建物を監視している。
"新建築"と呼ばれるそれは建築中か解体中の2階建て倉庫で、インテリ棟からは約100メートル。2階には機関銃やグレネードランチャーが据え付けられている。
マップリワークによって追加された場所であるが故に新建築と呼ばれているのだ。そして、ここにはボスがスポーンする。
「……何か動いた。複数」
「ボスじゃねえか? あそこ、SCAVいるけど多くて2人だろ。ズボン見えねえか?」
リョーハもボスのズボンを確認しようとスコープを覗くが、渋面を浮かべていた。暗くてよく見えなかったのだろう。
取り巻きは青と白の迷彩ズボンを履いていて、リシャラ本人は茶色のジャケットを着ている。それさえ見えれば確信が得られるのだが、シノンは首を横に振った。
「まだ確証はないわ。でも、3人くらい動いているのが見えた」
「俺が威力偵察に行こうか?」
「待って、2階に人影。左の機関銃についているわ。取り巻きだと思う」
2階ならば日が差すからよく見える。ズボンはわからずとも、袖に白の2本線が入った警察ジャケットで見分けたのだろう。あとはやけに装備がいいとか、そんなところか。
「お手柄だ。リョーハ、シノンとここから狙撃しろ。俺はコハルとキズメルを連れて殴り込んでくる」
「俺も突っ込みてえよ」
リョーハはボヤくが、近接戦能力のないシノンを1人にはできない。それに、お前は飼い主といられるんだから嬉しかろう?
ボスキルが経験値とかアイテム的に美味いのはわかるが、アイテムなら後で山分けしてやるよ。
「コハル、キズメル、中の廊下は長いから、そこから攻めるのはやめておけ。壁や角、小部屋を使って奇襲するんだ」
「わかった。他に気をつけるべきことはあるか?」
「何か投げてきたと思ったら、ソレから全力で離れろ。3メートル以内にいたら死ぬぞ。それ以上離れても破片が来るから気をつけろ」
「魔法のようなものか?」
「それより厄介なものさ」
リシャラ軍団のグレネード一斉投擲程怖いものはない。たまーに取り巻きとかリシャラ本人が巻き込まれて死んでいたりもするけどな。
「レイジはどう動くの?」
「2人と正面からお邪魔するのさ」
新建築の側面は南北に2つの大きな搬入口があり、反対サイドも似たような作りだ。後は南側が大きく開いていることと、北側にドア程度の入り口がある。
どう動くかというとこのまま正面、建物側面の搬入口から突っ込んで大暴れだ。
※
「シノン、俺たちは新建築手前50メートルの位置についた。盛り土の後ろだ」
『見えてる。相手はまだ気付いてない』
この辺りは工事現場であり、さまざまな重機が放置されている。やけに盛り上がった土とか変な溝とか起伏があり、地形隠れて進むには都合がいい。
もう少し近寄れるだろうか。その前にまずは偵察だと盛り土から顔を出し、ライフルスコープを単眼鏡の代わりにして偵察してみる。
取り巻きに守られ、リシャラがそこに立っていた。対面には肌が緑色のエルフがいる。
情報と違う。あれは森エルフではなくフォールンエルフと呼ばれる奴で、キズメル曰く『堕ちたエルフ』だ。前の層からこそこそと、何かを企んで暗躍しているらしい。
「キズメル、敵の中にフォールンがいる。森エルフはいない」
「なんだと?」
キズメルにスコープを投げ渡すと、信じられないとばかりに覗き、顔を驚愕に歪ませた。
何かしらの理由で追放されたフォールンは何故か秘鍵を狙っていて、何かを企んでいることは確かだ。森エルフと黒エルフがPMCだとすれば、あいつらフォールンはSCAVみたいなもんだろう。
「リョーハ、問題発生。情報と違ってフォールンがいる」
『どーすんだ』
「皆殺しにすればいい話だ。リシャラを先に始末すればコハルとキズメルが暴れやすくなる。そっちも狙撃態勢を整えて、こっちの合図を」
パシュ、銃声にしては軽すぎる音が聞こえた。銃弾はリシャラの取り巻きに当たり、血飛沫が舞い散る。
その瞬間、敵の動きが慌ただしくなった。襲撃とあればもちろん警戒体制に移行するわけで、フォールンエルフ共も散り散りになって辺りを警戒してしまった。
「リョーハ、撃ったのは誰だ!?」
『俺らじゃない、さらに後ろのコンクリ壁から銃声!』
咄嗟に振り向き、サイトを覗く。ブースターが拡大したその景色の中、髑髏の面をつけた黒フードのPMCが緑色のライフルを手に佇んでいた。
DVL-10、サプレッサー一体型のバレルを使ったのだろう。あれほど静かな銃声はそれ以外にない。
「リョーハ、後ろのコンクリ壁に敵性! 例の黒フードだ!」
『メイベルをやった奴か!?』
「恐らく! こっちからは距離100!」
更に撃とうとしている黒フードに、俺は咄嗟に射撃した。相手がグリーンだろうが知ったことか。奴を殺さなければ殺されるのはこっちだ。奴もPK連中とグルかも知れないしな!
しかし悲しいかな。しゃがんで撃ったものの、弾丸は僅かに外れた。足回りが若干不安定なせいで、撃つたびにブレて狙いがズレていく。
「奴が逃げるぞ!」
『待て、リシャラがお前に食いついた!』
『頭下げなさい! 上の
シノンの警告と共に俺は伏せる。まるで地面にダイブするような勢いだったが、お陰様で命拾いした。頭の上を重い銃声と共に機関銃弾が貫いていったのだ。あんなの当たったら即死してもおかしくないぞ。
クソが、そんなのをドンドコ景気よく撃ちやがって。NPCがたまーに使う重機関銃はやけに当たるから嫌なんだよな!
「コハル、頭上げんなよ! キズメルも絶対動くな!」
「言われなくても上げたくないよ!」
「人の作る兵器とは、中々に面妖だな!」
厚く盛った土は意外なことに、襲いくる銃弾を受け止めてくれる。砂や土の密度が弾丸を阻むのだ。その辺の壁より土嚢の方が硬いなんてことも十分にあり得る。
それに、この土が高く盛られていたのが幸いだ。上から撃ち下されているが、ギリギリ死角に入っている。だが、下がることも進むことも出来ない。
「リョーハ、シノン! てめーらどこにいやがる!? こっちは新建築で制圧くらって動けない!」
銃声が響き、機関銃の轟音が止まる。シノンがやったのだろうか。俺も咄嗟に身を乗り出して射撃し、突っ込んでこようとしたフォールンエルフへダメージを与えて下がらせる。
『旧建築迂回して、側面に回る!』
「早くしてくれ、奴ら詰めてくるぞ! 頭あげらんねえ!」
再び機関銃の轟音が鳴り響く。スーカ、機関銃手を倒したんじゃなくて、下がらせただけか!
『ごめんなさい、アルティンに弾かれたわ』
「SNBならブチ抜けるんじゃねえのかよ!」
SNB弾自体の跳弾率は高めに設定されており、アルティンヘルメットの堅牢さも相まって跳弾したらしい。
なんだって、俺に起きた奇跡が敵にまで起きるんだよ!
『レイジ、しばらく自力対処頼む! 旧建築側から機関銃排除してやる!』
「俺たちが死ぬ前に頼むぜ!」
隣でコハルが小さくなって怯えている。その姿はまるでハムスターだ。可愛いなんて思う余裕がない。それだけ事態は逼迫しているのだ。
「クソが!」
僅かに身を乗り出し、機関銃手へ向けて数発射撃する。すると、どうやら怯んだのか機関銃手が土嚢に身を隠した。
ベータの時は被弾でもしない限り引かなかったのに、ここへきて至近弾にビビってくれるようになったか。制圧射撃が有効というなら話は早い。
「コハル、キズメル! 俺が援護する間に突っ込めるか? 突入して乱戦に持ち込むしかねえ!」
「先にフォールンの方が突っ込んできてるよ!」
「ブリャー! 上の機関銃を抑えるから、その間にやってくれ、30秒だ!」
「わかった。キズメル!」
「こっちは行けるぞ。レイジ、合図を頼む!」
マガジンには弾が残っているが、新しいものと交換する。とっておきの60連マガジン。これならばしばらく機関銃を黙らせて置けるはずだ。
身を乗り出し、2発ずつ撃ち込んでやると機関銃の敵は頭を下げた。そのまま大人しくしてやがれ。そうすれば死ぬのは後になるぞ。
「抑えてる、行け行け行け!」
2発ずつとはいえ、制圧射撃をしていればすぐに空になるだろう。その前に2人が仕留めてくれるか。それに懸かっていた。
もう敵の足音が聞こえてくるような距離。そんな距離で飛び出したコハルとキズメルは眩い光を放ち、ソードスキルを発動する。
風切り音に遅れ、フォールンエルフの悲鳴が聞こえる。あいつら、攻撃力は高いのに体力少ないもんな。
「やったよ!」
「弾が無くなる! 一回下がれ!」
入口の方から別の取り巻きが射撃してきた。コハルとキズメルなら数発耐えられるだろうが、入口に取り付く前に相当削られるはずだ。突っ込むのは得策じゃない。
2人が最寄りの盛り土に身を隠してすぐ、AKは弾切れで沈黙した。遅れて機関銃の掃射が始まり、俺はその射撃を背に感じながらリロードする。
頼むリョーハ、早くきてくれ。
・DVL-10
ロバエフアームズにより開発された特殊用途向けボルトアクションライフルで、7.62×51mmNATO弾を使用する。
サイレンサー一体化バレルを搭載可能であり、副次的効果として全長が短く、コンパクトになる。(代償として初速が低下する)
今回登場した黒フードはそのサイレンサーバレルを搭載し、銃声をかなり抑えている。