Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
俺の半身を衝撃が襲う。横向きに落下したせいか、左腕を骨折してしまった。痛みのデバフが起きるけど、そんなの知るか。トマホークを握ってるのは右手だ。
「くたばれ!」
フォールンの脳天をかち割るべく、右手のトマホークを振り下ろす。視界が霞んでいようが、こんな至近距離なら関係ねえ。
ここで殺す。そうしなければ、俺たちが死ぬからな。
でも、フォールンはそれを腕で防ぎやがった。柄の部分は刃がないから、腕で防げば痛いだけで済む。
こうなりゃしょうがない。奴を蹴飛ばして距離を取って身を起こす。
フォールンは変な色の液体付きナイフを空ぶって悔しそうにしていた。おい、今逃げなきゃそれ刺してただろ? どう見ても毒付きです本当に以下略。
「解毒剤ねえんだぞクソ野郎が!」
「死ぬがいい! 我々の使命を邪魔はさせん!」
何を企んでるかは知らないが、邪魔させてもらうぜ。
トマホークを振りまわし、フォールンのナイフは左腕を使って上手くいなす。刃に当たらぬよう、手首を弾くのってヒヤヒヤするな。ミスったら切られるんだから。
「死ね!」
トマホークを引く。フォールンは俺が振り下ろしてくると読んだだろう。突進の構えを見せた。事実、地面を踏みしめて一気に突っ込んできやがった。
「貰った!」
「バカが!」
誰がトマホークを使うと言った? 代わりに前蹴りを奴の腹にぶち込んでやると、体をくの字に折って後ろへ飛んでいった。
悪く思うなよ。俺はお上品な戦いをするような人間じゃないもんでな。一騎討ちとか願い下げだ。
「やれ、シノン!」
今の上にいる相方は期待を裏切らない。きっと今回もそうだろう。これで何もなかったら、壮大なハッタリ芸だ。
でも、俺の肩越しに突き抜けていった衝撃波が教えてくれた。彼女は俺の期待を裏切らなかったという事実を。
血飛沫が飛び散り、フォールンは片膝をつく。俺は騎士じゃないし、勝利することこそが誇りだからな。数でも装備でも、相手の上を行って勝てればそれでいいのさ。
「じゃあな」
振り下ろしたトマホークが肩口へ深く突き刺さる。ガラスでも砕いたような感触に遅れて、フォールンはその場に倒れた。死体としてインタラクト出来るようになったし、間違いなく死んだようだ。
「助かったぜシノン」
「これで貸し借りなしよ」
「残念だな。膝枕してもらおーと思ったのに」
「あら、してあげてもいいわよ? 2度と目覚めないというだけで」
「辛辣だなおい」
ははは、と苦笑いを浮かべ、俺は岩に身を寄せる。久しぶりに命の危険を味わって、今更腰が抜けやがった。三途の川を反復横跳びした気分だ。
でもこれって、ボスの情報を得るための前段階なんだよなぁ。先が思いやられる。誰だか知らねーけど、ALS煽った奴マジで殺す。
「それに、ここだとSCAVが来るでしょう?」
いつの間にか隣にシノンが降りてきていた。しゃがみ込む俺に手を伸ばしていて、クールな笑顔が眩しい。
「なら、帰ってから」
「調子に乗らないで。ボス戦を生き残れたら、ご褒美くらい考えてあげるわ」
「はは、死ねねえなぁ」
シノンの手を握ると、俺を引っ張り起こしてくれた。筋力がどうだのと考えるつもりはない。ただ、こうして手を握ってくれるだけでも嬉しい。
仮想世界の中、この体も何もが電子の海を漂う僅かなノイズに過ぎないというのに、どうしてこの手は暖かいんだろうな。
※
BEAR Operator “Rage”
「やれやれ、ようやく仕留めたか」
カイサラとかいうフォールンに押し倒された時はやばかった。もう少しで首をぶち抜かれる刹那、鬼の形相のコハルがソードスキルをぶちかまして助けてくれたのだ。
まあ、仕留める前に霞になって消えてしまったから、殺し損ねたけどな。
「それよりも秘鍵だ。まだあの人族が持っているといいのだが」
少なくとも、シノンが狙撃してからリシャラは放置されたままだ。それでも、フォールンどもは俺たちにかかりきりで死体を漁る余裕はなかったと思う。シノンが狙撃してたしな。
「秘鍵はちゃんと取り返せたぞ」
キズメルは目的を忘れておらず、リシャラの死体から目的のものを回収していた。カイサラとかいうフォールンに逃げられた時は焦ったが、鍵を奪われる前で良かった。
「レイジたちには助けられた。私1人では太刀打ちできなかっただろう。あのような武器を前にしては、剣は無力だからな」
「礼ならばシノンの方に言ってくれ。今日のMVPだ」
シノンはリョーハとこっちへ歩いてくる。なんだか2人とも近くないか? 肩が当たってるぞ。なんかコハルが羨ましそうな目で見てるし。
「ちゃんと取り分残ってるでしょうね?」
「まだ漁ってないぞ。早く取り分取ってくれ」
俺は新建築で取り巻き3人倒してるし、そっちを漁ってやろう。少なくとも、損にはならないはずだ。
「ようやく、仲間の仇を討ってやれた。秘鍵も取り返せて、なんと礼を言ったらいいものか」
「いいのさ。俺たちにも目的があってやってるんだ」
「うん、これで一件落着だね!」
まだ脱出していないのに呑気なものだ。頭を撫で回してやろう。
「わわ、急にやめてよ! みんな見てるから!」
「本当に仲がいいのだな」
そう言って微笑むキズメルだが、どこか寂しそうに見えた。だから、空いたもう片方の手をキズメルの頭へと乗せ、包み込むように撫でてみる。
キズメルは背が高いとはいえ、それは女性の中での話だ。俺よりは若干低いし、撫でるのに苦労はしない。長身の女性もいいと思うぞ。
「ん……随分手慣れているのだな」
「まー、俺も色々あったものでね。変なスキルが無駄に身についた」
猫を撫でているような気分だ。コハルがパン生地みたいに膨れ始めたので、こっちは頭でなく顎のあたりを撫でてやる。ゴロゴロ喉を鳴らしそうな、嬉しそうな表情が可愛いなおい。実家の猫を思い出す。
「レイジ、お楽しみのところ悪いが撤収しようぜ。さっさと戦利品を回収してから、な」
リョーハめ、いつだっていいところで邪魔しにきやがるんだから。とはいえ、そろそろ行かなければ。俺たちの目的は情報収集であって、まだまだ前哨戦なのだから。
※
BEAR Operator “Ryoha”
戦利品は一旦ハイドアウトのスタッシュに格納し、再び3層の森の中。焚き火の前には変わらずイェーガーが佇んでいて、俺たちの足音に気付くとその顔を上げた。
「リシャラは始末したわ」
シノンの言葉に合わせて、俺はホルスターからゴールデントカレフを取り出す。横取りじゃないぞ。シノンがトカレフを手にすると発作を起こしちまうから預かってるだけだ。
イェーガーはトカレフを手にすると、僅かに頷いた。少しだけ胸の内がすくような気分がしたんだろうな。
「メカニックのコレクションになるだろうな。あのクズがいなくなれば、あのあたりも少し平和になるはずだ」
だが、とイェーガーは空を見上げる。そこにあるのは天へと延びる迷宮区で、その先にある100層を見つめているのだろう。
「この塔の果てを踏み越えた時、この争いに終止符が打たれるはずだ。傭兵、お前が求める5層の敵は強大だ。それでも戦うか?」
「当たり前だ。俺たちは止まらねえぞ」
シノンも頷く。そんな俺の目を見て、イェーガーは静かに笑った。諦めていたような目に、僅かに火を灯して。
「この塔を守るのはゴーレムだ。かつてこの地の工場地帯で作り出された防衛機構で、光を使って敵を探し、壁から攻撃してくるという。防ぐのは論外。避けるんだ」
「任せろ。当たったら終わりなのは前からだ」
イェーガーの言い方からして、まるでレーザートラップの類だな。RPGは一応経験あるけど、トラップ複合型なんて聞いたことはない。
「奴の装甲は硬く、銃弾は通らん。だが、何かしらの隙間は必ずある。そこを高貫通力の弾丸で撃ち抜けば、必ず仕留められるだろう。奴の攻撃を止めることもできるかも知れん。傭兵、後はお前に任せた。これを持っていけ」
イェーガーは何かの鍵を俺へ渡すと、再び焚火に向き合った。これで話は終わりということだろうか。イェーガーの話はタブレットで録音していた。これで、レイジやキリトたちに誤ることなく伝えられる。
そっと、左肩のワッペンに手を添える。BEARのオペレーターで、アトラスの一員。その肩書きの以前に、俺はリョーハとしてやれることをやるだけだ。
「リョーハ」
シノンが俺の手を後ろから掴んでくる。なんだと言う俺は、きっと冷めた目で振り向いただろうな。今は頭が冷めている。戦うためだけに研ぎ澄まされた刃のように。
懐かしいな。MMOトゥデイライバルズにレイジと出場した時もこんな気分だったっけ。
「疲れてるんじゃない?」
「大丈夫だ。まだやらねえとならないこともあるしな」
そう言ってまた歩こうとする俺の手をシノンが引く。もう片方の手も俺の腰に回されて、捕まってしまった。
「死んだら許さないから。約束、守りなさいよ」
「……ああ、任せろ。こんなところで終わるつもりはねえからな」
そうだ。あのバカどもを死なせねえためにも、俺は生き残らないとな。このままPK野郎どもの思う壺も面白くねえ。どんでん返しをかましてこそ、楽しいってもんだろう。