Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
BEAR Operator “Rage”
Ainclad “Hide out”
バンカードアを押し開けて白熱電球の灯るハイドアウトに足を踏み入れると、見慣れない顔が増えていた。ただでさえ狭いのに、更に狭くなったな。密です。
「ブラック! こりゃどういうことだ?」
本部を任せたブラックバーンを呼ぶと、インテリジェンスセンターの椅子から奴が立ち上がる。どうやら、しっかりと本部機能は維持してくれていたらしいな。
「キリトとディアベルさんが有志を募ってきたらしい。DKBとかALS、アトラス一線級部隊に中小パーティの統合任務部隊ってわけだ」
なるほど、それでこの人数ってわけか。フルレイドには及ばないが、十分な人数がいる。見知った顔もいくつかあった。
歩み寄ってきたのはDKBのサブリーダーで、ハフナーとか言う人だったような。その後ろにはシヴァタもいる。重鎮のお出ましってわけか。
「よう、デアデビルさんよ。ディアベルさんの頼みだから来たが、今回の件に嘘はないんだな?」
ああ、つまりはアトラスでフラッグを独り占めしようとか、その他何かの陰謀を疑ってるわけか。
自分の仲間を連れているんだ。危ない橋を渡らせるわけにはいかないのだろう。いいリーダーだ。
「もちろんだ。アトラスとしてもギルドフラッグを手に入れることに興味はない。攻略組の分裂を防ぐ、それだけが目的であり、俺たちの役割だと考えてる」
「第3勢力だから、か?」
「そんなところさ。余所者の俺らだからこそ、争いの外から立ち回れるってわけ」
「全く、お前もブラッキーもめちゃくちゃやってくれるな」
そういう性分なもので、と軽口を叩きながら拳を打ち合わせる。ハフナーにせよシヴァタにせよ、割と理性的なんだよな。あ、シヴァタはリーテンのためか。
「というか、サブリーダー直々に来てよかったのか?」
下手をすればギルドの裏切り者だ。最悪、追放もあり得るだろう。その時はアトラスに引き抜かせてもらうだけだがな。
「俺も不本意だが、このゲームをクリアするのにALSとDKB……あとはアトラスも必要だ。リンドさんを裏切ることになっても、攻略を待ってるプレイヤーを裏切るわけにはいかねえ」
本当、ちゃんと目的を見失わずにいる人がいるというのに、どうして対立は続くんだか。煽動連中を粛清できれば楽なんだけどな。
「ああ、あなたがレイジさんでしたか」
振り向いてみると、口髭をわずかばかり生やしたダンディな男がいた。確か、ALSの班長クラスの人じゃなかったか? 会議で遠目に見ただけで、名前はよく知らんけど。
「ええ、そうです」
「ALSリクルート班班長、オコタンです」
「よろしくお願いします。そっちも重役を出してくるとは」
「今回ばかりはALSの落ち度です。一部の強硬派が不安を煽った結果の暴走でして」
「キバさんも苦労してるでしょうよ。下手に抑え込めばギルドが真っ二つでしょうし」
ぶっちゃけ、キバオウの困り顔も見てみたい気がする。尻拭いするんだから、今度会ったら奢ってもらうぜ。
「全く、1層の時も無茶苦茶だったが、5層へ来て磨きがかかったか?」
このバリトンボイスはエギルか。1層で怨念マリモ乱射事件の後、キバオウを諭していたプレイヤーだ。今は商人目指してるんだっけ。
この色黒の肌に禿頭、両手斧という組み合わせはかなりの威圧感を放つが、気さくないい人なんだよな。あと、ちょっとUSEC装備で写真を撮らせて欲しい。絶対似合うだろうからな。
「キリトと俺で化学反応が起きたのさ。宇宙だって生み出せる」
「ビッグバンを起こしてどうする。アインクラッドが吹っ飛ぶぜ」
そりゃ困るな、と肩をすくめて笑う。
「ねえ! ボクを忘れないでよ!」
声の主はエギルの後ろでぴょこぴょこ跳ねていた。紫の髪を振り乱す小柄な少女は、エルフクエストの最中に出会った凄腕剣士だ。
「よう、ユウキも来てくれたのか」
「当たり前だよ! ボスなんてささっと倒してみせるからね!」
「よしよし、その心意気だ」
ちょうどいい高さに頭があるものだから、ついつい撫でたくなってしまう。撫でてすぐは心地良さそうにするのだが、すぐに我に帰って怒り出す。
「もう、子供扱いしないでよ!」
「いい高さに頭があるのが悪い」
まあ、怒ってもぴょこぴょこ跳ねながら胸を叩いてくるくらいだ。ぶっちゃけ可愛らしい。
おっと、コハルが服の裾を引っ張ってきたぞ。こっちも撫でてやらねば。
「おいおい、俺を忘れないでくれよ!」
振り向くと、赤っぽい髪の侍がいた。おっと、お前さんもいたのか。
「久しぶりだな、クライン。マジで来るとは思わなかった」
「どーいうことだよ。そんなにチキンじゃねえし、大舞台にこなきゃ男が廃るぜ!」
「だと思った。先走りすぎてくたばるなよ?」
「お前こそな!」
拳を打ち合わせると、ゴンと鈍い音が響き渡る。クラインはなんだかんだお人好しで信頼も出来る相手だ。出来れば死なせたくないしな。
「よし、総員傾注!」
その一声で全員が俺に目を向ける。ああ、こういうの夢だったよな。何万とかいう単位じゃないけど、こういう軍団長って憧れたなぁ。
「これより、5層ボス攻略を開始する。偵察部隊の報告によればALS主力は2時間後、日の出とともに出発の模様。俺たちはそれに先んじて迷宮区へ突入し、ボスを討伐。後は合同パーティに何食わぬ顔で参加して、攻略組分裂を阻止する」
いよいよ始まる。肩が重く、口が乾くような感じがした。ちゃんと声が出るのは、コハルが最前列で俺を見ていてくれるからだろう。
その手を握りたいが、今は我慢しよう。俺の力で切り抜けなければ。
「総指揮はディアベルさん、お願いします」
青髪の騎士に目を向けるが、彼は首を横に振る。どうしてだ。彼の下であればみんな纏まるんだぞ。それを自覚しているだろうに。
「確かにオレがみんなを集めてきた。でも、ずっと前線を離れていたオレよりも、攻略に参加して実力を示してきたレイジの方が適任だよ」
アトラスの連中がそうだそうだと声を上げ、SAOプレイヤーは俺とディアベルさんを交互に見る。キリトは……クソが、お前がやれって目をしやがって。お前にもしっかり役職をくれてやる。
「なら、総指揮兼PMC側指揮は俺。SAO側はディアベルさんが指揮してください。キリト、お前は俺の直属で参謀をやってもらうぞ」
「え、マジか……」
逃げようとしたキリトの背中をアスナが突き飛ばし、列外へ押し出す。グッジョブ。逃がさないぞこの野郎。きっちり働け。
「ボスクエストはある程度攻略し、アルゴが情報を精査してくれている。そうだな?」
「ああ、レー坊たちのおかげで出揃ったヨ。迷宮区もすぐに突破できるナ」
「なら、道案内を頼む。PMCはナイトビジョンを用意しろ。夜陰に乗じて進軍するから、フィールドでは俺たちが前衛だ」
攻略まで見つかってはならない。見つかったらその場で揉め事になること間違いなしだ。それを避けるためにも、危険だが夜に進むしかない。
だからこそ、哨戒を俺たちPMCが担う必要があるわけだ。
※
「メイベル、そっちはどうだ?」
『何も見えない。タチャンカのサーマルスコープにも反応なし』
ブラックバーンからの報告が返ってくる。休んでもいいと言ったのに、このまま泣き寝入りは嫌だとメイベル全員が参加を志願してきたのだ。
死にかけたマニエクとアイザックに真っ直ぐな目で言われて仕舞えば、Noを突きつけるなんて出来ないしな。
「了解、後続は前進するぞ」
緑の世界を俺は歩む。先に進むメイベルが進路の安全を確保し、SAO隊はそれに続いて進む。流石にナイトビジョンをSAO組の分まで揃えるのは無理だった。
「でも、あんまりよく見えないね」
コハルは特別に俺の予備を渡したが、思っていたのと違うようだ。
「安物の2世代だしな。3世代のはもっと綺麗に見えるぞ」
俺の単眼式ナイトビジョン"PVS-14"は3世代だからくっきり見えるものの、視野が狭い。それでも、くっきり見えることを優先したわけだ。解像度は索敵に直結するからな。
『こちらメイベル、目標到達。今のところ周囲はクリア。ALS連中はお眠の時間らしいな』
「上出来だ」
先行するブラックバーンたちが迷宮区入口付近を確保してくれた。よしよし、ALSに出し抜かれたわけじゃなくてよかった。
1分遅れて合流すると、散らばって警戒する彼らが浮かび上がって見える。
タチャンカは相変わらずマスカヘルメットを被っており、ナイトビジョンが装着できない。だから、銃の方にサーマルスコープを搭載していた。
お前、そこまでしてマスカヘルメット被りたいのか?
「動きは?」
「俺たち以外誰も来ていない。しっかり寝て、背を伸ばしたいらしいな」
「俺ももう少し欲しいんだけどな」
軽口はその辺にしておいて、壁際にアルゴを呼ぶ。
5層の迷宮区入口は迷路になっており、そこを突破してようやく塔の中、迷宮区本体に入れる仕様だと言う。でも、アルゴはそれをショートカットする術を知っているらしい。
「レー坊、ここ照らせるカ? あと、リョー坊はあの鍵出してヨ」
「おっと、ここで出番か」
リョーハは鍵を取り出す。なんかイェーガーおじじがくれたんだっけ。
どこか鍵穴があるのだろうか。俺はナイトビジョンを外して、銃のライトで壁を照らす。すると、そこには小さな鍵穴があった。分かりづらいなこれ。
早速リョーハが鍵を差し込むと、壁の一部が迫り出してきて、いい感じの足場になった。要は、クライミングしろと言うことらしい。
「アルゴさん、これを登るの?」
「そうだヨ。コーちゃんは高いところが苦手カナ?」
「苦手というより、暗くて怖いというか……」
「そんなあなたにこれ一つ」
俺は銃を上へ向ける。フラッシュライトが壁を照らし、天辺までを浮かび上がらせた。遠くからでも見られてしまうだろうが、攻略前に転落死されるよりは絶対にいい。
「では、某から登りますぞ。レディファーストとは暗殺を恐れた男が女を囮に使ったのが発祥という。やはり大和男として、そのような真似はできませぬな」
いい心がけだが、それなら名前をロシア語じゃなくて、日本語由来で付けるべきだったな。
「遠慮なく行け。お前の重装甲ならまあなんとかなるだろ」
レッカーが呆れ気味に言い放つ。タチャンカの表情はわからないが、嬉々として登っているのはよくわかった。バカと煙はなんとやら、だ。
「アレが噂の怨念マリモですかな?」
「ええ、そっちのリーダーに乱射したタルコフの悪夢ですよ」
オコタンは奴の姿に苦笑いを浮かべる。リーテンのフルプレートアーマーと違って、奴のずんぐりむっくりした装備はどこか不気味さを醸し出している。
あいつ、絶対重量オーバーのはずなのに動きが早いなぁ。
「メイベル、先に上がれ。その後はSAO隊、最後にリンデンが上がる」
・FLIR RS-32サーマルスコープ
タチャンカが使用していたサーマルスコープ。照準用サイトとして武器に装着できる他、アダプターを介してヘルメットに装着できるとあるものの、ヘルメット装着は未実装。
2.25倍と9倍の切り替えが可能なのだが、どう考えても機関銃には相性が悪い気がする。持ち合わせからして、REAP-IRは買えなかった模様。
・AN/PVS-14 単眼式ナイトビジョン
米軍及び同盟国で使用されている単眼式夜間暗視装置。3世代であるために、結構な距離を視認可能だが、単眼ゆえに視野は狭く、奥行きがわかりにくいのが難点。
自衛隊ではこれのライセンス生産モデルをJGVS-V8として使用している。