Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
迷宮区はゴーレムだらけだったが、人より少しデカイくらいのものだ。ここではSAO組が前衛を担当し、次々に雑魚を始末してくれた。
頭にある紋章が弱点で、雑魚クラスなら剣でも届く。だから、俺たちPMCは弾薬を温存させてもらう形になった。
「流石にずっと前衛はストレスがな」
「俺だって嫌さ。むしろ、フィールドでずっと前衛やれただけでも凄いと思うぜ」
そういうキリトだが、ボス戦になったらお前にもバリバリ前に出てもらうからな。
「慣れてんだよ。いきなりスナイパーに頭抜かれないだけでも幸せなもんさ」
「シノンみたいなのがあちこちいるのか」
「ああ、シノンには何度も頭抜かれたよ」
なにが起きたかを理解することもできず、倒れて視界がブラックアウトしていく。あの擬似的な死を何度も味わった。
今度は本当に死ぬことになる。でも、怖いとは思えなかった。何度も擬似的に死んで来たから、慣れてしまったのだろう。また、あんな風に視界が霞んで倒れて、そして何も見えなくなるのだ。
あとは眠ったまま。そうなれば俺の魂は何処へ還っていくのだろう。
そんな考え事をしているうちにボス部屋前の安全地帯に着いた。適当なところにしゃがみ込み、腹拵えに飯を食う。エネルギー切れで餓死したら死んでも死にきれないからな。
「みなさん、よかったらどうぞ!」
そんな声に顔をあげると、アスナがロールケーキを配っていた。そういや、俺がチェックしていた店の一つにロールケーキが美味いところがあったな。
コハルとシノンも配るのを手伝っており、貰った者はその甘味に歓喜の声を漏らす。全く、羨ましいものだ。
「やった! このロールケーキ高いんだよね! でも美味しいから、金欠覚悟で食べに行っちゃうよ!」
「もう、ちゃんとご飯も食べなきゃダメだよ?」
そんなコハルとユウキのやり取りに思わず笑みが溢れる。お陰でレーションの袋を開けるつもりが、手が止まってしまったよ。
「レイジ」
再びレーションの袋を破ろうとしたら、目の前にコハルが立った。これはつまり、俺の分もあるのか?
「これ、食べたかったでしょ?」
「おう、頂くよ」
コハルが差し出す皿を受け取ると、彼女はそのまま俺の隣へ座った。ここが特等席だと言わんばかりに。シヴァタとリーテンの真似でもしたか?
ロールケーキを齧り、息を一つ。周りに目を向ければ、仲間同士で談笑しているのが殆どだ。悲壮感なんてどこにもない。やる気も実力も十分というわけか。
ここまで妨害はなし。少なくとも、モルテ共は俺たちの動きを察知できていないか追いつけていないのだろう。油断はできないが、前だけ見ていられるなら楽な話だ。
「レイジ、やっぱり不安?」
コハルは心配そうに俺の顔を覗き込む。やめてくれ、そんなに近くで見られたら不整脈が起きるじゃないか。
「いつだって不安さ。キリトとかディアベルさんに押し付けるはずの総大将にされちゃって、また仲間の命を背負ってるんだから」
自嘲的に笑いつつ、マガジンへ弾薬を込めていく。とっておきの60連マガジンは継戦能力こそ高いが、弾込めはバカみたい遅いのが難点だ。
そんな俺の手にコハルが手を重ねる。作業の手は止まるが、弾込めなんかよりも大事なことだ。
「1人で抱え込まないで。私がいるから」
「パートナーだから、だな」
「うん、そうだよ。どうしたらレイジの不安は消せる?」
「……背中を頼む」
絞り出すような一言だったが、コハルは微笑む。最も無防備になる背中を預けるのは信頼の証。それは彼女にも伝わっただろう。
「わかった。私に任せて」
コハルは笑顔を見せてくれる。この笑顔に何度救われたことだろうか。この優しさがバフのように俺を強くしてくれることだろう。
誰かの命を背負う重さに潰されそうになって、その度に助けられてきた。今回も、きっと守ってくれるだろう。
「今度はキバオウの奢りでスイーツ食い倒れに行こうぜ」
「領収書もらっておかないとね」
はは、言うようになったじゃないか。弱気だった少女は何処へやら、頼もしい相棒になったものだ。
「そうだな。じゃ、行くとしよう」
そう静かに告げて立ち上がると、攻略隊全員が立ち上がる。まるで将軍にでもなった気分だ。悪くないな。
「今回は区切りのボスだけあって強力だ。範囲攻撃こそないけど一発が重い。受けるくらいなら回避に徹してくれ」
キリトがボスについて説明する。これは裏が取れた情報で、もう伝達はしたが念押しだ。この情報力こそがベータテスターの強みであり、果たすべき役割だろう。
着いてきたアルゴも追加情報はないようで、ニヤニヤと笑いながら頷くだけだ。
「よし、前にも言ったかな。みんな、生き残ろうぜ!」
ディアベルが剣を掲げると、ほとんどのプレイヤーがおうと一言、それぞれの武器を高く掲げる。1層の頃から攻略組として走ってる奴からの信頼は桁違いだからな。
行こう。そう思って振り向くと、ディアベルに肩を掴まれた。彼が顎をしゃくると、その先にはPMC連中やシヴァタにリーテン、キリトとアスナ、ユウキ、エギル、クライン……それと、コハルが俺に目を向けて、言葉を待っている。
全部ディアベルに押し付けるつもりだったのに、どうして俺がこのポジションにいるんだろうな。
「さっさと終わらせて、定刻通りパーティに参加するぞ。ALSの奢りで、好き放題飲み食いしてやれ!」
巻き起こるのは笑いで、オコタンをはじめとしたALSのプレイヤーは苦笑いを浮かべる。リョーハは俺の背中を叩くと、いつもみたいにニヤニヤと笑っていた。
「お前らしいな」
「堅苦しいのは苦手だ。少しくらいふざけた方がいいだろ」
「程々にしてやれ。ALSの奴らが今から支払いに頭を悩ませることになる」
確かにそうだな。余計な頭痛の種を増やすこともないか……って、火種は奴らじゃねえか。ただの自業自得だろ。
「おしゃべりもこの辺にしよう」
ボス部屋の扉に手を当てると、コハルが手を重ねてきた。少しだけ照れくさいが、それだけ心強い。踏み出す勇気を貰えて、背負う責任を一緒に負ってもらって、俺はようやく立っていられる。
きっとこの先に、青髪のナイトが旗を翻して敵へ立ち向かい、仲間を鼓舞する英雄譚を夢見ていたのかもしれないな。
その場に俺が、俺たちPMCがいなかったとしても。