Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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リザーブのボスラッシュ、ラボ無料&グラハー登場と、執筆を邪魔するEFTのイベント!


1層-3 旅路の始まり

 またどこかに転移させられたのか。そう思ったが、転移門広場から動いてはいなかった。

 ところで、鏡には何の役割があるのか。そう思って鏡を覗き……思わず落としてしまった。

 

「……俺の顔?」

 

 大人になりそうでなりきれていない、そんな微妙な年頃の顔。歳を食った厳つい顔ではない。

 嫌と言うほど見て来た。自分の顔だ。

 

「えっ……みんな、見た目が……」

 

 コハルが何やら驚いているので、視線の先に目を向けると、キリトとクラインであろう人物がいた。

 

 クラインは精悍な顔つきに顎髭を生やした野武士になっている。まだ面影はあるし、気のいい兄ちゃんは崩れていない。

 問題はキリトだ。クールなイケメンはどこかへ消え去り、幼さを残す中性的な顔立ちの少年になっていた。大人に憧れたのだろうか。背も低くなっている。

 

「クラインとキリトだよな?」

 

「お前レイジか!? あの顔からそれは想像つかねえ!」

 

「タルコフのキャラメイクに文句言え!」

 

 時に、コハルはどうなのだろうか。ネカマの可能性も捨てきれず、目を向けるのが怖い。

 だが、現実を直視する時が来たのだ。勇気を出そう。

 

 そう思って首を動かすが、コハルは全く変わっていなかった。そのまんまの美少女がオロオロしながら立っている。

 

「コハル、まんまだな」

 

「VR試着用のアバターをそのままコンバートしたの。ほら、自分の顔じゃなきゃに合う服を選べないでしょ? それで、ゲームを始める時に出て来たメッセージを適当にOKしたらこの姿で……」

 

「今となったら、手間が省けたみたいなもんか」

 

 タルコフのキャラメイクで身長を変えられなかったから、これはありがたい。

 目線が普段の生活と違うと、中々動きに慣れないのだ。これなら思うように動けるだろう。

 

 隣の酔っ払い2名も、驚きながら自分の体をあちこち触っている。楽しそうで何よりだ。

 

「レイジ、その姿の方がいいかも」

 

「ゴツいロシア人キャラよりはいいか?」

 

「そうだけど、何だかお兄さんって感じがするよ」

 

「おだてても缶詰かチョコバーしか出ねーぞ?」

 

 スキャンがどうだとキリトが考察しているが、それはどうでもいい。今この場に囚われて、自分自身の姿でここにいる。その事実で十分だ。謎解きゲームじゃあるまいし。

 

「以上で、ソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る」

 

 死神は消え、赤く染まった空は青空へ戻る。

 

 一瞬の静寂の後に、悲鳴、怒号、罵声。ありとあらゆる声が転移門広場に木霊した。隣にいるはずのコハルの声が、かなり遠くに聞こえるほどに。

 

「ねえ、レイジ……これ、ドッキリじゃないのかな。ほら、よくバラエティ番組であるやつ! ね、そうだよね……」

 

 無理矢理作った笑顔に、縋るような目が心を抉る。覚悟して、ここで戦うと決めたばかりなのに。それが、この瞳を見ただけで揺らいでしまう。

 何か答えなければ。それなのに、俺の頭には何も言葉が浮かばない。

 

 彼女の流す涙を見ているのが、あまりにも辛すぎたから。

 

 その無言は、コハルに現実を突き付けるには十分すぎた。

 コハルはその場に崩れ落ち、何とか抱き止めるのが間に合った。早くこの場から離れなければ。

 

「クライン、どっか休めるところを。雰囲気に飲まれるぞ」

 

「あいよ。案内してやるから運んでくれ」

 

 コハルを抱き抱え、クラインとキリトの先導に従って広場を離れる。

 雰囲気に飲まれて絶望したらそれまでだ。一度挫けて仕舞えば、再び立ち直って戦うのは難しい。

 

「レイジ、クライン。聞いてくれ」

 

 移動の最中、キリトは神妙な顔で口を開く。何かあったかと耳だけ傾けつつ、目は意識を手放したコハルに向けていた。

 

「何だ」

 

「俺はこの街を出る。生き残るにはレベルを上げることが必要不可欠だが、みんなが気付くのは時間の問題だろう。すぐにこの辺のリソースは足りなくなる」

 

 モンスターも狩り過ぎればいなくなる。それなのに、ここはプレイヤーが密集しすぎていた。

 だからこそ、キリトは誰も来ない場所でいち早くレベリングをして、足元を固めるつもりなのだろう。

 

「そうか。で、俺らにも来ないかと?」

 

「ああ。少人数ならば俺も助けられるから」

 

「もう出るのか?」

 

「そうしないと間に合わない」

 

 どうする? とクラインへ目を向ける。正直な話、俺にはあまり関係がない話だ。

 

 レベルが上がって強くなるのはSAOプレイヤーに限った話で、俺たちPMCは違う。

 HPは増えないし、スキルは特定の行動をしないと成長しない。精々、トレーダーから購入できるアイテムが増えるくらいだろう。

 

「悪い、俺はダチが待ってるんだ。前のゲームからの仲間で、まだ広場にいるはずなんだ。放って置けねえよ」

 

 クラインはどこか寂しげで、それを笑顔で無理矢理隠していた。

 キリトと共に行きたい気持ちもあるのだろうが、かつての仲間を見捨てられない。そんな優しさが滲み出ていた。

 

 キリトはクラインを置いていくことを躊躇っている様子だ。かと言って、クラインの友人全員を守れるわけもない。

 苦渋の決断、というやつか。

 

「俺もコハルを放って置けねえ。後から追いつくから、先に行ってくれ」

 

 コハル出会ったばかりではあるが、放り出すわけにはいかない。

 あの縋るような瞳が脳裏に浮かぶ。誰かが支えにならなければ、立ち上がるのすら難しいだろう。

 

 だから、せめてとばかりにスマホ型の端末を取り出し、キリトとクラインへフレンド申請を送る。

 すぐに届いたのか、2人は承認してくれた。その通知が画面に浮かび、嬉しく思う。これは訣別ではない。少しばかりの別れだ。またいつの日にか会える。

 

「何かの縁だ。生きてまた会おうぜ。お互いの知識が役に立つかも、だろ?」

 

「なんかあったらオレを呼べよ! すぐ駆けつけてやるからよ!」

 

 クラインに肩を叩かれ、嬉しく思う。自分も不安だろうに、安心させようとしてくれたのかもしれない。

 

「レイジ、クライン……すまない」

 

「行っちまえ。お互い出来ることをするんだ。胸張って行きやがれ!」

 

 餞別に水と食料を手渡し、今度は俺がキリトの肩を叩く。キリトも俺たちを置いて、1人旅立つのを心苦しく思っているのだろう。

 ベータでの知識を持っていて、少し有利に立ち回れる。それでも、その両手の届く範囲はまだ広くない。

 

 助けたいと思うなら、強くなれ。願わくば、プレイヤーたちを導く存在にまで。

 

 キリトはもう振り返らない。小さくなっていく背中を、俺とクラインは見守っていた。不思議と、また会える気がする。

 

「……走れ、走れ、走れ、走れ!」

 

 俺も、俺に出来ることをしなければ。

 

 

「あれ……ここ、アインクラッド……?」

 

「よう、起きたか眠り姫」

 

 ようやく目を覚ましたコハルはあちこちを見回し、状況を理解しようとする。夢でなかったと理解して、落胆した様子だ。

 

「やっぱり、夢じゃないんだね」

 

 コハルはまた泣き出してしまいそうだった。少しでも安心させようと頭を撫でると、心地良さそうに目を細める。

 

「そういうこった。ほら、食べるか?」

 

 コハルが枕にしていたバックパックに手を入れ、チョコバーを取り出して手渡す。

 街などの"圏内"ではエネルギーも水分も減らないようだが、落ち着くために甘いものを食べるのはまた別問題だ。食事には娯楽の意味もある。

 

「ありがとう……キリトとクラインは?」

 

「キリトは山にレベリング、クラインは川で仲間探しを」

 

「桃太郎じゃないんだから」

 

「鬼退治的なことはするだろ?」

 

 クスリとでも、コハルは笑ってくれた。笑えているならばまだ大丈夫。笑えなくなっていたらどうしようかと思ったものだ。

 

「このチョコバー、かなり甘くない?」

 

「激甘だぞ。割と好きだけど」

 

「レイジ、見た目によらず甘党なの?」

 

「失礼な。人生辛口なんだから、食い物くらい甘口でいいだろ」

 

 そう言いながらコーラの缶と緑茶の缶を差し出すと、コハルは迷わずコーラを選んだ。コハルも甘いの好きじゃないか。

 

「それに、ここなら食べても太らないしね」

 

「それな。稼いで甘いもの食い倒そう」

 

「目標がそんなのでいいの?」

 

 コハルはまた笑う。俺はこのアインクラッドを楽しむつもりのスタンスなのだ。甘味の食べ歩きだって最高の目標じゃないか。

 そのためには、戦って稼がねばならないのだが。

 

「開き直っただけさ。俺たちがメソメソしてるのを見て、茅場の野郎がほくそ笑んでると思うとムカつくし」

 

「レイジは強いね」

 

「強いんじゃなくて、勢い任せって言うんだよ」

 

 お茶を一気飲みして、もう一度街を見つめる。座り込んでしまう人、泣いてる人、見ていてあまり精神衛生上良くなさそうだ。

 こう言う時こそ、何かに熱中して忘れるべきなのだろう。辛いことも悲しいことも、意識の外に追いやるように。

 

「コハル、俺たちもレベル上げに行くか」

 

 俺たち、その言葉にコハルは驚いたような表情を浮かべる。なんだ、置いてけぼりにするとでも思っていたのか?

 

「いいの? 私、ゲーム下手なんだよ? ベータでも全然戦えなくて……」

 

「構わん。接近されるまでは俺が削るから、剣が届く位置に来たらコハルが仕留めてくれ。俺にはソードスキルなんてないからな」

 

「……わかった。よろしくね」

 

「決まり、だな」

 

 コハルにフレンド申請とパーティ招待を送ると、笑顔で承諾してくれた。

 全くの別ゲームから来て、出会ったばかりの俺たち。それなのに、こうして信用してくれるのが嬉しくてたまらない。 

 

 ソロプレイもいいが、どうやら俺はチームプレイの方が好きなようだ。


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