Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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5層-16 混迷の戦場

 突入した俺たちは愕然とした。中には何もいなくて、ただ虚空が広がるのみだったからだ。ライトを使って照らしても、壁や床に幾何学模様が描かれているだけで何もない。

 

「おい、ボスってどこにいるんだ? モグラ叩きなんて聞いてねーぞ」

 

 リョーハは軽口を叩くものの、その顔は笑っていない。いつの間にか俺とリョーハで背中合わせになって辺りを警戒する。

 その間にもリーテンとアルゴが前に出て、周辺を確認していた。

 

「ボスがまだポップしてないのか……?」

 

 キリトも警戒を強める。まさにその時、床の模様が何か光ったように見えた。

 ぞわりと寒気が背中を伝う。この手のものが何を意味するのか、FPSとかRPGとか関係なしに思い浮かぶだろう。これはトラップだ!

 

「下がれ、罠だ!」

 

 先にキリトが叫び、俺はAKを構える。途端に周辺からアラームが鳴り響き、道中にいたようなゴーレムがスポーンした。まずは前菜か。

 

「うおっ、壁からなんか出て来やがった!」

 

 クラインが叫んで飛び退くと、その先から拳が伸びて来た。ロケットパンチとか聞いてないぞ! いや、ゴムゴムか!?

 ふざけやがって、この部屋そのものがボスの体ってことかよ!

 

「クソが、躱せ! タチャンカ、お前の方に行ったぞ!」

 

「スーカァァァァァァァ!」

 

 タチャンカの逃げ足では逃げきれない。ホーミングしてくる拳に、果たしてマスカヘルメットが耐えられるのか。

 あいつ死んだ、誰もがそう思った。それを覆したのはクロームメタルの甲冑だった。

 

 タチャンカと拳の間に割り込んだリーテンは盾を構え、重い一撃を受け止める。ノックバックで後退り、鈍い金属音がフロアにこだまするが、大したダメージは入っていなかった。

 

「助かりましたぞ!」

 

「早く下がって!」

 

「いや、ここは仕返しあるのみ。肩越しに撃ちますぞ!」

 

 現れたボス、ゴーレムの頭部へタチャンカが怒りの弾幕を放つ。硬い石に弾かれて鈍い音が響くが、それと合わせて弱点の紋章に当たって違う音がする。

 どうやら効いたらしい。更には壁から伸びていたボスの腕も跳ね上がり、攻撃の手を止めた。

 

「イェーガーが言ってた、弱点撃てば止まるってこれか!?」

 

 リョーハの中で点と点が繋がったらしい。2層の牛野郎と同じだな。弱点部位へのダメージ蓄積で攻撃キャンセル。いいことを知った。

 

「だが取り巻きがウザすぎる! 同時対処はキツいぞ!」

 

 ディアベルに目を向けるが、首を横に振るばかりだ。ただでさえ少ないリソースを本体と取り巻きに分配せねばならない以上、かなりの不利を強いられるのは当然か。

 

 その時、タンクの集団から悲鳴が上がった。よく見れば壁から伸びてきたボスの手が片手に1人ずつ掴んでいるではないか。拘束攻撃持ちか!

 

「クソが! アトラス、ボスの弱点に火力を集中しろ! 取り巻きは捨ておけ、タンクの救出が最優先だ!」

 

「ふざけやがって! 足元がトラップだらけで、まともに動けやしねえ!」

 

 マニエクはそう文句を言いながらも、足元に走る光の線を飛び越えてボスの頭目掛けて突進すると、至近距離からご自慢のショットガンMP-155をぶっ放す。

 近代化カスタムを施された、アルミシルバーのショットガンが吐き出す一粒(スラッグ)弾はAP-20。強力な貫通力と威力を誇るそれがボスの弱点を捉え、怯ませた。

 おかげでボスはタンク2名を手放し、マニエクが代わりにヘイトを受け持つ。

 奴は防御を捨てており、軽量ながらも防御力の低いPACAソフトアーマーしか着ていない。そこにSJ1だのSJ6、ついでにアドレナリンなどなど、興奮剤でドーピングしまくっているから、PMCにあるまじき瞬足でボスを翻弄してみせた。

 

「助かった。恩に着る!」

 

「なら下がって回復しな! いつまでもは逃げれないからよ!」

 

「マニエク、死んだら承知しねえからな!」

 

「心配してくれて嬉しいぞアイザック!」

 

「てめーが死んだら、貸した金返って来ねえだろ!」

 

 軽口を叩くならまだ余裕がありそうだな。だがマニエクよ、貴様が足元の光を踏んだせいで、またロケットパンチが飛んできているぞ。あとで一杯奢れクソ野郎が。

 

「アルゴさん、壁のレバーはベータの時になかった!」

 

「あ……迷宮区やダンジョンにあんなトラップがあったナ!」

 

 どんなトラップだ。ディアベルが何に気付いたのかは分からないが、今の俺は指揮で一杯一杯だ。参謀に据えたキリトも前に出て、ボスの攻撃を捌くので手一杯。

 

 クソが、せめて取り巻きからでも潰さないと。

 

「レイジ、トラップを利用する! 別の場所に続く落とし穴だ、ここに取り巻きを誘い込む!」

 

「やってください!」

 

 ディアベルがレバーを引くと、フロアにアラームが鳴り響いた。それと同時に聞こえる女性の声が何と言っているのかは分からない。

 ただ、そのロシア語の響きはやけに聞き覚えがある。少なくとも、ここにいるPMC全員は射撃をやめて辺りを忙しなく見回す。

 

 プリマーニェ、ペルサナオと聞こえた。俺たちは知っている。この放送の意味を。ロシア語そのものの意味ではなく、この放送が鳴り響くギミックの意味だ。

 

「ヤバい、総員警戒! ゴーレムは捨ておけ!」

 

「そこだ、あの床だ!」

 

 リョーハが指差す先で、床の一部がスロープ状に開いていく。このギミック、この放送。まるでラボだ。そうであれば、必ず奴らは来る。

 

「Contact!」

 

「Enemy spotted!」

 

 SCAVとは違う、英語のボイスラインと複数の足音。最悪の予想っていつも当たるんだな。

 

「レイダーが出やがった! アトラス総員、ボスと取り巻きはSAO隊に任せてレイダーをやれ! 厄介だ!」

 

 レイダーを知らないコハルだけは困惑していた。どう見てもSCAVなんかより装備のいいNPCが現れて、俺たちが焦っているのだから、マズい相手だと察したのだろうか。

 

「コハル、俺の後ろに! 奴らの弾は痛いぞ!」

 

「でも、ボスは!?」

 

「あっちに任せる! キリト! 俺たちがレイダーを始末するまで、ボス軍団を押さえ込め!」

 

「もうやってる!」

 

 キリトとアスナはボスや取り巻きを相手に奮戦しているが、いかんせんボスの弱点に攻撃が届いていない。早いところレイダーを黙らせないと、まずい事になりそうだ。

 

 そんな中で、シノンの狙撃が1人仕留めた。MP5持ちということは、中の弾はルガーCCIかRIPだろう。アーマーは抜けないが、肉体へのダメージが高い弾だ。厄介なのをやってくれたな。

 アレを足に4〜5発ももらえば体力全損だ。ダウンじゃなくて全損による死亡だから助けようがない。最も厄介な相手と言えよう。

 

 俺も負けじとレイダーへ射撃を始めるが、フラッシュライトの目潰しを喰らって狙いが定まらない。

 そんな中で1発もらってしまった。一撃で左腕を破壊され、重度出血のアイコンまで現れた。

 

「ブリャー! 痛えなクソが!」

 

 かなり体力を持っていかれた。1発腕に貰っただけで100近いダメージを貰うとは、最悪の一言に尽きる。銃声はM4っぽいし、ウォーメイジ積んでやがるな?

 

「滅べ西側のPMC崩れよ! RPKの裁きを受けるが良い! 祖国よ、ヴォトカよ、同志カラシニコフよ! 我に力を与え給え!」

 

 タチャンカの弾幕がレイダーを襲い、被弾した個体は後退を開始する。なんでもいいけどタチャンカよ、貴様の祖国はソビエトじゃなくて日本だろうが。ただの共産趣味者が何を言うか。しかも、ここに来る時大和男とか名乗ったの忘れてねえからな?

 

 そんなことよりレイダーだ。アイザックがM1Aをタチャンカの肩越しに構えて、背中を向ける瞬間を虎視眈々と狙っていた。

 

 レイダーの耐久値はPMCより多いが、手負の個体だ。アイザックがレイダーの胸部に大口径弾を叩き込むと、奴はもんどり打ってその場に倒れた。

 

「やったぞ、1人仕留めた!」

 

「後はどこ……」

 

 カキン、と甲高い金属音が響く。戦いの喧騒の中で、それはやけに響いていた。

 何が起きた。そう問うよりも先にタチャンカの体がぐらりと揺れ、うつ伏せに倒れ伏してしまう。

 

「やられた、タチャンカが頭抜かれたぞ!」

 

 アイザックが叫ぶ。よく見ると、最後のレイダーはスロープで伏せて狙撃している。武器はSR-25か。

 レイダーのSR-25にはM80かM993のうち、どちらかの弾薬が使われる。そのどちらも、マスカヘルメットを貫く可能性はある。特に、M993ならば最も堅牢なバイザーさえ貫く。

 

「タチャンカを連れて下がれ! マニエク、フラッシュバンを投げろ!」

 

 すかさずブラックバーンたちがタチャンカの救出にあたるが、その動きはどこか違和感がある。

 当然か。タチャンカすら防げない弾を使う奴が相手なのだ。覚悟していると口で言っても、実際に死ぬのは怖かろう。

 

「リョーハ、奴を仕留める!」

 

「援護しな、お前のぶっ壊れた腕じゃ無理だ!」

 

 コハルに止血して貰ったおかげで、出血は治った。でも、腕を破壊されたせいで震えが治まらない。正確に狙うなんて無理だ。

 

「くそ、死ぬなよ!」

 

 俺にできるのは弾幕でレイダーを怯ませること。あわよくばどこかに当たって逃げてくれればいい。

 でもそんな願いとは裏腹に、レイダーの銃撃が俺の胸を貫いた。クラス4のM1プレートキャリアを貫かれ、左腕からの伝播ダメージで若干減っていた胸部耐久値が削り切られる。

 

 視界が霞み、脚の力が抜けた。俺は仰向けに倒れて銃を取り落とし、コハルの悲鳴でさえも遠くに聞こえた。

 

「レイジ!」

 

 バカ、集中しろ。そんな叫びも届かず、レイダーはさらにリョーハの脚を、胸を撃ち抜く。奴もやられたようで、その場に崩れ落ち、正座するかのような姿勢で止まってしまった。

 瞬く間に俺たちがやられて、ブラックバーンたちが浮き足立っている。幸いなのは、レイダーはトドメを刺すより戦えるPMCを優先して狙っていることだ。

 

「シノン……」

 

 苦しそうにリョーハが呻く。俺はそばにコハルがいて、なんとか治療してくれているが奴は1人。助けてくれ、そう言うと思っていた。

 

「俺を、盾にしろ」




・SCAV Raiders
 ラボ、リザーブにて特定の条件を満たすと現れる特殊なNPC。ゴロツキのSCAVと違ってPMCらしい風貌の上、ボイスラインもPMCと同じように流暢なロシア語や英語で話す。
 カスタムの施された武器やアーマーを装備し、HPも高い。索敵範囲や射撃精度も高く、グレネードを投げて詰めてきたり、フラッシュライトで目潰しをしてくるなど、普通のSCAVとは全く違うAIで動く。

・アラーム
 ラボの電源作動時に流れる館内放送。作動場所によって流れるアラームは違うため、気になる人はYouTube参照。
 今回のアラームの意味はロシア語で「すべての人員に注意」である。ラボのR、Oの電源作動時はこれ。

・SR-25
 アイザックも装備しているセミオート式スナイパーライフル。AR-15系の機構を踏襲しており、ストック、グリップ等、一部M4系のアタッチメントへ互換性がある。DMRの中では安価。

・RIP、ルガーCCI
 どちらも9ミリパラベラム弾。レイダーがMP5に装填していることがあり、貫通力はないに等しいが肉体ダメージが高いため、特にRIP弾はアーマーに保護されていない部位へ撃ち込みまくってHPを削る「レッグメタ」戦法に使われる。

・M80、M993
 7.62×51mm弾。M80はクラス4を貫通可能で、M993は既存のどのアーマーも一撃で貫通することが可能。
 タチャンカのマスカヘルメットで言えば、M80はバイザー以外を、M993はどこでも一撃で貫くことができる。
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