Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
「俺を、盾にしろ」
野郎、今なんて言いやがった。
シノンは目を見開き、その首を横に振る。当然だろう。もしシノンを狙ってレイダーが撃ってきたとして、それはリョーハの体が防ぐ。それは、彼の死を意味することとなろう。
嗚呼、奴は覚悟を決めた漢の顔をしてやがる。逝くな、そう言うのは覚悟を決めたリョーハへの侮辱と思える。きっと、戦記物ならばそうだったろうな。
「ダメよ、早く伏せなさい!」
「……このままじゃみんな死ぬ。わかってるだろ?」
既にゴーレムとやりあうSAO隊は手一杯で、タチャンカはアイザックから手当てを受けている最中。ブラックバーンとレッカーは中途半端な距離にいたせいで、レイダーとゴーレムの攻撃で板挟み。マニエクはボス本体とやり合っている。
崩壊の足音が聞こえる。リョーハは自分の命すら賭け金にして、この場をひっくり返すつもりか。少し前の俺と同じだ。
奴も天秤にかけたのだ。自分の命と、全体を。1層の時の俺と同じだ。
やめろ、そう叫びたかった。それでも、奴は止めてくれるなと俺を睨む。指揮官としての責務を果たせ。情を捨てて理に従え、より多くの人を助けるために。そう訴えている。
目を逸らした。これ以上見ていられなかったから。せめて、早くこの地獄を終わらせてくれ。
「シノン、やれ。そのバカの望みを叶えろ」
シノンが驚いた顔をするのも当然だろう。下手をすればリョーハは死ぬ。相棒に死ねと言うのと同じだ。それなのに、俺は命じた。
奴の口が動く。聞き取れないが、動きで何言ってるのかは分かった。いつもみたいにクソ野郎とか、死ねクズとか罵倒すりゃいいものを。
なんで、ありがとうなんだよ。
USEC Operator “Sinon”
しゃがみ込むリョーハは確かに最高の盾だった。肩に銃を乗せれば安定するし、顔を半分晒すだけで、あとはすっぽりと彼の体が隠してくれる。
でも、それは私が受けるダメージをリョーハに肩代わりさせるということ。あとどれだけ耐えられるのかも分からない。もしかすれば、死んでしまうかもしれないのに。
「この馬鹿」
覚悟は決まった。リョーハの前でしゃがみ、その肩へ銃を乗せる。まるで抱きついているようね。このスケベはやりそうだけど、今はそんな余裕もない。
「一撃で決めろ。生き残ってくれ」
「一生守るって、言ったくせに」
「……許せ」
目を閉じて、掠れた声で答える。そんな声は聞きたくない。いつもみたいに喧しく、ゲラゲラと笑ってお馬鹿なことを言って、私を笑わせようとしては滑って首を傾げる……そんなリョーハを見ていたいのに。
スコープの中にリョーハはいない。まるで、この少し先の未来みたい。
「私以外に殺されたら、絶対に許さないから」
「ならば外すな。信じてるから」
言われなくても。逆V字型のレティクルがレイダーの頭に重なる。ヘルメットを被っているから少し下。そこなら弾かれない。
SNB弾ならばどんなヘルメットも貫通できる。いけると踏んだ。
心を氷に。悲しむのも嘆くのも後回しにして、私はただ敵を狙う。いつも襲ってくる罪悪感も、今はどこか遠くにいた。
きっと、リョーハが盾になってくれているからだ。私の前でいつも、罪を代わりに背負うように戦ってくれていた。そんな思いが、いつも支えてくれていたのね。
「いける」
先にレイダーが撃った。リョーハは呻くけど、その体は動かない。まるで聳え立つ城砦のように、私のことを守ってくれた。
ごめんなさい、私は後ろで見ていることしかできない。せめて、この1発は必ず当てるから。
トリガーの遊びを引き絞り、指先に掛かる抵抗を感じる。撃ちたくない、そう言う私がまだどこかにいるのかも。
でも、引かなければならない。相手は人の形だけどNPC。ならば撃てるじゃない。引かなければ、大切な人が死んでしまうのよ。
スコープの揺れが止まって、レイダーの頭に狙いを合わせる。対するレイダーは、まだ私を狙っていた。
まるで西部劇の早撃ち勝負。レイダーが撃つ前に私がトリガーを引く。ガク引きしないように慎重に、それでいて大胆に。
甲高い銃声が鳴り響いた。7.62×54R弾、特にSVDSの独特な銃声がフロアを支配する。戦いの喧騒やプレイヤーたちの怒号よりも大きく、誰かの死を告げる。
その死はレイダーに降り注いだ。赤い飛沫がスコープを埋め尽くし、のけ反り倒れる姿がやけにゆっくりと見える。
たった一撃、それで頭を貫いた。同時に視界が揺らぐ。
リョーハが倒れ込んだせいで、銃が揺れた。まるで抱きつくかのように倒れ込むけれども、死体として漁ることはできない。出血のエフェクトはあるけれども、まだ生きていた。
「……すぐ、助けてあげるわ。私の死神さん」
SVDSを背中に担ぎ、まずはリョーハの出血部位に包帯を巻く。あとは壁際に運んで壊死部位を治して、やることが盛り沢山ね。
「レイジ、私は下がるわ!」
BEAR Operator “Rage”
「下がれ! リョーハは!?」
「ギリギリ生きてるわ!」
「なら、リョーハを頼む! ディアベルさん!」
振り向いたディアベルは一つ頷く。これで取り巻きをどうにかする作戦とやらを実行に移せるだろう。
俺ももう少しで回復が終わる。少し手間取ったが、コハルに手伝ってもらったおかげで予想より早く復帰できそうだ。アーマーがズタボロだから、無理は出来ないけども。
「ブラックバーン! 状況知らせ!」
「不味い状況だぞ! レッカー負傷、マニエクはギリギリ無傷。一回下がらせてくれ!」
「俺が代わる。タチャンカ、アイザック、動けるか!?」
「行けますぞ!」
「こっちもだ!」
使える戦力は4人。リョーハとシノンは下がって、ブラックバーンたちは疲弊している。このままではいずれミスが致命傷に繋がるだろう。
「臨時編成で行く。コハル、悪いがついてきてもらうぞ」
「もちろん、一緒だからね」
コハルの微笑みに力が湧いてくる。彼女を死なせてなるものか。リーダーの身でありながら、俺はたった1人のために戦う。
それが戦う理由だから。誰にも邪魔などさせるものか。
「突撃しろ、ディアベルを援護する!」
ウラー! そんな叫びがフロアに木霊する。頭に来ていたらしいタチャンカはすぐさまボスの額目掛けて弾幕を浴びせ、アイザックの精密射撃がダメ押しする。
ボスの攻撃がキャンセルされ、タンクにスイッチの余裕ができた。みんなHPバーがイエローゾーンに突っ込んでいたし、これで窮地を脱したことだろう。
「キリト、そっちの状況は!?」
「ディアベルのお陰で、なんとか余裕ができた! アスナ、仕掛けるぞ!」
「了解!」
戦況は好転しつつあり。ディアベルが取り巻きの囮になってくれたおかげで、取り巻きに割いていたリソースをボスに向けられるようになってきた。
あとは、取り巻きをどう始末するかだな。みんなでグレネードの雨降らせるか?
『レイジ、聞こえるか?』
ディアベルの声が聞こえる。無線を使っているのか。こんな喧騒の中じゃ叫んでも聞こえないだろうし、手間かけてもこうした方が確実だよな。
「ハッキリと。で、どうやって取り巻きを始末するんです?」
『……すまない。みんなのことを頼んだ』
「待て、何をするつもりだ!」
『レー坊、あのトラップは内側にしかレバーがないんダ!』
アルゴが答えを出した。ふざけるな。そんな事をさせるために、1層や今ここで命張ったんじゃねえんだぞ!
「待て!」
視界の先ではゴーレムの群れが穴に飲まれていた。俺やリョーハ、タチャンカを倒したレイダーの死体を踏み潰し、きっとその先にはディアベルがいるのだろう。
やりようなんていくらでもある。誘い込んで、PMC全員でグレネードを放り込めばいいじゃないか。それが、どうしてこうなると言うんだ。
『君にはいつも背負わせてばかりだな』
「そう思うなら、さっさとこっちきて肩代わりしてくださいよ。肩が凝りすぎて痛え。腰痛まで追加されそうだ」
ディアベルの方に行きたいが、ボスがそうさせてはくれない。今は1人分の火力すらも惜しい状態だ。
それでも、駆け寄りたかった。誰一人欠けずにここを切り抜ける。それが俺の目標だっただろう。
『少しくらい、楽にしていくよ』
「この野郎!」
重い音が響く。石が擦れる不快な音をComTac2が軽減しているはずなのに、やけに大きく響いて聞こえる。
最後の声は、聴こえ辛かったと言うのに。どうして、いつもこんな結末になるんだろうな。
両足の力が抜けて、膝をつく。頭の中は何もなく、虚空を漂うような感じがした。
「レイジ、立って!」
コハルの声さえも遠い。スイッチが切れたみたいだ。頭が急速に冷えていくのを感じる。
ALSもDKBも毎度毎度ふざけやがって。どれだけアトラスに尻拭いさせてやがる。おかげで死人が出るぞ。あのジョーとか言うクソ野郎も何だ、何がオレ知ってるだ。ブチ殺しておけばよかった。
それにディアベルめ、旗頭にされるってわかってきたんじゃねえか。何で真っ先にいなくなる。それは俺の役目だろう。
胸の内からはマグマのような何かが湧き上がり、口から噴き出そうとする。これは何だ、何が起きているんだ。
嗚呼、これが
「おいレイジ! しっかりしろよ! どうしちまったんだ!?」
「レイジ! おい!」
「クライン、来るよ!」
クラインが、エギルが、ユウキが叫ぶ。余計な情報はどうでもいい。
「おい、早く指示をよこせ! ああもう、シノン、援護くれ! ブラックバーンは戦線復帰次第スイッチ、こっちを下がらせろ!」
リョーハ、そんなに焦るな。
「レイジ、しっかりしろ!」
うるせえよキリト。さっさと前の岩野郎を殺しやがれ。
どうでもいい。ただ、どうしたらあのゴーレムを殺せる? どう行くのが1番近い?
この怒りは、奴にぶつければいいのか?
ならば殺そう。全てを壊せば、全部終わるならば。
「アトラス全軍、弾薬再装填。これより統制射撃を行う」