Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
本当にありがとうございます!
「それにしても、もう少し穏便にいかなかったのか?」
「それキリトが言うか? おまけに、最後アスナに慰められてたじゃねーか」
「な、見てたのかよ!?」
「いや、とっとと階段上がったが、声が響いてたぜ」
パーティ会場へ向かう俺の隣には、残念ながらコハルではなくキリトがいる。野郎の2人組とか罰ゲームか飲み会の帰りだろうか。リョーハならまだマシだったかもな。
キリトが苦笑いしながら言う穏便に、とは俺が威嚇射撃未遂をやらかしたことだろう。ジョーとか言うアホがまた煽るのが悪い。何が「オレ知ってる!」だ。
モルテもそうだが、なんだか喋り方がムカつくんだよ。掲示板荒らしか。
結局、フラッグはキリトが一時預かり。同等のアイテムが出るか両ギルド統合の際に引き渡すと言うことでキバオウを納得させたので、パーティの後でリンドも呼んで会議になることだろう。またアトラス代表アンド当事者としての参加か。気が滅入る。
クソ、パーティでたっぷり飲み食いしてやる。攻略参加した奴らもアトラスの招待枠で呼んでやったし、覚悟しておけよ。
店のドアを開けると、途端に喧騒が押し寄せてきた。システム的なものでドアを閉めている限りはその音が外に漏れることがない。
だから、ドアを開けた瞬間に波が押し寄せるように音が襲ってきたのだ。
「おう、我らが隊長のお帰りだぜ!」
ジョッキ片手に声を上げるのはブラックバーンだ。こいつ、もう出来上がってるのか。
「待ってたぜレイジ!」
リョーハが肩をバンバン叩いて来やがるので、拳骨を落としておく。圏内だからダメージはないけど、衝撃は来るんだよ馬鹿野郎が。
そんな事よりも、こいつを先に帰したのはパーティのまとめ役というか、遅刻してくる俺の代行をしてもらうためだ。
その結果を報告するため、リョーハは酔っ払ってハグするフリして俺に耳打ちする。ブリャー、一部女性プレイヤーから熱視線を注がれてるぞ。
「キバオウたちは遅刻せずに参加、表面上は平穏なパーティだ。お前はキリトとダンジョンで迷子になったことになってる」
「よくやった。後は好きに飲み食いしとけ」
「もうしてるよ。コハルが待ってるから、挨拶回りしたらさっさと行ってやれ」
背中を強めに叩かれた。終わりだと言う合図だろう。リョーハのハグが終わったことに残念そうにする女性プレイヤーは本当になんなんだよ。ナマモノBL本とか作るなよ?
「あ、レイジにキリト!」
ぶんぶんと手を振っているのはユウキじゃないか。その振っている手にフライドチキンが握られているのは気のせいか? 脂が目に入って、クラインが悶絶してるぞ。ライスシャワーはめでたいが、オイルシャワーは洗濯がだるいからやめてくれ。
「遅くなったよ。ユウキも来てたのか」
キリトが声をかけると、ユウキはチキンをペロリと平らげて駆け寄ってくる。小柄なのによく食うなぁ。
「アトラスの招待枠で呼ばれたんだ! すごくおいしいよ!」
「全部食い尽くしてやれ。というか残したら俺が許さねえ」
「お残しは許しまへんで! だっけ?」
「そうだ。肉の一欠片残すな」
「イエスサー! 隊長!」
「はは、ならば俺も腹一杯食べようかな」
むしろそれがALSへの仕返しなんだから、たっぷりやって欲しいものだ。
「ほら、食べなさい」
「おいシノン、そんなことしなくても食えるから」
「いいから。病み上がりでしょう」
「仮想世界なんだから病み上がりも何も」
リョーハはシノンに唐揚げを口に突っ込まれていて、反論も何もを封じられていた。あーんしてもらえていいじゃねえか。周りが囃し立てるから羞恥プレイにも近いが、まあご褒美と思うが良い英雄よ。
そして、俺の向かう先はリンドとキバオウの座る席だ。気が重くてたまらねえ。マジで講和条約のテーブルみたいなことになりそうで胃痛がするぜ。
「遅刻して申し訳ない。アトラス、レイジ。ただいま到着しました」
そう一言言うと、青髪の騎士がジョッキを掲げて挨拶してくる。その髪を見ると、どうしてもディアベルの姿と重なってしまって気分が重い。
だから、俺は目を背けてウォッカの瓶を重ねる。そのまま席に着くが、声はよく聞こえない。ヘッドセットも外してるのに、どうしてこうもディアベルの声がリンドに重なることやら。
「レイジはん、シケた顔しとるのう。少しシャキッとせんかい。アトラスの連中までシケた気分になるで」
誰のせいだと思ってるんだ。お前らのせいで、死ぬべきでない人間が死んでるんだぞ。
怒鳴り散らかしたい。今すぐにこいつの頭をトマホークでかち割りたい。そんな憤怒が湧き上がり、理性が必死に抑え込む。
「迷子になるくらいだったから、疲れているんだろうな。少し何か食べて休んでくれ」
そう言ってグラスを差し出してくるリンドと瓶を重ね、そこで俺は目が覚めたような気がした。
おい、青髪の騎士とはもう乾杯したぞ。まさか忘れてもう一度したわけじゃあるまいし、キバオウもニヤニヤしてやがる。
「キリトさん共々迷子ってことは、よっぽど厄介なダンジョンを見つけたか、トラップに引っかかったかな?」
そうして、最初に乾杯をした相手が本人だと知る。あの時、取り巻きを引き連れてトラップの向こうに消えた、ディアベルその人だった。
「……ディアベルさん!?」
「ああ、そう言えばそうだ。レイジさんの目の前でトラップにかかって、それから連絡してなかったね。どうも、入口へ強制帰還させる類のトラップだったみたいだ」
「ディアベルさんも人が悪いですよ。すぐに連絡すればよかったものを」
「メッセが届かなくてね。無線機もルーターに盗られちゃってたからさ」
そりゃ酷い、とリンドは笑う。俺の手は震えていて、キバオウはどこか安心したように笑っていた。
誰も死ななかったことを嬉しく思うと同時に、まだ自分が壊れずにいられたと感じていた。あんなに俺の心にのしかかっていた重みが消えて、穴が空いた気分になっていく。
怒りが消え、残るは空虚な気分のみ。いいさ。この空いた空虚はこれから埋めていくんだ。容量が増えたなら、これから先の楽しいことを覚えていられるだろうから。
※
会場を出て夜空を見上げる。挨拶回りとか諸々で疲れてしまった。夜風にあたりながらコーラを呷ると、少しだけ落ち着いたような気がする。
「レイジ」
呼び声に振り向く。振り向かなくても誰かはわかるけども、その顔が見たかった。
「お疲れ、コハル。何かと苦労かけたな」
そう一言うと、コハルは何も言わずに俺の胸に飛び込んできた。俺はアーマーを着ておらず、コンバットシャツ一枚と言う姿。コハルはそんな俺の胸に顔を押し付けて震えている。
どうしてかは心当たりがある。撃ち抜かれたこの胸には傷痕一つ残っていないが、記憶には残っている。シュトゥルマンに撃ち抜かれた時のように、俺は死にかけたのだ。
俺を手当てするコハルが青ざめていたのを覚えている。またやってしまった。そんな後悔が胸を締め付ける。
「ごめんな。久しぶりにやらかした」
「いつもやらかしてるでしょ。怖かったんだからね」
そこに否定はできない。少しでも落ち着かせようと、そっとコハルを抱きしめる。目の前でコハルが死にかけたら、俺だって取り乱すだろう。こればかりは本当に申し訳ない気分だ。
それでも、俺は戦いたかった。自分が自分でいたかったから。リアルで得ることのできない敬意が受け取れた。賞賛されることもあった。
報われないリアルよりも、必要とされて、報われるバーチャルの世界で戦い抜いて、最期を迎えたいとさえ思っていた。帰っても空虚しか残らないと言うのならば、この優しい夢の中で眠りたい。
「今度はどこのスイーツがご所望だ?」
いつも泣かせてはスイーツ巡りの旅に同行する羽目になっていたのだ。きっと、今回もそうだろうと思っていた。
でも、コハルは首を横に振る。今回ばかりは別問題ということか。
「離れないでいて。ずっとレイジと一緒にいたんだから、今更お別れなんて嫌だよ。私は、ずっとレイジと一緒にいたい」
真っ直ぐな想いをぶつけられて、嬉しくないわけがない。それでも俺には勇気がなくて、どうしても躊躇してしまう。
5層でさえ死にかけて、ようやくここにいるのだ。この先も生きて、コハルのそばにいられる自信がない。
でも、隠したままで生きていけるほど我慢強くもない。せめて生きている限りはコハルのそばに、パートナーなんかよりも近しい存在になりたいと思っている。
戦う時ほどの勇気が、今は欲しかった。例え蛮勇でも構わないから、一歩踏み出す力が欲しい。ただ一言、コハルに好きだといえればそれでいいのに。
何かモヤモヤとした、塊のようなものが胸につかえていて、溜め込むのが堪らなく気持ち悪い。吐き出したくて堪らないのに。
たった一言、元々言おうと思っていたその一言を言おうと、えずくように口を開く。
「なあ、コハル」
「ねえ、レイジ」
見事に声が重なる。これでもかと気まずい状況になってしまった。まるで、道を譲ろうとして同じ方に行ってしまったかのようだ。
「……レイジからいいよ」
「コハルからでもいいんだぞ」
「こういう時は、男の人からでしょ」
全く、そう言われたらどうしようもない。覚悟を決めるしかないんだろうな。
「俺は、コハルが……」
「おおー! レイジ殿、こんなところにいらっしゃったのですか!」
タチャンカの野郎、よくも乱入してくれたな。マスカヘルメットに声が反響して不気味なんだよ。コハルが顔を真っ赤にしてるぞ、このバカめ。
「うるせえ、さっさと戻って飲んでこい酔っ払いが。酔いを覚ましたら戻る」
「何を言われますか、レイジ殿もコハル殿もまだ2人ずつにしか見えませんぞ。それ即ち、某が酔ってないことの証左ですぞ!」
なんかロシアンジョークであったなこんなの。というか、俺もコハルも1人ずつだ。酔ってるだろてめー。というか、アインクラッドじゃ酔わねえだろ。プラシーボなのか?
ぶん殴ろうかと思った瞬間、タチャンカが暗闇に消えた。まるでトイレの花子さんに引き摺り込まれたかのようだが、まあいい。
「この野郎! あのヘタレのレイジがようやく勇気を出したのに!」
「そのふざけたマリモを外しなさい!」
「人の恋路を邪魔するのは最低です! 阿寒湖に沈めますよ!」
「なんでいい雰囲気を壊すんですか! 折角、リズと一緒に惚気話を根掘り葉掘りしようと思っていたのに!」
「キバオウを撃った辺りから思ってたけど、お前本当にやばいだろ! タルコフの恥って言われる理由がわかったぞ!」
「やめてくだされ! 某はこれがないと、まともに喋れないのです!」
「「「「「喋るな!」」」」」
……聞き覚えのある声と金属音、悲鳴が聞こえたのは気のせいだ。ComTacがそんな雑音は消してくれているはずだ。
「……戻ろうか。みんな待ってるし」
「そうだね。明日から6層攻略、一緒に頑張ろう」
「それと、だ」
言葉を遮るように、夜空を眩い光が切り裂く。遅れて響く爆音で、それが花火だとようやく認識できた。
腕時計は天頂を指し示し、今がそうだと告げている。
「あけましておめでとう。今年もよろしくな」
「うん、私の方こそよろしくね!」
コハルはそっと腕を絡めて寄り添ってきた。そんな歩きにくさも、今は心地がいい。
店までの道は短いけども、願わくばもう少し、あと少しだけ、この時間が続きますように。
今度こそ、死神が俺を捕まえるまで。