Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
原初の草原に出ると、既に何人かプレイヤーが戦っていた。レベル上げの重要性を知っている者たちなのだろう。
PMCをあんまり見かけないのは、レベル上げの旨みがないからなのだろうか。その他の理由かは想像するしかない。
「じゃあ始めようか。打ち合わせ通りにな」
「うん、頑張るね」
剣と銃、全く違う武器種での連携なんて聞いたことがない。でも、生き残るにはやるしかない。
まずは、あのピリックワスプに犠牲となってもらおうか。
「行くぞ」
しゃがみ、安定した姿勢で射撃を開始する。
弾薬はトレーダーから購入した5.45×39mmPRS弾。与ダメージ量は60程度で、貫通力は皆無。序盤でしか使わない弾薬だ。
今買えるのがこれだけ故に、嫌でも使わなければならない。それでも、ピリックワスプの薄い羽根をボロ切れにするには事足りた。
「リロード、スイッチしてくれ!」
「うん、行くよ!」
弾切れと同時にコハルが飛び出す。ピリックワスプは飛行能力を失い、地面でもがいていた。コハルの練習台にはうって付けだろう。
レイピアが淡い光を放ち、鋭い一撃がピリックワスプの胴体を切り裂く。流星のようなその一撃に、手を止めて思わず見惚れていた。
それの姿はあまりにも美しい。戦乙女、そんな言葉が思い浮かぶくらいには。
「仕留めたよ!」
「すげえよ、強いな!」
はにかむコハルの姿に、上の空だった意識がようやく戻ってくる。何を見惚れているんだ。やる事があるだろうに。
「ううん、レイジのおかげだよ。動き回るピリックワスプに当てるの結構大変だもん。それに、すごく戦いやすいよ!」
そういえば、周りのSAOプレイヤーは飛んでいるピリックワスプ相手に攻撃を外している。
何だか高笑いしながら乱射して、次々ピリックワスプを撃ち落とすPMCがいるが、それは無視しよう。あの時の酔っ払いBEAR野郎じゃないか。
「じゃ、フレンジーボアはコハルに頼む。この雑魚弾で倒せる気がしない」
「そ、そんな!」
「冗談だよ。脚潰して走れないようにしてやるさ」
視界の先ではフレンジーボアが突進の構えを見せていた。「今夜の晩飯だな」と指差すと、コハルは早速構えを取った。
「来やがれ○ァンゴ! 肉剥ぎ取ってこんがり肉にしてやる!」
「レイジ、それ何か違くない!?」
コハルのツッコミは銃声にかき消された。肉になればそれでいいのさ。
フレンジーボアの脚に何発か命中した。すると、フレンジーボアはバランスを崩して派手に転倒し、その場でもがく。これじゃあ転がり落ちた肉団子だな。
「やっちまえコハル!」
「うん!」
コハルが戦う間、俺はまたしてもリロードしていた。
カスタムしていないAKはともかく反動が強いせいで、撃ったうちの半分くらいは外れてしまう。それでも猛スピードで突っ込んでくる相手には弾幕を張るしかない。撃たなきゃ当たらないでしょ。
「倒したよ!」
「周辺クリア! 今のうちに漁ってしまおう」
手分けして、死体から戦利品を回収する。何かの素材になりそうなものがいくつか手に入るが、流石に虫からは食料となるものは出ないらしい。
「あ、お肉出たよ!」
「やったな!」
日没も近い。この辺りで切り上げて街へ帰ろう。アイテムを換金したら、焼肉どころかレストランでいい飯を食えるかもしれない。
「щеми берцов!」
滑舌の悪いロシア語が聞こえた。ぞわりと背筋を寒気が伝い、俺は咄嗟に銃を構えて辺りを見回す。
最悪だ。EFTから諸々コンバートされてるなら、奴の存在にも気付くべきだった。遭遇しないから忘れていた!
「レイジ、どうしたの? 何だか声も聞こえたし……誰か怒ってる?」
「気をつけろ、厄介な奴が近くにいる!」
「あ、後ろに誰か……」
振り向いたが、遅かった。肩のあたりが赤いオリンピックジャケットを着た禿頭の人は、プレイヤーではない。
しっかりと目線を向けると、頭の上にモンスターを表す赤いアイコンが表示され、名前が出てくる。
これぞ、タルコフの敵対NPC"SCAV"だ。
「伏せろコハル!」
銃声は同時だった。左足に不快な感覚が走り、視界の端に出血とダメージを表すアイコンが表示される。
左脚が赤。相当ダメージを受けたが持ち堪えた。
「この野郎!」
胸に1発当てた。それでもまだ倒れない。
次に、逃げるSCAVに弾幕を浴びせてようやく倒した。
「コハル、無事か!?」
「何とか……あれ、モンスターなの?」
「タルコフの敵対NPCだ。クソ、気付いておくべきだったな……」
とりあえず脚を治療しなければ。重度出血のデバフをもらってしまい、スリップダメージで体力が減っていく。
しかし新手のSCAVはそれを許さない。しゃがんで止血帯を巻いている最中に現れ、銃口をこちらに向けてきた。
例え散弾の1発でも頭に当たれば、死なずとも何かしらのペナルティをもらってしまう。
そんなシビアな体力システムを引き継いでこの世界を戦い抜けとは、無理なのではないかと思いがよぎってしまう。
回復をキャンセルして、武器を構えるのが早いか? それより、奴の弾が当たる方が早いだろうか。
銃声が響くが、ダメージは入らなかった。SCAVの腕が跳ね上がり、散弾は頭の上を飛び越していったのだ。
狙撃? 一体どこからだ?
「伏せろ!」
「コハル!」
「わわ、レイジ!?」
男の声がした。その言葉の意味を理解するより先に、コハルへ覆い被さるようにして伏せる。
無意識に動けた自分へ驚いたが、コハルも相当驚いたようだ。でも、そんな場合ではない。
頭上を銃弾が飛び抜ける。SCAVが呻き声を上げて絶命すると、声の主は近くまで駆け寄ってきて、周辺を確認した。
「クリア! 大丈夫か同志よ」
「助かったぜ酔っ払いさん。今夜のディナーは俺がご馳走しよう」
「はは、期待してるぜ?」
あの時の酔っ払いBEAR野郎が差し出す手を握り、俺は立ち上がる。今度は俺がコハルの手を取って立たせると、何だか赤面していた。
「まさかSCAVがいるとはな。油断したよ」
「競合の草原に湧いてて、PMCはみんなそっちをやりにいってるんだ。ここまで流れてくるとはな」
なるほど、だから街に近いところでSCAVを見なかったのか。とはいえここまで来るということは、巡回ルートに入っているのかもしれない。
「あの、助けてくれてありがとうございました!」
ペコリ、とコハルが頭を下げると、酔っ払いさんは自分の胸を叩き、笑ってみせた。
「いいってことよ。今や同じ目的の仲間、だろ?」
「熱いこと言ってるけど、チュートリアルの最中に酒飲んでた件は語り継いでやる」
「あ、あの時の酔っ払い!」
「その呼び方はやめろや! 俺はリョーハだ!」
リョーハ? 覚えがあるどころの話ではない。俺は、こいつのことを知っている。
「死神リョーハか?」
「そらそうだが……
時が止まったように感じる。コハルは俺とリョーハの間でオロオロしており、どうすればいいかわからない様子だ。
少なくとも、悪いことは起こらない。そう知るのはすぐだ。
「おいおいおいおい、生きてたか相棒!」
「たった今死にかけて、お前に助けられたがな!」
2人で高笑いしながらハイタッチすると、コハルの理解能力はとうとう追いつかなくなったらしい。フリーズして、首を傾げていた。
「レイジ、酔っ払いさんといつの間に仲良くなってたの?」
「こいつはベータ時代の相棒でな。2人であちこち暴れ回ったんだ」
「おかげで俺は死神、突撃役のレイジはデアデビルとか呼ばれる羽目になったな。おい、お前のパーティに入れてくれ。あのUSEC野郎、兄弟で来てると置いてけぼりにしやがった」
どうする? とコハルに目を向けてみると、うんと頷いてくれた。
「よろしくお願いします、死神さん」
「だから、呼ぶならリョーハで頼む。縁起悪すぎだろ」
「PKで付いた2つ名だし、確かに縁起わりーな」
積もる話はいくらでもあるし、コハルにも聞かせたいところだ。日没も近いし、さっさと街に帰って飯に行こう。
とりあえず、SCAVの装備を根こそぎ売ればディナーの代金は賄えるだろう。
「リョーハ、さっさと装備漁って帰るぞ。暗くなってカルト出たら嫌だ」
「ここにいたら最悪だけどな。ちゃちゃっと漁ってくるわ」
リョーハは倒したSCAVに駆け寄り、一喜一憂しながらその雑煮を物色する。
倒した敵から装備を奪うのもEFTの楽しみだが、今は気楽に楽しめなくなってしまったものだ。
「コハル、周りを見ていてくれ。俺も漁って来る」
「レアアイテム引き当ててきてね」
「そしたら、デザート追加だ」
コハルの応援を受けてSCAVの装備を物色するが、バックパックにはアップルジュースが1本入っていただけだった。クソが。
・SCAV
Scavenger。タルコフ市に残って活動するギャングや元住民の武装勢力であり、食料などの少ない物資を巡って略奪や殺戮を繰り返していることがタスク依頼から見て取れる。
また、一筋縄ではないらしく、幾つかの派閥が存在する模様。
大概滑舌の悪いロシア語で喋っており、内容のほとんどがFワードなどの汚いスラング。今回叫んでいた内容は「BEAR野郎がいたぞ!」である。
・重度出血
デバフの一つ。RPGの猛毒状態に近い。スリップダメージやエネルギー量の減少のほか、地面に血痕を残すようになる。
治療には止血帯か、対応する救急キットを使用する必要がある。
・軽度出血
重度があるなら軽度もある。こちらはダメージが少なく、血痕も残さない。包帯か救急キットで治療可能。