Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
治療が終わって尚、俺たちは2階のバーガーショップでグダを巻いていた。
そりゃそうだ。戦力的には強いボスなんていくらでもいるけど、キラの威圧はまた別格なんだぞ。しかも、この環境で真っ向勝負なんてしたくもない。
それと、フカ次郎とシノンの冷戦まで始まったからな。BEARとUSECで代理戦争するな。フカはひっついて誘惑してるし、シノンはレーションをアーンしているし、あの野郎羨まけしからんな。
「ねえ、そのボスって迂回できないの?」
ここで漸く、コハルが真っ当な意見を出してくれた。よしよし、やっぱり俺のパートナーは最高だよ。
「わわっ、恥ずかしいから頭撫でないで……!」
コハルが顔を真っ赤にして照れるのもかわいいものだ。レンのジト目が突き刺さるのが痛いけど、気にするものか。コハルが可愛いんだからいいだろう。
「それで、迂回するんですか?」
レンにまで答えを求められれば、答えるしかなかろう。コハルを撫でるのをやめて、俺は席に座り直す。
「それも一つの案ではあるが、逃げ切れると思うか? それくらいなら帰った方が安全だぞ」
キラは店内をウロウロと歩き回る。確かにその場で止まっていることも多いが、巡回されたら厄介だ。店長の警備は厳しいからな。
たまにテナントで音もなく篭ってる事もあるし、入っていきなりスーカブリャー、って声がしてビビることがある。怖くてたまらない。
「それなら、戦うんですか?」
「リョーハ、奴を落とせるか?」
「さっきタチャンカがキラ狩りしてたし、やれるんじゃねえか? それに付き合わされたから口直ししに来たのに、今度はお前らが絡まれてたってな。とんだ厄日だぜ」
「おい、晒し首の犯人あの野郎かよ。兎も角、現有装備でキラを仕留められるな?」
タチャンカめ、なんでわざわざキラのマスカを晒したんだ? 本当にあいつのやることは分からない。ブラックバーンもドン引きだろうよ。
「ああ、お前のイゴルニクにフカ次郎のグレポンがあれば間違いなく。だがそれには運と技術が絡むぞ」
そりゃそうだ。キラはいかなるアーマーも初撃から貫き、胸部に3発も当たればこっちはダウンしてしまう。いかに被弾を減らし、先に相手を落とすかという削り合いなのだ。
「なら、俺がキラを仕留めてやる」
「おい、俺にもやらせろ。背中を見せるとかゴメンだからな。やっぱり、逃げたくねえよ」
「ダメだよ、危険すぎる!」
思わず面食らった。コハルがいつになく、強い口調で反対を示したのだ。初めてのことのような気がする。
それでも、危険を背負うのは俺だけでいい。命知らずの名は、このためにあるのだから。
「俺とリョーハならば返り討ちにできる。俺らが適任なんだよ。というか、戦いたいんだ」
それでも、コハルは首を横に振った。俺の袖を掴んで、行かないでくれと。でも俺は自分以外の誰かを死なせたくない。
逃げるにしたって、1階は通らなければならない。上手く射線を切って逃げることは出来るから、そうすればいいのだ。下手にキラと戦わなくてもいい。
でも俺が、それで満足できないんだ。俺は戦いたい。そうじゃなきゃ、俺がここにいる意味がわからなくなるから。
現実に帰っても、何も残らないから。だからせめて、誇りが持てるこの場所で自分らしく戦っていたい。
「ならば、その囮は私がやります」
手を挙げたのはレンだった。そんな危険な橋を渡せられるか。そう言おうとするより先に、フカ次郎が高笑いし始めた。
「コヒーとキラのかけっこ、ついに実現っっっ! 早く早く、今すぐやろうぜ!」
「コヒー言うな、レンだから。あと、かけっこなんてレベルじゃないからね?」
ぶっちゃけ、キラは無茶苦茶足が速い。それから逃げ切れるのか?
「聞いて驚け、レンの
「ハードル上げないで!」
ほうほう、それならば少し希望が見えてきたかもしれない。キラを倒せばこのエリアは安全になる。
でも、なんだか残念な気がする。俺は戦いたかったのだ。生きるか死ぬかの瀬戸際に身を置いて、その中を戦い抜くのが好きだったのだ。
現実なんか帰りたくないって思うような、そんなギリギリの戦場の駆け引きを俺は愛しているんだ。
目を逸らした。レンが何かギョッとしたように見えたが、どうだっていい。使える手札で仕掛けてやるだけだ。縛りの中で戦ってやる。
「ならば、いっちょ暴れてやろうぜ。脳筋タチャンカと違って、俺が知将だってところ見せてやるよ」
おいマジか、って目をするリョーハの頭をシバいて、俺は作戦を説明する。まあ、これも結局俺の命が賭け金になってるわけだがな。自分自身が暴れたいんだ。コハルを泣かせない程度にやってやるさ。
そうだ、みんなで仕留めるように見せて、俺が最前線に来るようにすればいい。コハルを泣かせたくないのも確かだが、やっぱり俺は戦っていたいんだ。
USEC Operator”LLENN”
バーガーショップの片隅で、空になりそうなマガジンに予備弾薬を込める。その間はレイジさんが入り口の見張りを代わってくれていて、狼みたいに動かず、静かに辺りを見つめていた。
「ねえ、コハルさん」
「コハル、でいいよ。どうしたの?」
私よりも背が低くて、勿論私が大きすぎるだけなんだけど、可愛らしい雰囲気のコハルは笑顔を向けてくれた。
「レイジさんとは長いの?」
「うん。最初の日からずっと一緒だよ。でも、タルコフのマップだと、守ってもらってばかりで悔しいけどね」
確かに、フィールドならば相手が相手だからコハルが活躍するだろうけど、SCAVみたいに銃を持った相手じゃ不利だよね。
私もフカとフィールドに出たら、ボア相手にも苦戦してたからね。WoodsならばSCAV相手に余裕を持っていられたのに。
「あの目も、その時から?」
「目?」
「ああいや、ほら! なんだか黒目っていうより、茶色が濃いでしょ? 羨ましいなーって」
「確かに、近くで見るとそうかも!」
初対面の人に聞くような話じゃなかったかな。それでも気になって仕方なかったから、つい漏らしちゃった。
どうして、全てを諦めたような冷たい目をしているのか。さっきまで爛々と輝いて、楽しそうにしていたというのに。そんな光がフッと消えて、底知れぬ深淵だけがあったのが怖かった。
茶色が濃い? そんなの少し見ればわかる話。そんな事よりも、ドス黒く、本当に深淵が見つめているかのようなあの目が怖かった。