Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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12層-1 夕焼けの海に

 12層には海があった。それはまるでShorelineのように美しい砂浜で、ヤシの木も生えている。2層よりここにShorelineを持ってきた方が良かったんじゃないかとさえ思ってしまう。

 そんな水平線の向こうには夕日が沈んでいき、空は赤く染められていく。そんな幻想的な光景に、思わず目を奪われてしまった。

 

「レイジ、すごく綺麗だね」

 

「ああ、こんなにいい景色があるなんてな」

 

 コハルの隣で眺める景色というのは最高だな。夕陽をバックに振り向くコハルが美しくて、思わずスクショを撮ってしまったぞ。

 

「少し休憩していく?」

 

「夕陽が沈むまでな。ライト付けてるから帰りも安心だぞ」

 

「肝試しじゃないんだよ?」

 

 笑うコハルはもっと可愛らしい。隣り合わせに砂浜へ腰掛け、少し息を抜く。この辺りにはMobがスポーンしないらしく、休憩スポットのようだ。どうやら、茅場がご褒美を用意してくれていたらしい。

 砂浜に腰掛けて海を眺める。正しくは、海を眺めるコハルを眺めているようなものだけどな。

 

「2人きりって、久しぶりかも」

 

「あー、だいたいリョーハとシノンいるし、11層はレンたちも一緒だったからな」

 

 随分賑やかなパーティだったものだ。レンとフカ次郎を入れてレベリングしたり、金策したりと騒がしくも楽しかったが、コハルと2人で歩くのは本当に久しぶりだ。

 

 コハルとの旅路を思い出して、あの時はどうだった、楽しかった。そんな楽しい思い出を語り合い、また笑う。こんな穏やかな時間が俺は好きだ。リアルになんか帰らないで、このまま2人で楽しく生きていたい。

 それでも、コハルはリアルに帰ることを願うのだろう。俺はまだ、この暖かな揺り籠から抜け出す覚悟がつかないでいた。

 

 そっとコハルの手を握ってみると、コハルも握り返してくれた。華奢な指が絡み付いてきて、すぐそばにいることを感じられる。この手を守ってきたし、俺も守られてきた。近くに感じられるのが、今は何よりも嬉しい。

 

 そんな穏やかな時間が過ぎていき、漣の音が耳に心地いい。Comtacさえも外して、ありのままの音を聴く。コハルの声や息遣いさえもがありのまま耳に入ってきて、フィールドで張り詰めていた緊張が解れていく気がした。

 

「あ、2人とも久しぶり!」

 

 快活そうな少女の声に振り向くと、エルフの少女がやってきた。アインクラッドにそぐわない彼女の姿はもう見慣れたものだ。

 こうして、俺は覚悟を決めることをまた先延ばしにしてしまうのだ。

 

「よう、リーファじゃねえか。最前線まで上がってたんだな」

 

「うん、ここならお兄ちゃんもいると思って」

 

 彼女はSAOに囚われた兄を探すため、わざわざSAOへダイブしてきたらしい。その時、別ゲームのキャラクターがコンバートされたとかで、それが今の姿というわけだ。

 多くの女性プレイヤーが羨望の眼差しを向けていたのを思い出す。ぶっちゃけた話、最初に出会ったのが森の中だから、クエストNPCかと思ったくらいだ。胸のでかい金髪エルフとか、NPCじゃなきゃなんだって話だ。

 

 そんな彼女の探す"カズト"とやらは、どうも最前線にいるらしい。攻略組に手がかりがあるのではないかと一緒に情報収集したことがあるし、うちの諜報班(アルゴにレンタル中)を使ったこともある。見つからなかったけどな。

 

「何かタレコミか?」

 

「それらしき人を見た、って話を聞いたの。まあ、別人かもしれないけどね」

 

「とはいえ、SAOにいる人間に絞られてるんだ。いつかは見つかるさ」

 

 死んでいなければ、の話だけどな。

 

 どうやら、その目撃者は10層で露店をやっているらしい。ならばついでに飯にでも行こうか。リーファも混じえて、美味い店を探しに行くのも良さそうだ。

 

「コハル、今日の探索はこのくらいにして、あとはリーファの手伝いにしよう」

 

「オッケー。早くカズトさんが見つかって欲しいもんね」

 

 人のため、と張り切るコハルはやっぱり可愛い。思わず頭を撫でて赤面させたのは、まあ別の話だ。

 

 

 10層は和をモチーフにしているらしく、時代劇のような街並みになっている。日光江戸村を思い出すような街並みで、どこか落ち着くのは気のせいだろうか。

 そう言えばこの通り、団子とお茶が美味しい店があるんだよな。コハルと一緒に茶屋の軒先で一服した時、通りかかったプレイヤーたちに微笑ましく見られて、コハルが照れてたっけ。

 

「そういや、クエストでもらった和服あったよな。コハルにすごい似合ってたんだけどなぁ」

 

 また着てくれないか? とチラチラ目を向けると、コハルはたちまち顔を赤くした。照れちゃって、本当に可愛いんだから。

 

「もう、今はカズトさん探しでしょ!」

 

 また後でね、と囁いてくれるあたり、本当に可愛い。俺も和服で一緒に歩こうかな。PMCもSAOの服とかを着れるのはありがたい。

 

「あの……2人って付き合ってるの?」

 

「り、り、り、リーファさん!?」

 

 おっと、コハルの顔が赤を通り越して爆発しそうだ。そう見られているのは嬉しいんだが、俺がチキンなせいでまだ正式に付き合うに至っていないんだよな。

 

「そう見えるか?」

 

「うん、ところ構わずイチャイチャしてるじゃん。ラブコメでも見てる気分だよ」

 

「はは、そりゃいい」

 

「よくないよ!」

 

 もー! そんな声を上げながらポカポカ叩いてくるコハルはやっぱり可愛い。おかげで心の栄養補給はバッチリだ。うん、役得役得。

 

「ところで、目撃者ってのはどこだ?」

 

「この辺りで露店をしているプレイヤーなんだけど……」

 

 露店といえば、リズベットにそろそろ装備の修理を頼まねえとなぁ。少しアーマーの耐久値が削れてるし、AKの耐久値もそろそろ限界だ。修理しすぎて最大耐久値が低下しているから、新品を作ってもらおう。

 なんて考えていたら丁度いいところにリズベットの露店があった。地味な女の子とはいえ、女性プレイヤーの露店はやっぱり目立つものだ。

 

「すまん、寄り道。2人は先行ってて」

 

「オッケー。レイジさんの武器直すの?」

 

「というか新調だな。機関部さえ新しくすれば、パーツはまだ使えるし」

 

「ずっと同じ武器だと思ってたけど、そういうカラクリだったの?」

 

「あれ、言ってなかったか?」

 

 コハルには言っていたと思うんだがなぁ。タルコフの耐久値システムは銃の本体部分にのみ適用され、パーツは特に消耗しない。 

 新品のAKを調達して、部品を全部載せ替えて使っていたから、コハルには同じ武器をずっと使い続けているように見えたんだろう。変えるには変えたが、AK-74NからAK-74Mに持ち替えた程度の違いだ。

 

 その新品のAKの調達先こそリズベットである。何気、プレイヤーメイドの武器は性能に若干の差異があるのが面白い。特に、リズの作るAKはやけに精度のパラメーターが高いんだよな。

 

「ともかく、ここぞで銃がぶっ壊れて死ぬのは嫌だし、新調してくる」

 

「じゃあ、私たちは話を聞いてくるね。前のお団子屋さんで合流する?」

 

「ずんだが美味い店だな? 先食っててよ」

 

 早く来てね、笑顔で見送ってくれるコハルを何度も振り向きながら、俺はリズベットの露店へと足を運ぶのだった。




・耐久値
 Ver0.12.12より、武器の故障パターンが増加。それには耐久値が大きく関わっており、減り具合によって致命的な故障が起こるようになった。そのため、防具だけでなく武器も定期的なメンテナンスや交換が必要になる。
 作者は元職にて何度かジャミングに遭遇しているが、確かにあんな感じ(特に、排莢不良で薬莢が挟まってるのもまんまあの通りだったりする)

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