Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
前シーズン、桁1つ2つ違ったような気がするんだけどな…?
「リズ、AK売ってくれ」
一言声をかけると、リズベットは金床から顔をあげた。嬉しそうな顔をしているのは、お得意様が来たからというところか。
「あら、レイジじゃない。また銃を壊したの?」
「撃ってたらもーボロボロ。敵が硬いのが悪い」
「そろそろだと思って、作っておいたわよ。アーマーも修理する?」
「頼む」
リズベットにプレートキャリアを渡し、代わりにAK-74Mを受け取る。いつも通りのやりとりだし、「マスター、いつもの」で通じてしまうかもしれない。
受け取ったAK-74Mのステータスは精度が高め、リコイルやエルゴノミクスは本来の値とあまり変わらず。うん、俺好み。
「部品も全部移植で。あと、ピストルあったりする?」
「あるわよ。お買い上げありがとうございます!」
「おい、まだ買うって言ってねーよ」
まあ買うけど。万一の時のサイドアーム欲しいからな。
「ところで、最近変わったこととかあるか? オレンジが出張ってきてるって聞いてるぞ」
「そうねぇ、噂程度には聞くわ。あたしはレイジたちが護衛してくれるおかげで助かってるけどね」
リズベットが素材集めに行くとなると、アトラスの連中は喜んで護衛を買って出る。割引目当てもあるが、実際のところはリズベット目当てだ。
アトラスなんて男ばかり。コハルは俺にべったりで、シノンはリョーハの飼い主。最近入ったフカとレンは俺やリョーハと絡むことが多く、他の女日照りの連中がリズベットを狙っているわけだ。アホどもめ。
「あいつらも割引してもらって助かってるからな。お互い様だよ」
「それくらいしかないもの。ほら、出来たわよ」
「あんがと。とりあえず、知り合いでもいいからPKの話を聞いたら連絡くれ。アトラスの誰でもいい」
「その時はよろしく頼むわ」
うーん、リズベットで情報なしか。まあ、とんでもないバカじゃない限りは、アトラスの隊員が護衛しているところに襲いかかりはしないだろう。
最近分かった事だが、SAOプレイヤーに対するヘッドショットにはスタン効果、その他出血や骨折のデバフの他、当てまくれば足や腕が千切れるそうだ。つまり、先制攻撃できるこちらが有利という事だ。
なんで知ってるかって? メイベル隊に襲いかかった結果、怒れるマリモの弾幕で瀕死にまで追い込まれた大馬鹿オレンジプレイヤーがいたからだ。
そのオレンジは取調べの際「マリモが不気味な雄叫びと笑い声を上げ、電動ノコギリかのような音と共にHPバーが削れて無茶苦茶怖かった」と語っていた。今は1層の黒鉄宮にある牢獄に監禁中だ。
そんな怨念マリモ事件はさておき、マリモより遥かに大事なコハルの姿を探す。
茶屋でお団子を頬張りながら、いつもの可愛らしい笑顔を浮かべているのだろう。そう考えると、なんだか足取りが軽い。
そのはずが、団子屋より相当手前にコハルとリーファがいた。彼女たちと話し込んでいる男女ペアも見覚えがあるな。
「コハル、なんかあったか?」
「あ、レイジ。丁度よかった」
丁度いいも何も、俺はいつだって一緒だろ? というか目の前の2人組、見覚えあると思ったらやっぱりだ。
「シンカーさんとユリエールさん? どうもお久しぶりです」
この2人はちょっとした縁で知り合った。1層で互助組織的なギルドをやっている人で、中々フィールドに出られないようなプレイヤーを支援しているのだ。
「どうも、レイジさん。お元気そうで何よりです」
「何かあったんです?」
シンカーの沈痛な面持ちを見て、何も思わないほど心は死んでいない。それに、何もなければコハルが丁度いいなど言うものか。
「……PKです。先ほど生き残りを下の層に届けてきたばかりでして」
「どの辺に出ました?」
声色が変わったと、自分でも流石に気付いた。レイドに出ている時のような、自分が氷になった気分がする。
「北の……この辺りです。ただ、相手は神出鬼没との事でして、有志の自警団でもまだ」
「アトラスでも独自に調査中です。何か情報があれば、窓口があるので頂けると助かります。こちらからも出せる情報は逐次お伝えしますので」
シンガーとユリエールは随分驚いたようなことをしている。当たり前だろう、馬鹿に戦力削られたらたまったものじゃないんだぞ。PK連中はSCAV同然の扱いだ。
「お早いですね」
「この前仲間が襲われましてね。逆に相手を死ぬギリギリまで追い込んで、黒鉄宮にぶち込んだそうですが」
「ああ、噂になってますよ。怨念マリモだとか、アインクラッドに現れた緑の悪魔だとか」
よかったなタチャンカ。貴様の行いはPKへの抑止力になるだろう。オレンジギルド急襲作戦の時は、奴を前衛にしよう。きっと敵の戦意はガタ落ちだ。「我らは旅順の乃木軍ぞ!」って叫んで突撃したかのようにな。
シンカーはまだやることがあるそうで、必要なことだけ話して去ってしまった。残された俺たちには、微妙な空気だけが残る。
「こんな状況なのに、どうして人殺しなんて……」
コハルは目に見えて動揺している。そう言う人の悪意とか、そう言うものにあまり触れてこなかったのだろう。
俺は5層でモルテとか言うクズ野郎に遭遇したおかげか、ある程度覚悟がついてしまっている。でも、そうじゃないコハルはオレンジの襲撃を受けた時、自衛とはいえ戦えるのだろうか?
もしもの時は、俺が盾になって守らないとな。
「2万も人がいるんだから、バカも一定数混じってるさ。安心しろ、俺たちがなんとかする」
なんとかするさ。一回掃討してしまえば、他の奴らはビビっておとなしくなるだろう。わざわざ殺されるとわかって悪事に手を染めなくても、生き残る手段なんていくらでもある。
一番手に負えないのは、その殺し自体が楽しいとか言うトチ狂った連中だけどな。
とりあえず、ラングレー隊の連中にメッセージを飛ばしておこう。少しでも情報が多い方が奴らも助かる筈だ。
アルゴの下請けしながらも、きっちり諜報任務は果たしてもらうとしよう。それが仕事なんだからな。
「私も、レイジに守られてばかりじゃないからね?」
コハルに真っ直ぐな瞳を向けられて、俺は思わず息を呑んだ。もしかしたら人を殺すことになるかもしれないというのに、どうしてそんな目ができる。
きっと、俺のためだ。例えそうだとしても、コハルに手を汚させたくはない。俺は、PMCはその重荷を背負うためにいるのだろうから。
「震えてるぞ? コハルとリーファはしっかり俺の後ろについてこい」
プレイヤーと戦うのは俺だけ。そう覚悟を決めて振り向いたのに、コハルはそれでも俺の袖を掴んで引き留める。
「ダメ、私も。レイジが悪魔にならないように、ちゃんと隣にいるから」
悪魔、そう言われて何も言い返せなかった。そうだな、淡々とオレンジプレイヤーを処理する算段ばかり考えて、そこに一切の躊躇いも罪悪感も持っていないのだから、見方によっては悪魔だ。
きっと俺は、オレンジ限定でなら躊躇なくPK出来てしまうような人間なんだろうな。
※
そうして12層に戻ってきたが、何となく気分が浮かない。
リーファはキッチリと情報を仕入れてきていて、カズトらしきプレイヤーが茶髪ロングの女性プレイヤーと話しながら歩いていたという話を聞いたそうな。
「夕焼けはこんなに綺麗なのにな」
同じオレンジ色だというのに、どうしてこうも違いがあるのだが。
「まあまあ、波の音でも聞いて落ち着こうよ。コハルちゃんも少し休憩していく?」
「レイジと休憩したから大丈夫。早くカズトさんを探しに行こうよ」
そうだな、という言葉が悲鳴に掻き消された。なんかMobにでも襲われたのか?
男が逃げてくる。HPゲージは既に真っ赤で、相当ダメージを喰らっているようだ。相当な強敵に出くわしたか、前線に観光に来たら痛い目にあったのどっちかだろうか。
「おい、こっちに来い! 援護してやる!」
「助けてくれ! オレンジに追われてる!」
全く、何でちょうど話題のオレンジが出てくるかな。
「コハル、リーファ、あの人の手当て頼んだ!」
「あ、レイジ!」
俺は駆け出していた。逃げてくる男の背中にはオレンジプレイヤーが迫っていて、もう距離はない。
それなのに、俺と彼の間は約25メートルくらいある。剣じゃ絶対届かないし、走ってもオレンジが剣を振り下ろす方が早いはずだ。
きっと、俺がSAOプレイヤーだったなら、彼を助けられなくて後悔したことだろう。
だが、残念だったな。俺はPMCで、あそこにまで手が届く。それに、この距離の戦いは慣れっこだぞ。
たった数キロ、指先にそれだけの力を込めるだけでいい。赤い点は敵の頭を捉えていて、リズベットの作ってくれたAKは的を外さない。それだけ揃っているなら、十分すぎた。
銃声が夕焼けのビーチに響き渡る。そして遅れて、ドサリと人の倒れる音を最後に静寂が訪れた。