Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
「エネミーダウン! ほら、早く来い!」
オレンジが倒れたのを確認し、俺はさらに早足で接近していく。多分、ヘッドショットのスタン効果で倒れただけだろう。
追撃に2発くらい撃ち込んでいたら、別のオレンジプレイヤーが突進して来た。クソ、トドメを差し損ねた。
「おいあんたら、痛い目に遭いたくなければ装備を置いていきな。見たところ高く売れそうだしな」
「なら実力で奪えばどうだ? タルコフじゃそれが普通だぜ」
ヘラヘラ笑うオレンジプレイヤーの顔を、ホロサイトの赤点が覆い隠す。交渉なんてするつもりはない。テロリストと交渉しないのが世界のトレンドだからな。
どうやら、相手は怒ったらしい。俺へと振り下ろされる片手剣はAKでいなす。銃が使えなくなったと、相手は悪意に満ちた笑顔を浮かべた。
「バカが!」
銃がないからなんだ? 腰からRed Revel Ice Pickを抜き放ち、そのアホタレの頭をカチ割る。
それでも、やはり殺すには威力がなさすぎた。システムのハンデがデカすぎる。スタンして倒れたからいいか。トドメは最後に刺してやる。
「この野郎、死ね!」
「お前が死ねクソが!」
黙って突っ込んでくりゃ、俺を仕留められたのにな。横に転がって槍を躱し、しゃがみ状態で顎をカチ上げるように撃ち抜く。
BT弾の赤い流星を浴びて、槍持ちのオレンジは倒れる。どいつもこいつも、1人のPMC相手にこの程度か? もっと楽しませてくれよ。タルコフはもっと楽しい殺し合いができたぞ?
「何だよこいつ、PMCなんてワンパンじゃねえのか!?」
「バカ強え! おい、女の方を狙え!」
3人抜けた。1人はその背中から頭までを撃って倒し、別のやつはリーファに斬りかかるがいなされ、カウンターを喰らってダウンさせられた。問題は最後の1人。そのクソ野郎はコハルへ剣を振り下ろしやがった。
「コハル、躱せ!」
血の気が引いた。最悪の光景が思い浮かび、心臓が握り潰されるかのような感覚がする。
コハルを失うのがそれだけ怖いのだ。銃弾はきっとあそこまで届くけど、貫通してコハルにも当たる可能性があった。
撃てるのに撃てなくて、間に合わないと分かっていても駆け出さずにはいられなかった。
「負けない!」
でも、コハルは自分でなんとかしてみせた。ダガーで剣を逸らすように弾くと、お返しに一撃を喰らわせたのだ。
もちろん、殺すほどのダメージにならないとわかっての一撃だろう。相手を怯ませるには十分で、おかげで俺が追いついた。
「死ね、このクズが!」
後ろからピッケルを振り下ろすと、奴の右腕が握った剣ごと吹き飛んだ。そういえば部位切断とかあったな。タルコフにはないから忘れてた。
悲鳴が上がる。出血のエフェクトもあるから、相当な勢いでHPが削れていることだろう。
それでも止まらない。ピッケルの刃を首に引っ掛けて引きずり倒し、馬乗りになる。あとはこの刃を振り下ろして、このクズを葬ればいい。
「レイジ、ダメ!」
振り下ろそうとした右手が掴まれ、コハルの声が耳に届く。それが、俺を引き戻すような気がした。
「殺しちゃダメ。悪魔になんてならないで」
怒りに呑まれ、こいつを殺すことしか考えていなかった。コハルのいう悪魔になるなってのは、こういうことだったんだろうな。
「わかったよ。でも、仕留めはするからな」
まだ1人残ってる。そいつは逃げようとしているのだが、唐突に乱入してきた剣士によって倒された。
キリトかと思ったが違う。赤を基調とした長身の男性で、少し歳をとったようにも見える顔だが、老いより先に熟練を感じさせる。ありゃ誰だ?
さらには、スタンから回復して起きあがろうとしたオレンジ共は音無しの銃弾を受けて倒れ、遅れていくつもの足音が聞こえてくる。遅いんだよバカどもめ。
「敵影なし、エリアクリア! タチャンカ、撃つのをやめろ!」
「メイベルは展開して掃討にあたれ! レイジ、無事か!?」
どうやら、リョーハの野郎がメイベル隊を引き連れてきたらしい。でも、あの剣士は何者だ? あと、どうしてリョーハは俺らが襲われているのを知ったんだろう。
「無事だが、どうしてここに?」
「あの人と話してたんだが、コハルから緊急連絡があったのさ」
そういえば、コハルも無線機を持っていたな。俺のComTacは乱闘の中でどっかに吹っ飛んでしまったらしく、それでコハルの応援要請を聞き逃したのだろう。
何がともあれ助かった。オレンジ共は倒れて呻いているし、いい気味だクソ共め。
それはそうとして、あの人は何者なんだ?
「リョーハ、あの人は誰なんだ?」
「新興ギルドのリーダーらしい。今回から攻略参加するって」
その人物はツカツカと歩み寄ってきた。長身で、中年と初老の間にも見えるが、それでいて若々しくも見える。騎士より侍の格好が似合いそうだ。
「君が、アトラスのレイジくんだね?」
「ええ、そうです。失礼ですがお名前は?」
「ヒースクリフ。血盟騎士団のリーダーを務めている」
はて、やはり聞いたことのないギルドだ。リョーハの言う通り新興ギルドなのだろうが、攻略に参加するとはそれなりに実力はあるらしい。さっきのヒースクリフを見ていても、ある程度は予想できたが。
「どうも。状況が状況なので、ゆっくり挨拶もできず申し訳ない」
「構わないさ。我々もオレンジプレイヤーを捕縛すべく活動していてね。彼らは私たちが黒鉄宮の牢獄へ連行させてもらうよ」
正直言えば、こんな奴らぶっ殺しておいた方が後々のためだろう。出てきたら同じことをやらかす。
それでも、振り向いた先でコハルが不安そうに俺を見つめていた。まるで心臓を締め付けられるような、そんな感覚がする。
俺の選択を、不安そうに待っているんだ。
「分かりました。念のため、こちらからも兵力を出しましょうか?」
「いや、こちらで対応出来るので不要だ。申し出には感謝する」
彼の連絡を受けたのだろうか、白と赤の衣装に身を包んだプレイヤーがメイベル隊と交代する形で、倒れるオレンジたちを手早く捕縛し始めた。
振り返ると、コハルが安心したような顔をしていた。俺が人殺しにならなかったことに安堵したのだろう。あと少しで、俺は2、3人ほどぶっ殺していたかもしれない。
それも、タルコフと同じように何の感情もなく、さも当然のように。
「では、お任せします」
「ああ。また別の機会にギルド同士での会談を設けたいのだが、空いているかね?」
「攻略会議以外ならば」
「では、その時によろしく頼む。オレンジへの対策について、君たちの意見を聞きたいのだ」
もちろん拒む理由はない。オレンジ共を始末するためにならばいくらでもこの力を貸そう。
それだけ確認したヒースクリフは背を向け、オレンジプレイヤー捕縛の指揮に移る。俺も移動しようと振り向けば、コハルが頷いて見せてくれた。
「随分目的はズレたが、カズト探しに戻るとしようか」
「その……ごめん、巻き込んじゃって」
リーファは申し訳なさそうにしているが、遅かれ早かれ、オレンジには絡まれていたはずだ。悪いのはオレンジ共であって、リーファじゃない。
「気にすんな、どの道やり合ってただろうしな。ブラックバーン! 後で金出すからゆっくり飲み食いしてこい!」
太っ腹で助かる、とブラックバーンは笑顔を浮かべ、他の連中も喜びの雄叫びを上げていた。おいタチャンカ、お前だけは不気味だから大人しくしてくれよ。
「レイジ、お前だったのか!」
今度は誰だと振り向けば、キリトとアスナが駆け寄ってきた。あの銃声と怒号を聞きつけてきたのだろうか?
「よう、どうした?」
「タチャンカが何か叫びながら走っていくから、追いかけてきたんだ。足速すぎないか?」
「ああ、確かに気になるよな……」
こいつを知らないものはいない。怨念マリモが走ってきたら道を開けろ、そう言われるほどにヤバいタチャンカが走りながら叫んでいたとすれば、何か事件があったと思うだろうよ。
特に、この前絡んできたオレンジを半殺しにしたばかりだ。アトラスの誰かが絡まれた、そう想像してもおかしくない。絡まれていたのが俺というのが意外なのだろうけれども。
「お兄ちゃん……?」
俺にとって意外だったのは、リーファの一言だったけれどもな。