Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
リーファの「お兄ちゃん」という一言に俺もコハルも動きが止まった。
リョーハとシノンは何のことだと首を傾げ、メイベル隊はオレンジに襲われていたプレイヤーを護衛して街に戻ったから、ここにはいない。
「え? カズトさんって……キリトだったの!?」
「マジかよ」
当のキリトは何のことだと混乱していて、そもそもリーファが誰かもわかっていないらしい。
まあ、リーファは何故か別ゲームのキャラがコンバートされているらしく、現実と違う容姿のようだから分からなくてもおかしくはない。
「待ってくれ、君は……」
キリトの言葉を遮るように、リーファは彼の胸へ飛び込んでいた。緑の瞳からは大粒の涙を流し、何事かを語る。
キリトも彼女が妹だと気付いたのだろう。容姿は違えど、一緒に生きてきたからにはわかる部分がどこかにあるらしい。
なんて言っているのかは聞こえない。きっと、気を利かせたComTacがカットしているのだ。
そっとコハルの肩に手を乗せると、彼女も俺の意図を察したのだろう。一緒に振り向き、街へ歩き出す。アスナは側で見届けるらしい。
「リーファさん、会えてよかったね」
「キリトが兄貴とは思わなかったけどな。現実で再会を約束する奴はいても、アインクラッドで生き別れの兄貴探すなんて他にあるか」
良いことはあった。それでも、どうにかしなければならない悪いことも同時に起きた。いや、元々起きていたのが顕著になっただけか。
5層から大人しくなったと思ったのに、クソ野郎共がまた暴れ出すとはやってられない。
「……あの人、無事かな」
あの人、とはオレンジに追われていた人だろうな。メイベルから圏内に届けたから飯に行くというメッセージが来ていたし、無事ではあるようだ。
ただ、ラングレー隊から聞き取り調査の結果として、彼は仲間を失ってかなり精神的にやられているそうだ。こればかりは、俺たちにはどうしようもない。
「生きてはいるって」
「でも……」
それでも不安そうなコハルの手を、包み込むように握る。俺に出来るのは戦うことだけ。その手で、コハルを安心させられるかは分からない。
それでも、しっかり握りしめてくれるのが嬉しく思えた。
※
ボス攻略も果たして、それからすぐに攻略組の主要メンバーが招集された。この会議の発起人はヒースクリフで、何を話すかはまあ、俺にはわかっていた。
彼の率いる血盟騎士団の攻略参加については、ALSとDKBがかなり頑なだったから説得に苦労した。アトラスの参加枠を譲るとまで行って、ようやく認めさせたくらいだ。
その上で、彼らは実力を示してくれた。今回のMVP通っても過言ではない働きに、リンドもキバオウも頑なな態度は取れないようだ。
「諸君、集まってくれて感謝する」
「で、ボスシバいた後で何の用や?」
「まあまあ、焦らないで下さいよ」
俺はそう言ってお茶を啜る。隣でコハルが小さくなっているので、机の下でそっと手を握る。
ちなみにだが、ソロ代表とも言えるキリトとアスナはいつも通り隣同士だ。お前ら付き合ってるのか?
「わかっているとは思うが、オレンジプレイヤーへの対策の件だ」
文句は消えて、全員が真剣な眼差しをヒースクリフへ向ける。実際問題、知ってか知らずか攻略組にも襲撃しているらしく、被害が出て来ているのだ。
ずっと目を背けて来た問題だ。ここで向き合わなければ、これから先もオレンジのされるがままになるだろう。
「なんや、いい方法があるってんか?」
「それについて、有意義な話し合いができると期待している」
それからヒースクリフが語るところによると、血盟騎士団も独自にパトロールや調査を行い、オレンジプレイヤーの捕縛に勤めて来たらしい。
とはいえ少数精鋭で手が足りないので、攻略組からも人員を抽出して対応にあたりたいとのことだ。
随分現実的ではないか。ギャーギャー騒いで混乱ばかり起こしていた攻略組に爪の垢を煎じて飲ませたい。いつも派閥争い云々で嫌になっていたところなんだ。
「でも、オレンジがいつ出てくるかわからないんだよね」
コハルが耳元で囁く。内容は真面目なのに、思わずドキリとしたじゃないか。全く、コハルのASMRでキルされるところだった。
「街に入れない分、どこに潜伏しているかも分からねえからな」
オレンジプレイヤーが街に入ろうものなら、めちゃくちゃ強いガーディアンとかいうNPCが滅多打ちにするそうだ。もちろんオレンジも死にたくないから、街に入るような真似はしない。
だからこそ、フィールドのどこかに潜伏していて、どこから襲ってくるか分からないのが怖いのだ。
有意義な提案のはずだが、リンドもキバオウも渋っている。正直話を聞き流して、コハルを見ているのに夢中だった。会議に集中しろって、顔を赤らめながら怒っても可愛いだけだぞ。
『レイジ、応答せよ』
会議だろうと着けたままのComTacから相棒の声がする。奴はちゃんと仕事をしてくれているらしい。
コハルも無線機を持っているから、リョーハの声が聞こえているだろう。
「会議は紛糾中。ALSとDKBがパトロールの人員を押し付けあってる」
『だろうな。主導権争いしているだけあって、マンパワーを削られたくないんだろ。ここまで来て足引っ張るのか』
「あいつらには期待してねーよ。状況」
『シノンが不自然なモンスターの群れを発見したから、これから調査に向かう』
「MPKか?」
『かもな。そっちは頼むぜ、隊長殿』
それを最後に、リョーハからの無線は切れた。奴は無事に現地へ展開して、作戦を始めたらしい。
ハイドアウトに参謀本部として残したレンからも、各部隊展開完了の報告がまとめて送られてくる。
SAO連中なんかに期待してるもんか。俺たちPMC以上にPvPに慣れている奴もいないだろう。
「ふむ、ではレイジくん。君の意見も聞こうか」
ちょうど良く、ヒースクリフは俺をご指名のようだ。
「タスクフォース・アトラスはオレンジプレイヤー目撃情報のある8層へ部隊を展開、捜索活動中。既にMPKと思われる不自然な群れを確認し、これより確認すると報告が入っています」
「ちょっと待ってんか! ジブンら、勝手におっ始めたんか!?」
「レイジさん、攻略組に一言もなく動いた理由を」
キバオウとリンドが噛み付いてくる。やる気ないんだから押し付けとけばいいじゃねえか。
「別に、事後報告であって、承認を求めているわけでもない。これは、アトラスとしての作戦行動です」
キリトもどこか驚いたような顔をしている。裏でこそこそ動いてるのはお前も同じだろ。モルテを追ってるの知ってるんだからな?
「PvPなら自分たちPMCに分がある。オレンジを確実に制圧出来るでしょう」
本来、SAOにおいてPvPはデュエルとかPKくらいのもので、真っ向からの殺し合いなんてそうそう起こらないようなゲーム性だ。対人プレイヤーは殆どいないと言っていい。
それに対して、プレイヤー同士の戦闘がゲームの根幹に組み込まれているタルコフから来たプレイヤーならば、襲いくるオレンジを相手にしても怯まない。人を攻撃することに抵抗がないからだ。
きっと、アトラスの役目はここだろう。コハルには悪いけれども、人と戦うことになる。
「制圧? 捕縛ではなく?」
「可能なら捕縛しますが、相手が殺しに来ている以上、殺すつもりでなければこちらに被害が出ます。オレンジ相手に限り、射殺も辞さない構えです」
周りがやかましい中、ヒースクリフのふむ、という声だけがやけに大きく聞こえた。コハルは俺の袖を掴んで思い留めようとしている風に見える。
それでも、オレンジの命にこだわって仲間を死なせるわけにはいかないんだ。