Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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12層-5 衝撃と畏怖

「レイジはん、本気で言うてるんか?」

 

 キバオウは珍しく、厳かに口を開く。それはまるで、俺を思い留めようとするかに見えた。

 そっと目を閉じ、俺は笑っていただろう。ありがとよ。でも、止まるわけにはいかないんだ。コハルの縋るような目を見ないフリしてでも、やらねばならない。

 

「冗談で言うとでも? 既に部隊は行動を開始し、数日のうちに成果を出すでしょう」

 

 無論、このあと俺もバックアップへ向かう。8層の掃討作戦を立案、指揮するのはリョーハで、今回はサポートへ徹する。

 奴ならばやってくれるはずだ。捕獲も討伐も無理でも、少なくとも手掛かり一つは持って帰ってくるだろうさ。

 

「手加減は必要ない。8層のオレンジには見せしめになってもらう。必要なのは衝撃と畏怖であって、警告も慈悲も必要ない」

 

 その後の話し合いは、正直言って不振だったと言えよう。ALSもDKBもパトロールや捕獲しての黒鉄宮送りくらいしか案を出すことはできず、お互いに割り当て人員数を押し付け合っていたくらいだ。

 コハルとの帰り道、彼女はどこか不安そうな顔で俺の袖を摘んでいた。かなり過激なことを言ったから、心配してるんだろうな。

 

「ねえ、レイジ」

 

「どうした?」

 

「本当に……殺すの?」

 

「こっちが危ない時だけだ。基本的には捕獲だよ」

 

 心配すんな、とコハルの頭を撫で回すが、まだどこか浮かない顔をしている。色々とやらかしてきたからな。またコハルの手が届かないところで死ぬんじゃないかって、不安なのだろう。

 

「安心しろ、俺は殺人鬼じゃない。ビビらせるだけさ」

 

 コハルは唐突に足を止め、俺の腕をさらに強く握る。思わず足を止めて振り返ると、コハルに抱きしめられた。

 コハルの顔がすぐ隣にある。状況が読み込めずに俺は固まり、コハルを振り解くことができない。そもそも、振り解くつもりもなかった。

 

「……レイジ、苦しそうだよ。無理しないで、私に頼って」

 

 与えられたのは救いか、憐憫か。コハルにはきっと、傷だらけになってなお笑い、前線に立ち続けているかのように見えたのだろうな。全くもってその通りだけど。

 殺す事が怖くないわけがない。でも、慣れてしまったんだ。思考も罪悪感も置き去りにして、目的のためにその目標を撃ち倒す。罪悪感はその後からくる。この前オレンジに襲撃されて、殺しかけた時がそうだった。

 

 でも、俺は止まれない。戦わなければ生き残れないから。戦うことしか、知らないから。

 だから、傷を隠したままで戦いに出る。心配するなと嘘をついて、本音を笑顔の向こうに隠したまま。

 

「大丈夫、今度は上手くやって見せるから」

 

 そう言って、コハルの頬に手を添える。確証なんてない。相手は狡猾な連中で、どういう結末になるか予想もつかない。

 俺にできるのは言い張って生き残って、彼女を安心させる事だけだ。

 

「わがままでごめんね。レイジには生きていて欲しいけど、人殺しになって欲しくもないの」

 

「わかってるさ。俺もコハルにはそうでいて欲しいからな」

 

 泣きそうなコハルをそっと撫でて、できる限り優しく語りかける。どうして、こうなったんだろうな。守りたくてやっているはずなのに、傷付けてしまっているんだから。

 

 嘆いて泣いて、でもきっとどうしようもない。なら、進み続けるしかないんだ。脱出地点を探しながら。

 

 さあ、リョーハの野郎を助けに行くとしよう。目先のものに集中していれば、この苦しみを振り払えるだろうから。

 

 

Aincrad layer8

BEAR Operator”Ryoha”

 

 第8層は氷に閉ざされた極寒の大地。ぶっちゃけタルコフよりも、ロシアという国のイメージに近いかもしれない。ここまで来たら、ロシアというより北極だが。

 

「雪が深いな……シノン、休憩していいか?」

 

「もう少し頑張りなさい。寒風吹きさらしで休憩したいの?」

 

「ラッセルって大変なんだぞ?」

 

 近接武器としてシャベルが実装されていて良かったと心底思う。今回に関しては、本来の使い方をしているけどな。

 馬鹿みたいに雪が積もったエリアは歩きにくい。俺が道を掘り進めながら進んでいるのだが、どうしてだか交代してくれない。頼むよ、マジで疲れてきた。

 

『リョーハ殿ぉ、私もそっちいっていーかい?』

 

 フカ次郎は別働隊として行動中だ。グリズリー隊に加わって、どこかの丘の上から俺を見ているのだろう。ラッセルを代わってくれるなら、いくらでも来ていいんだけどな。

 

「代わってくれるならな」

 

『あー、ちょっち辛いかも』

 

「だろうな」

 

 そうだろうと思ったよ。しかも、掘ったそばから雪が積もって道が消えている。もうやってられない。山岳部でラッセルやった事はあるけども、こんなすぐに埋まりはしないぞ。

 

「オレンジ見つける前に、遭難しないといいけどな」

 

「大丈夫でしょう。フカ次郎がたまには役に立つわ」

 

『ちぇー、リョーハ殿と歩きたいよぉ』

 

「街に戻ったらな」

 

 そんなことを言ったら、なぜかシノンに頭をしばかれた。理不尽極まりないったらありゃしない。少しくらい鼻の下伸ばしてもいいじゃねえかよ。

 

「鼻の下伸ばしてないで掘りなさい」

 

「シノンが優しくしてくれたら掘るぜ」

 

「帰ってからね」

 

 マジ? と言って振り向くと、シノンはそっぽを向いた。頬がちょっと赤いのを俺は見逃さないぜ。

 

 それにしても、ここってルートを外れるとかなり酷い道なんだよな。メインルートは氷の道があるが、少しずれたこういうところは雪が積もってまともに歩けず、下手をしたら雪に隠れたクレバスに落っこちる。いつからヒマラヤ登山してたんだろう。

 それもこれも、クソッタレオレンジ共の潜伏先捜索のためだ。外れにある洞窟とか、そういうところを徹底的に掃討しているのだが今の所は成果なし。

 

「次で最後か?」

 

「そうだといいわね。夜になる前に帰りたいわ」

 

「ガチ雪山のビバークは最悪だけど、ここならまだマシだ」

 

 少なくとも、凍死は実装されていないからな。いつだかに吹雪に遭遇して、数日野営(ビバーク)したけど生きていたのは奇跡今でも思える。寒いだけで、死なないならば儲けものだぞ。

 

「あら、経験あるの?」

 

「あるぜ。マジで死にかけたし、凍傷にならなかったのが奇跡。ついでだからいうと、こいつにも何度か助けられてる」

 

 そう言って取り出したのはRed Rebel ice pick。タルコフではRRと呼ばれるアイスピッケルで、これとパラコードがあれば特定の脱出地点を使えるようになる。

 俺は滑落した時に使ったけどな。必死にピッケルを突き立ててブレーキをかけ、なんとか九死に一生を得てきた。それでも山登りをやめない俺は、相当アホなんだろうとよく思っていた。

 

「じゃあ、やっぱり先行はリョーハね」

 

「クソ。ヒドゥン・クレバス踏み抜いて死んだ、とか絶対嫌だぞ」

 

 くたばれオレンジめ、なんて悪態をつきながら掘り進め、足場を確認すると……言わんこっちゃない。踏んだ雪が崩れ、ポッカリとクレバスが口を開けてみせた。

 こうやって雪に隠れたヒドゥン・クレバスは、知らずに踏んだものの命を奪う天然の落とし穴だ。茅場の悪趣味なトラップか、道を踏み外したものへの警告か。今は、どうだっていいか。

 

「……ほーら、言わんこっちゃない」

 

『先行部隊、大丈夫ですか!?』

 

『リョーハぁ!?』

 

 レンとフカ次郎の悲鳴が耳をつんざく。向こうからすれば、急に雪崩が起きたとでも見えたかもな。目の前にいるわけでもなく、高倍率スコープで見ているだけなんだから。

 とはいえ、これで向こう側には渡れなくなった。この先の洞窟は出入り不能と考えるべきか。

 

「心配すんな。クレバスが隠れてただけだ。ここは通れねえから引き返すぞ」

 

『了解です。でも、目星をつけたところは全部外れましたね』

 

「ったく、どこに隠れてるんだか」

 

 これで、当たりをつけた箇所は全滅。オレンジプレイヤーのアジトは見つからず、空振りに終わった。全く、どう言い訳しようか。




・Red Rebel ice pick
 近接武器のピッケル。近接攻撃のほか、一部マップで脱出するのに必要なアイテム。イェーガーとの交換の他、ボックスからのドロップ、Shutrmanが所持していることがある。
 ちなみに、元ネタのピッケルは廃盤の模様。
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