Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
「レイジはん、本気で言うてるんか?」
キバオウは珍しく、厳かに口を開く。それはまるで、俺を思い留めようとするかに見えた。
そっと目を閉じ、俺は笑っていただろう。ありがとよ。でも、止まるわけにはいかないんだ。コハルの縋るような目を見ないフリしてでも、やらねばならない。
「冗談で言うとでも? 既に部隊は行動を開始し、数日のうちに成果を出すでしょう」
無論、このあと俺もバックアップへ向かう。8層の掃討作戦を立案、指揮するのはリョーハで、今回はサポートへ徹する。
奴ならばやってくれるはずだ。捕獲も討伐も無理でも、少なくとも手掛かり一つは持って帰ってくるだろうさ。
「手加減は必要ない。8層のオレンジには見せしめになってもらう。必要なのは衝撃と畏怖であって、警告も慈悲も必要ない」
その後の話し合いは、正直言って不振だったと言えよう。ALSもDKBもパトロールや捕獲しての黒鉄宮送りくらいしか案を出すことはできず、お互いに割り当て人員数を押し付け合っていたくらいだ。
コハルとの帰り道、彼女はどこか不安そうな顔で俺の袖を摘んでいた。かなり過激なことを言ったから、心配してるんだろうな。
「ねえ、レイジ」
「どうした?」
「本当に……殺すの?」
「こっちが危ない時だけだ。基本的には捕獲だよ」
心配すんな、とコハルの頭を撫で回すが、まだどこか浮かない顔をしている。色々とやらかしてきたからな。またコハルの手が届かないところで死ぬんじゃないかって、不安なのだろう。
「安心しろ、俺は殺人鬼じゃない。ビビらせるだけさ」
コハルは唐突に足を止め、俺の腕をさらに強く握る。思わず足を止めて振り返ると、コハルに抱きしめられた。
コハルの顔がすぐ隣にある。状況が読み込めずに俺は固まり、コハルを振り解くことができない。そもそも、振り解くつもりもなかった。
「……レイジ、苦しそうだよ。無理しないで、私に頼って」
与えられたのは救いか、憐憫か。コハルにはきっと、傷だらけになってなお笑い、前線に立ち続けているかのように見えたのだろうな。全くもってその通りだけど。
殺す事が怖くないわけがない。でも、慣れてしまったんだ。思考も罪悪感も置き去りにして、目的のためにその目標を撃ち倒す。罪悪感はその後からくる。この前オレンジに襲撃されて、殺しかけた時がそうだった。
でも、俺は止まれない。戦わなければ生き残れないから。戦うことしか、知らないから。
だから、傷を隠したままで戦いに出る。心配するなと嘘をついて、本音を笑顔の向こうに隠したまま。
「大丈夫、今度は上手くやって見せるから」
そう言って、コハルの頬に手を添える。確証なんてない。相手は狡猾な連中で、どういう結末になるか予想もつかない。
俺にできるのは言い張って生き残って、彼女を安心させる事だけだ。
「わがままでごめんね。レイジには生きていて欲しいけど、人殺しになって欲しくもないの」
「わかってるさ。俺もコハルにはそうでいて欲しいからな」
泣きそうなコハルをそっと撫でて、できる限り優しく語りかける。どうして、こうなったんだろうな。守りたくてやっているはずなのに、傷付けてしまっているんだから。
嘆いて泣いて、でもきっとどうしようもない。なら、進み続けるしかないんだ。脱出地点を探しながら。
さあ、リョーハの野郎を助けに行くとしよう。目先のものに集中していれば、この苦しみを振り払えるだろうから。
Aincrad layer8
BEAR Operator”Ryoha”
第8層は氷に閉ざされた極寒の大地。ぶっちゃけタルコフよりも、ロシアという国のイメージに近いかもしれない。ここまで来たら、ロシアというより北極だが。
「雪が深いな……シノン、休憩していいか?」
「もう少し頑張りなさい。寒風吹きさらしで休憩したいの?」
「ラッセルって大変なんだぞ?」
近接武器としてシャベルが実装されていて良かったと心底思う。今回に関しては、本来の使い方をしているけどな。
馬鹿みたいに雪が積もったエリアは歩きにくい。俺が道を掘り進めながら進んでいるのだが、どうしてだか交代してくれない。頼むよ、マジで疲れてきた。
『リョーハ殿ぉ、私もそっちいっていーかい?』
フカ次郎は別働隊として行動中だ。グリズリー隊に加わって、どこかの丘の上から俺を見ているのだろう。ラッセルを代わってくれるなら、いくらでも来ていいんだけどな。
「代わってくれるならな」
『あー、ちょっち辛いかも』
「だろうな」
そうだろうと思ったよ。しかも、掘ったそばから雪が積もって道が消えている。もうやってられない。山岳部でラッセルやった事はあるけども、こんなすぐに埋まりはしないぞ。
「オレンジ見つける前に、遭難しないといいけどな」
「大丈夫でしょう。フカ次郎がたまには役に立つわ」
『ちぇー、リョーハ殿と歩きたいよぉ』
「街に戻ったらな」
そんなことを言ったら、なぜかシノンに頭をしばかれた。理不尽極まりないったらありゃしない。少しくらい鼻の下伸ばしてもいいじゃねえかよ。
「鼻の下伸ばしてないで掘りなさい」
「シノンが優しくしてくれたら掘るぜ」
「帰ってからね」
マジ? と言って振り向くと、シノンはそっぽを向いた。頬がちょっと赤いのを俺は見逃さないぜ。
それにしても、ここってルートを外れるとかなり酷い道なんだよな。メインルートは氷の道があるが、少しずれたこういうところは雪が積もってまともに歩けず、下手をしたら雪に隠れたクレバスに落っこちる。いつからヒマラヤ登山してたんだろう。
それもこれも、クソッタレオレンジ共の潜伏先捜索のためだ。外れにある洞窟とか、そういうところを徹底的に掃討しているのだが今の所は成果なし。
「次で最後か?」
「そうだといいわね。夜になる前に帰りたいわ」
「ガチ雪山のビバークは最悪だけど、ここならまだマシだ」
少なくとも、凍死は実装されていないからな。いつだかに吹雪に遭遇して、数日
「あら、経験あるの?」
「あるぜ。マジで死にかけたし、凍傷にならなかったのが奇跡。ついでだからいうと、こいつにも何度か助けられてる」
そう言って取り出したのはRed Rebel ice pick。タルコフではRRと呼ばれるアイスピッケルで、これとパラコードがあれば特定の脱出地点を使えるようになる。
俺は滑落した時に使ったけどな。必死にピッケルを突き立ててブレーキをかけ、なんとか九死に一生を得てきた。それでも山登りをやめない俺は、相当アホなんだろうとよく思っていた。
「じゃあ、やっぱり先行はリョーハね」
「クソ。ヒドゥン・クレバス踏み抜いて死んだ、とか絶対嫌だぞ」
くたばれオレンジめ、なんて悪態をつきながら掘り進め、足場を確認すると……言わんこっちゃない。踏んだ雪が崩れ、ポッカリとクレバスが口を開けてみせた。
こうやって雪に隠れたヒドゥン・クレバスは、知らずに踏んだものの命を奪う天然の落とし穴だ。茅場の悪趣味なトラップか、道を踏み外したものへの警告か。今は、どうだっていいか。
「……ほーら、言わんこっちゃない」
『先行部隊、大丈夫ですか!?』
『リョーハぁ!?』
レンとフカ次郎の悲鳴が耳をつんざく。向こうからすれば、急に雪崩が起きたとでも見えたかもな。目の前にいるわけでもなく、高倍率スコープで見ているだけなんだから。
とはいえ、これで向こう側には渡れなくなった。この先の洞窟は出入り不能と考えるべきか。
「心配すんな。クレバスが隠れてただけだ。ここは通れねえから引き返すぞ」
『了解です。でも、目星をつけたところは全部外れましたね』
「ったく、どこに隠れてるんだか」
これで、当たりをつけた箇所は全滅。オレンジプレイヤーのアジトは見つからず、空振りに終わった。全く、どう言い訳しようか。
・Red Rebel ice pick
近接武器のピッケル。近接攻撃のほか、一部マップで脱出するのに必要なアイテム。イェーガーとの交換の他、ボックスからのドロップ、Shutrmanが所持していることがある。
ちなみに、元ネタのピッケルは廃盤の模様。