Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
アルゴの聞き取りも終わり、シリカを下層へ帰すべく宿を出た。街にいたプレイヤーどもは、俺やシノン、メイベル隊に守られたシリカを見て距離を取る。
絡んでこようとした奴らも、ガチムチPMCの集団、しかも攻略組でブイブイ言わせているアトラスと知るなり、腰を抜かしていたっけ。死神がいるって叫ばれた件は聞き違いだと信じたい。怨念マリモを見て失神した奴はいるけど。
そんな街から一歩踏み出せば、そこは極寒の大地だ。氷を踏みしめるブーツさえもが冷えたかのように、あちこちが冷たくて堪らない。そんな時は動きも緩慢になるものだ。
この寒ささえなければ、白と青のコントラストを楽しんでいられるのになぁ。
「へくちっ!」
寒すぎたか、シリカはくしゃみをしてしまい、どこか恥ずかしそうに俯く。このツインテロリ、可愛いくしゃみをするじゃないか。
「おーおー、可愛らしいくしゃみだな。風邪引くなよ?」
「気を付けます……アインクラッドで風邪って引くんでしょうか?」
「実験が必要ね。リョーハ、裸で歩いてみなさい」
「風邪引く前に凍死するわ!」
半袖シャツで歩いても凍死はしなかったが、メンタルは死んだ。それで十分検証になってるだろうよ。裸でうろついていたら、それこそハラスメント行為として牢獄送りにされてしまう。
そんなクソ寒い中でも、SCAVは元気にスーカスーカと鳴いている。うるせえんだよこのゴロツキどもが。黙って雪に埋もれてやがれ。
なんだかイライラしてきたので、八つ当たりに頭を撃ち抜く。吹雪に紛れて詰めてきた野郎はピッケルで頭をかち割り、刃を引っ掛けて地面へ引き倒して3度ピッケルで殴りつけ、トドメを刺しておく。
「クリア!」
「リョーハ、もっとお上品にやりなさい。シリカが引いてるわよ」
まあ、人間のNPCを割と惨殺したからな。2つの死体が転がり、スプラッタにも血飛沫の跡が残っているんだ。そんな死体の前で、ピッケルを手に立ち尽くしている男とかホラー極まりない。
「というか、支援部隊が狙撃すりゃいいんじゃねえか?」
近くの高台や丘に支援のメイベル隊がいて、見守っているはずなんだ。フカ次郎含むグリズリー隊は街に戻っているから、ブラックバーンたちが代わりに援護してくれる手筈なんだけどな。
ちなみに、メイベルがバックアップに回された理由は「オレンジさえもタチャンカを見たら逃げ出す」という理由だ。いつだかにオレンジを半殺しにしたせいで、相当恐れられているらしい。怨念マリモの名前はアインクラッドにも響き渡る。
『こちらアイザック。居場所がバレるわけにもいかなくてな』
「シリカを眺めてたんだとしたら、クレバスに放り込んでやるからな」
アイザックが変な声を出したのが聞こえる。本当にシリカを眺めてやがったな、あのロリコンが。
『シノンにお熱なリョーハが言える口じゃねえ。何歳差だよ?』
「黙れブラック。タンスの角に小指ぶつける呪いかけたからな」
ふざけんな、とブラックバーンの抗議が聞こえてくるが、俺はそれを無視する。
でも、シノンが頬を赤らめているのを見て、ヤベエと焦る羽目になった。アトラスの無線なのだから、シノンにも丸聞こえなのだ。
「……あんた、実際いくつなのよ?」
「マナー違反じゃねえの?」
「いいから」
スカーフがシノンの顔の下半分を隠すが、目は真っ直ぐ俺を見つめていた。早く答えろ、そう言われている気分だ。
「21」
「……ロリコン」
「はぁ!?」
どういう事、とシリカは俺とシノンを交互に見て、ピナはキュルルと鳴く。まさかとは思うが、お前も俺をロリコンと罵っている訳ではあるまいな?
「お2人は、付き合ってないんですか……?」
シリカは純粋に疑問だったのだろう。無垢な目でそんなことを訊いてきたものだから、シノンが噴き出した。顔もたちまち真っ赤だ。可愛いじゃねーか。
「付き合ってないわよ!」
「え、付き合ってねーのか?」
笑いながら冗談を飛ばしてみたら、無言のまま雪へと突き飛ばされた。綺麗な大の字で雪に飛び込んだ俺へ、無常にも雪が降り積もっていく。
無線の向こうからの笑い声がイラつくな。メイベルの連中、後で覚えてやがれ。晩飯をグリーンピース山盛りにしてやる。
「馬鹿なこと言っていないで、さっさと行くわよ。またペンギンに襲われたらどうするの」
「その時はその時さ」
「大丈夫なんですか……?」
まあ、大丈夫だろう。レイジの野郎がなんとかしてくれるさ。それに、最悪の場合は俺が盾になりながら2人を逃せばいい。
そうそう、くたばるまでに数分は稼げるさ。アーマーもTactecに新調したから、しばらく耐えられるだろう。
「任せろよ。それに、仲間も来てるからな」
転移碑まではあと1キロもない。雪原の中の一本道で、イエティやらペンギンナイトが点在するくらいの、穏やかな場所だ。何もなければ無傷で通り抜けられる。
『リョーハ、こっちは転移碑から移動中。どこにいる?』
おっと、レイジもご到着か。
「主街区を出て転移碑へ移動中。目標まで1キロ地点」
『正面から合流だ。暇そうだったからキリトも連れてきたぞ』
最高の援軍だな。オレンジも怖くねえぜ。
「リョーハさん、誰と話してるんですか?」
「レイジ。俺の相棒で、アトラスのリーダーさ。デアデビルのレイジって、どっかで聞いてねえか?」
「確か、攻略組の……もしかして、リョーハさんってあの死神リョーハですか?」
「死神は勘弁してくれねえかなぁ、縁起悪すぎる」
苦笑いを浮かべる俺の頭に、ピナが乗っかってきた。ヘルメットを被ったかと思うような重量が加わり、首が痛い。振り向き速度も落ちてそうだな。
「でも、悪い人じゃないんですよね」
「どうしてそう思う?」
「悪い人なら、ピナがそんなに懐きませんよ」
きゅるる、と鳴くピナはどこか嬉しそうだ。ビーフシチューに味を占めたか? こいつ、肉食だな。
「案外、俺も悪人かもよ? ピナは餌で釣っただけで」
「シノンさんや他の人たちも、リョーハさんがいい人だから一緒にいるんじゃないですか?」
思わず足が止まった。俺は自分自身をいい人だなんて思ったことはないし、言われるような人間じゃないとも思う。傷付けて傷付いて、それで今を生きているんだから。
シノンはどう思っているかな。そう思ってシノンの顔を見ようとしたが、躊躇ってしまった。
拒絶されたらと思うと、怖くてたまらない。いつものように飄々と、俺なんてなんとも思っていないように斬り捨ててくれるだろうから。
「俺は……」
『こちらメイベル。リョーハ、お前のケツからイエティの軍団がお出ましだぞ! 先頭にPMCあり!』
「オレンジか!?」
『カーソルはグリーン。武器は……DVL-10! あの野郎、カスタムの黒フードか! レッカー、タチャンカを押さえろ! 奴を撃ったら、こっちがオレンジだぞ!』
『放せぇぇぇぇ! ここであったが100年目! 今日こそ地獄へ堕としてやりますぞ!』
『100年も経ってねーし、地獄に堕ちるのはお前になるぞマヌケ!』
最悪のタイミングだ。今から走って、安全圏に逃げ込めるだろうか? 難しいだろう。どうやら、覚悟を決めるべき時が来たらしい。
「シノン、シリカを連れて逃げろ。俺が足止めしてやるよ」
「リョーハも逃げるのよ。死ぬつもり?」
「まあ、そんなところさ」
精一杯笑ってみせた。上からの援護はあるし、俺だって割としぶとい方だ。くたばるつもりはないし、死ぬにしても数分は稼げる。
そう思いながらAS-VALのセレクターレバーに手を伸ばしたまさにその時、シノンに頬を叩かれた。
バランスを崩し、少しだけ視界が揺れる。シノンが泣きそうな目をしながら俺を睨んでいるのは、気のせいだろうか。
「馬鹿言うんじゃないわよ。ほら、こっち!」
シノンは無理矢理俺の手を引く。転移碑まで逃げるぞ、と言うことか。
「間に合わねえよ。先行けって」
「うるさい!」
Tactecの背中についている取っ手を掴まれ、無理矢理引きずられる。ここでごねても、シノンが逃げ遅れるだけか。大人しく逃げるとしよう。
『あのDVL野郎が道を外れて逃げたぞ! モンスターは以前お前らの方に向かってる。あと30秒で追いつかれちまう!』
「貴重な情報ありがとよ!」
『早く逃げろってんだ! タチャンカ、先頭集団をなんとか止めろ! 銃身焼けつくまで撃て!』
『そうとあろうかと、RPK2挺持ちですぞ! 毎日コツコツ集めた、BS弾の裁きを受けるが良い!』
タチャンカの援護射撃が始まり、フカ次郎たちグリズリー隊も駆けつけたのだろうか、グレネードランチャーの爆音まで響いてきた。
正面には吹雪の中に浮かぶ黒い人影も見える。どうやら、俺の悪運はまだ尽きていなかったらしい。
「待たせたな相棒、キリト拾ってたら遅れたわ!」
「すまねーが、死なない程度に頼むぜ!」
すれ違いざまにレイジとハイタッチを交わし、俺は振り返る。レイジはコハルとキリトを引き連れていて、少なくとも俺たちよりはMobを相手に優位な戦いができる編成だ。
「数が多いな……レイジ、コハルを借りるぞ」
「あいよ。後ろから守ってやる。行け!」
「任せたよ!」
レイジのAKが火を吹き、突撃して来たイエティの戦闘集団をスタンさせる。あの野郎、レーザーサイトを頼りに、ヘッドラインを横薙ぎにしやがったのか。タチャンカみたいな真似しやがって。
そこにキリトとコハルが突入して、瞬く間に数体を倒してしまった。そこでリロードを終えたレイジが再び援護射撃でイエティを怯ませ、再び2人が突っ込む。いい連携してるじゃねーか。
「道を外れて支援するわ! シリカはこのまま安全圏に!」
「どうかご無事で!」
シリカは転移碑の方へ走る。残りの距離は数百メートル程度だし、無事にたどり着けるだろう。
それより、心配なのはシノンだ。道を外れて、あの雪道から狙撃しようとしている。確かにレイジたちを射線から外すにはそうするしかないが、そこはあまりにもリスキー過ぎる。
「おい、迂闊にそっち行くな!」
シノンを追いかけたまさにその時、彼女の姿が俺の目の前から消えた。ヒドゥン・クレバスは静かにそこで口を開いていて、道を外れた獲物をずっと待ち続けていたらしい。
・Tactec
リョーハが装備しているアーマーリグ。5.11 Tactecプレートキャリアはクラス5のアーマーレベルを持ち、アーマーリグの中では比較的軽量な部類。
とはいえスペックはレイジのAACPCの方が勝るものの、入手難易度はTactecの方が若干低いので、リョーハはこっちを愛用している。