Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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12層-9 ウサギの穴に落ちて

 咄嗟にその手を握れたのは、本当に奇跡だった。それでもシノンは止まらず、俺もヒドゥン・クレバスへと引きずり込まれていく。

 シノン自体は軽いが、装備が重過ぎた。俺の両足ではシノンを受け止め切れなかった。どこかの栄養ドリンクのCMみたいにはいかないものだ。

 

 最後の頼みの綱は一本のピッケル。全てはそれに委ねるしかない。

 

「腰に掴まれ!」

 

 落ちながら叫び、シノンを引っ張る。俺の方がシノンに引き寄せられるようになって、シノンは俺の腰にしがみつくことができた。

 あとは両手でピッケルを持ち、氷壁に突き立てる。急ではあるか、僅かに傾斜がある。垂壁だったらお陀仏だが、これならば僅かに希望がある。

 

 無我夢中でピッケルを突き立てた奴が生き残るのだ。刃が火花を散らし、体はあちこちの岩棚にぶつかっては痛む。それでもピッケルを離すことなく、俺はただ落ち続けていた。

 

 氷壁が砕け、刃の跡が一筋残る。どれだけ落ちたかわからない。岩棚に身体を打ち付けながら尚も落ち、最後はピッケルが壁から離れ、底へと落ちた。

 

『——ハ、——カ!』

 

 耳元で叫ぶな喧しい。誰かがさっきから怒鳴ってやがる。この声はレイジみたいだな。Soldin投げ捨てちまおうか。

 なんだか弾力のある枕の上でゆっくり寝てるのに、何であいつに叩き起こされにゃならんのだ。

 

『リョーハ! 生きてんのかこの野郎! リョーハ、リョーハ! スーカ!』

 

 奴の声が頭にガンガン響きやがる。震える手でプレストークスイッチを押し、何とか声を絞り出す。

 

「うるせえな……頭に響く」

 

『生きてたか……無事なのか?』

 

「わからねえ……折り返すから待て」

 

 霞む視界がようやくはっきりとしてきた。上を見上げる俺の視界に、シノンの顔がいっぱいに広がる。ここは天国か?

 もしかして、この後方部の感覚はシノンの太腿か? 恐る恐る目線を下へ向けると、その期待は裏切られることなく、シノンの膝がそこにあった。

 

「やっと起きた?」

 

「俺、死んだのか?」

 

「馬鹿なこと言う元気は戻ったようね」

 

 シノンが微笑んだ気がする。ウィンドウを開いてヘルスタブを見ると、ダメージはほぼ完治していた。とはいえ両脚の最大耐久値が減っているのを見るに、壊死していたのをシノンが治療してくれたようだ。

 

「やばかったか?」

 

「私は無傷に近いけど、Comtacがどこかに吹っ飛んだわ。リョーハは両脚骨折と壊死、軽度出血も2箇所で、分散ダメージもあって残体力半分ね」

 

「岩棚にぶつかって、雪に落ちて助かった感じだな。手当てありがと」

 

 起きあがろうとすると、シノンに両肩を掴まれた。まだ寝ていろということらしいので、お言葉に甘えて膝枕を堪能しておくことにする。

 とりあえず、レイジにだけは返事しとかないとな。多分、俺の落下地点を確保してずっと呼びかけていたのだろうから。

 

「レイジ、こっちは治療完了して、何とか行動可能」

 

『脱出出来そうか?』

 

「ザイルとハーケン、カラビナにアイゼンがあるなら出来るぜ。エイト環も欲しいな」

 

『……詰んだか?』

 

「そう諦めんなって。脱出地点探してみるから、水と食料、あとグリズリー2つくらいバッグに詰めて落としてくれないか?」

 

『わかった。しばらく待ってろ。そう言えば、転移結晶があったな。持ってくる』

 

「それはとって置け。ボス専用だろ? 脱出口がなかった時の非常手段にはしておくけど、いきなりは使うな」

 

『……物資に入れておく。無理だと思ったら迷いなく使え』

 

 よし、とりあえず物資をもらえるならしばらく耐えられる。転移結晶はまだまだ貴重品だし、ボス戦での緊急離脱用にとっておく必要があるんだ。まだここで使うべきじゃない。

 それにしても、クレバスは底に行くほど狭くなるものだが、洞窟にでもぶち当たったのだろうか。この辺りはやけに広い。トンネルみたいだ。

 

「しばらく待つか」

 

「そうね……ごめんなさい、ドジ踏まなければ巻き込まなかったのに」

 

 しょんぼりするシノンは、ないはずの猫耳がぺたんと寝ているように見えた。シノンって、本当に猫みたいなところあるから幻覚を見たらしい。

 そんな頭を撫でてやると、今日は大人しく撫でられるどころか、頭を擦り寄せてきた。いつもならビンタひとつ飛んできてもおかしくないのに、ヘマをしてしょげてるな?

 

「ヒドゥン・クレバスなんてわかるかよ。ありゃよく出来てるぜ。リアルでもあんな風にわからねえから」

 

「落ちたことあるの?」

 

「その前に見つけたよ。斜面から滑落したことならあるけどな」

 

 その時もピッケルで止めたわけだが、まさかここでも使う羽目になるとはな。氷壁が微妙に傾斜していたおかげで助かった。垂壁なら、ピッケルを突き立てることもできずに転落死していたところだ。

 あとは、岩棚に激突して減速したのも助かった理由か。俺ばかり負傷しているけど、よく死ななかったものだ。

 

「登山してたの?」

 

「大学のサークルで……って、リアルの話はタブーか」

 

「……今ならいいわ。リョーハのこと、教えて」

 

 やけにシノンがしおらしい。膝枕のお礼に、少しばかり自分語りで暇潰しをして進ぜよう。俺も暇だしな。

 前にも少し話したことはあるが、触れる程度だったはずだ。

 

「俺はどこにでもいるよーな大学生でね。もちろんゲームは大好きだが、体を動かすのも好きだから山岳部にいた。夏山とか冬山とか、あっちこっち登ったりゲームに勤しんだり、サバゲーもやってたから忙しかったんだぜ」

 

「勉強しないの?」

 

「ほどほどにな。バカは高いところが好きなもんで」

 

 不真面目ね、とデコピンを食らったが、シノンはどこか楽しそうに微笑んでくれた。そういや、自分の身の上話なんていつぶりだっけ。最早、リアルの俺のことさえ忘れてしまいそうだというのに。

 

「で、ナーヴギアが出るって話を聞いてからはバイト三昧よ。おかげでナーヴギアは買えて、PC版の頃から大好きだったタルコフが買えたから最高さね」

 

「レイジとはその頃から?」

 

「PC版からだ。ファクトリーでキルタスクをやってる時にやり合ってね。あまりにも腕の良いやろーで、動きも良かった。そこにいるかと思ったら霞のように消えて、いつの間にか側面に回り込んでくるやべー奴だったよ」

 

 確か、その時はレイジにやられたけど、お土産グレネードで巻き込んでやったんだっけ。あまりにも腕が良くて、戦っていて楽しい相手だったからメッセージを飛ばしたら返事が来て、一緒に戦う仲になった。

 そんな出会いを、シノンは静かに聞いていた。あくびが出るようなありきたりの話だと思うが、面白いのだろうか。

 

「いつぶりかしら、リョーハの話をこんなに聞くなんて」

 

「身の上話なんてするかよ。恥ずかしい」

 

 そっぽを向こうとすると、シノンの手のひらが俺の頬を包み、その動きを制した。目を開けばシノンの顔がある。どこかクールで、美しい。幼さを残してはいるが、美人になることは約束されたようなものだ。

 そんな少女が俺の顔をマジマジと見つめている。正直、興奮した。

 

「リアルに帰ったら、したいことはあるの?」

 

 唐突な質問だった。やけに神妙な面持ちをしているのは気のせいか。

 それにしても、答えに困る。リアルなんてクソなところに、帰る気があんまり湧かなかったからな。

 

「……考えてねえ。帰れなくても良いって、今でも思ってる」

 

『リョーハ、物資を用意した。今どこだ?』

 

 レイジの無線が言葉を遮る。正直言って、助かったような気がした。

 

「さっきから動いてねえ。そのまま落としてくれれば何とかなると思う」

 

『先にスモークを落とす』

 

 程なくして、緑の煙を吐き出しながらスモークグレネードが落ちてきた。ドンピシャ俺のいる場所。ちゃんとクレバスの位置は把握しているらしい。

 

「OK、確認した」

 

『落とすぞ』

 

 しばらくして、落ちてきたTri-zipバックパックが雪に大穴を開ける。水と食料と医薬品に弾薬がいっぱいに詰め込まれていて、2つの転移結晶もある。これだけあれば、しばらくは戦えるさ。

 

「物資回収したぞ。探索してくるわ」

 

『無理すんなよ。ロープ垂らしてでも引き上げてやるから』

 

 そりゃありがたい。とりあえず、望みは捨てずに行動を起こすとしよう。この先待っている楽しい戦いに参戦できず、こんなクレバスの底で腐っているつもりはないんだから。




ラボに行ってもAHF1-Mが出ない…
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