Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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12層-11 深淵の先に

「落ち着いたか?」

 

「……ごめんなさい。みっともないところ見せたわね」

 

「可愛かったぞ。いつでも甘えてくれてOKだ」

 

 シノンは目を逸らしながら身を起こし、そっぽを向いてしまう。もう少し甘えていてくれてもいいのに。返ったら抱きしめてみようか。

 余韻を味わいながら俺も立ち上がると、シノンは既に前進準備を整え、いつものようなクールさでそこにいた。さっきまでの弱い姿はどこへやら。切り替えがうまいな。

 

「先へ進もう。出口を探さねえと」

 

「本物のクレバスなら、登るしかないんでしょう?」

 

「本物ならば、な。茅場の優しさに期待しようぜ」

 

 落っこちても生き残る可能性があるのに、脱出は不可能なんて鬼仕様を残していないと信じたい。半ばグリッチのようなものだが、何かしら救済は準備されていると信じた方が気も楽だ。最後は登ればいいんだしな。

 

「転移結晶、落ちてねえかな」

 

「隠しスタッシュがあるといいわね」

 

「そんな時に限ってゴミが出るんだよ」

 

 グラボの一つ出てもいいのにな。まあ、転移結晶があるという安心感のおかげか、メンタルを強く持っていられる。レイジは絶対に助けてくれるだろうさ。

 

「UNTARアーマーとかね」

 

「GzhelかSlick来たって思ったら青アーマーって、悲劇以外のなんでもねーよ」

 

 シノンにも覚えがあったらしく、クスリと笑った。やっぱり笑ってる方が可愛いじゃないか。いつものクールな顔も好きだけどさ。

 時々他愛もない話をして、ほとんどは無言のまま進む。俺は前を、シノンは後方を警戒して、終わりの見えないクレバスを歩き続ける。スタッシュのひとつもないけれど、散歩にはちょうど良かった。

 

 そして、この世界が俺には合い過ぎている。こんな戦術なんてサバゲーか自衛隊に入るかでもしなければ役に立たないような代物なのに、ここではそれが全て。

 おかげで俺は必要とされている。今の立場がある。悲しいほどに、俺にはよく似合っていた。

 

 もし現実に帰ったとして、失った時間は戻らない。コースから外れた俺を社会は受け入れてくれるのだろうか。そんな不安にさえ襲われる時があるほどに。

 

「そういや、なんか俺のリアルに興味あるみたいだが……やっぱ、リアルに帰りたいのか?」

 

「当然じゃない。リョーハは……どうして帰ろうと思わないのよ」

 

「就職も進学もままならず、放り出されるのが目に見えてるからだよ。ゲームでこうなった奴に、社会は厳しいぜ」

 

 それならばこの世界で戦っていた方が幸せだ。少なくとも、生きているという実感があるのだから。

 例えここで死んだとしても、恐れる必要はないんだ。疲れたからしばらく寝て休む。それだけなんだ。怖いのは、シノンやレイジを置き去りにしてしまうことだけだけれども。

 

「……だとしても、死んだら終わりよ」

 

「覚悟は出来てるさ」

 

 言い放った直後に、背中へ重みが加わる。バックパックを押しつぶして、シノンが抱きついて来たのだ。深淵まで行ってしまいそうな俺を引き止めるように、縋り付くように。

 

「生きて。その銃を握ってる限りは、私のこと思い出すんでしょう?」

 

 その約束で渡されたAS-VALは、既に何度か機関部を交換している。それでも銃身やダストカバーのように、その時から変わらずに取り付けているパーツもあった。

 つぎはぎだらけの銃で、新品にしても何も変わらない。それでもシノンとの絆を感じて、同じ部品なのに頑なに古いものを使い続けている。これを撃つたびに、シノンを思い出すために。

 

「わかったよ。ただ、ヤバくなったら約束はしねえぞ」

 

「そこははっきり言い切りなさいよ」

 

 クスリ、とシノンが笑った。今はそれでいいさ。もしも、この先も一緒にいられるならばその時に改めて……

 

「止まれ」

 

 思考が切り替わる。確かに話し声が反響して聞こえてきた。ヘッドセットの環境音増幅機能でようやく聞こえるレベルだから、まだ俺たちの話し声は気付かれていないと信じたい。相手が同じものを持ってたらアウトだが。

 

「なんかいる。複数」

 

「こんな所に?」

 

「おかしいだろ。偵察しよう」

 

 足音を立てないように忍び寄る。入り組んだ道の先を慎重にクリアリングしていくと、黒フードのプレイヤーがいた。

 頭の上のカーソルに目を凝らすと、オレンジ色に見える。あいつらは歩哨だ。本命はその奥にいて、何かをしているのだろう。あちこち探してもアジトが見つからないわけだ。クレバスの下なんて思いもしねえよ。

 

「コンタクト、オレンジ2」

 

「どうするの、主力はあの奥でしょう?」

 

「まーな。まずはレイジに報告するわ」

 

 声を聞かれたらまずい。テキストでレイジへ、オレンジの居場所を見つけたので調査する、援軍はまだ出すな、というメッセージと共に座標を送る。

 返事はすぐに来た。了解と返ってきたから、こっちの方は大丈夫だろう。バッグアップ態勢を整えて待っていてくれるだろうから、こっちは俺のやることを果たすだけだ。

 

「よし、レイジが上でバックアップしてくれる。シノン、周辺警戒頼めるか?」

 

「いいけど、どうするの?」

 

「あいつらをダウンさせて、その先に行く」

 

 AS-VALなら銃声を聞かれることなく奴らを始末できる。殺さずにダウンさせて、後は縛っておく。その先で何が起こっているかを確かめるには、それが最適の選択だろう。

 

「……撃つの?」

 

「ダウンさせるだけだ。捕虜にする」

 

 殺すのか、そう心配しているのだろう。シノンは俺に殺して欲しくないらしい。それがどうしてなのかはあまりわかっていないけれども、知り合いが人殺しになる姿なんて見たくないだろうしな。

 どうしてだか、シノンは殺しの痛みを知っているようだしな。

 

「お前は撃つなよ。ドラグノフは音がデカすぎる」

 

「わかってるわよ」

 

 AS-VALを構え、やる気のない見張りの頭に狙いを合わせ、静かにトリガーを引く。亜音速の9×39mm弾が銃声を響かせることなく頭を貫き、もう片方も何が起きたかわからず、声を出せないままに頭への一撃を受けてダウン状態へと陥る。

 クリア。もう1発ずつ頭に銃弾を撃ち込んで黙らせ、手早くパラコードで縛り上げていく。シノンも打ち合わせ通りに片方を縛り上げてくれたから、止まるのは最低限の時間で済みそうだ。

 

 ここからは声を出さない。ハンドサインで合図すると、シノンは取り回しの悪いドラグノフからMP7へと持ち替える。こっちはサプレッサーをつけているけれども、消音性能はAS-VALの方が上だ。

 そんなことよりも、シノンに人を撃たせたくない。その気持ちの方が強かった。だから、俺が先頭を行く。撃つ痛みも撃たれる恐怖も、全部俺が受けてやるさ。俺は盾として、矛としてここにいるんだ。

 今更迷うことなんて、ありはしないんだ。

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