Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
氷壁からわずかに顔を出すと、そこには黒ローブのプレイヤーたちがたむろしていた。頭の上のカーソルはオレンジで、どうやらここがアジトのようだ。
記録結晶をそっと雪に埋め込み、奴らの会話を記録しておくことにする。ギリギリ映像も入るだろう。決定的な証拠を押さえて、あとでボコボコにしてやる。
「だからトレインは嫌いなんだ。5層でもミスしたし」
あのトレインをやりやがったDVL野郎がボヤく。そうだ、正々堂々やってきやがれ。ウチの怨念マリモがお仕置きしてやるからよ。
「落ち着いてくださいよ。ヘッドから、これが最適って言われたでしょう?」
このムカつく話し方、どっかで聞いた覚えがあるんだよな。で、もう片方はよく見るとグリーンだった。恐らく、工作とか物資調達要員だろう。なんかこいつの話し方もムカつくな。
「あの話し方、どっかで覚えがねえか?」
「5層でレイジがモノマネしてたじゃない。モルテとか言う奴でしょう?」
「ああ、レイジのぶっ殺すリストトップ3のね」
確かにあの話し方はムカつく。堂々の一位は、毎回「俺知ってる!」って煽りやがるALSのジョーだったな。あいつは俺も殺したい。どさくさ紛れに、アインクラッド外周から突き落とそうと計画していたところだ。
音を出さないようにライフルスコープを取り出し、望遠鏡代わりに使う。顔を拝んでやりたいところだが、どいつもこいつもフードを目深に被っているせいで見えやしない。
「テイマーについた、護衛も、仕留められればな」
「死神と氷でしょう? 5層でやれれば良かったんですけどねぇ」
「とは言っても、あいつらにぶっ壊されまくりだぞ。手下はマリモ野郎に半殺しにされて捕まったし、俺とシュピーゲルはグリーンなのお構いなしに殺されかけるし」
シュピーゲル、その名前を聞いて、俺とシノンは顔を見合わせた。シュピーゲルと言えば、5層の森の中で出会ったアイツで、シノンのリアルの知り合いだったはずだ。
確かに、5層でリシャラにけしかけられた時にレイジが反撃したはずだ。あとグリーンなのをお構いなしに殺しかけたと言えば、レイジがジョーの煽りにブチ切れて威嚇射撃したとか、タチャンカの弾幕がギリギリ外れたくらいだった気がする。
もう少しツラを見せやがれ。あの声には覚えがあるし、フードの影からチラチラ見えるあの髪型も覚えがあるんだ。てめーがジョーだって証拠が掴めるなら、話は早いんだぞ。
「……シノン、転移結晶を準備しろ。一か八かで仕掛けてやる」
「どうするつもり?」
「フラッシュバンで目潰しして、フードを剥ぎ取ってやる。グリーンの連中のツラが割れれば、色々とやりやすいからな」
記録結晶はもう少しだけ持ち堪えてくれるだろう。今すぐ動かなければ、チャンスは永遠に巡ってこないんだ。
ポケットからZaryaフラッシュバンを取り出すと、シノンが手を添えてきた。その目は縋るようで、一瞬だけ後ろ髪引かれてしまう。
それでもやらなければならない。ここで奴らの尻尾を掴めたならば、この先死ななくていい人が死なずに済む。泥を被るくらい、なんだというんだ。
覚悟を決めて頷くと、シノンは目を伏せて手を離した。そして、彼女もフラッシュバンを取り出して見せる。
ピンを抜いた。氷が割れた音なのか、金属音なのかわからないような甲高い音がして、再び静寂が訪れる。
そして、それを投げた。レバーが吹き飛び、黒ローブの連中が謎の飛翔体へ一斉に目を向ける。きっと、それへ反応できる奴はそんなにいないはずだ。
「グレネード……!」
あのDVL野郎が叫んだ。でも手遅れだ。炸裂したフラッシュバンの眩い光が黒ローブたちから視界を奪い、爆音が耳鳴りを巻き起こす。
真っ直ぐ立ってさえいられず、どこに何がいるのかさえわからないだろう。そこへ飛び込んで、無音の銃撃を頭へ叩き込むのは簡単なことだった。
「ツラ見せやがれ!」
目を付けていたグリーンのフードを掴んで剥ぎ取り、顔を露出させる。ソイツはやっぱりALSのジョーで、これでオレンジと組んで引っ掻き回してやったことがハッキリした。シノンが記録結晶を持ってきてくれたから、これは証拠として役立つはずだ。
「シノン、そのDVL野郎のツラも拝んでやれ!」
「ええ!」
そろそろ、スタンから回復する奴が現れる頃だ。早い所やることを済ませてトンズラしなければならない。
立ち上がろうとするオレンジの頭にもう1発ずつぶち込もうとして、飛びつかれた。ソイツは槍を持っていて、鋭い突きを銃身で弾くのがギリギリ間に合った。レイジから格闘習ってて良かった。あいつは即応予備自衛官だから、こういう戦技が何かと役に立つんだ。
「お前、アトラスか」
「だったらなんだ、クソッタレめ!」
2度目はない。レーザーサイトを頼りにばら撒いてやるが、奴は咄嗟に伏せてそれを躱した。おまけにこっちは弾切れで、リロードよりも奴の刺突が早い。
AS-VALを手放し、左手で槍を弾く。穂先にさえ触れなければダメージ判定がないのは実証済みだ。
「バカが!」
髑髏の覆面で奴の素顔は見えないが、驚いただろうさ。槍の柄さえ握ればこっちのモンだ。そして、抜いたのが拳銃じゃなくてナイフで驚いただろ?
どうせこいつら、PvP慣れしていない連中相手に粋がっているだけなんだ。見せてやるよ、PvPの中で研ぎ澄まされた本物をな!
首を刺した。出血のエフェクトを見送りながら引っこ抜き、脇腹、胸へと連撃を繰り出していく。一度で止まるな。相手が死ぬまで何度も突き刺せ。さもなくば、死ぬのは俺かシノンなんだ。
迷いは捨てろ。俺は死神、ここでこいつを殺す。他の誰かを殺させないために。
「シュピーゲル……?」
シノンの声がやけに大きく聞こえた。動揺したような声を、Soldinヘッドセットが増幅したらしい。思わず気を取られてしまい、敵が槍を離したのに気付くのが遅れた。
拳が胸を打ち据えるが、アーマーが防いだ。ダメージエフェクトの視界の霞みが発生したが、1ダメージが胸部に入った程度だ。なんともない。
それでも、フラッシュバンの効果はそろそろ完全に切れてしまうだろう。シノンが何やら動揺している様子からして、まともにやり合ったら殲滅される。証拠撮影の任務は果たしたんだ。あとは、ここから生きて出るだけ。
「シノン、撤退するぞ!」
「え、ええ!」
シノンの袖を掴んでいたDVL野郎を蹴り飛ばし、シノンの襟首を掴んで引っ張る。AS-VALも記録結晶も回収した。あとは追いつかれないように転移決勝で逃げおおせてやるさ。
「レイジ、オレンジ共の撮影に成功! 転移で逃げるわ!」
『グレネード放り込むか?』
「やめろ、敵にグリーンも混じってる!」
『クソ、死ぬなよ!』
レイジの悪態を最後に無線は切れた。あとは自分で切り抜けるしかない。やってやるさ。シノンをここで死なせるつもりはねえし、俺もまだ死にたくはないからな。
しかし最悪なのは、俺が倒していた見張り2人がよろけながらも起き上がってきたことだ。最悪としか言えねえ。
「どけコラ!」
もはやサイトも覗かない。レーザーサイトで適当に狙って乱射すると、敵さんは二度も喰らうかと飛びのいていった。
「サンキュ! 行けシノン!」
飛びのいたおかげで、進路がガラ空きだ。シノンが強行突破して、俺はギリギリで捕まってしまう。まあ、計算通りさ。シノンが逃げる時間は稼げたな。
「リョーハ!」
「先行け! すぐ振り解く!」
腕に掴みかかってきた奴は蹴飛ばす。しがみついてきたのは、思い切り壁に体当たりして押し潰し、力が抜けたところで振り解く。
追手はまだ来る。シノンへ記録結晶を投げ渡して、行けと叫ぶ。頼むから早く行ってくれ。じゃないと、俺も逃げられないんだぞ。
「先行くわ。すぐに来なさいよ!」
「レディは待たせない主義でね!」
「……転移!」
シノンの体が青白い光に包まれていく。間に合ってよかった。オレンジの大群がすぐそばまで迫っていて、もうちょいで捕まるところだった。
「さっさと帰れ、このクズが!」
振り解いたばかりの奴へ組みつき、斬り掛かってきたオレンジの前に盾として突き出す。おお、肩口にだいぶ深く刺さった。ありゃ相当なダメージだな。
「ほれ、返すぞ」
グレネードのピンを抜き、肩口を斬られたオレンジの襟にねじ込んでやる。いくらSAOプレイヤーでも、間近でグレネードを喰らったら耐えられまい。
そして、それが何を意味するのかも知っている。知った上でやって、もっと多くの敵を巻き込むために、そいつを蹴飛ばしてやった。
そいつはオレンジの集団の中へ倒れ込む。爆発を見届けることなく、俺は転移結晶を使ってその場から逃げ出していた。