Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
Aincrad layer20
BEAR Operator”Rage”
順調とは言えないものの攻略は進み、いつしか20層に辿り着いていた。
コハルと一緒にここにいられるのはやはり嬉しい。インカのピラミッドを思わせる遺跡から草原を眺めて、肩を寄せ合っているだけでも幸せを感じる。
でも、コハルはどこか浮かない顔をしている。理由はわかるが、もはやどうしようもない事だ。割り切るかどうか、それでしかない。
「……ねえ、20層も無事に攻略できるかな」
13層のボス攻略で、ALSが3人の死者を出した。幸いなことにアトラスは負傷者こそいたものの、死人は出していない。
それでも、やはり意識してしまうものだ。正直な話、俺自身もどれだけコハルや仲間たちを守れるかわからない。コハルはずっと頑張ってきたけど、死を目の当たりにして、始まりの日のように怯えた顔を見せるようになった。
「大丈夫だって。コハルのことは俺が守るから」
だから、俺も始まりの日のようにそう答える。例え自分が不安であったとしても空元気を出して、何事もないように振る舞ってみせる。
恐らく、それはリーダーであるが所以の責任というやつだ。アトラスにいる連中の命と、コハルの命のために。そのためには、自分さえも犠牲にしても構わないとまた思うようになっている。
そんな俺を引き止めるように、コハルは袖を掴んできた。震える手で、縋るような目で。
「レイジ、そう言ってすぐに無理するんだから……」
「無理はするけど、無茶はしねえよ」
「どっちも同じだよ」
軽く重みが肩に加わる。コハルが預けてきた頭を受け止めて、そっと撫でる。風は心地よく、隣には特別に思う少女がいて、幸せと呼ぶに相応しいと思ってしまう。
例えリアルでも、忘れているだけで死の危険はあちこちに転がっている。そう考えれば、今も大して変わりはあるまい。
俺自身は帰還に興味はなくて、前線で戦って身をすり減らす中に生きている実感を得ているに過ぎない。
でも、コハルと歩く未来に希望を見出してしまって、それで100層を目指している。コハルがいるならば、あのクソみたいなリアルに色が戻ってくるかもしれない。
「行こっか。次のクエストはなんだったっけ?」
「カマキリ野郎を20匹、あとはその辺に転がっている鉱石の回収だったかな」
さっさと行こう。コハルに手を引かれてフィールドに降りると、早速戦闘が始まる。敵が接近してくるまで俺が弾幕を浴びせてHPを削り、近付いたらコハルが斬り捨てる。いつも通りだ。
流石に独力で仕留めるのは不可能な域に入ってきているが、コハルと連携すれば安全に狩れる。コハル単体でも行けるかとは思ってはいるが、コハルによれば「ソードスキル発動後の硬直時間を守ってくれるのが心強い」らしい。
そういや、その硬直時間を補うようにスイッチとかいう技術があったな。タルコフだと、負傷したとかで前衛を代わってもらうときによく言ってたっけ。
そう考えながら戦っていると、コハルのダガーが光り始めた。ソードスキル発動と見た俺は中途半端なマガジンを捨て、新しいマガジンへ変える。
「レイジ、スイッチ!」
コハルのソードスキルが終わると同時に、俺はカマキリ型Mobへ弾幕を浴びせる。ノックバック効果でカマキリは思うようにコハルへ追撃することができず、たたらを踏んだ。
そこにコハルが襲いかかる。硬直が解けたところでもう一度ソードスキルを叩き込み、トドメを刺した。本当に鮮やかなもんだ。
そういえば、このところユウキとデュエルして鍛えてるんだっけ。もうすっかり俺より強くなったかもな。
でも、そんな油断がよくなかったかもしれない。何匹目かでコハルがしくじった。カマキリが攻撃モーションを取っているのをノックバックと勘違いして、突っ込んでしまった。
ソードスキルはキャンセルすると長い硬直時間が発生する。どの道、避けることは出来ない。
「おい、危ねえ!」
コハルのHPなら耐えられる。それでも、俺は庇わずにいられなかった。HPが多いから食らって大丈夫なんて、このSAOで言ってられるような状況ではない。
鎌とコハルの間に割り込み、AKを盾にして防ぐ。結局は押し倒される羽目になったが、その頃にはコハルが懐深くに潜り込んで、カマキリを滅多刺しにしてしまった。ピストルを抜くまでもなかったな。
「レイジ、大丈夫!?」
「AKがお釈迦だ。撤退しねえとダメそう」
「ごめんね、迂闊だったよ」
「次、気をつけてくれよ」
AK-74Nは機関部が凹んでしまって、耐久値も0になっていた。またリズベットに作ってもらうしかあるまい。
それでも、コハルからもらったサイトはまだまだ無事だ。それだけが心の救いと言えよう。
「ほら、帰るよ」
しょんぼりとしたコハルは、叱られた後の子犬に見えた。思わず頭を撫でたくなる、そんな可愛らしさだ。つい撫でてしまったのはご愛嬌。
「れ、レイジ……!? 恥ずかしいよ……」
「悪りぃ、出来心」
そう言って笑って見せれば、もう、と言いながら手を握ってくれる。
そうそう、時々からかって笑い飛ばして、ガス抜きしなければやってられるか。コハルは真面目過ぎるから、時々俺がふざけてガス抜きしてあげないとパンクしてしまいそうで怖い。
「AK買い替えついでに、なんか食べようか。少し息抜きしたい」
「そうだね。20層のスイーツ巡り、まだ出来てないもん」
「ビットコインファーム作ってよかった」
俺のハイドアウトではビットコインファームが絶賛稼働中だ。無理に無理を言わせてグラフィックカードを50枚挿したから、発電機を24時間回し続けても元は取れる。
正直、この不労所得で食っていけるから戦わなくてもいいんじゃないか? のんびりコハルと暮らしていられるぞ? などという誘惑に目が眩むのもまた確かだ。
「あら、ご機嫌よう」
そんな声に振り向くと、銀髪ツインテールで赤を基調とした服装の少女がいた。もちろん知り合いで、こうしてフィールドで会うのは14層以来になる。
「サーニャさん、こんにちは!」
「Здравствуйте!」
ロシア語で挨拶すると、彼女もロシア語で返してくる。サーニャはロシアから日本に来たらしく、絵に描いたようなお嬢様言葉の日本語はそういう本で覚えてしまったらしい。
とはいえ日本語でも普通に通じる。要は、雰囲気の問題だ。BEARはロシア系PMCだしな。
「お二人は本当に仲がよろしいですわね。モンスターだらけのフィールドでデートですの?」
「そんなところさ」
「れ、レイジ!?」
顔を真っ赤にするコハルはやっぱり可愛い。サーニャがクールなツンデレ美少女なら、コハルは可愛い全振りの美少女だろう。子犬系とも言えるかもしれない。
「そ、そうだ! これからレイジの奢りでスイーツ巡りに行くんですけど、サーニャさんもどうですか?」
「おいコハル!?」
サーニャはピクリと耳を振るわせる。魔女とかいう物騒な二つ名持ちではあるがれっきとした乙女故に、甘いものには弱いようだ。
コハルは俺に振り向いて、サーニャに見えないように舌を出す。てへぺろというより、あかんべーに近い。こいつ、揶揄った制裁に財布を攻めてくるとは……
「もちろん行きますわ。私もいいお店は知っておきたいですもの」
「じゃあ、決まりだね!」
『アトラス緊急招集! レイジのハイドアウトに集合せよ!』
無線から、当直のレッカーの声が響いてくる。何かあったらしい。
最初はその非常呼集を救いに思った。それが地獄への呼び出しだと知るのは、まだ先の話だ。
少なくとも、俺はコハルやサーニャと一緒にスイーツを楽しむ、そんな平和な時間を過ごしていたかったと思う事になる。