Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

74 / 83
20層-2 捜索救難任務

 ハイドアウトに帰り着くと、既にアトラスの主力メンバーが揃っていた。レンとフカ次郎はグリズリー隊に随分馴染んだらしく、雑談を楽しんでいるように見えたが何かおかしい。

 嗚呼、誰も笑っていないんだ。何だかおかしな緊張感が漂っている。

 

「リョーハ、状況は?」

 

「お前待ち。攻略中だったか?」

 

「ああ。サーニャに待ってもらうことになったから早めにな。じゃないと、待ってる間のお茶代が嵩む」

 

 リョーハが渋面を浮かべたのを見るに、ちょっとで終わるトラブルじゃなさそうだ。そもそも、非常呼集が掛かるというのは大事なのだ。簡単に終わる話なわけがない。

 特に、DKBのシヴァタまでいるのを見るからに、また攻略組絡みの何かだろうと予想がつく。またアトラスが尻拭いする羽目になるのか。嫌になる。

 

「報告してくれ。何があった?」

 

「5時間前だ。リンドを含めたDKBの一隊がLighthouseへ出撃して、そのまま連絡を絶った。生命の碑を見るに、生きてはいるらしい」

 

 考え得る中でも最悪に近い。DKBのリーダーが行方不明など、ギルドや攻略組の崩壊にも繋がりかねない大ごとだ。最優先で解決すべき事態と言えよう。

 しかも、場所は最悪なことにLighthouseだ。蜂の巣を突いていなければいいのだが、もしもあいつらに喧嘩を売っていたとしたら……俺たちが到着するまでに壊滅してもおかしくはないだろう。

 

「レイジ、ライトハウスって灯台のことだよね? またタルコフのマップ?」

 

 コハルはまだLighthouseには行ったことがない。アトラスでさえも危険極まりないということで、万全の準備と幾たびにも及ぶ卓上演習を繰り返し、偵察にも出て、そろそろ本格的な調査に行こうとしていたところだ。

 

「そうだ。Shorelineとは地続きになるエリアで、灯台の他にUSECの隠れ家、浄水施設がある。特に、この浄水施設はヤバい」

 

 事前偵察でも、パーティを全員USECて固めた上に迂回した場所だ。恐らく、今回は避けて通れない道になるだろう。行方不明になるとしたらここしかない。

 

「そんなに危ないの?」

 

「元USEC工作員の"ローグUSEC"が彷徨いてる。この倉庫上にいる奴らは重火器で正確に狙ってくるし、地上の巡回部隊も数百メートル先から正確に頭ぶち抜いて来るぜ」

 

 正直危険すぎる。熟練プレイヤーでもやられる可能性が高いし、実際Lighthouseで消息を絶ったプレイヤーもチラホラといる。ほぼ確実にローグの機銃を受けて死んだのだろう。

 

「前回の偵察の時、俺たちの隊も迂回したところだ」

 

 グリズリー隊を率いるベイサルは苦い顔で言う。白髪の混じる中年だが、何かスポーツをやっているのか体は引き締まっているし、目付きも鋭い。歴戦の老兵という風貌だ。

 そんなベイサルは数日前、グリズリー隊を率いてLighthouseへ偵察に行ってきたばかりだ。グリズリー隊は全員USECであるため、ローグから攻撃を受ける危険が少ない。

 とはいえ危険を冒すわけにもいかず、ローグの根城である浄水施設は迂回しながら巡ってきたのだ。

 

「今回ばかりは避けられねえな」

 

 渋い顔をするアトラス隊員たちを見て、シヴァタの顔は青ざめていく。正直なことを言えば、1パーティのためにどれだけの損害が出るかわからない。

 正直なところ、諦めろと言っても責められる謂れはない。自分のギルドの尻拭いは自分でやれと突っぱねることも可能だ。

 とはいえ、見捨てるわけにもいかない。俺の大嫌いな、政治的理由というやつだ。

 

「これでリンドが死んだりすれば、本気で攻略組が瓦解してしまうよなぁ」

 

 ブラックバーンも天を仰ぐ。実際問題見捨てるわけにはいかない人物の上に、DKBではローグへの対抗手段がない。ローグ狩りは狙撃一択だからだ。SAOプレイヤーでは、いくらHPが多かろうと近づく前に蜂の巣だ。

 

「リョーハ、作戦計画を作れ。ちょっとサーニャに詫び入れてくる」

 

 スイーツ巡りの旅は後回しだ。これから先、ボス攻略にPMCがついていけなくなったとして、代わる役目はこういう捜索救難任務になるんだろうな。

 

 

「そういうわけで、スイーツ巡りはリスケで頼む」

 

 この通り! と手を合わせる向かいで、サーニャはショートケーキを頬張っている。あれ、結構お高いんだぞ。コハルも食ってるけどな。

 

「あら、私も手伝いましてよ。人手が必要でしょう?」

 

「だが、行き先がなぁ……」

 

 正直言って、コハルも置いていきたいくらいに危険なエリアだ。ベータ版の時にも散々ローグ狩りはしていたが、はっきり言って勝率は高くない。必ず損耗は出たし、不安要素が多すぎる。

 

「そのローグ? がいないエリアを担当すればいいのですわ。そこしか探さないわけではないのでしょう?」

 

 サーニャの言うことも正しい。LighthouseはShorelineやWoodsに肩を並べるくらいには広いマップで、ローグの射程圏外でもかなり探すべきエリアはある。

 ならばそこを任せるべきか。1番危険なエリアは、俺たちアトラスで受け持つ事にしよう。

 

「わかった。そのエリアの捜索を任せたい」

 

「承りましたわ」

 

 ニキータハウスのあたりならば大丈夫だ。自分にそう言い聞かせるしかなかった。そうだ、味方がやられる前にアトラスでローグを始末すればいい。シノンもいるのだから、容易い事だろう。それが1番安全だ。

 不安要素を希望的観測で埋める事はしたくない。それでも、すがるしか無かった。そうでなければ、俺なんてあっさり潰されてしまうのだから。

 

 今度の任務をしくじれば、その影響は計り知れない。いつも以上に落ち着きをなくしているのはわかっているけれども、それでも落ち着くことはできなかった。

 

 コハルに手を握られても、俺の心は落ち着かなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。