Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
赤ニキータハウスを出発して、次の捜索予定地点の青ニキータハウスまで草むらを進む。このコテージエリアはSCAVがスポーンするため、油断していると痛い目を見ることになる。
『こちらメイベル。青ニキータにSCAVを確認。少し待て』
ブラックバーンの報告と共に、遠くで銃声がした。サプレッサーで減音されているせいか、微かにしか聞こえない。
それでも確かにSCAVの悲鳴が聞こえた。アイザックが狙撃したのだろう。役目を奪われたシノンは不満そうだが、仕事が減るに越したことはないさ。
「キル確認。よくやったロリコン」
『おい、大声で言うな!』
アイザックが悲鳴を上げる。アトラスでは公然の秘密であるが、そっちに同行しているDKB隊にはバレただろう。ざまあみろ。シリカの追っかけしてるの知ってるんだからな。
「……サイテーね」
「言うなよ、実害を出してないからまだ誠実なロリコンだぜ」
リョーハよ、フォローになってないぞ。アイザックの銃口が俺を向いていないといいんだけどな。
「あんたもロリコンじゃない」
「おい、どういうことだ!?」
「ほら、さっさと青ニキータを探すぞ。リョーハ、シノンを連れて中を捜索。外は俺とコハルで見る。黒猫団も連れて行け」
「あいよ。そら、行くぜ!」
リョーハが一団を連れて中へ入っていく間、俺は背負っていたサブウェポンを取り出す。
ボルトアクション式スナイパーライフル、M700をカスタムして持ってきた。最軽量のAICSストックを搭載、サプレッサーを取り付けたそれを持ち、岩場で辺りを見張る。コハルは背中を合わせるようにして、俺の後ろを見てくれる。
「コハルはあったかいな」
「レイジもね。もう少しだけ、くっついついていい?」
「大歓迎」
コハルはこんな俺に寄り添っていてくれる。いつもキツイ状況に置かれてメンタルをすり減らす中でも、コハルが側にいてくれるだけで救われる気がする。
何度も告白しようかと思ってはチキンを発揮してしまうのをどうにかしたいところではあるけれど。
「レイジ、少しいいか?」
「いいように見えるか?」
キリトめ、黒猫団と中を探しに行ったんじゃないのか。クソ、邪魔しやがって。
コハルはこんなところを見られて恥ずかしそうにしているし、当のキリトも気まずそうに苦笑いを浮かべる。
まあ、奴の方から声を掛けてくるなんて相当の理由があるのだろう。聞くだけ聞いてやろう。くだらない用事だったら海に沈めてやる。
「捜索が終わるまでだぞ」
「悪いな」
話しながらも、目線は向けない。見張りという役目がある以上、自分の守るべき範囲は見ていないといけない。キリトの相談に乗るにしても、役目は放り出せない。
「今、黒猫団に臨時で加入させてもらっているんだ」
「お前が? 珍しいな」
ずっとギルドにも入らず、アスナとつるむかソロを貫き通していたキリトがギルドに臨時加入とは、雨でも降るかもしれない。
「当ててやろう。入れてもらったはいいけど、居辛いんだな?」
「まあ、その原因は俺自身なんだけどな」
一体何をやらかした。キリトがボッチなのは今に始まった話ではないが、居辛い原因を作るような真似はしないはずだ。
あり得るとすれば、悪名のせいといったところか。
「ビーターか?」
「……そう言われるのが怖くて、レベルを低く言ってるんだ。攻略組ってことも隠してる」
「めっちゃ隠してるじゃねーか」
特に、レベルの偽装は今のSAOでは生死を分ける要素になるから、あまりいい顔はできない。今のところは少しレベル高めな教官役のようなポジションらしいが、隠し事の後ろめたさに苦しんでいるようだ。
「わかってるさ、隠してるのが原因ってことは」
「でも、本当のことを言って受け入れてもらえる勇気がねえんだろ?」
「……レイジはよく分かってるな」
「お前よりは長く生きてるし、その分碌でもない人間関係のピンボールの中生きてるからな」
正直人間関係に疲れていたのは確かだ。要らない関係を断ち切って、リョーハたちのような気の合う奴とだけつるんでいた。
別に、それだっていいだろう。そんな生き方をしていた俺に、キリトのことをとやかくいう資格はないのかも知れない。それでも、苦しいというならば手助けするくらい、許されてもいいだろうか。
「カミングアウトしちまえよ。今ならまだ間に合うだろ」
「それが出来なくて悩んでるんだけどな」
「やるかやらないか、だろ。お前の仲間は、正体知った途端にビーターって突き放す冷血漢の集まりか?」
キリトは何も答えないが、まあそうだろう。ここで即答できるようならば、そもそも悩みなどしない。
気持ちはわかるし、言うのは簡単だ。俺自身ができるかどうかで言われたら怪しくはあるが、その方がいいということくらいは頭でわかっている。
「ま、ダメだったらウチに来い。奢ってやる」
「わかったよ。あとで言ってみる。レイジに聞いたらこうなるだろうって思ってたけど、やっぱりか」
「俺はそういう人間だぞ」
「レイジ、ニキータハウスはクリアだ」
ちょうど、リョーハから捜索完了の連絡も入った。この話は終わりで、この後どうするかはキリト次第。俺にできるのは、受け皿を用意しておいてやるくらいのものだ。
「コハル、移動しよう」
「うん。レイジも、たまにはいいこと言うんだね」
「たまにはってなんだよ?」
俺はいったい、どんな風に見られているんだ? せめて、コハルにはかっこよく見られたいんだがな。
「リョーハ、俺たちも移動するぞ。グリズリー、ニキータ周辺捜索完了。移動したいが、ローグの状況はどうなってる?」
ここより先に進もうとすると、水処理上のローグから機関銃掃射を受けるハメになる。迂回したグリズリー隊が排除してくれたかが重要だ。
それなのに応答がない。はて、狙撃に夢中になっているのだろうか?
「グリズリー、グリズリー、こちらリンデン。応答しろ」
もう一度呼びかけるが、応答はない。それに、狙撃をしているにしては静かすぎる。サプレッサーを使っているにしても、気味が悪い程に静かだ。
何かがおかしい。この静かさは嫌な方の静かさだ。
「リョーハ、戦闘用意。グリズリーから応答がねえ」
「おかしいぞ。狙撃してるにしても、5人いて誰も返事しねえのか?」
グリズリー隊の顔が浮かぶ。何が起きて、どこにいるかもわからない。それでも動くしかないだろう。
「メイベル、予定を変更してこっちに来てくれ。グリズリーから応答がない」
「了解、道路を渡ってそっちに」
ブラックバーンの返事をかき消すように、爆音があたりに響き渡った。銃声でも、グレネードランチャーでもない。嫌という程に聞きなれた、地雷の爆発音。そして、遅れて重機関銃の銃声まで聞こえてきた。
「おいレイジ、今のはなんだ!?」
「山の方の地雷だ。グリズリーが踏んだか!?」
「あり得ねえ、あいつら地雷の位置も熟知してるはずだ!」
しかも、ローグに見つかって掃射されているのをみるに、ローグを排除できていないのだろう。
「こちらグリズリー、オレンジプレイヤーの攻撃を受けて退却中。死傷者あり!」
血の気が引いた。全身に鳥肌が立つような感覚がして、俺の思考は停止してしまう。
死傷者あり、ベイサルの報告は何よりも重く、銃弾以上の破壊力を秘めていた。