Escape from Aincrad 作:リンクス二等兵
USEC Operator "LLENN"
20分前
「ローグ岩スポーンとはツイてる。アリフ、先行して好きな地点に」
「了解」
私たちグリズリー隊は水処理場東側を覆う岩山からローグを狙撃する任務があるから、目的の岩山麓でスポーンできたのは嬉しい事だ。マップの端から歩かなくて済むんだから、楽でいい。
狙撃手のアリフを始めとして、隊長のベイサルとムスタファもローグを狙撃できるように、何かしらのスナイパーライフルを持っている。
その中でも、私とフカは護衛要員として来ているからスナイパーライフルは持っていない。万が一の近接戦闘というのと、ローグ狩りに慣れていないからだ。
「2人とも、ちゃんとついてくるんだぞ。この岩山、地雷埋めてあるところがあるからな」
ムスタファの注意は冗談ではない。この岩山から水処理場の間で、地雷が埋まっているエリアがある。システム的なものだから回避は不能だし、2〜3回踏んだら死亡してしまう厄介なものだ。
今の環境で、それを踏むわけにはいかない。この辺りに不慣れな私たちを案じてくれているようだ。
「はいはーい」
「フカ、ちゃんと返事しなよ」
「はは、最近のギャルってやつか? 娘を思い出す」
ムスタファは気にせず笑うが、振り向きざまの横顔は少し寂しそうにも見えた。彼もベイサルよりは若く見えるが、私から見れば中年の域に足を突っ込んだ人で、子供がいてもおかしくはない。
もう少し話を聞いてみたいけれども、作戦中だ。それに、リアルの話にはあまり踏み込まない方がいいだろう。
「登る時できるだけ岩から頭を出すなよ。ローグの奴ら、めざとく狙撃してくるからな」
忙しい隊長のベイサルに代わって、新人の私たちを教育してくれているのは彼だ。面倒見と気前がいい中年で、イケおじとはこの人を言うのかもしれない。
「そういえば、みんなの名前ってどこから取ってきたんです?」
「映画からさ。トルコ軍特殊部隊が主役のマイナーなやつだけど、面白いぞ」
なるほど、映画でトルコの方だというならば、聞き慣れない珍しい名前というのも頷ける。どうやらベイサルは隊長で、ムスタファはその補佐、アリフは凄腕のスナイパーだという。
「そのまんまですね」
「そりゃそうさ。似てるキャラの名前をもらってるからな」
「そろそろローグの視認範囲だぞ。集中しろ」
ベイサルに無駄話を咎められてしまったけれども、人となりが少しわかったのは嬉しいかもしれない。
私とフカ、アトラスに入ったばかりで、パーティプレイに慣れない私たちを手取り足取り育ててくれた、楽しくも厳しいこのチームで、きっとこの先も生き残れるような気がしていた。
「アリフ、発砲許可。主力が来る前に片付けるぞ」
「了解。3番屋根のローグから始末する」
岩山から1番近い3番倉庫屋根の銃座まで、距離約150メートル。ローグは300メートル以内なら視認できるらしいから、この3番と中央2番倉庫の銃座がこの狙撃地点の天敵だという。
攻撃するか、接近しすぎるまで敵対しないUSECだからこそ、1番危険な敵を安全に排除できる。レイジさんは、これが狙いだったのだろう。
「ムスタファ、2番こちら側を同時にやれ。そうすれば楽になる」
「了解。アリフ」
「なら、近い方はムスタファがやってくれ。2番は俺が」
2番倉庫の銃座のうち、岩山を狙うものは250メートル先にある。難易度が高い方を、狙撃に長けたアリフが受け持つらしい。
「いいぞ」
「先に撃て。合わせる」
「レン、観測頼んだ」
「了解です」
私はムスタファの隣から顔を出し、単体で持ってきたライフルスコープを覗く。ローグはこちらに無防備な側面を晒していて、攻撃してくる気配はない。
それにしても、ヘルメットやアーマーも本当にいい物を使っている。ちょっと羨ましいかも。
そんなことを思っていたら、ムスタファが撃った。ローグはもんどり打って倒れて、機銃の横にある鉄板に血飛沫がへばりつく。
3番倉庫の屋根には1人しかいないみたいだし、これで制圧かな。
「キル」
「アリフ、撃て!」
銃声は聞こえたけど、何かがおかしい。アリフのT-5000って、こんなに音小さかったっけ?
それに、2番倉庫のローグには当たったけれど、頭じゃない。被弾したローグは逃げ出して、一瞬遅れて頭があった位置に着弾した。
「クソ、横槍が入った!」
「下がれ!」
ムスタファが私を突き飛ばす。次の瞬間には、私がいたところをローグの猛射が薙ぎ払った。
敵対フラグが立った上に、私たちを射界に収める銃座の始末に失敗した。地上を巡回するローグからも猛射を受けて、考えられる中でも最悪の状況だ。
「くそっ、どうなってる!? ベイサル!」
「湖の岩上、オレンジが見えた。待ち伏せしていたらしいな。フカ、アリフを頼む」
そう言いながら、ベイサルは既に応射を始めていた。ムスタファも撃ち始めたところで、何か嫌な予感がした。後ろから迫る微かな足音を、ComTac2は聞き逃さない。
「誰!?」
振り向くと、そこには黒いローブのプレイヤーがいた。フードで顔を隠した男は笑みを浮かべていて、ナイフを私へ突き出してくる。
咄嗟にP90でそれを弾き、蹴りを入れて押しのける。
レイジさんから教わってよかった。背が高い分リーチがあるんだから、うまくいかせって。嫌いなこの背丈も、今は役に立ってくれたみたい。
「チッ、勘のいい奴だ」
「おうおう、ウチのお嬢様に集るハエがいるぜぇ!」
フカが援護射撃してくれるけれども、避けられている……というより全部外している。やっぱりフカは射撃が下手だ。
「ムスタファ、後ろの奴を倒せ! あのスナイパーは俺がやる!」
冷静なベイサルも声を荒げる。どこに隠れていたのか、あちこちから黒ローブのプレイヤーが現れて、その全員が漏れなくオレンジだ。
待ち伏せされた、そんな考えが過ぎる。オレンジたちは躊躇なく襲いかかってきて、私たちは戦う以外の選択肢がない。
「退却するぞ、斜面を降りて3番倉庫に籠城する!」
「あそこは地雷原だぞ!」
「岩伝いに行けば踏まん。アリフが回復したら行く!」
「レン、フカ! 移動の時は絶対に離れるなよ!」
この岩山から水処理場へ続く斜面がある。でも、そこは地雷原になっていて、下手に足を踏み入れればランダムで爆発ダメージを受け、3回踏めば必ず死亡してしまう。
でも、他に選択肢なんてない。私たちは劣勢で、このままだとどのみち死ぬんだから。
「わかりました! フカ!」
「合点承知の助!」
フカのグレネードランチャーが敵をまとめて吹き飛ばす。それでも相手はSAOプレイヤーだから、やはり即死はしない。
動けなくなってくれるからそれでいいし、戦う私たちもその方が気が楽だ。
「ベイサル……動けるぞ」
アリフはようやくスタンから回復して、動けるようになった。ちょうど残弾も心許なくなってきたから、正直助かった。
「退くぞ! ムスタファ、行けるか?」
「クソ、こっちは……!」
「レン、ムスタファがやばいぜ!」
ムスタファはゾンビのように迫るオレンジプレイヤーに追い詰められ、フカが必死に援護しても間に合わない。
そして、私を襲った黒フードにナイフで斬りつけられ、崩れ落ちるように倒れた。