Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

78 / 83
本当に執筆遅くなって申し訳ないです
おのれ眼精疲労


20層-6 撤退

 あのナイフには麻痺毒が塗ってあるらしい。ムスタファはまだ息があるけど、オレンジたちに捕まってしまった。

 跪かせられたムスタファに力はなく、抵抗すらできないようだ。彼を盾にされた私たちは、撃つに撃てない。間違いなくムスタファに当たってしまう。

 

「下手なことはしてくれるなよ? お仲間が大事なんだろ?」

 

 ああ、本当に醜悪な笑みだ。何度も見てきた人の悪意が目の前にある。

 話には聞いていたけれども、アトラスはこういう人たちと戦っていたんだ。他の誰かがこうならないために、自分たちを犠牲にしようとして。

 

「彼を離してください。撃ちますよ!」

 

「その頭に風穴開けられたいようじゃないかい?」

 

 私とフカが銃口を向けても、相手は全く動じない。アリフも狙っているはずだけど、ムスタファに当てないという確証が得られないのか。

 

「ははは! 人を撃てるなら撃ってみなよ! まっ、無理だろうけどな!」

 

 人を撃てるのか。改めて考えて、躊躇ってしまった。

 一撃では殺せないのを分かっているけれども、人を殺すこと、傷つけることを絶対の禁忌として生きてきたから、人へ向けてトリガーを引くことを躊躇ってしまった。

 

 SCAVならば撃てたのに。ベータ版のタルコフならば、PMCでも迷いなく撃てたのに。私はまだ、普通の人である証拠なのだろうか。

 

 誰かを見捨てるくらいならば、人でなくなっていればよかったのに。

 

「……アリフ、俺の家族を頼んだ!」

 

 ムスタファの叫び声が意識を引き戻す。家族を頼む、それはまるで、自分はここで死ぬと、現実には帰れないと悟ったように聞こえる。

 

「何言ってるの、ムスタファさん!」

 

「おいおい、待って……!」

 

「……守ります! 俺が、あなたの代わりに!」

 

 アリフが絞り出すように叫ぶ。待って、アリフにとっても大事な仲間のはずなのに、なんで受け入れてしまうの!?

 止めよう。そう思った私の前で、ムスタファはグレネードを取り出していた。ポケットからこっそりと取り出したF-1グレネードが、やけに大きく見える。

 

「ベイサル、上手くやれ!」

 

「……行け、すぐに追いつく」

 

 ムスタファは笑顔で頷く。この後の運命を受け入れて、心安らかに。

 

「一人の死が……!」

 

 ピンを抜いた。やめて、そのレバーから手を離しちゃダメ!

 

——千人を救う!

 

 毒ナイフの男は逃げ出した。周りのオレンジたちはその姿に目を取られ、レバーの外れたグレネードに気付くことができない。

 

 巻き起こる爆発、飛び散る破片がムスタファの周りにいた2人のオレンジプレイヤーを巻き込む。いくらSAOプレイヤーでも、至近距離で爆発に巻き込まれれば即死は免れない。

 それは、ムスタファも助からないということを意味する。自分を人質にされて、仲間に危害を加えられることを防ぐために、自ら犠牲になった。

 

「……アリフ、そっちのスナイパーはどうなった!?」

 

 戦友の死に、ベイサルは目を背けた。隊長として見届けなければならないのだが、それ以上に苦しすぎた。

 そして、その苦しみは声にも現れる。絞り出すような、慟哭のような声が現状を掌握しようとする。

 ベイサルにとって今大切なことは、敵討ちよりも残りの仲間を生かすこと。ムスタファの犠牲を無駄にしないことだけだ。

 

「捕捉したが、奴はグリーン! 撃てないぞ!」

 

 それを撃てば、今度はアリフがオレンジになってしまう。できるとすれば、せいぜい威嚇射撃程度だ。どうして、こうもオレンジ数人よりもグリーン1人が厄介なのか。

 

「オレンジを突破するぞ。斜面の地雷原を超えて3番倉庫で籠城。アリフ、レンとフカはお前に任せる」

 

 斜面は地雷が埋めてあるが、それは地面が土のところだけだ。中腹までは岩肌が続いており、そこから先、地雷を踏まずに越えられるかは運次第だろう。

 

「了解!」

 

 アリフは進路を邪魔するローグを狙撃しながらも、PKギルドの一員であろうグリーンのスナイパーを牽制する。

 落ち着きさえすれば、歴戦のスナイパーであるアリフがローグなんかに負けたりしないのはよく知っている。

 

 それなのに、私もフカも、どうしてまともに戦えない? リロードの手が震えて、マガジンさえ取り落としてしまう。

 早く行かなきゃ。それでも、地雷の位置がよくわからない。いつもみたいにムスタファが先導してくれるはずだったのに、彼はもういないんだ。

 

「マズイ……!」

 

 ベイサルの弾薬が尽きた。突っ込んでくるSAOプレイヤーを止める術はなく、倒れているオレンジも、すぐにスタンから回復してくるだろう。

 そうなれば、待つは崩壊。それを察したベイサルは、悲しそうに目を伏せた。

 

「待って!」

 

 撃たなきゃ。それなのに撃てない。突っ込んでくるオレンジを止めなければいけないのに、人が目の前で次々と死んでいくショックがトリガーを引くことを躊躇わせた。

 そんな私たちを守るために、今度はベイサルが盾になった。

 

 そして、そこからは見事としか言えない。目にも止まらぬ、キレのいい足払いでオレンジを斜面へと投げ飛ばし、地雷原に放り込んだのだ。

 爆音が響き、オレンジは致命的なダメージを受ける。さらには、地上を徘徊していたローグに捕捉され、激しい銃撃を受けてHPを削り切られた。

 

「こちらグリズリー、オレンジプレイヤーの攻撃を受けて退却中。死傷者あり!」

 

 ベイサルはようやくプレストークスイッチを押すことができた。本隊に連絡さえ取れれば、すぐにレイジが飛んでくる。

 

「現在地知らせ! 岩山か!?」

 

 ベイサルが答えるより前に、別のオレンジがベイサルへ飛びついた。無線のスイッチさえ押せず、銃もナイフも抜くことができない。

 

「……アリフ、レンを連れて行け!」

 

「待て、ベイサル!」

 

 ベイサルはオレンジと組み合ったまま、自ら斜面へと身を投げる。そこは地雷原で、勢いのままに転がれば止まることもできず、地雷を踏んで死亡してしまう。

 

「ベイサルさん!」

 

「お前たちは、生きろ!」

 

 ベイサルに捕まったオレンジは悲鳴をあげるが、彼はしっかり掴んで離さない。転がり落ちる中で何度も地雷が爆音を轟かせ、その悲鳴は途絶える。

 ベイサルも死んだのだろう。力なくオレンジを手放して、さらに下まで転がり落ちていく。

 

 そして、彼らの死体は岩肌が途切れたあたりで止まった。まるで飛び石。俺たちを踏み超えて逃げろ。そうとさえ言うかのように。

 

「嘘……ベイサルさん!」

 

「レン、行くぞ! フカも先に行け!」

 

 彼らが死んでも、オレンジはまだいる。生き残るにはこの斜面を超えて3番倉庫へ飛び込み、籠城するしかない。

 迷うだけの選択肢は与えられなかった。私は岩肌を駆け下り、躊躇う時間もなく、彼らの遺体を踏み越え、地雷原を乗り越えていく。

 ドッグタグの回収さえできない。ローグの射線に入っている以上、迅速に離脱しなければ死体の仲間入りを果たしてしまうから。

 

 だから、どうか私たちを許して。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。