Escape from Aincrad   作:リンクス二等兵

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20層-10 罪禍

 視界が歪み、声が漏れる。長い戦闘の中で蓄積したダメージのせいで、アバターが悲鳴を上げているんだ。

 

 腹部と右腕が壊死、他のところもヤバい。胸の軽度出血も治療を忘れていた。

 おかげで水分とエネルギーも切れかけ。もう少しで脱水と疲労のスリップダメージで死ぬところだった。

 

「……みんな、大丈夫かな」

 

 殿を務めて仲間を逃し、たった1人川縁で治療と補給をしているのは中々心細い。

 回復アイテムは殺したオレンジから拝借したし、水と食料は手持ちがあったから賄えた。予備弾薬が心許ないが、とりあえず動くことは出来るだろう。

 

「リョーハ、こちらレイジ。生きてるか?」

 

『こっちは列車に向かってる。合流できそうか?』

 

 水処理場の奥には倉庫群があり、そこには一定時間経過で装甲列車がやってくる。

 時間経過で使えるようになる特殊脱出のひとつであり、列車の到着時間も発車時間もランダムなので、今使えるのは中々幸運と言えよう。

 

「回復終わったから、今から向かう。ローグの装備を回収する暇はないな」

 

『欲張ると死ぬぜ』

 

「タルコフの常だな」

 

『メイベルもこっちに向かってきてる。お前も遅れないように急げよ』

 

 まだ痛みのエフェクトは残っているけれど、動けるから問題ない。ローグは全滅しているようだし、あと数百メートル走って仲間と合流すればいい。

 

 静かになった水処理場を走り抜ければ、大きな倉庫が目立つエリアに辿り着く。

 おそらく物流拠点だったのだろうか、コンテナが積み重なり、トレーラーが止まっている。ここに来るタスクがあれこれとあったのだが、いつもローグに邪魔されて中々終わらなかったっけ。

 

 そんな懐かしさの中、コンテナの向こうで待機している装甲列車が見えた。メイベル隊の残存3名も同時期に違うゲートから敷地に入ってくるのが見えて、少し安堵できた。

 

「ブラック!」

 

「レイジ、生きてたか!そろそろ出ちまうぞ!」

 

 ちょうど装甲列車が汽笛を1回鳴らした。出発1分前の合図で、3回鳴らしたら発車になる。

 走って30秒くらいの距離だし、間に合うだろう。そう思っていた矢先に、ズドンズドンと重い銃声が響いた。

 

「隠れろ、2番倉庫の機銃!」

 

 レッカーが叫び、たちまち列車に乗っていなかった俺やメイベル隊はコンテナへ身を隠す。

 2番倉庫屋上にはひとつだけ、この倉庫エリアを狙える機銃が設置されているのだ。ローグは全滅したって聞いていたというのに。

 

「クソが、リョーハ!列車から狙撃できないか!?2番から機銃掃射を受けてる!」

 

『ちょい待ち、シノン!』

 

『5秒待って』

 

 確か、装甲列車の位置は機銃の死角に入ったはずだ。恐らくシノンならば一撃でガンナーを仕留めてくれる。

 

『え……』

 

 そのはずだったのに、シノンは撃たなかった。

 

 なぜか? 多分、ガンナーはローグじゃない。

 

「リョーハ、シノンはダメだ!あのガンナーはPMC、シュピーゲル!」

 

『あんのガキャ……!』

 

「こっちで対処する!」

 

 俺はギリギリ死角に入った。ここから制圧射撃でメイベルを逃すしかない。当たらなくてもいいから、アイツに撃てないようにするしかないんだ。

 

「ブラック、援護してやるから走れ!」

 

「ああクソ、頼む!」

 

 距離100メートル、まともに当たるか怪しい距離だが、銃座へ弾幕を張ってやれば、たちまち機関銃の銃口が上を向いた。銃座を離れたか、その場に伏せたのだろう。

 

「行け行け行け!」

 

 ドタドタと重装のPMCが走る音が響く。あと少し、あと少しだけもってくれ。

 

 あと5秒、そんな願いは沈黙が撃ち破る。60連マガジンは中途半端にしか弾薬が残っておらず、もう少しのところで弾切れを起こしてしまった。

 

「マズい、リロードだブラック、急げ!」

 

「このタイミングで……」

 

「兄貴、先に!」

 

 最後尾のレッカーはその場にしゃがむと、銃座へ向けて射撃を始めた。

 隠れる場所のない開けた場所で、それは自殺行為とも言える所業だ。

 

「やめろレッカー!」

 

 叫ぶブラックバーンの声は銃声にかき消されていく。それはM4の軽い銃声ではなく、重機関銃の重い銃声。

 たちまち降り注ぐ雨はレッカーを撃ち据え、その威力は440しかないHPを一瞬の元に消し飛ばす。

 

 断末魔を上げる間もなく、たった数秒の足止めの対価にレッカーはその命を落とした。

 

「レッカー!返事しろレッカー……蓮也ァ!」

 

 ブラックバーンがいくら叫べども、死体となって倒れ伏すハッカーが返事することはない。

 目の前で弟を殺されたブラックバーンの目にみるみる憤怒の炎が宿る。

 

「マズイ……タチャンカ、ブラックを連れて引け!」

 

「わかりました!ブラック殿、急いでこちらへ!」

 

「離せ!あのクソガキぶち殺してやる!生かしてアインクラッドから出してやるか……ふざけたギルドごと、ぶち殺して存在もろとも消してやる!この城を墓にしてやる!」

 

 殺す、ずっとそう喚いて突撃しようとするブラックバーンをタチャンカが引きずり、なんとか列車まで引っ張っていく。

 タチャンカの筋力がエリートに到達しているからこその芸当だろう。

 

「そのまま行け、カバーする!」

 

『レイジ、お前も戻れ!そろそろ列車がでちまう!』

 

「あと10秒なら大丈夫!それよりリョーハもこっちきてブラックを引っ張れ、長くは持たせられねえ!」

 

 ブースターを装着して、銃座のシュピーゲルへと制圧射撃を繰り出す。

 頼む当たれ、そう祈りながらの射撃もたちまち重機関銃の弾幕に封殺され、物陰への退避を余儀なくされた。

 

 それでいい、俺を狙え。その間はブラックたちも生きられるから。

 

「レイジ、お前も退いてこい!」

 

 無線ではなくリョーハの叫び声が直接聞こえた。

 援護はない。しかし走ればあと少しで機関銃の射角から逃れられる位置、走るしかない。

 

「急げ急げ急げ!」

 

「今行くよ、くそがぁぁぁぁぁ!」

 

 走り出したと同時に、まるで雷鳴のような銃声とともに機関銃弾の雨が降り注ぐ。

 激しいリコイルが弾道を散らし、足元を縦断が跳ねていく。

 そのうちのひとつが脚を捉え、痺れるような衝撃とともに駆け足が歩きへと変わる。

 走ろうとしても走れない。視界の端のダメージ表記は左脚の絵師を示し、移動速度の低下を招いていた。

 

 鎮痛剤はもう残っていない。

 銃座の射角からは外れたけど、ノロノロとした歩きでは列車が発車するまでに間に合わないだろう。

 脚を治すにも20秒かかる。尚更間に合いはしない。

 

「レイジ、急げってんだ!」

 

「脚をやられた、間に合わねえ!」

 

「レイジ、急いで!」

 

 コハルが乗り口から身を乗り出し、早くこいと手を伸ばしてくれる。

 あと少し、あと少し。脚を引き摺りながらコハルの手が届くところまで。

 

 動け、動けってんだこのクソ脚め!

 

「あと少し……!?」

 

 もう少しで手が届く。

 もう少しで触れるはずだった手を、コハルは引いてしまった。

 その目には驚愕と恐れと、絶望を宿して。

 

「レイジ、アイコンが……」

 

 ああ、そうだったな。

 夢中で戦っていたあの時、シュピーゲルはまだグリーンだったんだ。

 それを攻撃した俺は、いつの間にかオレンジになっていたんだ。

 

 それを理解した瞬間、手を下ろしてしまった。

 

 コハルの手を握る権利はとうに失っていたんだ。

 手を差し伸ばされる権利さえ、もうないんだ。

 

 あの優しくて純粋な女の子の手を、血に染められた手で握るわけにはいかない。

 

「何してんだコハル……!レイジ、手を伸ばせ!」

 

 コハルを押しのけたリョーハが手を伸ばそうとした瞬間、列車の汽笛が鳴り響く。

 発車を告げるその音と共に扉が閉まっていき、リョーハの手は扉を叩いた。

 

「おいレイジ!諦めんな掴まれ!」

 

「リョーハ、もう無理よ!」

 

 窓から身を乗り出そうとするリョーハをシノンが押さえる。 

 それでいい、仲間を巻き込みたくはないんだ。

 

 ゆっくりと走り出していく列車へ右手を掲げて敬礼と共に見送る。

 

「レイジ……レイジ!」

 

 絞り出すようなコハルの声がした。

 

 ごめんね、もう一緒にはいられないんだ。

 

 でも大丈夫、コハルにはもう仲間たちがいるだろう、両手に抱えきれないほどに。

 

 コハルはもう大丈夫、攻略組でも負けないような強いプレイヤーなんだから。

 

 汚れ仕事も罪禍も、全部俺が持っていくからね。

 

 —— Πрощайте(永遠に、さようなら)

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