滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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・稚作【オーバーロード単発短編集】より〝スパリゾート ラナー様&クライム編〟のクライム君視点です。

・完全新作ではございません。

・あとがきにラナー様視点を貼っております。

・以上を踏まえたうえでお読みください。


スパリゾートでの一場面

 ここはナザリック第9階層【スパリゾート】。

 

 リ・エスティーゼ王国の湯浴み場など比較にならないスケールであり、大河の如く流れるお湯、柑橘の皮や炭を浮かべた木製の巨大な湯船、泡の湧き出る不思議な湯船、四方八方から水が噴射されるマッサージのような湯船、入ると身体が痺れる電気風呂なる場所、〝サウナ〟なる蒸し風呂、果ては謎の妖しい光を発するよく解らない浴場までありとあらゆる浴槽が完備されている。

 

 とはいえクライムは何度も【スパリゾート】に足を運びながら、それらの設備を一度も使ったことが無い。なぜなら……

 

「いいお湯ね。クライム。」

 

「さ、左様でございますね!ラナー様!」

 

 本来〝スパリゾート〟は男湯と女湯で分かれているのだが、現在クライムとラナーが浸かっている〝露天風呂〟だけは常時男女混浴が許されており、クライムは「一人で入るのは寂しいから」というラナー様のご命令で、スパリゾートを使用する際はいつもここに呼ばれていた。

 

 一糸まとわぬ姿となったラナー様を凝視するわけにはいかないが、ラナーをお護りする立場である以上明後日の方向を見ているわけにもいかない。毎回クライムはそんな二重拘束(ダブルバインド)に翻弄され脳が混乱してしまう。そんなクライムの葛藤をよそに、ラナー様は温泉を楽しんでいるようだった。

 

 この世界には【花見】や【月見】など、露天風呂には様々な楽しみ方があるらしく、露天風呂の周りにある荘厳な木々や満開の花々、星々の照らす夜景など、実際業務を一瞬忘れそうになるほど素晴らしい景色で彩られている。

 

 特に露天というだけあり、空を見上げれば墳墓の中……地下でありながら、満天の星を模したであろう夜景が煌めいていた。ラナー様はその星空を見上げ、何かを思索している様子だった。

 

(ラナー様は一体何を御考えなのだろう?)

 

 ラナー様は王女だった時分、国家機密の地図よりも精密なリ・エスティーゼ王国地図を作製したことがある。なんでも部屋の窓から星の位置を見て空と地上を結ぶ線のズレを計算した……なんてことを蒼の薔薇の面々と話していたが、クライムに出来ることは理解を放棄する事だけだった。

 

 やはり自分とラナー様では視点がまるで違う。

 

 そして突如ラナー様は何かイタズラを思いついた悪童のように、天真爛漫な口調でクライムに話しかける。

 

「そうそうクライム!流れ星の素敵な言い伝えを知っている?」

 

「流れ星……ですか?」

 

 クライムの常識で考えると、流星といえば【誰かの命が消えようとしている象徴】というのが一般的で、素敵という言葉とは程遠い。しかしラナー様が間違いを言うはずもない。となれば自分の常識が間違っていたのだろう。

 

「流れ星が消えるまでの間に3回願いを唱えると、その願いが叶うんですって。何処かに流れ星があるのかもしれないわ。」

 

 クライムはそう言って空を見上げるラナー様につられて星空を見上げる。すると一筋の流れ星が見えた。その瞬間、今さっき聞いた話を実行に移す。クライムの願いはあの日から常にひとつだけだ。

 

「ラナー様を御護りできますように!ラナー様を御護りできますように!ら……あぁ……。」

 

 クライムは切迫した様子で早口に願いを口にする。しかし3度言う前に夜這い星は儚く消えてしまった。クライムは落胆した様子で目を伏せ……、、ラナー様は小悪魔(インプ)の羽を小刻みに震わせて、クスクスと可愛らしい笑みを浮かべていた。

 

 どうせならば早口言葉の練習をしておけばよかったと思うがもう遅い。

 

「ふふ、クライムの気持ちはとても嬉しいわ。……そうそう、翼の後ろがどうしても上手く洗えないのよね。クライム、背中を流して貰えるかしら?」

 

 クライムの身体が硬直し、思わず目を泳がせてしまう。しかしラナー様は気にした様子も無く、クライムに背を向けた。背中を流すと言ってもここにはスポンジや布などが無い、となると【背中を流す手段】はひとつしかない。

 

「はい!大切な従者の役目……でしたね!し、失礼します!」

 

 つまり、クライムの想いのこもった手のひらだ。思わず手が震えてしまう。伝わるのは翼の裏にある柔らかな背中の温もり。恐らく赤面し頭がふらふらとしてきたのは、湯に浸かり過ぎたせいではないだろう。

 

「あふぅ……。」

 

 クライムの手の動きに合わせ、蕩けるような吐息がラナー様から漏れるたび、なにやらいけない事をしているような倒錯に襲われる。だが〝これは従者の役目だ〟〝決して邪なことではない〟と暗示をかけるように脳内で反復し自らを律する。

 

 実際アルベド様からスパリゾート内でマナー違反があれば獅子の顔をした湯を出しているゴーレムが襲い掛かってくると聞いている。ラナー様を危険にさらす原因が自分であるなど許されるはずがない。

 

「ありがとうクライム。とても気持ちいいわ。」

 

 振り返るラナー様の笑顔は湯で上気し、【肖像画が描けない】と謳われた美貌は妖しささえ醸し出し、その玉体は宝石など比較できないほど一層煌めいている。

 

 一通り背中を流し終えたクライムは、精神的消耗から深呼吸を行う。しかしこれで終わりではない事は何度か経験済みだ。ラナー様から決定的な一言を告げられる予感がして……

 

「そうだ!じゃあ、今度はわたしがクライムを綺麗にしてあげる。」

 

 その予感は見事に的中する。自分はどんな顔をしていただろう。何度経験しても覚悟が決まらない、かといって拒否など出来るはずもない。

 

 クライムにとって行楽地(リゾート)とは己を試される試練の連続となる場所であった。




・ラナー様視点はこちら【 https://syosetu.org/novel/255582/9.html 】となります。
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