ビルド廻戦   作:EGO

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ご存知の方なら何してんだこいつと思われるかもしれませんが、初めましての方は初めまして、EGOです。

とある人から熱烈アピールをされ、投稿することになりました(まあ、呪術廻戦のクロスオーバー系は書きたかったネタではありましたが)。

設定ガバガバですが、許してください。



百鬼夜行 ―ベストマッチな奴ら―
1.


 誰かの悲鳴。誰かの怒号。誰かの断末摩。

 建物の焼ける臭い。鉄が焼ける臭い。生物が焼ける臭い。

 地面に倒れる彼の五感に叩きつけられるのは、日常生活ではまず聞くことのない、人の命が、誰かの平穏が終わる合図。

 

 ──皆、は……?

 

 意識が混濁したまま、激痛に悲鳴をあげる身体に鞭を打ち、額から溢れる血をそのままに身体を起こす。

 垂れてきた血で視界の右半分を真っ赤に染めながら、肺が焼けそうな熱気の中、必死に呼吸を繰り返す。

 地面についた手の骨が軋み、鈍い痛みに苦悶の声を漏れた。

 反射的にそちらに目を向ければ、五指が曲がってはいけない方向に曲がり、何本か骨が飛び出している自分の手が視界に入り、喉の奥からか細い悲鳴が漏れた。

 本当に自分の手なのかと確かめるように指を曲げようとしてみれば、形容しがたい激痛が腕から全身に広がり、認めたくはない現実を文字通り刻み込んでくる。

 ふぅ……!ふぅ……!と無意識に呼吸に力が入り、熱を孕んだ空気が入り込み、酸素の代わりに焼けるような痛みが肺を満たす。

 たまらずにむせれば血の混ざった痰が吐き出され、地面に落ちたそれからは禍々しい色合いをした煙が立ち上る。

 

「っ!」

 

 同時に彼は目を見開いた。

 その煙に見覚えがあったからだ。

 平穏が突然終わりを告げた時、この地獄が始まった時に、辺り一面を埋め尽くした黒い煙だ。

 それが今、自分が吐き出したものから湧き出している。

 

「違う……。俺じゃ、俺じゃない……」

 

 瞬間。脳裏によぎった予感を否定するように首を振った。

 いや、それはもはや予感ではなく、確信だった。

 曖昧だった意識がはっきりし、同時に何があったのかを鮮明に思い出させる。

 妹の誕生日だからと、久しぶりに実家とも言える施設に帰って来た。

 血の繋がりはなくとも、確かな絆で繋がっていた兄弟、姉妹、そして両親との再会に彼は喜び、弟や妹たちのノリも合わさって、いつになくはしゃいでいた。

 それでも誕生日会は滞りなく進み、いよいよプレゼント交換となった時に、それは起こってしまった。

 彼の影が膨れ上がり、黒い煙が施設とその周辺へとばら撒かれたのだ。

 それを自覚した直後、横合いから岩のような拳が放たれた。

 反射的に動いた片手で受け止め──きれずに、そのまま手の骨を砕かれながら吹き飛ばされ、施設の壁をぶち抜き、裏庭に転がされて気を失った。

 

「……俺の……せい……じゃねえか……」

 

 その全てを思い出した彼は、涙を流しながらその場に項垂れた。

 ここで忘れたままであれば、まだ逃げ道もあっただろう。

 ここで忘れたままであれば、まだ立ち上がることもできただろう。

 ここで忘れたままであれば、生きる気力を取り戻すこともできただろう。

 だが彼は思い出してしまった。

 自分がこの地獄を産み出した犯人であることを。

 家族を化け物へと変えてしまった罪の重さを。

 

「ああ……。ああ……っ!あああ゛ああああああ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 自分に向けるしかない怒りを、憎悪をぶつけるように、血を吐きながら叫んだ。

 涙で視界が歪み、地面に落ちた涙からは、黒い煙が噴き出す。

 この煙が、夢を語り合った兄弟たちを怪物にした。

 この煙はどこから出てきた?

 

「俺だ……」

 

 この煙が、未来に想いを馳せていた姉妹たちを異形に変えた。

 誰が?

 

「俺だ」

 

 自分を救ってくれた両親は、化け物になった。

 

「俺のせいだ!わかってるよ、そんなこと!」

 

 頭の中に響く声に怒号を返す。

 頭を掻きむしり、ぶちぶちと髪が切れる音が鼓膜を揺らし、毛が抜ける鋭い痛みが彼の意識をより鮮明にしていく。

 

「俺が、皆を……っ!」

 

 その場から動くことも出来ずに踞り、啜り泣きながら、彼は掠れた声を漏らす。

 額が割れることをいとわずに頭を地面に叩きつけ、何度も、何度も繰り返す。

 慟哭の声と頭が地面に叩きつけられる乾いた音が辺りに響き、彼に渦巻く負の感情を表すように、影からは黒い煙が溢れだし、地面を這うように広がっていく。

 煙に呑まれた建物の残骸が歪に歪み、既に怪物となっていた人々は、それから逃れるようにその場から離れていき、四方八方ても散っていく。

 黒い煙は辛うじて変異を免れ、けれど変異した彼らに殺された誰かの遺体さえも怪物へと変えてしまう。

 怪物へと変わった彼は糸で吊られる人形のように立ち上がり、ゾンビのように身体を不規則に揺らしながら歩き始めた。

 ふらふらと覚束ない足取りで街へと向かうが、何体かは一人で踞り、泣き叫ぶ彼の存在に気付き、街に向いていた足を彼へと向けた。

 ざ、ざ、と砂を踏みしめる音が、少しずつ近づいてくる。

 それでも彼は動かない。

 迫り来る死の気配を前に腰が抜け、逃げように逃げられない。

 いいや、違う。今の彼にとって、自分の死などどうでもよかったのだ。

 この苦しみから楽になるのなら、この罪が赦されるのなら、いっそ彼らに殺された方がいい。

 自分勝手な考えだということはわかっている。そんな事で本当に赦されるかもわからない。

 

 ──他に、どうしろってんだ……。

 

 今の彼にまともな思考をする力は残っていなかった。

 家族を殺した。

 彼らの未来を奪った。

 彼らの笑顔を消し去った。

 それら全ての罪を一身に背負いながら、これから生きていくなど、今の彼には──もうすぐ高校一年になるばかりの、いまだ大人になったとは言えない青年には、あまりにも酷な話だ。

 地面に額を押し付けたまま、壊れたように笑い始めた彼に、唸り声と共に足音が近づいてくる。

 

 ざ……。

 

 足元を覆う黒い煙を気にも止めず、怪物たちは歩み続ける。

 人だったものとは思えない、地の底から響くような低い唸り声を発しながら、逃げない獲物を目指し、さらに一歩。

 

 ぱき……。

 

 誰かの骨か、あるいは木材か、何かを踏み砕く乾いた音が、建物が燃える音の中でも嫌に響く。

 唸り声が獲物を前にした歓喜の雄叫びへと変わり、その声の近さから、怪物との距離はあと五歩もないだろう。

 万が一飛びかかってくれば、距離関係なくそれだけでしまいだ。

 彼らの息遣いが聞こえ、興奮しているのかその呼吸がどんどんと乱れていく。

 死を間近にして冷静になり始めた彼の脳内では、せめて自分を殺す相手くらい見ておくかと諦観にも似た思いがぽっと湧き出た。

 鉛のように重たかった身体が不思議と軽く、踞っていた身体を転がし、空を見上げる。

 あれだけ青かった空は、いまやその面影もない曇り空。

 日の光を僅かも通さない分厚い雲に覆われ、このままいれば雨も降り始めるだろう。

 そうなれば火事も収まり、少しは落ち着くこともできるだろうか。

 あと煤まみれのこの身体も、多少は綺麗になるだろう。

 

「……どうせ死ぬのに、なに考えてんだよ、俺は」

 

「君に死なれたら困るんだよね」

 

 誰に言うわけでもない独り言に反応があった事に彼は驚き、ぎょっと目を見開いた。

 全く聞き覚えのない、どこか気の抜けたような声の主を探そうと首を巡らそうとするが、それよりも早くその声の主が彼の視界に現れる。

 日本人とは思えない白い髪に、両目を白い包帯で覆っている、見るからに怪しい男。

 今まで会ってきた誰よりも高身長に見えるのは、寝転んで見上げているからではなく、男が人一倍大きいからか。

 男の登場に倒れている彼を狙っていた怪物たちは足を止め、ガチガチと歯を鳴らしたり、地団駄を踏んだりと、思い思いの方法で威嚇している。

 やれやれと言わんばかりに肩を竦めた男は、倒れる青年と怪物たちの間に立ちはだかった。

 同時に怪物たちは吠えながらその男へと飛びかかり、顎門(あぎと)で噛み千切らんとするもの、豪腕でもって砕かんとするもの、鎌状の腕で切り裂かんとするもの。

 それら全てが、相手が人間であれば容易く致命傷を与えられるものだ。

 また自分のせいで誰かが死ぬ。

 その危機感と罪悪感からか、青年の口が意識する間もなく動く。

 

「危な──」

 

「大丈夫」

 

 けれど、その声は誰でもない男の声により遮られた。

 え……と声を漏らす青年を他所に、男はさも当然のように言う。

 

「僕、最強だから」

 

 そしてその言葉を体現するように、男に飛びかかった怪物たちが見えない何かに圧縮されたように潰れ、あるいは見えない何かに殴られたように吹き飛び、肉片となりながら四散していく。

 ね?と笑いながら振り向いてきた男を見つめ返しながら、青年は数度瞬きすると、ようやく状況を──最も何が起きたのかはわからないが──飲み込んで僅かに安堵の息を漏らす。

 今さら自分の命が惜しくなったわけではないのだが、目の前の男が無事なのはとりあえず喜ぶべきことだろう。

 

「さて、話を戻すんだけどさ」

 

 そんな青年の心中を知ってか知らずか、男は青年のすぐ脇でしゃがみこむと、無警戒にとんとんと煙の発生源である影を指で叩いた。

 男の指に叩かれた影には波紋が広がり、水面のように揺れている。

 

「これ、止めてくんない?止めてくんないと、僕の仲間が近づけないんだよね」

 

「止め……る……?仲間……?」

 

「わかんないか。そうだよね。……ちょっとごめんよ」

 

 男はそう言うと、血塗れの青年の額を指で叩いた。

 ペチンとデコピンでもしたような音がしたかと思えば、青年は意識を手放し、眠るようにゆっくりと目を閉じた。

 すやすやと穏やかな寝息をたてているあたり、本当に眠りに落ちたのだろう。

 彼の影から噴き出していた煙が止まり、風にのって消えていく。

 同時に空の一点が黒く染まり、それが半球状に広がり、周辺一帯を囲いこんだ。

 

「さて」

 

 それを見届けた男は立ち上がり、辺りを見渡す。

 ここを中心とした半径三百メートル。煙が届いたその範囲内で無事だった人間は、果たしてどれだけいるのか。

 いや、それも大事ではあるのだが──。

 

「何体、祓う──いや、殺せる(・・・)かな」

 

 こちらに近づいてくる気配と、ここから遠ざかっていく気配がそれぞれ複数。

 つまり、向かってくる好戦的な奴と、逃げる臆病──あるいは慎重な奴とで別けられる。

 向かってくる奴らは問答無用で祓うとして、問題は逃げた側。

 男の仲間──と言うよりは同業者──により辺りは封鎖され、逃げてみろと言わんばかりの態勢だから、無策で突っ込んでいるわけではあるまい。

 何か包囲を突破する策があるのか、あるいは単純に馬鹿だからか。

 

 ──どちらにせよ、こっちに来ているんだよね……。

 

 男は溜め息を吐きながら、包帯で隠された双眸で迫る来る異形を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

「それで結構祓ったんだけど、結局逃げちゃったんだよね」

 

「……」

 

「おかげであれから忙しくて。会いに来るのも遅くなっちゃった」

 

「……」

 

「……聞いてる?」

 

 あれからどれくらい経ったのか、青年には知るよしもない。

 目の前で「ねえ、ねえ」と子供のように身体を揺らしている男に、額を小突かれてからの記憶がないからだ。

 と言うよりも、ようやく目を覚ましたばかりだというのに、いきなり名も知らない男にさも友人のように声をかけられる義理はない。

 命の恩人ではあるが、元より捨てた命を拾ったところで何になる。

 青年はとりあえず目の前の男を捨て置いて、自分の状況に目を向けた。

 椅子に座らされ、両手は後ろ手で縛られている。

 しかもご丁寧に足も椅子の前足に縛り付けられ、文字どおり微動だにできない。

 部屋は周囲を囲む壁を埋め尽くすように何かの文様が描かれた札が貼られ、天井からも同じような文様が描かれた札がぶら下がっている。

 こういったものに関心を示す、多感な時期は一応は過ぎたと思うのだが……。

 

「あ、やっぱり気になる?」

 

 僅かに好奇心をくすぐられた事が顔に出ていたのか、男は笑いながら聞いてくるが、とりあえず無視。

 手の拘束を解こうと暴れてみるが、やはりと言うべきかびくともしない。

 はぁ……と深々と溜め息を吐いた青年は、仕方がないと言わんばかりの様子で男に視線を戻した。

「無視なんて酷いな~」と愚痴りながら椅子の背凭れに寄りかかって天井を仰いでいた男は、青年からの視線を感じたからか、口許に笑みを浮かべながら青年に目を向けた。

 もっとも目元を覆う包帯のせいでよくわからないのだが、見えてはいるのだろう。

 

「お、ようやく聞いてくれる感じ?」

 

「とりあえずは……」

 

 男の問いかけに青年が応じると、彼は「そっか」と頷きぽんと手を叩いた。

 

「それじゃ早速。君は死刑になった」

 

 男が朝の天気を教えるように告げた言葉を、青年は「そうか」の一言で、まるで他人事のように受け入れた。

 元より自分の命に価値を見出だせなくなっていた所だ。誰かの都合とはいえ、殺してくれるのならありがたい。

 訳もわからない状況とはいえ、自分が原因で家族は死んだのだ。皆は天国に行ったとしても、自分はきっと地獄に落ちる。

 死んで赦されるのなら、安いものだろう。

 

「それで、執行人はあんた?」

 

「いいや、違う。むしろ弁護士ってところ」

 

「……控訴も上告もするつもりはねぇよ」

 

「君にその気はなくとも、僕にはあるんだよね」

 

 青年のちょっとした皮肉に、男は大真面目ですと言わんばかりの声音で返し、淡々と告げた。

 

「君がいた施設にいた人物と、その近隣住民を含めた行方不明者が、確認できただけでも六十名。原因は、暴走した君の術式によるものでほぼ決まり」

 

「術式……?」

 

「あの気持ち悪い煙のこと。とりあえず、後で説明してあげるから」

 

 青年が発した疑問を切り捨て、男は椅子に体重を預け、後ろ足だけで立たせた状態で前後に揺れながら、言葉を続けた。

 

「対応に当たった呪術士(同業者)にも、少なくはない被害が出ちゃってね。上の連中が君を危険に思うのは当然っちゃ当然」

 

「……また俺のせいで、誰かが」

 

「はい、そこ。いちいち思い詰めない。今のところは死者も出てないから、安心してね」

 

「安心なんてできるかよ。ただですら……」

 

「家族を、近所の人たちを化け物に変えてしまったのに。って、言いたいんでしょ?」

 

 男の先回りした言葉に、青年は力なくこくりと頷く。

 男は問題は「そこなんだよね~」と言うと、青年の影を指差した。

 

「長い歴史において、初めて確認された呪術。これを何も調べずに葬るのはやだし、君を殺して呪術が暴走するなんてことになれば、それこそ大惨事だ。殺すわけにもいかないし、放置するわけにはいかない。何よりも──」

 

 ずいっと身体を前に出し、包帯に隠された双眸を青年に向ける。

 男がどんな瞳をしているのか、何を考えているのか、青年にとっては知るよしもないが、今の言葉からわかることがひとつだけあった。

 

「俺を死なせたくない、とか……?」

 

「その通り。若者から青春を奪う権利は誰にもないからね。どんな問題を抱えていようと」

 

 ぴっと人差し指を立てながら告げられた言葉に、青年は訳がわからないというように眉を寄せた。

 

「その青春を奪いまくった元凶に、よくそんな事言えんな」

 

「うん。何回でも言うよ」

 

 男は睨み付けてくる青年の、どろりと濁った暗い瞳を包帯越しにじっと見つめ返しながら、再び告げた。

 

「上には君の死刑を一旦保留にして、しばらく僕に預けるように言ってある。大丈夫、力の使い方は僕が手取り足取り教えてあげるから」

 

「今さら使えたところで、何になんだよ」

 

 男の言葉に、青年はぼそりと呟いた。

 もちろん聞こえていた男が何かを言おうとすると、それを制する形で青年が叫ぶ。

 

「俺には何もない!大好きだった家族を、母さんも、父さんも、全部、全部俺がぶっ壊したんだぞ!?それなのに、今さら俺に何をしろってんだ!」

 

「あいつらの夢も全部知ってる!それを応援もしてた!それを全部奪った俺に、何をさせたいんだよ!」

 

「──誰かの夢を守ってもらいたい」

 

 涙を流し、目を真っ赤に充血させながら叫んだ声に、男はいっそ冷たく思えるほどの声音で返した。

「は?」と呆れたような声を漏らす青年の反応を見ながら、男は足を組んだ。

 

「自分を赦せない気持ちはわかるよ。守ると誓った人を守れなかった辛さも、わかる。けどね、君の力があれば助けられる命もあるんだ」

 

「……」

 

 男がどこか懐かしむような声音で、けれど真っ直ぐに見つめながら放った言葉。

 青年はそれから逃れるように俯いた。

 もういない、自分が怪物にしてしまった父や兄が、落ち込んだ自分に発破をかけに来た時を思い出してしまう。

 そんな温もりが、男の言葉には込められている。

 だがそれは、今の青年にとっては強烈なまでの嫌悪感を抱くものだ。

 自らが奪ったものを、赤の他人から渡されるなど、気持ちが悪い。

 

「……一人に、してくれ」

 

 青年は目の前の男にそう告げた。

 胸の中を渦巻く吐き気を催す嫌悪感は、彼の言葉に救いを求めてしまったからか、あるいはあの日の光景が目に焼き付いているからか。

「頼む」と消え入りそうな声で呟いた言葉に男は「わかった」と頷き、立ち上がった。

 今の青年に何を言ったところで響くことはないと判断したのだろう。

 

「また来るからね」

 

 男はそう言い残して部屋を去ろうとするが、その前にと青年の方に振り向いた。

 笑みを貼り付けていた表情を真剣なものに変え、一言だけ告げる。

 

「過去の自分が許せないのなら、変わるしかないよ。よくも悪くも、人間は変わる生き物だからね」

 

「……」

 

「それに、君が死んだら誰があの施設の子達の事を思い出すの?一応調べたけど、君が長男なんでしょ?」

 

「……っ」

 

 それら言葉に僅かに肩を揺らして反応を示した青年を他所に、男は「それじゃ」と手をヒラヒラと振りながら部屋から消えた。

 何の比喩でもなく、壁に手を触れたかと思えば、最初からいないかったかのように姿を消したのだ。

 男がいた場所を見つめながら、青年は溜め息を吐いた。

 生きる意味もなく、死んでいないだけでただ生きているだけ。

 なんともふわふわとした状態に置かれた彼は、考える事を止めるようにゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

『──!──!────!』

 

 聞いたこともない声に、青年は目を開けた。

 前後左右どころではなく、上も下も黒一色で塗り潰された空間に響くのは、重い打撃音。

 弾かれるようにそちらに目を向ければ、そこにいたのは二つの人影。

 いや、二足歩行という点では確かに人型ではあるが、その輪郭はどちらも人間ではない。

 一体は全身に針を生やした、さながら針鼠のような異形の怪物。

 相対するは、右目、左腕、右足が赤、左目、右腕、左足が青の、黒一色の空間では変に目立つ色合いをした怪物。

 二色の怪物は針鼠の怪物を殴り飛ばすと、ベルトのバックル部分に取り付けらた箱に手を伸ばした。

 そこの右側に取り付けられたレバーに手をかけ、怪物が立ち上がるのも構わずにレバーを回す。

 

『──・──!────・────!!』

 

 そしてベルトから音声が流れたかと思うと、二色の戦士が左足で地面を踏みしめてその場から跳躍。

 さながら物語で語られる兎のように天高く跳んだ怪物は、器用に空中で体勢を整えると、向かってきた針鼠の怪物に対して跳び蹴りを放つ。

 その蹴りは針鼠の怪物の顔面を捉え、勢いのままに蹴り飛ばす。

 吹き飛ばされた針鼠の怪物は地面を転がり、そして立ち上がることなく爆散。

 爆発を背景に着地した二色の怪物はゆっくりと顔を巡らせ、戦闘を見ていた青年へと目を向けた。

 正面から見れば赤い左目は兎の横顔、右目はデフォルメした戦車のような形をしている。

 それぞれ兎の耳、戦車の砲身がアンテナのようになっているが、果たして意味はあるのだろうか。

 そんな下らないのとを考えていると、二色の怪物は青年に向けてゆっくりと歩き出し、ベルトのバックルに納まっていた赤と青の小さなボトルを取り外した。

 それを青年に放ると同時に怪物は消え、その場にはどうにかそれをキャッチした青年だけが残される。

 

「……夢……にしたって……変だよな……」

 

 夢だとしても訳がわからない内容に首を傾げた青年は、赤のボトルをつまみあげ、軽く振る。

 中に何か入っているのか、振る度にシャカシャカと音をたて、癖になる楽しさがある。……かもしれない。

 

「現実逃避にもほどがあるだろ……」

 

 悪夢を見ると覚悟していたのだが、見た夢はこんな下らない、と言うよりは訳もわからないもの。

 強烈なまでの現実逃避だと思っても、仕方があるまい。

 はぁと溜め息を吐いた彼はボトルを振るのを止め、どうせ夢なのだからと開き直り、中身不明のボトルの蓋を捻った。

 瞬間、ボトルから赤い光が溢れ出し、黒一色だった空間を赤く染め上げた。

 家族に抱き締められたような心地よさが全身を包み、乾いた心が僅かに潤っていく。

 同時に視界が霞んでいき、立っていられずにそのまま倒れこむ。

 

『お兄ちゃん!お兄ちゃんはすごいんだから、皆を助けるヒーローになって!』

 

 消え行く意識の中、いつかに妹や弟たちとした約束が頭に響く。

 

 ──お前を殺した俺でも、父さんや母さんを殺した俺でも……。

 

 

 

 

 

 数日後、同所。

 相変わらず謎の札に四方を囲まれ、椅子に縛り付けられている青年だが、その表情には僅かな生気が戻っていた。

 どろりと濁っていた瞳に微かだが光が戻り、顔色もいい。

 

「さて、覚悟は決まったみたいだね」

 

 そんな彼の表情を観察した男の問いかけに、青年はこくりと頷き、そして問いかけた。

 

「俺でも、誰かを守れるんだよな……?」

 

「うん」

 

 青年の真剣な表情に当てられてか、男は普段のおどけた様子を見せず、凛とした雰囲気を放ちながら応じる。

 

「誰かの役にたてるんだよな?」

 

「勿論」

 

「ヒーローってやつに、なれるのか?」

 

 そして最後に投げ掛けた、どこか子供っぽい問いかけ。

 それでも男は馬鹿にした様子を見せず、むしろ嬉しそうに口角をつり上げて満面の笑みを浮かべた。

 

「それは君次第だよ。それで、どうする?ここから出る?」

 

 男から放たれた最終確認。

 ここで否を突きつければ、青年はその望み通りに殺されることができるだろう。

 だが青年は「ああ」と肯定の言葉を放ち、男に告げた。

 

「俺は死ねない。あいつらを殺した責任から、逃げるわけにはいかなくなった」

 

「そっか。そうと決まれば行こうか」

 

 男は嬉しそうに笑いながら言うと、青年の縄を解こうと彼に近づき、手早くそれらを外していく。

「そーいえばさ」と縄を解きながら青年に声をかけ、わざとらしく耳元に顔を寄せて、「自己紹介がまだだったね」と無駄に格好をつけた声で告げた。

 耳に吐息がかかるくすぐったさと、相手が相手故に沸き起こった気色の悪さに顔を真っ青にしながら身震いした彼を他所に、男はさっさと縄を解いてしまう。

 

「それじゃあ、改めまして」

 

 そして青年の前に戻ってきた男は、自分の身体を見せびらかすように両腕を広げると、右手を差し出した。

 

「僕は五条悟。これから君の先生になるから、よろしくね」

 

桐生貴丈(きりゅうあつひろ)。これから世話になる」

 

 青年──桐生貴丈は、謎の男──五条悟の手を握り返し、固い握手を交わした。

 ひどく今さらに思える自己紹介を終えると、五条悟は可笑しそうに笑いだし、桐生貴丈に言う。

 

「今さらだけど、無愛想だよね~」

 

「ほっとけ」

 

 突然ディスるような事を言われた彼は、半ば反射的に乱暴な言葉を返し、五条悟の手を離した。

「いいだろ、別に~」と肩を組んでくる五条悟を鬱陶しく思いながら、桐生貴丈は溜め息を吐く。

 今までの会話でわかってはいたのだが、信用しようと思っていた男が、どこか残念だと言うのはやはり……。

 

「最悪だ……」

 

 今後口癖になるであろう言葉が、彼の口から漏れたのだった。

 

 

 




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