『オォォオオオオオ!!』
『キシャアアアア!!』
「ウォオオオオオオオ!!!」
ドラゴンスマッシュ、スパイダースマッシュ、貴丈は咆哮と共に相手に向けて真っ直ぐに突撃し、一人と二体がぶつかり合う瞬間、貴丈は走るフォームをそのままに左足に呪力を集中させた。
僅かに左足に体重を乗せ、重心を傾けて力を溜める。
一見無駄に思えるその動作も、今の彼には大きな意味を持つものとなる。
左足首に巻き付くバネ──ホップスプリンガーが彼の溜めに合わせて縮み、前に踏み出さんとした瞬間、凄まじい力で彼の身体を押し出した。
ドラゴンスマッシュとスパイダースマッシュ、そして壁に磔にされている真希からすれば、彼が一瞬消えたようにも見えただろう。
「ウォラァ!!」
だが、彼の雄叫びだけは全員の耳に届いていた。
押し出された勢いのままに、スパイダースマッシュの顔面に跳び膝蹴りを打ち込み、無防備にそれを直撃したスパイダースマッシュは汚い悲鳴をあげながら吹き飛ばされる。
『ウゥ!?ォオオオオ!!』
顔を押さえながらごろごろと地面を転がるスパイダースマッシュを救わんとドラゴンスマッシュが慌てて反転するが、そこには既に左手拳に呪力を込め、まさに放たんとしている貴丈の姿があった。
ドラゴンスマッシュは素早く腕を交差させ、彼の拳を真正面から受ける体勢となるが、貴丈はお構いなしに拳を放った。
直後、金属がへしゃげる音にも似た異音が辺りに響き渡り、ドラゴンスマッシュの身体が宙を待った。
だが外見上は大きなダメージがある様子はなく、事実ドラゴンスマッシュは何事もなく着地を決めるが、
『ウッ、ゥゥ……!!』
ビリビリと痺れる両腕に目を向け、低く唸った。
真希の呪具による斬撃とは違う。身体の芯にまで響き、気を抜けば内側から壊されかねないほどの衝撃が襲ってきたのだ。
ドラゴンスマッシュは追撃を警戒した瞬間、貴丈は既に目の前にいた。
反射的に防御を固めたドラゴンスマッシュの肩の装甲を右手で掴み、防御の上から左拳の乱打を打ち込んでいく。
拳が叩き込まれる度にガキャン!ガキャン!と金属を砕く異音が響き渡り、ドラゴンスマッシュの腕部装甲にもヒビができ、広がっていく。
『オオオオ!!』
それ以上の被弾は危険と察したドラゴンスマッシュは、貴丈が拳を引いた瞬間に見計らって反撃の拳を放つが、それは彼の左腕で受け止められ、びくともしない。
貴丈の頭部右半分、左腕、右足を包み込むタンクハーフボディ。
高い防御力と、その硬さが生み出す凶悪なまでの攻撃力が特徴ではあるが、ドラゴンスマッシュはまだ気付いていない。
──真に凶悪なのは右足を包み込むキャタピラ状の装甲。タンクローラーシューズなのだ。
『グルォオオ!!』
ドラゴンスマッシュは打ち込んだ拳を押し込まんと力を込めるが、貴丈は身体を回転させてそれを受け流し、前のめりに体勢を崩したドラゴンスマッシュの胸部に右足を押しつけた。
その瞬間、タンクローラーシューズが起動。キャタピラが高速回転を始め、ガリガリと音を立ててドラゴンスマッシュの胸部装甲を削り取っていく。
「ウ!?ゥゥウウウウ!?』
大量の火花を散らしながら装甲が削られ、キャタピラが肉体にまで届きそうになると、ドラゴンスマッシュは慌てて彼の足を払うが、
「ラァ!!」
装甲を削り、防御力がだいぶ下がった胸部に左拳を叩き込んだ。
今度は金属がへしゃげる音とは違う、内臓が潰れる湿った音がこぼれ、吹き飛ばされたドラゴンスマッシュが吐血しながら地面を転がった。
貴丈はその隙に左足に力を入れて軸にしつつ、タンクローラーシューズを起動して高速で反転。
『キシャア!!』
動きを止めたその隙に復活したスパイダースマッシュは彼を捉えようと口から糸を吐き出すが、今回も貴丈の方が速い。
赤い残像を残すほどの速度でその場から飛び出した彼は、空中で身を捩って糸を避け、スパイダースマッシュの腹に右足拳を叩きつけた。
ドゴン!と重々しい音と共にスパイダースマッシュは身体をくの字に曲げ、口から糸の代わりに血を吐き出すが、今の貴丈に慈悲の二文字はない。
蜘蛛を模した頭部の足を掴んで無理やり顔を上げさせ、顔面に拳を打ち付ける。
衝撃で数歩分後ろに下がったスパイダースマッシュは、すぐさま反撃に打って出ようと糸を吐き出すが、貴丈はその場にしゃがんでそれを避け、右足のタンクローラーシューズを起動。しゃがんだ姿勢のまま一気に肉薄。
立ち上がり様の左アッパーカットでスパイダースマッシュの顎を打ちあげ、無防備になった胴体に赤い残像を残す高速の右ブローを叩き込んだ。
先ほどのほどまでの左手を使った打撃に比べれば、右手の打撃は軽いものだが、それでもその速度は相手からすれば十分な脅威だ。
何となくだがそれを理解した貴丈はふーっと深く息を吐くとすぐさま作戦を組み立て、即実行に移す。
『シャッ!』
それを知るよしもないスパイダースマッシュは、蜘蛛の足を思わせる両手の爪を立て貴丈に襲いかかるが、後に動く筈の彼の方が速い。
ラビットハーフボディの効果が反映される右腕、左足に集中的に呪力を乗せると、それぞれの部位が赤く光り始めた。
純粋な速度の強化がラビットハーフボディの効果ではあるが、何もそれだけがラビットフルボトルの力ではない。
人の身体を容易く貫くであろう爪が眼前に迫る中、その力が発揮された。
瞬き一度にも満たない刹那の時間、赤く光った右腕と左足が閃き、右腕の一閃がスパイダースマッシュの両手の爪を砕き、残像を残さず、地に影も落とさない神速の蹴りがスパイダースマッシュの腹部に打ち込まれた。
『〜〜!?!』
スパイダースマッシュは声にもならない悲鳴をあげ、口から血を吐き出すが、それが地面に落ちるよりも前にさらに追撃の右ストレート。
顔面を打ち据えられ、蜘蛛を模した頭部を歪に歪ませながら仰け反ったところに、さらに追撃の上段回し蹴り。
速さとは、それすなわち重さとは、誰が言った言葉だっただろうか。
ラビットハーフボディの力──数秒限定の超加速による連撃は、文字通り容易くスパイダースマッシュの身体を破壊し致命傷を与えた。
だが
生半可な攻撃程度で祓われるほど、柔ではないのだ。
『キシャ……ッ!!』
爪を砕かれ、頭が潰れたおかげで上手く糸も吐けなくなっても尚、スパイダースマッシュは貴丈を殺さんと力を振り絞り、彼に飛びかかった。
貴丈は残酷なほど冷静に左足に呪力を集めてホップスプリンガーを縮ませると、スパイダースマッシュの動きに合わせてそれを弾けさせた。
身体が跳ね上がるほどの衝撃に任せて蹴りを放てば、左足は一瞬で残像も残さない程の速度に達する。
それは寸分の狂いなくスパイダースマッシュの鳩尾に突き刺さり、骨を砕き、内臓を破壊する異音が辺りに響き、そういったものに慣れている筈の真希ですら表情を歪ませたほど。
『──っ』
スパイダースマッシュは貴丈の爪先がめり込んだ鳩尾に目を向け、彼の足を掴まんと手を伸ばすが、彼はさっさと足を抜いてしまう。
『……にぃ……ちゃ……ん……』
膝から崩れ落ちながら幼い男の子の声で貴丈のことを呼ぶが、彼は小さく俯くだけで何も声をかけなかった。
だがスパイダースマッシュの前で片膝をついて座ると、優しく彼を抱き締めた。
スパイダースマッシュはそんな兄を抱き締め返そうと手を動かすが、それよりも早く力尽きてしまい、身体が朽ちるように塵に変わってしまう。
その塵は吸い込まれるように貴丈の影の中に消えていき、同時に彼が纏う呪力が膨れ上がった。
焔が貴丈にしようとしたように、
一瞬で彼が放つ
己が背負うと決めた罪の重さを、家族を救えぬ己への恨みを、そして友を守らんとする意志を全て呪力に変換し、全身から呪力を漲らせながら兎と戦車の複眼越しにドラゴンスマッシュを睨みつける。
『ゥウ……!オオオオオオ!!』
対するドラゴンスマッシュは彼に対抗せんと全身に蒼い炎を纏い、雄叫びをあげた。
だが貴丈は静かなもので、無言のまま深呼吸をするのみ。
それでも纏う雰囲気が変わらず、むしろ研ぎ澄まされていくのだから、ドラゴンスマッシュも負けじと燃えてしていくばかり。
蒼い炎が強まっていくが、代償に己の肉体を薪にでもしているのか、生物の焼ける嫌な臭いが貴丈と真希の鼻につく。
それでも炎の勢いは止まることを知らず、その強さに比例して大きくなっていく呪力量は、間もなく貴丈の呪力を超えてしまうだろう。
だが貴丈は怯まない。彼はじっとドラゴンスマッシュを見据えながら、右手をベルトのレバーに置いた。
左手でバックルを支えながらベルトのレバーを回転させると、それに合わせてツインフルボトルスロットに填められたラビットフルボトルとタンクフルボトルから膨大な呪力が抽出される。
『《レディー・ゴー!!ボルテック・フィニッシュ!!!》』
『ウゥ……ッ!』
貴丈はゆっくりと息を吐きながら左足をあげつつ重心を落とし、ドラゴンスマッシュは唸りながら両腕を大きく広げ、深く重心を落とした。
貴丈の複眼がそれぞれ赤と青の輝きを放つのとほぼ同時、ドラゴンスマッシュの背後に蒼い炎に焼かれる骨の龍が現れ、威嚇するように吼えた。
貴丈は何も語らず、吼えることもなく、臆することもなく、ただ静かに相手を見据えた。
一見すれば龍を背に燃え盛る異形と、二色に輝く戦士が睨み合うという、知らぬ者が見れば間違いなく困惑する状況だが、生憎と二人の戦いに横槍を入れる者は誰もいない。
二人は同時にその場を跳躍。ホップスプリンガーのおかげか貴丈の方が遥かに高く跳んだが、ドラゴンスマッシュとてそうなるのは読めていたのだろう。
貴丈は空中で身体を丸めて回転して更に勢いをつけると、右足を突き出しながらドラゴンスマッシュに向けて突貫。
対するドラゴンスマッシュは左足を貴丈に向けて突き出すと、背後に控えていた骨の龍が蒼い炎を吐き出し、彼の背を押した。
骨まで溶かすほどの高熱に晒され、炎を浴びせられた背中は焼き爛れていくが、目の前の敵を滅さんとする威風が揺れることはない。
歪に歪んだ龍を模した複眼が映すのは迫り来る貴丈の姿。
『グルゥオオオオオ!!』
「ハァァアアアアア!!」
蒼い炎に包まれたドラゴンスマッシュと、赤と青の呪力を纏う貴丈。
二人の咆哮が空に響き渡り、直後、二人の跳び蹴りがそれぞれ相手が突き出した足を捉えた。
二人が衝突した瞬間に大爆発が起こり、空間が歪むほどの衝撃が辺りを駆け抜け、壁に磔にされている都合上、逃げるに逃げられない真希はそれを直に喰らうことになるのだが、
「──っ!!」
友の勝利を信じる彼女は、顔を背けることなく二人が衝突した場所を睨みつけた。
そして爆煙の中から降りてくるのは、やはり二つの人影。
お互いに距離を取ったまま背を向け合う形で着地を決めた貴丈とドラゴンスマッシュ。
ドラゴンスマッシュは勝鬨をあげるように吼えながら立ち上がると、背後の貴丈は堪らずに片膝をついた。
はぁ……はぁ……と見るからに辛そうな呼吸を繰り返し、肩も大きく上下しているが、変身が解除されていないのは彼の戦意が切れていない証拠だろうか。
『ウォオオオオ!!』
それでも、ドラゴンスマッシュの方が余裕があることに変わりはない。
彼は先の競り合いに勝った勢いのまま、貴丈にトドメを刺さんと右拳に蒼い炎を纏わせ、それで彼を殴り殺さんと駆け出すが。
踏み出した左足からバチバチと音を立てて大量の火花が散り、前につんのめるようにして転倒。
彼は慌てて左足に目を向けるが、そこには少しずつ塵になり、形を失っていく自分の足があった。
もし彼が人間のままであればぎょっと目を見開き、困惑のままに悲鳴をあげていたかもしれないが、生憎と
彼は拳を地面に叩きつけて腕をめり込ませると、自分の真下で蒼い炎を爆発させた。
爆発の勢いに押されて宙を舞い、今度は空中で蒼い炎を爆破。
さながらミサイルか隕石のように蒼い尾を引きながら貴丈に向けて肉薄。
自分の存在もろとも彼を滅さんとするが、振り向いた貴丈はそれを見上げながら再びベルトのレバーを回転させた。
『《レディー・ゴー!!ボルテック・フィニッシュ!!!》』
ラビットフルボトルとタンクフルボトルから呪力が抽出され、複眼が赤いと青それぞれの輝きを放ち、今度は足でなく左腕にありったけの呪力を流していく。
──いや、違う。
それではドラゴンスマッシュを
それでは真希を守れない。乙骨を助太刀にも行けない。
家族からの
『グルゥオオオオオ!!!!!』
猛り、吼えるドラゴンスマッシュは蒼い隕石となって貴丈に向けて突撃。
貴丈は左拳を引き、深呼吸を一度。
彼が燃える臭いも、ぶり返してきた全身の痛みも感じぬ程に、彼は次の一撃に没入していく。
蒼い炎が揺れる轟音も、ドラゴンスマッシュの咆哮も、真希が彼の名を呼ぶ声も、今の貴丈には聞こえていない。
そしてドラゴンスマッシュと衝突する直前、彼は仮面の下でカッと目を見開き、雄叫びと共に拳を打ち出した。
「──ゥオラアアアア!!!!」
ドラゴンスマッシュと拳が激突した瞬間、爆ぜる100万分の1の火花。
ドラゴンスマッシュが纏う蒼い炎を黒き閃光が食い破り、2.5乗にまで跳ね上がったタンクハーフボディの一撃が、彼の肉体に深々と打ち込まれ、勢いのままに貫通した。
『グォ……ッ!ォォォォ──……』
ドラゴンスマッシュは大量の血を吐き出し、自分の身体を貫く貴丈の腕と、そこを中心に身体中に広がっていくヒビに目を向けた。
貴丈はじっとドラゴンスマッシュを見つめ、彼の肩に手を置いて腕を抜こうと踏ん張るが、不意にドラゴンスマッシュが貴丈の腕を掴んだ。
『あつ……ひ……ろ……』
「……っ」
今までの幼さを残す声とは違う、大人びた声で彼の名を呼んだ。
その声に聞き覚えがあり、何より最も聞きたくなかったその声に貴丈は仮面の下で目を見開き、ぽつりと呟く。
「……父さん?」
彼の問いかけにドラゴンスマッシュは返さないが、ヒビ割れ、今にも崩れてしまいそうな手で彼の頬を撫でた。
落ち込んだ自分を励ます時にしてくれたそれは、ドラゴンスマッシュが彼の父であることを言葉もなく教えてくれる。
貴丈は父の手に自分の手を重ねると、「ごめん」と小さく呟いた。
僅かに声を振るわせ、涙を堪えようと力んでいるのか、喉の奥から絞り出すみっともない声ではあったけれど、その声は確かに父に届いたようだ。
彼が小さく頷くと、貴丈は告げた。
「──さようなら、父さん」
その言葉と共に父の腹を貫いた左腕を引き抜くと、支えを失った父は膝から崩れ落ち、爆発。
貴丈はどす黒い爆煙に包まれるが、その煙は瞬く間に彼の影に吸い込まれていき、貴丈から溢れる呪力量が大きくなる。
呪力量だけで見れば並の術師数十人分にまで及ぶだろうが、その呪力の元は今まで殺してきた
家族の屍の上に今の強さがあるとしても、貴丈は後悔はすれどもう迷うことはないのだろう。
──もう、覚悟は決めたのだから。
彼は父の血に塗れた自分の左腕を見つめ、グッと握りしめた。
父の肉体を貫いた感覚は消えず、父殺しの事実を突きつけてくるが、彼は頭を振って無理やり思考を切り替えた。
そして相変わらず壁に磔にされたままの真希に目を向け、いい加減助けてやらねばとそちらに歩を進めると、
「《動くな!!》」
どこからともなく放たれた言葉に、貴丈の身体は突然石になったかのように動かなくなった。
仮面の下で困惑していると、今度は横合いから放たれた拳が米神を捉えた。
「よいしょおお!!」
そしてとても聞き覚えのある声の気合い一閃と共に拳が振り抜かれ、貴丈の身体が殴り飛ばされる。
ごろごりと地面を転がっていく彼を他所に、彼を殴り飛ばした張本人──パンダが拳を構えながら、隣に着地した狗巻に声をかける。
「棘、大丈夫か!?」
「げほっ……!げほっ……!しゃ、しゃけ」
パンダの言葉に狗巻は血の混ざった咳をしながら頷き、貴丈を睨みつける。
先ほど貴丈の動きを止めた言葉。それこそが狗巻の扱う呪術──呪言であり、相手に言霊を浴びせることでその通りの動作や状態にするという術式だ。
「動くな」と言えば動きが止まり、「眠れ」と言えば眠りに落ちる。
単純にして強力な術式である反面、相手との力量差によっては呪言が跳ね返ってきたり、狗巻の喉が潰れるという事態にもなるが、今回は辛うじてだが無事なようではある。
二人に庇われる形になった真希は二人の背を見つめ、やっちまったと言わんばかりにため息混じりに天を仰いだ。
そんな彼女の様子にも気づかず、パンダは糸を剥がそうと躍起になりながら彼女に問うた。
「真希、無事だな!憂太と貴丈はどこ行った!?」
「憂太は知らん。だが、貴丈ならそこにいるぞ」
彼女はパンダが糸を剥がしたおかげで空いた手を、地面に転がる二色の戦士──つまり貴丈に向けた。
直後パンダは「え?」と声を漏らし、狗巻は「高菜?」と額に冷や汗を流し、壊れた人形のようにギギギと音を立てながら振り向いた。
「──いってぇな、クソ!いきなり何しやがんだよ!?」
パンダの拳は見事にクリーンヒットした筈だが、当の貴丈は勢いよく立ち上がり、殴られた米神を押さえながら二人に詰め寄った。
「俺、今の今まで結構頑張ってたんだぞ?!なのに、いきなり殴りやがって……っ!」
仮面を被っているおかげで表情こそわからないが、その声音からしてかなり怒っているのは確かなようだ。
パンダと狗巻は青くなった顔色をそのままに顔を見合わせると、「だって」とパンダが口を開いた。
「悟に言われるがままこっちに戻されて、『帳』破ったら見たことない奴が真希に詰め寄ってたんだぞ?敵だと思うだろ?てか、なんだその格好」
「……色々あったんだよ。たぶん、俺の術式関係だ」
パンダの問いかけに貴丈は数瞬考えてから答え、真希とパンダ、狗巻を一瞥すると、おもむろに真希を拘束している糸を掴み、力任せに引きちぎった。
支えるものがなくなった彼女はもちろん落下するわけだが、貴丈が素早く抱き止めたことで地面との口づけは回避された。
「とりあえず、俺は乙骨を探しにいく。焔は──」
詳しい説明を後回しにした──といっても彼自身上手く説明できない──彼は乙骨の助太刀に向かわんとするが、先ほど殴り飛ばしたフェニックススマッシュの姿が脳裏をよぎった。
ある程度の近さであれば、彼らが呪術高専に侵入してきた時のように視覚が共有される筈だが、今はそれもない。
既に『帳』から脱出したのか、あるいは視覚が共有されないギリギリの場所にいるのか、それは定かではない。
どちらにせよ、近くにいないのは確かなようだ。
言葉を区切り、突然黙り込んだ彼の肩を叩き、狗巻が「めんたいこ」と言いながらサムズアップ。
パンダもうんうんと頷きながら「任せとけ」と親指を立て、何かを受け止めるように両腕を広げた。
二人の意図を察した貴丈は仮面の下で僅かに口角を吊り上げて笑みを浮かべると、そのままパンダに向けて真希を突き飛ばした。
「うお!?」
「はい、キャッチ。こっちは任せとけ」
パンダは彼女をしっかりと受け止めると、貴丈の背を押すようにそう告げた。
狗巻とパンダ。確かにこの二人ならば、余程の相手でなければ遅れをとることもないだろう。
乙骨もそうではあるが、生憎と彼を狙っているのは怪物クラスの特級呪詛師、夏油傑なのだ。
助太刀に行っても足手纏いになる可能性もあるが、今の自分なら大丈夫だろうと不安に思う自分をさっさと切り捨てる。
そしてこの状況で言うべきは、弱音でも強がりでもない、たったの一言。
「──任せた」
二人を信じ、彼女を任せる。
別に自分と彼女の間に他とは違う何かは別にないのだが、負傷した友人を任せられるのは、現状パンダと狗巻しかいない。
なのに二人はニヤニヤと楽しそうに笑い、「任せとけ!」「めんたいこ!」と自信満々に応じてくるのだから、調子が狂ってしまう。
「ああ、クソ。頼んだぞ!」
そんな気持ち悪さを覚えながら、貴丈は改めて二人にそう告げて、さっさとその場を離れることに決めた。
ラビットハーフボディの効果を最大限生かし、静止状態から瞬く間に最高速度に達した彼は、そのままホップスプリンガーの力に物を言わせて大跳躍。
数秒足らずで視界から消えた貴丈の背を見送った三人は顔を見合わせると、これから始まるであろう戦闘に巻き込まれないよう、その場を離れることを決めた。
直後、遠くから里香の咆哮が辺りに響く。咆哮の主である里香と里香を操る乙骨の下に大量の呪霊が里香に挑むように飛び掛かっていく。
そんなまさに地獄絵図ともいえる場所に自ら飛び込んでいく酔狂な者など、世界広しといえどただ一人。
友の危機を救うため、友の未来を救うため、ヒーローは地獄に身を投げる。
覚悟は既にできている。後はそれを貫き通すのみだ。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。