ビルド廻戦   作:EGO

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14.

 僅かに時間を巻き戻し、貴丈と真希がフェニックススマッシュ、ドラゴンスマッシュ、スパイダースマッシュとの戦闘が始まった頃。

 

「二人とも、大丈夫かな……?」

 

 貴丈の指示で離脱を言い渡された乙骨は、一人廊下を駆けていた。

『帳』を降ろされた以上、学校の敷地からの脱出も困難ではあるが、呪術高専の敷地は広大だ。

 その一角が『帳」によって切り取られたとはいえ、未だにそれなりに広い。逃げ回るだけなら何の問題もない。

 

 ──けど、逃げてるのは僕だけ……。

 

 本来なら三人で固まって動くべきなのだろうが、今は見ての通り乙骨一人。

 

『夏油の「呪霊操術」とかいうので里香が奪われてみろ、詰みだぞ……っ!』

 

 この状況に焦ったのか、半ば怒鳴るような声音で貴丈から告げられた言葉が脳裏を過り、乙骨は左手薬指に嵌められた里香との婚約指輪を撫でた。

 確かに里香が奪われれば最後、この一帯が更地になるばかりではなく、新宿や京都で戦っている呪術師にも甚大な被害が出てしまうだろう。

 それは嫌でも理解している。自分がすべきことは、戦うことではなく逃げることなのは、重々承知だ。

 このまま五条が戻るまで逃げおおせるか、あるいは見つかる覚悟で『帳』を破るという選択肢もあるが、やはり二人が心配なのか、思いに反して足が進まない。

 いつもならすぐに通り過ぎる廊下が無限に続いているような錯覚さえ覚え、彼は思わず足を止めた。

 無駄に乱れる呼吸を落ち着けようと胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、息が整うと共に走り出そうとするが、

 

「──おや、こんな所にいたのかい。まったく、探したよ」

 

 そんな彼の耳に、最も聞きたくなかった声が届いた。

 その声により呼吸が止まり、ゆっくりと目を見開いた乙骨は、額に脂汗を滲ませながら声の主の方へと顔を向けた。

 

「やあ、乙骨くん。久しぶりだね」

 

 そこには開いていた窓越しに、和やかな笑みを浮かべる夏油がいた。

 エイのような呪術の背で胡座をかき、一緒に乗るかい?と言わんばかりに片手で空いたスペースを示している。

 急速に口の中の水分が失われ、手が震え、あらぬ不安が脳裏を過ぎる。

 

「ふ、二人は、どうしたんですか……?」

 

 そして聞いては駄目だとわかっていながら、震える声でそう問うた。

 問われた夏油は浮かべた笑みをそのままに答えようとすると、突然の爆発音と振動が『帳』内に響き渡る。

 

「な、なに……?!」

 

 遠くから聞こえる断続的に続く爆発音と微細な振動に驚く乙骨を他所に、すぐに発生源を察した夏油は「まあ、この通り、戦闘中だよ」と呟いて頬杖をついた。

 

「桐生くんは大丈夫だろうけど、あの落ちこぼれの方は駄目だろうね。呪力なしの猿じゃ、焔の攻撃を受けようがない」

 

 ──もうすぐ死ぬね。

 

 夏油はどこか楽しそうに笑いながら、困惑する乙骨に向けて告げた。

 彼からすれば貴丈との対話の可能性が限りなく低くなってしまったが、ともかく消えるべき猿が一匹減るのだから喜ぶべきことだろう。

 ご機嫌な夏油に対して、乙骨は無表情だった。

 今まさに自分の友人が殺されようとしていて、目の前の男はそれを望み、むしろ喜んでいてさえする。

 彼の雰囲気が変わったことを感じた夏油は表情を引き締め、呪霊の背で立ち上がった。

 

「さて、乙骨くん。残念ながら、これが最後の勧誘になるね」

 

 前回は話の途中で割り込んだ貴丈との戦闘が始まったおかげで、肝心の乙骨の返答を聞いていない。万が一にも呪い(殺し)合わずに事が済むのなら、喜ぶべきことだ。

 そんな上っ面の思慮を早々に捨てた夏油からすれば、その問いかけは形だけのものだった。

 ゆっくりとだが乙骨を取り巻く呪力が膨れ上がっていくのを肌で感じる。

 

「私と共に来る気は?」

 

 それでも念のために問うと、乙骨は背に回していた日本刀を抜き払い、鞘を投げ捨てた。

 そして血走り、興奮により限界まで見開かれた目を夏油に向け、純然たる思いを彼にぶつけた。

 

 

「──ブッ殺してやる……っ!」

 

 

 彼が初めて抱いたであろう、純粋なまでの殺意。

 それは膨大なまでの呪力に変わり、溢れ出した呪力に押されて辺りの窓がガタガタと音を立てて揺れ、ヒビが入り始める。

 

 

「来い!!!!里香!!!!」

 

 

 目の前の敵を排除し、一刻も早く二人の元に向かうため、乙骨は貴丈から禁止されていた里香の名を呼ぶ。

 そして彼女が、愛する彼の声に応じない道理はない。

 

『ゆぅだぁああ"ああ"ああああ"ああ"ああ!!!!』

 

 里香もまた彼の名を叫びながら彼の影から飛び出すように顕現し、勢いのままに校舎を破壊していく。

 無貌の頭部に、肉食獣のそれによりも更に鋭い牙、人体を容易く引き裂く両手の指からは鋭い爪。

 触れた者を全て傷つけると言っても過言ではないその姿を背に、乙骨は夏油を睨みつけた。

 それに合わせて里香もまた瞳のない顔で夏油を睨み、低い唸り声をあげる。

 そんな二人を見つめ返した夏油は残念そうに溜め息を吐いた。

 

「それが解答か。なら、仕方ない」

 

 そして手元から大量の呪霊を呼び出すと、乙骨に向けて告げる。

 

「──君を殺す」

 

 同志になりえる可能性は潰え、残されたのは互いに呪い合う道のみ。

 ならば躊躇うことはない。全力をもって、乙骨を呪い殺す。

 もう遠い過去のように思えるあの日に、五条と道を違え、呪詛師となったあの日に、覚悟は決めたのだから。

 

 

 

 

 

 特級過呪怨霊──里香。

 いまだ謎の多い彼女を相手に、夏油が取った一つ目の策は物量に物を言わせた様子見であった。

 彼が持つ大量の低級の呪霊をけしかけ、彼女と、彼女を従える乙骨の出方を伺わんとしたのだが、次の瞬間にはその行動が無意味だと叩きつけられた。

 

「里香、アレをやる」

 

 群がる呪霊を片っ端から切り伏せた乙骨が、今しがた呪霊を握り潰した里香の元に滑り込むと、刀を地面に突き立てて右手を差し出した。

 里香もまた彼の手に自分の右手を翳し、『蛇の目』と『牙』の印が描かれたメガホンを手渡した。

 

「狗巻家の呪印!」

 

 メガホンに描かれているのは、乙骨の友人でもある狗巻棘の口元にも描かれた紋様と同じもの。

 長年呪詛に関わる夏油がそれを知らない筈もなく、更に呪霊を放って警戒を強めた瞬間、乙骨は大きく息を吸い込み、そして、

 

「──《死ね》」

 

 たった一言、そう告げた。

 その瞬間、彼に迫っていた呪霊が一斉に爆散。辺りにその残骸が降り注ぐ。

 それはまさに狗巻棘の術式と同様の『呪言』。言霊によって相手を呪う術式ではあるが、本来なら相手を即死させるような強力な言葉を使えば、放った本人にも危険が及ぶのだが……。

 

「やっぱり難しいや」

 

 乙骨はそれを感じさせない淡々とした声音でそう言うと、身代わりだと言わんばかりにメガホンが崩れていった。

 対する夏油は降り注ぐ呪霊の残骸を手で払いながら、興奮を隠しきれずに「素晴らしい」とぼそりと呟く。

 同時に里香の正体をただの呪霊ではなく、本来なら不可能な術式のコピーまで可能な、それこそ無尽蔵の呪力の塊であると仮説を立てた。

 

「益々欲しいね」

 

 故に里香を何がなんでも奪うと決め、同時に生半可な呪霊では相手にならないと判断を下した。

 下手に呪霊を放てば先程のように誰かの術式のコピーか、里香と乙骨のコンビネーションで瞬殺されるのが関の山だ。

 里香を手に入れる為ならその程度の損失は安いと見るべきだろうが、かと言ってここで戦力を使いすぎても次に控えている相手──十中八九五条だが──のことを考えれば、温存しておきたいのも本音ではある。

 

 ──さて、どうするか。

 

 そんな自問をするが、答えは既に決まっている。

 ある種部の悪い賭けではあるが、まだ乙骨が呪術師となって一年未満という、術式だけではどうにもならない部分──経験の差というのを生かす他ない。

 だが下手に戦力を減らせない以上、直に叩く他ない。

 夏油は人の顔をした芋虫のような呪霊を出現させ、顔が肩に乗るようにそれを自分の身体に巻きつけた。

 

「っ!」

 

 今までのただ突っ込んでくる呪霊とは違う動きを見せたことで、乙骨は素早く刀を地面から抜いて構えた。

 深く息を吐き、里香と共に相手の動きに警戒を強めるが、二人の意に反して人面芋虫は特に動きを見せず、代わりに口から何か棒のような物を吐き出した。

 それを掴んだ夏油が力任せに引っ張り出せば、それが鎖によって三つに連なった棍──いわゆる三節棍であることがわかる。

 乙骨はあまり見ない武器に僅かに驚きを露わにするが、それが纏う濃密な呪力に警戒を強めた。

 括りとしては真希が扱っている呪具と同じなのだろうが、おそらく呪具の中でも高い等級を持つ物。

 あれで直接殴ってくるつもりだろうことは、見ればわかる。

 そして、乙骨の読みは全て正解であった。

 夏油が装備したのは呪具──その中でも指折りの攻撃力を誇る特級呪具、『游雲』だ。

 だが、それがなんだと言うのだ。

 

「受けて立つ」

 

 乙骨は迫力のある言葉でそう告げると、ちらりと里香に視線を向けた。

 当の里香は彼の意を汲んでか小さく頷き返し、夏油を睨みつけた。

 まさに以心伝心。彼女と確かに繋がっていることを改めて体感した乙骨は微笑むと、二人揃って夏油に向けて突貫せんと構えた瞬間、自分たちの頭上を飛び越えていく影を視界の端に捉えた。

 夏油もそれに気付いたのか、何事だと見上げた瞬間、その人影はベルトのバックルに取り付けられたレバーに手をかけ、高速で回転させた。

 

『《レディー・ゴー!!ボルテック・フィニッシュ!!!》』

 

 その瞬間、張り詰めた場の雰囲気には似合わない陽気な音声が辺りに響き、音声こそ違えど聞き覚えのあるそれに乙骨は安堵。

 その人影──鎧の戦士へと変身した貴丈は空中で回転して体勢を整えると、

 

「見つけたぞ、夏油!!!!」

 

 強烈な怒気が込められた叫びと共に、落下の勢いを乗せた夏油に向けて飛び蹴りを放った。

 対する夏油は貴丈の姿に僅かに困惑しつつ、彼の到着──つまり、焔たちの敗北を理解して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると游雲を振り被り、右足を突き出して突っ込んでくる貴丈に向けて叩きつけた。

 一見すれば無造作に振るっただけのようにも見えるが、相手は特級呪具。

 激突の瞬間にそれぞれの呪力が真正面からぶつかり合い、空間が歪むほどの衝撃が辺りの物を吹き飛ばした。

 

「っ……!ぅおおおおおおお!!!」

 

 ドラゴンスマッシュの蹴りにも劣らないパワーに貴丈は押し返されそうになるが、雄叫びと共に右足に更なる呪力を送り込む。

 同時にタンクローラーシューズが起動し、足裏のキャタピラが動き出した。

 甲高いモーター音を轟かせ、動き出したキャタピラが游雲が纏う呪力と本体の表面を削り、辺りに木片が飛び散っていく。

 夏油は舌打ちすると足元から大型の蛇の思わせる呪霊を呼び出し、貴丈を下からかちあげた。

 

「うお?!」

 

 蹴りに全神経を注いでいた貴丈にそれを避けることはできず、彼は打ち上げれるがまま宙を舞うことになった。

 蛇の呪霊はそのまま大口を開け、そのまま彼を一口で呑みこんでしまう。

 

「その声…桐生くん!?」

 

 そんな彼を助けようと乙骨と里香が動き出さんとした瞬間、蛇の腹から大量の白い針が飛び出し、濁った血とそれに塗れた臓物が辺りにぶち撒けられた。

 そしてその臓物に紛れて貴丈が飛び出してきた瞬間、ベルトが陽気な音を響かせた。

 

『《ハリネズミ!タンク!!》』

 

 そして着地を決めた彼は、先程とは姿が変わっていた。

 左手、右腕、左足が赤を基調としていたラビットハーフボディから、白を基調としたハリネズミハーフボディに変わり、右拳は剣山を思わせるナックルパーツ──BLDスパインナックルに包まれている。

 ふーっと深く息を吐いた彼はちらりと乙骨に目を向け、左手でサムズアップ。

 

「真希は無事だ。今はパンダと棘と一緒にいる」

 

「そっか、よかった……」

 

 彼の言葉に乙骨は胸を撫で下ろすと、乙骨に心配される真希に嫉妬したのか里香が不満そうに唸っていた。

 そんな彼女を宥めるように乙骨が彼女を頰を撫でると、ケタケタと嬉しそうに笑い始める。

 彼女の機嫌が良くなったからか微笑む乙骨は、貴丈の姿を爪先から頭までをじっくり見てから問うた。

 

「それで、その格好は?」

 

「悪いけど、説明してる暇はない。今は夏油をどうにかしねぇと」

 

 だが貴丈は申し訳なさそうな声音でそれを切り捨て、夏油を睨みつけながらそう告げた。

 説明しようにも自分でもこの姿に関してはよくはわかっていないのだから、今は目の前の敵を排除するのが最優先だ。

 貴丈がそう言っている横では、

 そんな二人と一体を警戒するように細めた瞳で見つめた夏油は、一気に悪化した状況に内心焦りを感じていた。

 乙骨とのタイマンでも不安要素が多いというのに、そこに貴丈という特大の爆弾が、前情報なしの謎の鎧を纏った状態で来てしまうのは想定外だ。

 

「ふふ。いいね、二人とも。呪力が体に満ち満ちている」

 

 だがそれを感じさせない不敵な笑みと共にそう呟くと、じっと貴丈を見つめて彼の鎧を分析を開始した。あ

 焔と同じスマッシュになった可能性とあるが、彼女とは違い無機質で、何よりボトルを二本使っている。

 単純に出力二倍──ではないだろう。その程度なら、先の游雲との激闘で押し合える訳がない。

 ボトルがお互いを高めあい、凄まじい力を──特級呪具と打ち合える程の呪力が生み出されている。

 そして、初撃の蹴りの時と呪霊の腹からの脱出で姿が違うところを見るに、ボトルの組み合わせによって姿形、そして使える技も変わってくるのだろう。

 

 ──面白い。

 

 静かに考察を深めていく夏油を他所に乙骨と貴丈は身構え、彼の次の手を警戒する。

 そんな彼らを嘲笑うように、夏油は教鞭を払う教師のような声音で二人に言う。

 

「人は食物連鎖の頂点に立ち、更に高位の存在を夢想し『神』と呼んだ。おかしいとは思わないか?」

 

 ジャラジャラと音を立てて游雲を操り、視線のみで先ほど貴丈に削られた部分を確認。

 扱う上では何の問題もないとわかれば、やることにも変更はない。

 

「──夢想せずとも、我々呪術師がいるというのに」

 

 そして嘆息混じりに肩を竦めた瞬間、乙骨と里香が動き出し、一拍遅れて貴丈が二人に続く。

 石畳に切っ先を擦らせながら一気に間合いを詰めた乙骨はすれ違い様に刀をを振るうが、夏油は余裕をもった体捌きでそれを回避。

 夏油を追い抜くことになった乙骨は振り向き様に更に一閃。

 夏油はそれを游雲の一節で受け止め、残る二節で反撃せんとするが、自分達の背後に里香が回り込んだことでそれを中断。

 踏ん張りを止めて乙骨のパワーに押し飛ばされてることで離脱し、彼がいた場所に里香の拳が叩きつけられた。

 二人が同時に追撃に動かんとした一瞬の間に夏油は游雲を操り、改めて防御を固めた瞬間、遅れた間合いを詰めた貴丈が右拳を放った。

 だがそれは游雲により受け止められ、拳を覆う白い針も夏油の体には届かない。

 

「この前と比べると、随分と遅いね」

 

「るっせぇ!!」

 

 夏油の指摘に貴丈は怒鳴り返し、右拳に呪力を送り込んだ。

 同時に拳を覆う針が一斉に伸び、夏油を串刺しにせんとするが、夏油はその場を飛び退くことでそれを避け、置き土産と言わんばかりに游雲を叩きつける。

 

「っ……!」

 

 貴丈もまたその場を飛び退いてそれを避ければ、彼がいた石畳が無惨に砕けちり、その勢いのままに軽く地面が抉り取られる。

 一見すれば鎖で繋がった三本の木の棒にしか見えないそれに、果たしてどれだけの呪いが込められているのか。

 製作者が何を思ってあれを生み出したのか、その理由は想像もできないが──、

 

「当たるとやばいな……っ!」

 

 貴丈は舌打ち混じりにそう吐き捨てると、夏油は呪霊を呼び出して三人にけしかけた。

 三人はそれを無造作に放った一撃で一瞬で祓うが、夏油の着地の瞬間を狩ることができず、状況は振り出しに戻された。

 

「結局非術師(さるども)は、自分より秀でた存在から目を背けたいだけなのさ」

 

 そんな中でも、夏油は口を動かすのを止めない。

 己の正義を信じ、突き進むと決めた彼は、どんな手を使っても止まりはしないのだろう。

 

「神になりたいなんて、子供じみたことを言うなよ!!」

 

 だが、そんなものを知らんと言わんばかりに乙骨がそう吐き捨て、真正面から夏油に切り掛かるが、やはり夏油は余裕をもって彼の一撃を游雲で受けた。

 

「論点がズレてるよ、乙骨」

 

 そして夏油は先程とは打って変わった冷たい声音でそう告げると、足元から蛸のような呪霊を召喚。

 蛸の足が乙骨を絡め取るが、彼は舌打ち混じりにそれを切り払い、すぐに反撃せんとするが、それよりも速く夏油が操った游雲が彼の頭を打ち据えた。

 パン!と鋭い快音が響き渡り、凄まじい衝撃に膝から崩れた彼に追撃せんとするが、それを阻止せんと貴丈が駆け出す。

 確かに夏油が言った通り、ラビットフルボトルの力を使う時と比べればだいぶ遅い。

 故に夏油は彼の接近をすぐさま察知し、乙骨に向けて振るわんとした游雲の標的を貴丈に変更。

 ふっ!と鋭く息を吐く音と共に、大上段から振り下ろす。

 三節を繋ぐ鎖が限界まで伸びきり、夏油の体勢が崩れるほどの遠心力を乗せた一撃は、まさに一撃必殺。

 それが迫る中、貴丈の行動は更に前に踏み出すことと、タンクフルボトルをダイヤモンドフルボトルに変更することだった。

 手元に生み出したダイヤモンドフルボトルをタンクフルボトルと交換し、バックルのレバーを回転。

 

『《Are You Ready?》』

 

「変身!!」

 

 ベルトからの問いかけに即答すると、右目、左腕、右足が空色の装甲──ダイヤモンドハーフボディに包まれた。

 ダイヤモンドハーフボディの効果は様々だが、今求めている能力はシンプルに一つ。タンクハーフボディとは比にならない防御力の上昇だ。

 一切臆することなく懐に飛び込みつつ、更にもう一手行動を挟んでくる彼の度胸に、夏油は思わず驚愕を露わにするが、構うことなく游雲を振り抜く。

 次の瞬間、貴丈はダイヤモンドの如き輝きを放つ左腕を突き出して游雲を受け止めるが、甲高い金属音をと共に両足が地面に埋まるほどの衝撃を彼に叩きつけられた。

 仮面の下で骨が砕け散らんばかりの痛みに目を剥くが、思いの外軽いダメージに不敵な笑みを浮かべ、ベルトのレバーを回転。

 

『《レディー・ゴー!!ボルテック・アタック!!!》』

 

 ベルトが勇ましい宣言と共に、輝くダイヤモンドを模した右目が眩い閃光を放った。

 

「っ!」

 

 至近距離でそれを受けた夏油が強烈な光量に思わず顔を背けた瞬間、貴丈は白いエネルギーを纏った拳を夏油の胴を目掛けて放つ。

 これは入ると確信にも似た感触が脳裏を過った瞬間、二人の間に割り込むように炎を纏った人影が飛び込んだ。

 その人影は貴丈の拳をその身一つで受け止めた瞬間、その背から大量の白い針が飛び出し、その臓物を辺りにぶち撒けさせた。

 

「っ!焔……?!」

 

 そして割り込んできた相手──フェニックススマッシュを睨んだ貴丈が彼女の名を呼ぶと、腹を貫かれただけでなく、内臓をぶち撒けた彼女は返事代わりに彼の腕を掴んだ。

 

『──お兄ちゃん、一緒に逝こう?』

 

 彼女が行った命懸けの時間稼ぎ。

 彼女からすれば最愛の兄もろともに、恩人の夏油に天国に送ってもらおうという行動なのだが、それは貴丈にとっては致命的だった。

 その声に無理やり目を開けた夏油は游雲を振るい、フェニックススマッシュ諸共に貴丈の右脇腹を打ち据えた。

 防御力の高いダイヤモンドハーフボディに包まれた左脇腹ならまだどうにか耐えられただろうが、今回狙い打たれたのはハリネズミハーフボディに包まれた右脇腹だ。

 游雲の一撃は容易く鎧を破壊し、彼の骨をバラバラに砕き、内臓をぐちゃぐちゃのミンチにしながら、道端の石ころのように吹き飛ばす。

 

「っ?!?」

 

 勢いのままに塀に激突した貴丈の鎧が粒子に変わり、カラカラと乾いた音を立ててハリネズミフルボトルとダイヤモンドフルボトルが転がり、込められていた呪力が漏れ出ると共にフルボトルも消滅。

 ベルトは石畳に叩きつけられるとバチバチと火花を散らし、しまいには煙を吹き始めた。

 

「ごふっ……!」

 

 変身が解除されたからか、ついに限界を迎えた貴丈は大量の血を吐き出し、ぶくぶくと血の泡を吐き始める始末。

 

「桐生くん!!」

 

 そんな彼に乙骨が慌てて駆け寄り、すぐに反転術式による治療を始めた。

 その間は里香が夏油を警戒してくれているが、貴丈はどうにか頭を動かしてフェニックススマッシュへと目を向け、そして驚愕に目を見開いた。

 先程の一撃に巻き込まれた結果上半身が完全になくなり、残された下半身からは噴水のように鮮血が噴き出している。

 それでも呪力が残っているのか、弱々しい炎に包み込まれているが、それが消えるのも時間の問題だろう。

 

「ほむ……ら……」

 

 貴丈は自分が殺すべきだった彼女の名を力無く呼ぶが、もう彼女が答えることはできない。

 ついに限界を迎えた下半身は膝から崩れ落ち、最期の意地を見せるように下半身を包む炎の火力が一気に上がり、その体を灰へと変えていく。

 それを切なげに見下ろした夏油は「お疲れ様」と彼女を労った瞬間炎が消え、骨も残さずに灰となった下半身が風に吹かれてどこかに飛んでいった。

 

「……」

 

 その行き先を乙骨に治療されながらぼんやりと見つめていた貴丈だが、すぐに夏油が話し始めたのを合図に彼に視線を向けた。

 

「さて、話を戻そうか。桐生を治療する時間も必要だろうしね」

 

 そしてさながらハンデをやると言わんばかりの事を宣うと、游雲を弄ぶように振りながら言う。

 

「私が望むのは『啓蒙』ではない、『選民』だよ。数が多いというだけで強者が弱者に埋もれ、虐げられることもある。そういう猿共の厚顔ぶりが、吐き気を催す程不快だと、私は言っているんだ」

 

 そこまで自分の主張を言い切った夏油は少しずつ回復していく貴丈に目を向け、挑発するような笑みと共に彼に言葉の矢を放った。

 

「そういう意味では、私は君を尊敬しているよ。偉大な先駆者の一人だからね」

 

「……どういう意味だ」

 

 そして聞き捨てならない言葉を受けた貴丈は、額に青筋を浮かべながらそう問うと、夏油は「言葉の通りだよ」と肩を竦めた。

 

「焔のように呪力に耐性を持つ者──何かの切っ掛けで呪術師になれたかもしれない人と、それ以外の家族のように切っ掛けがありながら呪術師になることも出来ない非術師(さるども)の選民。たったの六十人でも、それを実践したのは君が初めてだ」

 

「……っ」

 

 夏油の言葉に貴丈は言葉を失い、乙骨も何と言葉をかけていいか分からずに無意味に口が開くばかりで言葉が出てこない。

 それもそうだろう。貴丈の家族に降り掛かった惨劇に関する話は、誰であろうと踏んではいけない地雷そのものだ。

 それを踏み抜きながら、あまつさえ恨んでいる自分と同じだと言われた友人に、何と言えばいい。

 そして二人が黙ってしまえば、後は夏油の独壇場だ。

 

「だからこそ、改めて考えて欲しい。私の目的が果たされ全人類が呪術師となれば、君の術式が暴走したとしても害を受ける人は誰一人としていない。万が一呪霊になってしまったとしても、君ではない誰かが必ず止めてくれる。君が何もかも背負う必要もなくなるんだ」

 

 その声音はどこまでも穏やかで、慈悲の心にも満ちているようにさえ聞こえるものだ。

 それを聞くしかない貴丈は夏油を睨むことしかできないが、その瞳には迫力というものが欠けている。

 心のどこかで、夏油の言い分を理解し、ある種の救いを感じてしまっている自分がいるのだろう。

 言葉もなく俯き始めた彼に手応えを感じてか、夏油は更に捲し立てるように彼に告げた。

 

「このまま家族殺しの道を行けば、遠からず私と同じ考えに至る筈だ。何の力も、価値もない猿共を助けるために、愛する家族を殺し続ける。助けた猿共から与えられる賞賛は家族殺しの烙印として、助けられずに向けられる呪詛の言葉は楔として、君を絶えず苦しめることになる」

 

 自らと同じ道に誘うように手を伸ばしながら、夏油は言葉を続けた。

 

「その内君は、自分だけでなくそんな呪詛の言葉を放つ猿共さえも呪うようになり、そんな君を更に呪う者さえも現れるだろう。君は周囲からの呪いと、自分自身に向ける呪いでボロボロに摩耗し、やがて解放を求めて死を選ぶか、あるいは私と似た道を歩むことになる」

 

 ──その力を持つ限り、君はそうなると断言できる。

 

 夏油はそう言葉を締めくくり、改めて貴丈に問いかけた。

 

「桐生、私と共においで。私なら君を助けられる。()()()()()()()()()()()()

 

 そして仏のような慈愛に溢れる笑顔と、底抜けに優しい声でそう告げると、貴丈は治療の途中にも関わらずフラフラと立ち上がった。

 

「桐生くん……?」

 

 そんな彼の行動に集中が途切れてしまったからか、反転術式が強制終了してしまい、治療途中だった貴丈の脇腹から血が滲み出し、ボロボロの呪術高専の制服を赤く汚していく。

 だがそれに構わず立ち上がった貴丈は不意に空を見上げ、深く息を吐いた。

『帳』のおかげで空も見えないが、暗いおかげでまるで夜空を見上げているようだ。

 

「確かに、あんたの言葉の通りかもしれない」

 

 そして吐き出した言葉は反論ではなく同意を示すもの。

 後ろでギョッと目を見開く乙骨を他所に貴丈は手元に呪力を集め、それを自分の腹に押し当てた。

 

「家族を呪霊に変えて、その呪霊を祓う(殺す)ために戦って、事情を知らない人たちからは感謝されたり、逆に叱責されたりするかもしれない。それで悩んでうじうじして、あんたみたいにやばい事をやらかすかもしれない」

 

 拳から溢れた呪力がベルトのように彼の腰に巻きつき、少しずつ形を整えていく。

 ゆっくりと、ゆっくりと。先のダメージで黒閃後のゾーン状態も途切れ、ベルトを創るのも一苦労だが、ゆっくりだからこそ今度は正確に創ることができる。

 ベルトのバックルにフルボトルを装填するための二つの溝──ツインフルボトルスロットと、その右側からボルテックレバーを生成し、形を固定。

 先程は不足していたパーツをしっかりと埋め込んだベルトを創りあげた貴丈は、赤く光る瞳で夏油を睨みつけると夏油に向けて叫んだ。

 

「けどな、俺のことを何も知らねぇお前が、俺のことを決めつけんじゃねぇ!!」

 

 脳裏に過るのは、真希、狗巻、パンダ、乙骨、五条らと過ごしたこの半年の記憶。

 自分には惜しいほど、充実した日々だった。

 自分がいてはいけないと思えるほど、楽しい日々だった。

 毎日が笑顔で溢れ、時には喧嘩し、ぶつかり合い、それでも最高の日々だった。

 そんな日々を、多くの人が享受できるように。

 

「誰かを呪うことになろうと、誰かに呪われることになろうと、それでも俺は、術師だろうが非術師だろうが関係なく、一人でも多くの人が笑える未来を創る!!」

 

 右手にラビットフルボトルを、左手にタンクフルボトルを取り出し、それを数度振ってから蓋を開け、ベルトのツインフルボトルスロットに嵌め込んだ。

 

『《ラビット!タンク!》』

 

「この力が呪われたものだろうと、この先俺自身を殺したいほど呪うことになろうと、その為に俺は、この力を使う!!!」

 

 僅かに血が混ざった唾を吐きながら吠えた彼は、夏油を嘲るような笑みを浮かべながら、更に語気を強めた。

 

「俺は俺のままでいい?ふざけんな!俺は今の俺が大っ嫌いだ!!」

 

 夏油は彼に変わるなと言ったが、今の彼が求めているのは停滞ではなく変化。新たな自分に変わることだ。

 その思いを込めてボルテックレバーを力強く掴み、一気に回転させる。

 レバーの回転に合わせて捻出された呪力が、ベルトから貴丈の前後に向けて伸びる透明な管へと変わり、その中をフルボトルに込められた呪力が流れていく。

 前面にはラビットフルボトルの成分から生み出された頭の左半分、右腕、左足を模した赤い素体(ハーフボディ)が、後方にはタンクフルボトルから生み出された頭の右半分、左腕、右足を模した青い素体(ハーフボディ)が形成され、それが完了すると同時にベルトが再び貴丈に問うた。

 

『──《Are You Ready?》』

 

 その問いかけに、貴丈の答えはとっくに決まっている。

 いや、本来なら初めてスマッシュを祓った(殺した)あの日に、絶対にブレないように決めておくべきだったのだ。

 彼は顔の前でゆっくりと拳を握り、それ越しに夏油を睨みつけながら、深呼吸を一度。

 

 

「──変身!!!」

 

 

 そして肺の空気を一気に吐き出す程の声量で、彼は改めてその宣言を口にした。

 直後、前後に伸びていた素体(ハーフボディ)が貴丈の身体を挟み込み、鎧となって彼を包み込んだ。

 

『《鋼のムーンサルト!!ラビット・タンク!!!イェ──イ!!!!》』

 

 同時にベルトからも今日一番の声量をもって名乗りをあげ、それが終わると共に貴丈は左手で兎を増した左目のアンテナを撫でた。

 

「桐生くん!」

 

 ようやく復活を果たし、そしてどこか吹っ切れた雰囲気を放つ貴丈の隣に乙骨が立ち、その隣に里香が着くと、貴丈は乙骨に向けて言った。

 

「いくぞ憂太(・・)!あのふざけた野郎、ぶっ倒す!!」

 

「……っ!うん!!」

 

 そしていつもは年上だからと遠慮して苗字で呼ばれていたにも関わらず、ようやく名前を呼び捨てにしてくれた貴丈の変化に乙骨は嬉しそうに笑いながら頷いた。

 そんな彼を横目で見つめた貴丈は仮面の下で思わず笑みをこぼすが、やる気十分な様子で夏油を睨む乙骨の様子から気付かれてはいないとわかって思わず安堵。

 

『里香はぁああ"あ?』

 

 一人蚊帳の外にされていた里香が貴丈の額を突きながらながら問うと、彼は気にする素振りもなく「もちろん、一緒だ!」と一言で返すのみ。

 乙骨も里香の頬を撫でて「お願いね」と笑みをむけると、里香もまたやる気になったように空に向かって咆哮をあげた。

 そんな二人と一体を見つめていた夏油は残念そうに息を吐き、貴丈に問う。

 

「それが君の答えか、桐生」

 

「ああ。覚悟は決めた、あとは貫くだけだ」

 

 彼の問いに貴丈は感発入らずに答え、右足と右手を前に、左足は後ろに下げ、左手は顎の前に置く、サウスポーの構えをとった。

 左足のホップスプリンガーを最大限に生かすためだが、今まで右手を起点に攻め続けたのだから、相手のリズムを崩すという意味もあるだろう。

 拳を構えた貴丈。刀を構える乙骨。吼える里香。

 戦意漲る彼らを前にしても、夏油は冷静であった。

 

「残念だよ、二人とも。けど、こうなっては仕方ない」

 

 体に巻き付けていた人面芋虫とも言える呪霊をしまい込んだ彼は、游雲を構えながら感情を感じさせない絶対零度の声音で二人に告げた。

 

「──大義のための、犠牲となれ」

 

 彼がそう告げた瞬間、貴丈、乙骨、里香の三人は、一斉に彼に向けて挑みかかった。

 

 

 

 

 

 

 




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