まず真っ先に夏油に肉薄したのは、改めて覚悟を決めた貴丈だった。
左足首のホップスプリンガーを跳ねさせ、拳を構えた体勢から何の予備動作もなく飛び出したのだ、文字通り走り出した乙骨と、彼に追従する里香に比べれば初速が違う。
残像も残さず、かろうじて赤い軌跡のみを残すそれは、先程の彼と比べても段違いに速い。
「ッ!!」
「ウオラッ!!」
夏油はその速度に目を見開いて驚愕を露わにするが、すぐさま游雲を手繰り寄せると半ば当て勘でタイミングを合わせ、游雲を貴丈に向けて振るった。
貴丈はそんなものに構う事なく、前に飛び出した勢いのままに空中で腰を捻り、限界まで引き絞った右腕を着地と同時に放った。
加速の勢いも乗ったその速度たるや、まさに神速。音も、光さえも置き去りにしたそれは、振り抜かれる前の游雲を的確に捉えた。
直後鳴り響くのは、二つの強力な呪力がぶつかり合う衝突音だ。
夏油と貴丈の接敵時とは、似て非なる状況。
だが今回はスピード特化のラビットハーフボディによる打撃と、当て勘で振るい、十分な勢いが乗り切る前に止められた一撃。
どちらが有利、不利はなく、ほぼ互角の競り合いが巻き起こり、二つの呪力がぶつかり合う濁流が辺りの景色を吹き飛ばしていく。
それに耐える為に歯を食い縛った夏油は、先の再現のように呪霊を呼び出して彼を弾き飛ばしてやろうと呪力を練り上げるが、
「シッ!」
特級相当の呪力と呪力がぶつかり合う、並の術師や呪霊からば跡形もなく消し飛ぶ呪力の濁流の中を突っ切った乙骨が刀を振るった。
首を刈り取らんと迫る刃を睨んだ夏油は、游雲の一節を操って乙骨の刃を防御。
耳元で鳴った甲高い金属音に不快そうに眉を寄せながら、まだまだと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて貴丈と乙骨をそれぞれ一瞥するが、貴丈は左手でベルトからラビットフルボトルを取り外すと、その位置に茶色のフルボトル──ゴリラフルボトルを叩き込む。
『《ゴリラ!タンク!》』
そして新たな組み合わせを伝える陽気な音声を聞き流しつつ、レバーを回転。
『《Are you ready? 》』
「変身!」
ベルトの問いかけに即答した直後、左目の複眼が赤い兎の横顔から茶色を基調とした力瘤を作るゴリラへと変わり、右拳が人の胴体ほどもありそうな巨大な拳──サドンデストロイヤーへと変化した。
その変化に夏油が驚いた瞬間、貴丈は左足の踵を地面にめり込ませ、右腕を更に前へと突き出した。
「っ?!これは……っ!」
同時に急激に重くなった彼の拳に夏油が唸り、流石に限界かと二人との競り合いを中断しようとした瞬間、貴丈が「ラァ!!」と声をあげた。
その瞬間、右拳の装甲内に仕込まれたパワーユニットが炸裂し、ほんの一瞬だけ膨大なまでの呪力を生み出し、勢いのままに游雲を押し切り、ついに夏油の胴体を打ち据えた。
「カッ!?」
サドンデストロイヤーの拳が腹にめり込み、めきめきと骨が軋み、内臓が押し潰される痛みに呻いた夏油は、押し出された肺の空気を吐き出した。
だがその場で踏ん張ることなく、逆に拳が当たる瞬間に後方に跳んだ為かクリーンヒットとまではいかず、さながらピンボールのように弾き飛ばされる。
その不十分な手応えに貴丈は舌打ちを漏らし、ついでに渾身の一太刀が空振りに終わった乙骨は僅かに体勢を崩して片膝をつく。
弾き飛ばされた夏油は呼び出した低級の呪霊をクッション代わりにしつつ背中から地面に落ちると、押し出された勢いのままにしばらく地面を滑っていった。
その間にもクッションにされた呪霊はボロ雑巾のようになっていき、彼が通った後には濁った色の血が尾を引いている。
「やれやれ、これは参ったね」
当の夏油はもはや肉片になった呪霊を気にも留めず、肩を竦めながらそんな悪態をつくのだが、そんな彼を影が覆った。
『あああ"ああ"あああ"ッ!!!』
追撃せんと、先の攻防では二人に置いて行かれていた里香が回り込み、呑気に寝転んでいる夏油に向けて鉄槌の如く拳を叩きつけたのだ。
夏油は「おっと」の気の抜けた声と共にその場を飛び退くが、彼の下敷きになっていた呪霊はそうはいかず、里香の拳に叩き潰された。
ぐちゃりと湿った音と共に辺りに呪霊の血が飛び散り、里香の拳を赤く彩るが、そんな彼女の拳に夏油は游雲を放った。
相手は呪霊だ。腕の一本や二本千切れた所ですぐに治る。
後で戦列に加えるつもりではあるが、それは乙骨を下してからでないと不可能。
ならばほんの数秒でも相手の戦力を削ぐという意味で、里香の腕を潰しておくのは間違いではあるまい。
それをさせてくれるかは、また別問題だが。
「里香!!」
素早く体勢を立て直し、一気に肉薄した乙骨が游雲の一撃を刀で受け止め、弾き返すと共に返す刃で一閃。
ジャラリと鎖の揺れる音と共に游雲がブレたかと思えば、乙骨の振るった刃と游雲がぶつかり合い、激しい火花を散らして二人の視界を照らす。
『ゆう"たぁあ"ああああああ!!!』
だが里香が二人の競り合いに割り込み、夏油の頭を叩き割らんと拳を叩きつけた。
夏油はそれを後ろに飛び退いて避け、追撃に放たれる里香の拳を避けながら乙骨と貴丈を警戒。
ラビットハーフボディではない貴丈は、いきなり落ちた機動力にもたついているが、乙骨はそうではない。
戦闘が始まってからというもの乙骨は調子を上げ続け、纏う呪力も増し続けている。
そんな彼が游雲に負けじと殺意全開で刀に更に呪力を込め、全速力で突っ込んでくるのだから、視界の端に捉えただけでも凄まじい
「フッ!!」
鋭く息を吐きながら夏油に向けて突貫し、迎撃せんと横薙ぎに振るわれた游雲をスライディングで潜り抜け、無防備に晒された夏油の背中を切り裂かんと刃を振るうが、二人の耳にガキャン!と馴染みのない異音が届いた。
夏油を切り裂かんと振るった刃が乙骨の呪力に耐えきれず、柄を残してバラバラに砕けてしまったのだ。
突然の武器損失にぎょっと目を見開く乙骨に、夏油はどこか蔑むような冷たい声音で告げる。
「駄目じゃないか、急にそんなに呪いをこめちゃ。器がもたない、悟に教わら──」
『《鋼のムーンサルト!!ラビット・タンク!!イェ────イ!!!》』
そして乙骨に教鞭を払おうとしたした瞬間、相変わらずテンションの高い音声が辺りに響き、夏油はハッとして貴丈の方に目を向けた瞬間、青い拳が彼の視界を埋め尽くした。
次の瞬間には脳の奥底まで響くような衝撃と、鼻もろともに頭蓋骨が砕かれる激痛が身体を駆け巡り、勢いのままに吹っ飛ばされる。
「憂太、無事か?!」
ゴリラハーフボディをラビットハーフボディに換装した貴丈は右拳を突き出した体勢のまま乙骨に問うと、「うん、大丈夫」と冷静な声音で返す。
残念そうに砕けた刀に目を向けた彼は、それを足元に置いた。
同時に夏油が立ち上がり、ひしゃげた鼻を強引に元に戻しながら乱暴に鼻血を拭う。
「こうしてやられると、面倒な力だね」
あの鎧。ボトルの組み合わせにより、二つの術式を同時に使ってくる厄介にも程がある代物。
状況に応じてボトルを切り替え、先のようにスピードによる翻弄とパワーによるゴリ押しさえも可能にする。
夏油の呪霊操術もまた、相手によって放つ呪霊を切り替えることで似たような事は出来るが、その強さはまちまちだ。術式を持つ呪霊など、それこそほんの一握り。
だが貴丈は違う。多少の差はあれど、
何なら今この瞬間にも新宿や京都で変異型呪霊が祓われている以上、現在進行形で強くなっている可能性も高い。
「やはり、敵にするには惜しいよ」
夏油は溜め息混じりに肩を竦めてそう言うと、貴丈は「また勧誘か?」と呆れたような声音で返す。
「いいや、それはもう諦めている」
夏油は冷静にそう返すと何を思ってか游雲を投げ捨て、手元に呪力を溜め始める。
彼の動きに警戒して身構える二人と一体を睨みながら、夏油は独り言を言うように口を開いた。
「もう質も量も妥協しない。知っているかい?特級を冠する人間は私と乙骨を含めて四人。だが呪いだと十六体存在する」
そういうや否や彼の隣に現れたのは、どこか平安貴族を思わせる着物を着た女性──の形をした呪霊。
細められたニ対の瞳と、笑っているかのように剥き出しの歯。纏う呪力は里香に劣りはすれど、彼女のように不安定ではなく凪いだ海のように静かで、圧倒的だ。
「──特級仮想怨霊『化身玉藻前』。これがその内の一体だ」
「特級呪霊!?」
夏油が隠していた奥の手、まさに
夏油一人を相手にしても攻めあぐねているというのに、ここに来て特級呪霊の登場だ。戦況は最悪に近い。
「更に私が今所持している4461体の呪いを一つにして、君たちにぶつける」
そう言うや否や、夏油を取り囲むように大量の呪霊が彼の影から這い出してくるが、まるで何かに吸い込まれていくかのように夏油の背後に吸い寄せられ、圧縮されていく。
呪霊たちが渦潮に巻き込まれたように捻れながら混ざり合い、一つの肉の塊へと変わるのにほんの数秒。
「──呪霊操術、
呪術におけるある種の奥義──極ノ番。呪霊操術の奥義たるそれは、従える呪霊を一つの呪力の塊へと転じさせることで、手数を減らす代わりに最大の火力を叩きつけるというもの。
鎧越しに感じる迫力にこれはヤバイと仮面の下で大量の冷や汗を垂らす貴丈だが、それを隠すように拳を構え、深呼吸を一度。
「……」
だが隣の乙骨はただ静かに玉藻前と夏油、うずまきを順に睨み、そして貴丈に目を向けた。
不意に視線を向けられた貴丈は「ん?」と声を漏らして乙骨に見つめ返すと乙骨はどこか覚悟を決めたように凛とした表情を浮かべた。
「憂太?」
嫌な予感がした貴丈は彼の名を呼ぶが、乙骨は構わずに里香の方に身体を向けた。
「里香」
『なぁ…に……??』
彼に名を呼ばれた里香もまた彼の方を向くと、乙骨は彼女を優しく抱きしめた。
それに驚いたのか里香はビクリと身体を跳ねさせるが、乙骨は彼女の耳元で囁く。
「いつも守ってくれてありがとう。僕を好きになってくれて、ありがとう。最期にもう一度、力を貸して」
「憂太、お前、最期って……?」
「コイツを止めたいんだ、その後は何もいらないから」
「おい待て、何を……!!」
「僕の未来も、心も、体も、全部里香にあげる。これからは、本当にずっと一緒だよ」
──愛してる、一緒に逝こう?
乙骨は貴丈の言葉を意図して無視してそう言うと、そっと里香の唇に口付けした。
チュッと小さなリップ音が聞こえたかと思えば、里香が唸りながら体を痙攣させると、ただですら強い呪力を更に漲らせながら吼える。
『憂太!!!!憂太っあ"!!!!!』
頭部の中央から血走った瞳が出現し、髪を思わせる触手を振り回しながら満面の笑みを浮かべるように歯を剥き出しにする。
『大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大好きだよぉ!!!!!』
そして乙骨への愛の言葉を高らかに叫び、血走る瞳で夏油を睨みつけた。
その視線を受けた夏油は背筋に冷たいものを感じながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「自らを生贄にした呪力の制限解除!?この女誑しめ!!!!」
夏油が乙骨をやった事をそう判断してそう吐き捨てるが、乙骨はどこか達観しつつも得意気な表情で彼に返す。
「失礼だな、純愛だよ」
だが隣の貴丈はその解答で満足するわけがなく「生贄って、お前!」と乙骨を胸倉を掴むが、乙骨は満足気に笑いながら彼の手をそっと握り返した。
「これで皆を守れるなら、皆に恩返しができるなら、いいんだ」
「よくねぇよ!?お前、自分が死ぬってわかってんのか?!」
貴丈は仮面の下で悲痛な表情を浮かべながら怒号を飛ばすが、乙骨のもう覚悟を決めた表情は変わらない。
自分と同じでもう退かないと決めた男の顔が、目の前にあるのだ。
その顔を前にして、もう何を言っても無駄だと判断を下すのに時間は必要なかった。
「………なら、俺も最後まで付き合うさ」
貴丈は乙骨から手を離しながらそう言うと、ベルトからラビットフルボトルを引き抜いた。
それをベルトのボトルホルダーにはめ込み、手元に呪力を集めて黒い煙を発生させる。
黒い煙の奥から紺色の輝きが放たれ、それが最大まで大きくなった瞬間に煙の中で精製された物を引っ張り出した。
取り出されたのは、龍の頭部を模した紋様が刻まれた紺色のフルボトル──ドラゴンフルボトルだ。
「父さんっ!力を、貸してくれ……っ!!!」
そしてこの力の源であるドラゴンスマッシュ──つまりは自分の父に祈りを捧げると、ドラゴンフルボトルを数度振って呪力を活性化させ、蓋を開けてベルトにセット。
『《ドラゴン!タンク!》』
そしてもはや慣れ始めた手つきでレバーを回そうとするが、その直後異変が起こった。
ベルトからバチバチと異音と共に火花が散り、身体中を蒼い電撃が駆け回り、全身の筋肉を裂かれるような激痛が身体を痛めつけてくる。
「がっ……!なんだ、この呪力……っ?!他のボトルとは、桁違いだ……っ!!」
彼が知る由もないことだが、ドラゴンスマッシュの強さは全六十体の
蒼い炎を扱うという術式を持つ以上、等級だけでいえば最低でも一級、下手をすれば下位の特級相当の強さを誇るほど。
他のスマッシュと同じだろうとたかを括っていた貴丈だが、今の彼ではその力を扱いきれていない。
──だからなんだ!それがどうした?!乙骨は命を捨てたんだぞ!?
痛みに怯む己を奮い立たせ、ベルトのレバーを掴み、回転させた。
状況に反して軽快な音楽が鳴るが、その間にも痛みが引く事はない。
だが彼は止まらない。最後まで乙骨に付き合うためには、夏油を倒すためには、ここで止まるわけにはいかないのだ。
『《Are you ready?》』
二つのボトルの呪力が高まり鎧の形成が可能なまでになると、ベルトがそう問いかける。
「変身ッ!!」
そして今日だけで何度したかも曖昧な宣言を返す。
同時に左目の複眼が赤い兎の横顔から紺色のドラゴンの横顔に変わり、右腕が赤から紺色に変わると、手首から肘にかけて龍の牙を思わせる白い刃──ファングオブレイドが生え、左足の装甲も紺色に染まる。
「──シャッ!!」
最後の締めとして右手を口元に寄せて鋭く息を吐くと、左目、右腕、左足
が蒼い炎に包まれた強化状態──ブレイズアップモードに移行。
それと同時に今度は全身を焼かれるような激痛が走るが、貴丈はそれを感じさせない声で乙骨に目を向けた。
「準備完了。いつでもいいぞッ!!!」
「うん。いくよ桐生くん、里香!!」
「おうッ!!」
『う"んッ!!!』
乙骨の号令に貴丈と里香が同時に応じ、里香は口を開けてそこに呪力を溜めていき、貴丈は右拳に呪力を溜めて蒼い炎を滾らせる。
二人と一体の高まり続ける呪力に鳥肌を立てた夏油は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、右手を二人と一体に向けた。
「異性への愛。友人への愛。君たちが愛で向かってくるのなら、私は大義で叩き潰そう」
その宣言と同時に貴丈、里香の呪力の充填が終わり、うずまきもまた呪力の溜めを終えた。
そして訪れる一瞬の静寂。それを打ち破ったのは、
「ウォラァァァアアアアアアアアアアッ!!!」
貴丈が放った、今日一番の咆哮であった。
同時に里香が溜めた呪力、貴丈が溜めた蒼い炎、うずに巻かれた呪霊たちの呪力が解き放たれ、一直線にお互いの怨敵に向けて放たれた。
その途中、里香と貴丈の放った呪力が混ざり合い、蒼い炎に包まれた膨大な呪力の塊へと転じ、放たれた矢の如く迫るうずまきと正面から衝突。
凄まじい衝撃が辺りの景色を吹き飛ばし、呪術高専の敷地を更地へと変えていく。
だがその高密度の呪力同士の激突は、ほんの数秒の競り合いによって幕を閉じた。
貴丈の蒼い炎がうずまきを形成する呪霊たちを焼き尽くし、炭化したそこを里香の攻撃が貫いたのだ。
「ッ?!」
呪霊の群れを掻き分けてきた閃光に夏油はぎょっと目を見開くが、時既に遅し。
閃光が彼の右腕を根本から吹き飛ばし、はるか彼方の帳に直撃してその表面に大きなヒビを入れた。
それでも破れないのは夏油があの帳に相当の準備をし、様々な細工を施したたからだろう。
だが、この状況においてそんなことどうでもいい。
右腕を失った夏油は歯を食い縛って悲鳴をあげるのを堪え、閃光と爆煙で視界が潰れている内に退散しようと踵を返すが、
『《レディー・ゴー!!!ボルテック・アタック!!!!》』
もはや忌々しさまで感じ始めた陽気な声が、彼の背に投げかけられた。
慌てて振り向いた夏油の目に飛び込んできたのは、蒼い炎を全身に纏い、背後に蒼く輝くドラゴンを従えた貴丈が、こちらに向けて飛びかかってくる姿だった。
里香とうずまきの衝突の中、彼は一切怯む事なくその只中に飛び込んできたのだ。
里香なら必ず勝つ。そして、夏油を逃すわけにはいかない。
友人と、その想い人の力を信じ、彼は前に踏み出した。もし里香が押し負けていたならば、まず間違いなく死んでいたにも関わらず。
「ハァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
空中で身を翻した貴丈が気合いの咆哮と共に蒼い炎を纏わせた左足を前に突き出すと、背後に控えていたドラゴンが彼にブレスを吹きかけた。
直後、爆音にも似た音を響かせて加速した貴丈が夏油に向けて突撃。
さながら蒼い流星のように尾を引きながら突っ込んでくる彼に対し、夏油は反撃も防御もしなかった。
彼を受け入れるように微笑みながら腕を広げ、迫る炎に眩しそうに目を細める。
友のため、明日のため、そして、生きるために命を燃やす男が見せた輝き。
それに魅力されたようにじっと見つめた夏油の視界が蒼く染まった瞬間、凄まじい衝撃と熱が彼の胸を打ち据えると同時、更地を抉り取る蒼い爆発が辺りを包み込んだ。
「全く、らしくない事をしたものだな」
呪術高専敷地内の一角。
幸いにもこの日の騒動に巻き込まれなかった建物の影に、夏油の姿があった。
里香の攻撃で右腕を根本から無くし、貴丈のトドメの一撃で胸を抉られ、骨や内臓が剥き出しになっている。
だがもう痛みも感じない程に弱りきっている彼からすれば、自分の損傷などどうでもいいのだろう。
やれやれと溜め息混じりに壁に背を預けて座り込んだ彼は、不意に感じた視線と気配に苦笑を浮かべ、そちらへと目を向ける。
「遅かったじゃないか、悟」
そして夏油にそれこそ友人のように名を呼ばれた五条は何も言わず、ゆっくりと彼に近づいていく。
そんな彼に夏油は問いかける。
「家族達は、無事かい?」
「新宿の連中も、京都の連中も、揃いも揃って逃げ果せたよ。オマエの指示だろ?」
「まあ、私は優しいからね。……でも、彼の目の前で焔を殺したのは反省しないとかな」
五条の返答にどうにか肩を竦めながら返した夏油は、フッと笑いながら五条に目を向けた。
学生の頃よりはだいぶ大人びた、けれどあまり変わらない彼の面持ちは酷くて冷たいようにも見えるが、やはりどこか優しさを滲ませている。
「桐生から目を離すなよ。私みたいにしたくはないだろう」
そして五条に貴丈に対する警告を発し、そんなお節介を焼く自分を自嘲するように乾いた笑みをこぼした。
「彼は呪いを引き受ける器だ。誰かを救う度に家族に呪われ、家族を救えばその他大勢に呪われる。『未来を創る!!』なんて言っていたけど、八方塞がりもいいところだよ、彼」
「言われなくても。彼も大事な生徒さ」
夏油の言葉に五条はそう返し、夏油の脇にしゃがんで彼と視線を合わせた。
「それで、他に何か言い残す事は?」
「……誰がなんと言おうと
夏油はそう言うと溜め息を吐くと帳に覆われた空を見上げ、次いで五条へと目を向けた。
鼻先が擦れ合いそうな距離なのには驚くが、彼が人のパーソナルスペースに土足で踏み込んでくるのは昔から変わらない。
彼をじっと見つめながら、夏油は最後に自分の本音を口にする。
「ただこの世界では、私は心の底から笑えなかった」
彼が今まで浮かべていた笑顔も、きっと嘘だったのだろう。
心の底から笑おうにもいつも
「傑」
五条はそんな彼の名を呼び、彼にだけ聞こえるよう、囁くように何かを告げた。
その一言にはっと思わず笑みをこぼした夏油は、彼に向けて最後の悪態をついた。
「──最後くらい、呪いの言葉を吐けよ」
その言葉を放った直後、バシュ!と何かが潰れる音が辺りに漏れ、天を仰いだ五条は何かを堪えるように息を吐いた。
ちょっと長くなりそうなので今回はここまで。
次回でこの章も完結予定です。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。