ビルド廻戦   作:EGO

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第一章、最終話。と言うよりかはエピローグになります。どうぞ。


16.

「──ひろ!あつひ──っ!!貴丈!おい、大丈夫か?!」

 

 がんがんと頭が痛み、身体中に焼けるような痛みを感じる中、貴丈は自分の名を呼ぶ声に目を覚ました。

 ぼんやりと霞む視界に映るのは、心配そうにこちらを覗き込んでくる真希の顔だ。

 

「真希……?」

 

「ああ。動けそうか?」

 

「いや、無理。寝転んでるだけでもしんどい……」

 

 彼女の声に貴丈は身体の底から力を抜くように深く息を吐くが、違和感を感じた右腕を持ち上げて視界に入れた。

 ドラゴンハーフボディを纏い、ブレイズアップモードの炎に包まれていたせいなのか酷い火傷の跡が残り、肌が爛れてしまっている。

 誰かが治療してくれたからかまだ跡で済んでいるが、その前なら見るに耐えなかっただろう。

 

「何なら顔の左半分も酷いことになってんぞ」

 

 うへぇと自分の腕を見つめながら気持ち悪そうにする貴丈に、真希は溜め息混じりに残酷なまでの現実を告げた。

 ドラゴンハーフボディに包まれていたのは、顔の左半分と右腕、左足だ。

 腕以外は見えないが、その部位が大変なことになっているのは間違いないだろう。

 だぁ……と声を漏らしながら腕を降ろした貴丈は、まあ目が無事なだけマシかと意識を切り替えた。

 そして思い出したように「そう言えば」と漏らすと、相変わらずこちらを見てくる真希に目を向けた。

 多少服に汚れや血の染みが残っているが、身体は五体満足でなんなら健康そうでもある。

 ドラゴンスマッシュ、スパイダースマッシュ、フェニックススマッシュの三体に袋叩きにされ、身体中の骨や内臓が大変なことになっていた彼女だが、多少の痣はあれど重症には見えない。

 

「オマエの怪我は?」

 

「憂太が治してくれた」

 

 そんな疑問をぶつけるように貴丈が問うと、真希はさも当然のようにそう返し、貴丈は「そっか……」と納得して安堵の息を吐くが、すぐにハッとして慌てて身体を起こした。

 乙骨は夏油撃破の為に全てを投げ捨てた。一応は納得したが、逝ってしまう前に言わないばならないことがある。

 

「憂太?!あいつ、どこに行った?!」

 

 無理だと言っていたのに急に動いた彼に真希は溜め息を漏らし、ついでに彼が乙骨のことを呼び捨てにしたことに気付くが、まあどうでもいいかと匙を投げた。

 

「あ、桐生くん。おはよう」

 

 そして起き上がった彼に声をかけたのは、火傷で大変なことになっている彼の左足に反転術式を当てている乙骨と、彼の傍らで大人しく治療が終わるのを待っている里香の姿だった。

 辺りを見渡せばパンダと狗巻が辺りを警戒しているが、不意に振り向いた二人が笑顔を浮かべながらサムズアップしてくる。

 貴丈は二人の無事に安堵の息を漏らすが、今はそっちじゃないと言わんばかりに乙骨に声をかけた。

 

「お前、あの話はしたのか」

 

 その問いかけに乙骨はギクリと肩を跳ねさせ、気まずそうに目を逸らした。

 あの話?と首を傾げる真希、パンダ、狗巻の反応に貴丈は頭を抱えながら溜め息を吐き、「俺が説明するのか?」と脅すような厳しい声音で乙骨に問いかける。

 その言葉に乙骨は「僕がするよ」と少々怯えるような声音で応じ、事情を知らない三人に向けて言う。

 

「……えっと、その、力を貸してもらうかわりに、里香ちゃんと同じ場所に逝く約束をですね……」

 

「「はぁ?!?」」

 

「めんたいこ?!」

 

 乙骨の告白に三人は驚き、慌てて彼の方に目を向けたのとほぼ同時。貴丈の左足が火傷の跡を残して傷が完治した。

 貴丈は具合を確かめるように足首を回し、痛みがないことを確認。

 彼の様子から大丈夫そうだと判断した乙骨は、説明の続きを口にする。

 

「せめて皆の怪我を治してからって里香ちゃんにお願いしてまして、今それも終わりました」

 

 恐る恐る、厳しい親にしでかした悪行を暴露する子供のような声音でそう言うと、真希が彼に詰め寄った。

 

「オマエ、それ死ぬってことじゃねぇか!!何考えてんだ、バカ!!!」

 

 そのまま彼の胸倉を掴んで前後に振り回しながら怒鳴りつけ、オマエらも何か言ってやれとパンダ、狗巻、貴丈に目を向けた。

 そしてパンダと狗巻が不満顔のまま何かを言おうとすると、それを制するように貴丈が頭を下げた。

 

「悪いッ!!俺がもっと強ければ、そんな事をしなくても済んだッ!何か言うなら俺に言ってくれ!」

 

 彼の口から勢いよく放たれたのは謝罪の言葉だった。

 その言葉の通り、自分が強ければ乙骨が命を捨てる必要はなかったと己を責め、せめてそして三人の叱責からは守ってやるべく矢面に立とうとしている。

 

「そ、そんな、桐生くんのせいじゃないよ!僕が勝手にやったんだから!!」

 

「それでもだ!やっぱりオマエを連れてさっさと逃げるべきだった、俺の判断ミスだ!」

 

「違うよ!それなら僕がもっと早く逃げたり、二人と合流してれば良かったんだ!!」

 

 今まで揃って気絶し、貴丈に限って言えば死にかけていたというのに、二人は戦闘中もかくやという程の迫力で水かけ論を展開し始めた。

 そこに割り込む隙すら与えられない三人は顔を見合わせ、あの乙骨が貴丈に言い返していると二人の関係の急接近や、乙骨の性根が強くなっていると僅かに驚く。

 だがいつまで経っても終わらない二人の怒鳴り合いに痺れを切らした真希が割り込もうとするが、里香が随分と静かなことに気付いて彼女に目を向けた。

 目の前で乙骨が口喧嘩をしているのに、貴丈に襲いかかる気配はおろか、乙骨の盾になろうと動く気配もない。

 彼女の疑問が伝播したのか、パンダと狗巻も里香に目を向けると、微動だにしなかった里香の身体が突然ボロボロと崩れ始め、異形の肉体が瞬く間に朽ち果てていく。

 

「り、里香ちゃん?!」

 

 そんな彼女の異変に気付いた乙骨が慌てて彼女に駆け寄ると、ついに限界を迎えた里香が形を崩し、そこから一人の少女が現れた。

 幼いながらも大人びた雰囲気を放つ、口元に黒子がある黒髪の少女。

 貴丈はもちろん、乙骨を除いた四人は見覚えのない少女の登場に狼狽えるが、乙骨は彼女に駆け寄りながら彼女の名を口にした。

 

「……里香、ちゃん?」

 

 少女の事を乙骨が「里香」と呼ぶと、貴丈たちは『え?』と揃って間の抜けた声を漏らすが、不意にパチパチと拍手の音が崩れた塀の向こうから聞こえ、そこから白髪碧眼の美丈夫が姿を現した。

 

「おめでとう、憂太。解呪達成だね」

 

 そして誇らしげな声音で乙骨にそう言うが、肝心の一年五人の反応は鈍い。

 言葉に迷うように顔を見合わせ、たっぷり時間を開けてから代表して貴丈が問う。

 

「……あんた誰」

 

「グットルッキングガイ五条悟先生ダヨ〜」

 

 そして、戦闘の激化に伴って目の包帯を外しただけなのに生徒に誰呼ばわりされた五条が残念そうにジト目になりながらそう言うと、貴丈は「怪我してたんじゃねぇんだ」と呆れ顔で呟く。

 常日頃から目を包帯で隠しているのだ。人に見せたくない何か──それこそ大きな傷跡があるのかと思っていたのだが、そうではないようだ。

 彼の指摘にドヤ顔を浮かべた五条は「僕の目は特別なんだ」と返し、すっと目を細めて貴丈の腰に巻き付くベルトと、里香と呼ばれた少女をじっと見つめた。

 

「この目──『六眼』っていうんだけど、簡単に言えば呪力の流れが見えるって代物なんだ。普段は見えすぎるから隠しているんだけど……ふぅんーん、なるほど」

 

 顎に手をやって僅かに思慮した五条は、まずは里香と乙骨からと言わんばかりに二人に視線を向けた。

 

「憂太の仮説と貴丈の疑問が気になってね、憂太の家系を調べさせてもらった。それで、ようやくわかったんだけど」

 

 そして心底嬉しそうに笑いながら乙骨の肩に手を置き、自分の顔の横でピースマークを作りながら彼に告げた。

 

「君、菅原道真の子孫だった。超遠縁だけど、僕の親戚!!」

 

「すが──えっと、誰?」

 

 乙骨はその言葉の意味がよくわからずに首を傾げ、助けを求めるように貴丈に目を向けるが、彼もわかっていないので肩を竦めるばかり。

 だが真希、狗巻、パンダの二人と一匹はマジかと言わんばかりに二人を見ると、代表して真希が口を開いた。

 

「日本三大怨霊の一人。超大物の呪術師だ」

 

 溜め息混じりに、そして心底面倒くさそうに真希がそう教えると、二人は揃って「へ〜」と気の抜けた声を漏らす。

 その間抜け面を思わずぶん殴ろうとした拳を振り被るが、疲弊しきっている二人にそれはどうなんだと自問することでどうにか引っ込め、怒りを抑えるように力んだ呼吸を繰り返す。

 そんな彼女に良く我慢したと言わんばかりにパンダが肘で小突くと、お返しと言わんばかりに彼に鉄槌が下された。

 悲鳴をあげながら崩れ落ちるパンダをとりあえず無視した五条は「憂太が正しかった」と呟いて、乙骨と里香に目を向ける。

 

「里香が君に呪いをかけたんじゃない。憂太が里香に呪いをかけたんだ」

 

「──ッ!」

 

 その言葉に乙骨はハッとすると、何かを思い出したかのように里香に目を向けた。

 里香が事故に遭ったその瞬間、彼は彼女の死を否定し、彼女をこの世に縛り付けるほど強力な呪いをかけてしまった。

 忘れてはいけない筈なのに、今の今まで忘れていたその時の感覚を思い出し、頭を抱えてしまう。

 

「呪いをかけた側が主従制約を破棄し、かけられた側も君に罰を与えようとしていない。なら、解呪は完了。ま、彼女を見れば分かりきったことだよね」

 

 五条が話をそう締めくくると、乙骨は「僕のせいじゃないか」と呟き、涙を流し始めた。

 里香を怪物に変えたのも自分。彼女に人を傷つけさせたのも自分。

 そして今回の騒動──多くの命が危険にさらされた百鬼夜行が起きたのも、過去の自分が原因。

 それに気付いてしまった乙骨は嗚咽を漏らしながらその場に崩れ落ち、大粒の涙で頬を濡らした。

 凄まじいまでの自己嫌悪。自分で自分を攻撃してしまっている乙骨だが、そんな彼を里香がそっと抱きしめた。

 

「憂太、ありがとう」

 

 そして彼にお礼の言葉を告げて、驚く彼を優しく撫でてやりながら言葉を続ける。

 

「時間をくれて、ずっと側に置いてくれて。里香はこの六年が、生きてる時よりも幸せだったよ」

 

 

 ──バイバイ。あんまり早くこっちにきちゃダメだよ?

 

 

 彼女が幸せそうに笑いながらそう言うと、突然身体が光り始め、身体から漏れ出た光の粒子が空へと昇っていく。

 もうお別れの時間なのだろうことは、見ればわかる。

 そしてこの場に置いて、彼女に言葉を投げかけていいのはただ一人。

 

「……うん。またね」

 

 そっと彼女から身を離した乙骨がそう言うと、里香の身体は完全に光の粒子へと変わり、空への昇っていった。

 それを見送った乙骨は涙を拭い、泣き腫らした顔で空を見上げた。

 そんな二人の別れを見届けた貴丈は僅かに俯き、額を掻きながら溜め息を漏らす。

 

 ──俺があいつらに呪いをかけたとしても、どうすれば制約を破棄できるんだ……?

 

 今の話で自分と乙骨は極めて似た状況であることが理解できた。

 乙骨は全てを投げ出すことで主従制約を破棄したが、自分はどうすればいいのか。

 

 ──そもそも俺とあいつらに主従制約があるのか?

 

 様々な疑問が湧いては消え、湧いては消えを繰り返す。

 

「貴丈?」

 

 そんな彼に五条が声をかけると、彼はハッとして顔を上げた。

 件の六眼がじっとこちらを見つめ、忙しなく動いているのは貴丈が纏う呪力を観察しつつ、彼の表情から不調を察したからか。

 

「何ですか?」

 

 心配そうにこちらを覗き込んでくる五条に、貴丈はどこかぶっきらぼうにそう問いかけるが、当の彼は酷く残念そうに肩を竦めて「それがさ〜」とぼやく。

 

「ついでに君の事も改めて調べたんだけど、全く分からず終い。施設にいたよりも前、どこで、誰との間に生まれたとかはわからなかったんだよね」

 

「……そうですか。まあ、別に期待はしてないっすけど」

 

 五条の悪態に貴丈は大して気にした様子もなく返し、小さく肩を竦めた。

 自分にとっての家族はあの施設の人たちであり、顔も名前も知らない肉親になど興味はない。

 今さら知ったところで、とりあえずぶん殴るかもしれないとしか言えない。

 そして五条の方も予想通りの返答に「それもそっか」と返し、彼の肩に腕を回した。

 

「とにかく、このベルトが何なのか説明してくれない?顔とかの火傷もそれが原因?」

 

 そして彼の腰に巻かれたままのベルトに目を向け、すっと目を細めた。

 呪力を通して貴丈と繋がり、ベルトに填まったフルボトルの力を高めているのは間違いない。

 

「なんか、色々あった結果できました。無事かはわかりませんが、その辺に壊れたやつも転がってると思いますよ。それで火傷については、ちょっとボトルの制御がうまくできなかった結果です」

 

「なるほど。火傷の跡は反転術式でも消えないから仕方ないか。ちょっとそのベルト借りていい?調べるから」

 

「うす」

 

 五条の提案に頷き、ベルトを取り外して五条に渡す。

 六眼でベルトを調べれば、自分の術式に関して何かわかるかもしれない。

 そしてベルトから手が離れると同時にベルトの音声に関してを思い出し、五条に向けてラビットフルボトルとタンクフルボトル、ついでに片手に乗り切る分だけ何本かフルボトルを差し出した。

 

「ん?これも?」

 

「なんか、ラビットとタンクを組み合わせると、他の組み合わせじゃ出ない変な音声が流れるんです。その組み合わせだけなのか、他の組み合わせでも流れるのかは、わからないんすけど……」

 

「オッケー。それについても調べてみるよ」

 

 五条は得意気に笑いながら応じ、フルボトルを確かに受け取った。

 夏油との戦闘で特に酷使されたラビット、タンクのフルボトルは既にボロボロであちこちにヒビが入り、僅かに塗装も剥げている。

 

「ああ、ついでに──」

 

 それを見た五条は仲間たちが祓った呪霊の中に数体の変異型呪霊がいたという情報を思い出し、真剣な面持ちで「ボトルの生成もよろしく」と貴丈に告げた。

 家族の死という現実を唐突に叩きつけられた貴丈だが、その言葉に狼狽える事なく無言で頷き、そのまま手元に呪力を込めてボトルを生み出す。

 まずは自分で祓った(殺した)スパイダースマッシュの力がこもったスパイダーフルボトル。

 そして次は夏油に殺された焔の、つまりはフェニックススマッシュの力が込められたフェニックスフルボトルを──、

 

「あれ?」

 

 生成しようとして、すぐに手を止めた。

 何故だろう。スパイダーフルボトルはすぐに手元に出てきたのに、フェニックスフルボトルが出てこず、変わりにタカの紋様が刻まれた橙色のフルボトル──タカフルボトルができたのだ。

 何か間違えただろうかと、続けて夏油との戦いで破壊されてしまったハリネズミフルボトル、ダイヤモンドフルボトルを再度生成して具合を確かめると、その流れのままに次のフルボトルに意識を向ける。

 片手間で様々なフルボトルを生成していくが、出てくるのは電車やオクトパス、ロケットなどの関係のないものばかり。

 

「なんで……?」

 

「どうしたの?」

 

 一人で黙々とボトルを生み出しては困惑するという、側からみればよくわからない状況にいる彼に乙骨が声をかけると、貴丈が彼に問うた。

 

「焔は確かに死んだよな?」

 

「焔……?あのとき割り込んできた?」

 

 乙骨の確認に貴丈は頷き、「オマエも見たよな?」と重ねて問いかけた。

 彼の問いに乙骨は「うん」と返し、その時の光景を思い出す。

 

「夏油の攻撃で身体がバラバラになって、そのあと──」

 

「灰になったよな?でも、フルボトルにできない……」

 

 ──どういうことだ?

 

 貴丈はうんうんと唸りながら頭を捻るが、やはり答えが分からずに額を掻いた。

 自分がトドメを刺さなかったから、それなら他の家族だってそうだ。だから違う。

 撃破した直後、夏油が取り込んだ。なら呪霊に混ざってうずまきで放たれる筈。そしてその時に自分と里香の手で祓われた筈だから、これも違う。

 

 ──わっかんねぇな……。

 

 彼の苛立ちが表に出るようにぼりぼりと乱暴に額を掻き、僅かに開いてしまったからか血が出てしまうが、それに構う様子はない。

 

「はい、ストップ」

 

 そんな彼を見かねた為か、何やら乙骨と話していた五条が貴丈の手を掴んで無理やり額から引き離すと、「傷、開いちゃってるから」と血に濡れた彼の指先を示した。

 その一言にようやく傷を抉っていた方を自覚したのか、貴丈はやべと言わんばかりに自分の手を見つめながら罰の悪そうな表情を浮かべる。

 服で乱暴に額と指先を拭った彼は「大丈夫です」と返し、今度は顎に手を当てて相変わらず思慮している様子。

 そのまま無意識だろうに再び額を掻こうと手が伸びるが、今度は真希が彼の腕を掴んでそれを阻止。

 

「いい加減にしろ。治されたばっかなのに、いちいち怪我すんな」

 

「あ?ああ、(わり)ぃ」

 

 五条に右手、真希に左腕を押さえられた状態で謝るのだが、彼はその姿勢のまま虚空に目を向けて再び思慮を開始──、

 

「さっきも言ったけど、はい、ストップ」

 

 しようとした途端に、五条の一言でそれも中断させられた。

 貴丈は不服そうに五条を睨むが、五条はそれを軽く受け流しながら彼に言う。

 

「君だって疲れてるんだから、今はしっかり休むこと。後のことは大人に任せなさい」

 

 自信満々に胸を叩きながらそう言うが、言ってしまえば今回の騒動の山場はもう過ぎており、やることと言えば辺りの残骸の処理や、各地にある残党の排除程度。

 真希たちが運んでくれたからか、現在地はまだ塀や校舎が形を留めているが、戦場となった場所は文字通りの更地だ。

 そういう意味では片付けも楽かもしれないが、校舎やその他施設の建て直しに関してはそれなりにかかりそうではある。

 

「……まあ、頑張ってください」

 

 それに関わるであろう人達の苦労を想像しながら、目の前の男に言う必要もなさそうな言葉を投げかけた。

 だが五条としてはそれでいいのか、ご機嫌そうに笑いながら「まっかせろい!!」と意気揚々と胸を張る。

 そんな五条の姿に生徒たちは困り顔で溜め息を漏らした。

 何があっても相変わらずで、割と相手をムカつかせることが多いこの男が、現代最強なのだから世の中よくわからない。

 だがそんな彼が激戦地である新宿や京都ではなくここにいるというのは、もう事態が収拾に向かっている何よりの証拠だろう。

 

「おら、撤収するぞ」

 

 真希は掴んだままだった貴丈の腕を引きながらそう告げて、他三人を引き連れながらとりあえず無事そうな校舎に向けて歩き出す。

 

「別に一人で歩けるぞ?」

 

「あ?別にいいだろうが、たまには甘えろ」

 

「ま、真希の口から『甘えろ』だと?!明日は槍が降るな」

 

「しゃけしゃけ!!」

 

「別にいいだろうが!!こいつには助けられたんだよ、今の内に返しておかねぇと何言われるかわかんねぇだろ!」

 

「桐生くんは変なことしないと思うけど」

 

「なんだ。随分と貴丈の肩を持つじゃねぇか、憂太」

 

 喧々轟々。死に直面しながらもお互いに助け合って激闘を潜り抜けたというのに、それを感じさせない声音で会話をする彼らの背を見つめた五条は、ふと何かを思いついたのか貴丈を呼び止めた。

 

「貴丈、ちょっといいかい!」

 

「なんですか?てか、もうだいぶ遠いんすけど?!」

 

 そんな五条との距離はおおよそ二十メートル。話しかけるには少々どころかだいぶ遠い。

 だが貴丈は無視する事なく声を張り上げて返事をすると、五条は得意気な表情を浮かべながら彼に言う。

 

「君の術式の呼び方なんだけど、『ビルド』なんてどうかな?『未来を創る!!』なんて、傑相手に大口叩いたんでしょ?いい名前だと思うんだ」

 

「──ッ!?な、なんでそれを知ってるんですか?!」

 

 彼の言葉に貴丈はその名前に対する返事もないままに今さら恥かしくなったのか、頬を赤くしながら五条に問うが、すぐにハッとして乙骨に目を向けた。

 あのセリフを聞いていたのは、乙骨、里香、夏油の三人。

 里香は先ほど解呪され、夏油に関してはわかないが、あの手応えからしてまず間違いなく死んでいる筈。

 つまりは消去法で五条に教えたのは乙骨であり、そう思えば先ほどこそこそ話をしていた理由にも納得がいく。

 

「憂太、オマエ!チクリやがったなこの野郎!!!」

 

「えぇ?!ぼ、僕!?何にも言ってないよ!!」

 

「うるせぇ!オマエ以外考えらんねぇんだ、正直に言いやがれ!!」

 

 貴丈はそう言いながら乙骨が犯人だと決めつけて彼に襲いかかり、対する乙骨は完全な冤罪である為に困惑するばかり。

 確かに五条と話してはいたが、それは今後の身の上に関する話を簡単にしただけのことだ。やましい話はしていない。

 うわぁ!?と悲鳴をあげた乙骨の頭を脇で押さえ込み、こめかみにぐりぐりと拳を擦り付けながら「この野郎、この野郎」と彼を攻撃するが、その手つきからして本気ではないのは確かで、単にじゃれついているだけなのは目に見えてわかる。

 そんな彼らを微笑ましいものを見るように見つめていた五条は、面白そうだからと教えてくれたのは夏油であることを伏せつつ、ふとある事に気付いて声を殺して笑い始めた。

 それが合図になったのか、真希、パンダ、狗巻もそれに気づき、顔を見合わせてニヤリと怪しげに笑う。

 

「なんだよ。俺と憂太が仲良くしちゃ悪いかよ」

 

「いや、そういうわけじゃないんだが」

 

「しゃけ」

 

 乙骨の頭を脇で押さえたまま三人を睨む貴丈に、パンダと狗巻は浮かべた笑みをそのままに返し、何が可笑しいのかまでの指摘は避けた。

 真希もまたハッと鼻を鳴らして彼を笑うのだが、「まあ、いいんじゃねぇか?」と肩を竦めてぺちぺちと貴丈の頬を叩く。

 

「オマエの笑顔、悪くねぇ」

 

「え?俺、笑ってたのか?」

 

「ああ。ガキみたいにくしゃっと、な」

 

「うっわ、マジか」

 

 真希の言葉に貴丈は頭を抱え、脇に抱えていた乙骨をパンダの方にぶん投げた。

 乙骨はこれまた悲鳴をあげるが、どっしりと構えていたパンダに受け止められ、彼から香るお日様の臭いに僅かに癒される。

 そんな彼を横目に照れ臭そうに頰を掻いた貴丈は、いい機会だからと四人に向けて告げる。

 

「でも、きっと俺が笑えたのは、俺が変われたのは、オマエらのおかげだ。オマエらが、あの日ぶっ壊れた俺を創り直してくれた。ありがとう」

 

 あまりの羞恥に頰を赤く染めながら、それでも優しげな──かつての彼がよくしていた本来の笑顔を浮かべながらそう言うと、四人は顔を見合わせながら頷き、彼に笑顔を返した。

 そして我先にと貴丈に近づいたパンダが彼の肩に手を置きながら言う。

 

「そんなお堅いこと言うなよ。俺たちと貴丈の仲だぜ?」

 

「しゃけしゃけ。めんたいこ」

 

「そうだよ、桐生くん。水臭いこと言わないで」

 

 男三人はそう言って彼の脇を小突いたり、背中を叩いたりしながらそう言うと、真希は貴丈の鳩尾を軽く殴った。

 貴丈が「う"!?」と汚い悲鳴と共に崩れ落ちると、彼を見下ろしながら鼻を鳴らした。

 

「オマエには助けられたからな、これで貸し借りなしだ。飯奢らせないだけありがたく思えよ」

 

「だからって殴ることないだろうが……っ」

 

 彼女の言葉に貴丈は胸の辺りを押さえながらそう返すが、何かを察した様子のパンダがニヤニヤと楽しそうに笑いながら真希に言う。

 

「そんな照れ隠ししちゃって、いい加減素直になれよな」

 

「は?何言ってんだ」

 

「『オマエの笑顔、悪くねぇ』なんて言っちゃって。流石に俺と貴丈の仲でも恥ずかしくて言えないな」

 

「しゃけ。たかな」

 

 そしてパンダの言葉に狗巻が首肯しながらそう言うと、乙骨もそういえばと先程の貴丈と真希のやり取りを思い出したのか、ぼそりと「確かに」と呟いてしまった。

 その直後、ようやく彼らの言葉の意図を察した真希がバキバキと指を鳴らし、それを合図に三人はハッとして彼女に目を向ける。

 

「よし。オマエら、歯を食い縛れ!!!!」

 

 肉食獣もかくやという歯を剥き出しにした獰猛な笑みと共に、彼女は拳を振りかぶってパンダ、狗巻、乙骨の三人に殴りかかった。

 だがまだ負傷が尾を引いているのは動きのキレが弱く、三人にはギリギリで避けられ、そのまま逃げられてしまう。

 

「待ちやがれ!!!」

 

 そんな彼らを追いかけるが三人はそれぞれ別方向に逃げていくが、真希は迷う事なくパンダを追いかけ始めた。

 

「なんで俺?!」

 

「オマエが言い出しっぺだからだ!」

 

「たかな、めんたいこ!!」

 

「パンダくん、頑張って!!」

 

 真っ先に狙われたパンダが真希を非難するが、彼女はそれを素早く切り返して彼に肉薄。狗巻と乙骨は他人事のように彼の背中に声援を送るが、それも虚しくパンダの悲鳴が辺りに響いた。

 パンダを一撃で沈めた真希は勢いのままに狗巻、乙骨の方に狙いを定めて動き出し、思いの外早かったパンダの脱落に慌てて逃亡を再開。

 いつも通り騒がしい同級生たちの姿に貴丈はもう隠す気もなく笑い始め、その顛末を見届けようとするが、

 

「ねぇ、貴丈?」

 

 そんな彼の背後にいつの間にか移動していた五条が彼の肩に顎を乗せると、「僕にはなんかないの?」と不満そうな声を漏らす。

 先程の告白は確かに同級生たちに向けられていたが、そこに五条が含まれている感じではなかった。

 何となく感じた疎外感故か、あるいはそれこそ子供のように構ってほしいだけなのか、ねえねえと肩に顎を乗せたまま声をかけてくる。

 貴丈は面倒くさそうに溜め息を吐くが、五条がいなければここにいられないこともまた事実。

 

「えっと、ありがとうございます?」

 

「なんで疑問形なのさ!そこは言い切って欲しかったな!!」

 

 そしてそんな内心が表に出てしまったのか酷く曖昧な声音でそう告げると、五条は不満そうに声を張り上げ「裏切り者!」と訳のわからない事を宣いながらどこかへと走り去っていく。

 

 ──それにしても『ビルド』、ね。

 

 彼の背を見送りながら五条が提案してくれた術式名を思い出し、焼き爛れた自分の右腕に目を向けた。

 自分を含め、様々なものを壊し続けるこの力が『創造(ビルド)』の名を冠するとは、皮肉にも感じてしまうが、

 

「──ビルド。創る、形成するって意味の、ビルドか」

 

 そしてどこか格好をつけた声音でそう言いながら、力の抜けた笑みを浮かべた。

 歴史が長い故に漢字で名を表すことの多い術式において、当て字があるわけでもない全くの新しい概念の術式名。

 それを自分が背負うのは少々重い気もするが、何を今更と鼻で笑う。

 もう色々と背負っているのだ。今さら御大層な名前を背負う程度がなんだ。

 貴丈が不敵に笑う中、狗巻、乙骨の悲鳴が耳に届き、慌ててそちらに目を向けると、三人揃って真希の前に正座させられ、まさに説教が始まろうとしていた。

 貴丈は巻き込まれる前に退散するかと四人に背を向けるが、

 

「おい、貴丈!どこ行くんだよ、オマエからも何か言ってやれ!」

 

 そんな彼を真希が呼び止めると、彼はギクッと肩を跳ねさせ、溜め息混じりに振り向いた。

 真希は無言で手招きして彼を呼び寄せ、何か言えと言わんばかりに正座する三人を指差す。

 

「なんだ、コーヒーでも淹れるか?」

 

 そして微笑み混じりに告げられた一言に、パンダ、狗巻は表情を青くし、まだ彼のコーヒーの味を知らない乙骨はそんな二人を見ながら疑問符を浮かべた。

 話だけは聞いている。二度と飲みたくない程に苦く、しばらく口の中に違和感が残るほど後に引くとも言われた。

 言われたが、まだ飲んだことがないから二人が誇張して説明した可能性もあるしと、僅かに楽しみにしているような節さえある。

 そんな三人それぞれの反応を見た真希は「決まりだな」と告げてニッと得意気に笑う。

 彼女の言葉に貴丈は喧嘩を始める前のように指を鳴らし、三人を少しでも安心させようとグッとサムズアップ。

 

「なら、さっさと戻るとするか。今度こそ美味いコーヒーを淹れてみせる」

 

 彼の一言にパンダと狗巻は諦めたように息を吐き、乙骨は「楽しみだね」と貴丈のコーヒーを知らないが故に無邪気に笑う。

 そんな一年たちの様子を物陰からこっそりと見ていた五条は、貴丈のベルトを手で弄びながらぼそりと呟いた。

 

「良かったね、貴丈」

 

 あの目の前の現実に押しつぶされ、誰よりも死を望んでいた青年の姿はもうなくなり、今あるのは傷だらけになりながらも友人たちと笑っている年相応の青年の姿だ。

 そして、彼を変えたのは本人がそう言ったように同級生の彼らだ。

 

「これ以上なく、いいチームになったね。まさにベストマッチだ」

 

 はははと愉快そうに笑いながらそう言うと、不意にベルトとフルボトルに目を向け、ニヤ〜とイタズラを思いついた子供のような笑顔を浮かべた。

 彼は何かしらの組み合わせで音声が流れると言っていたが、

 先ほどハブられた仕返しというわけではないが、多少変な事をしても彼なら許してくれるだろう。

 何を根拠にしたのかはわからないが彼は勝手にそう判断すると、生徒から託されたそれらを大事そうに抱えながら、生徒たちから気付かれないようにその場を後にした。

 

「何人たりとも、若者から青春を取り上げちゃ駄目だからね」

 

 混ざりたいとうずうずしている自分にそう言い聞かせながら──。

 

 

 

 

 

 勝者がいれば、敗者もいる。

 貴丈たちが勝利を喜んでいるのと時をほぼ同じくして、リーダーであった夏油を失った彼の一派には、もはや見るに耐えないほど悲痛な雰囲気が流れていた。

 彼を父のように慕っている美々子、菜々子は先程から泣いてばかりで、他の呪詛師たちも彼女らを励ますことができず、言葉に迷って俯くばかり。

 先の戦いで失ったものはあまりにも大きい。夏油だけではなく、その他有力な呪詛師も幾人かも戻らず、彼らが逃げ果せたのか、それとも討伐されてしまったのか、それすらもわからない。

 あの現代最強の五条を二十分近く足止めをした、今回の作戦の要であった黒人呪詛師──ミゲルでさえも、まだ戻ってきてはいないのだ。

 そして夏油の護衛として着いて行った焔もまた、帰ってこない。

 彼女が美々子、奈々子を慰められたかもしらないが、いないものはいないのだ。

 誰もが口を閉じ、何かを言う気力さえも湧いてこない中、ただ一人の男だけが部屋の片隅で黙々とコーヒーを淹れていた。

 黒く黒く、なによりも黒く染め上がったそれはコーヒーというよりも泥水のようではあるが、そこから香るコーヒの香りがそれを否定する。

 それを淹れ終えた男はそれを無言で呷ると気絶しそうなほど強烈な苦味に目を見開き、思わず溢れた涙をそっと拭う。

 

「また失敗だな。どうにもコーヒーを淹れる才能はないようだ」

 

 そして周りの仲間たちの悲痛な雰囲気を気にもとめず、コーヒーの味をそう評して残りをどうするか唸り始める。

 夏油一派に属する白衣を着た壮年の男。彼も前線に出ていたからか、普段は知的な雰囲気を纏う彼も疲労の色が濃く、コーヒーを処分する手も僅かに震えている。

 だが、その場において夏油や焔の死を最も気にしていないのは彼である事に違いはあるまい。

 

「──ざけんな」

 

 そしてそれこそが、今の美々子と菜々子にとっては地雷そのものであった。

 

「夏油様が死んで、焔も死んで、それよりもコーヒーの方が大事なのかよ!!」

 

 菜々子が大粒の涙を流しながら声を荒げ、男に掴みかからん勢いで彼に詰め寄るが、男はそれを手で制して「落ち着きたまえ」と残酷なほど冷静な声音で告げる。

 そして彼女の止めようと差し出した手を彼女の頭に置くと、夏油を真似て優しく撫でてやった。

 菜々子は不満そうに歯を剥き出しにしながら唸り、美々子も絶対零度の視線を彼に向けるが、男は気にせずに言う。

 

「確かに夏油は死んだが、彼の志が死んだわけではない。彼の事を想うなら、彼が成そうとした事を引き継ぐべきだ。その成就が、彼への手向けになる」

 

 そしてその場にいる全員に向け、誰もが求めていた次への指針と、夏油への忠誠心の証明する手段を開示し、消沈気味だった彼らの瞳にも力が戻る。

 そんな彼らの様子を見ながら、男は「それに──」と付け加えて不敵に笑んだ。

 

「少なくとも、彼の肉体は死んでいない」

 

 彼の意味深な言葉。その意味がわからずに皆が一様に首を傾げる中、突然部屋の扉が開け放たれ、彼らは現れた。

 同時に呪詛師たちの間に困惑のどよめきが広がり、信じられないものを見たように腰を抜かす者や、泣き出す者さえもある。

 現れたのは、前髪の一部をさながら触手のように前に垂らし、教祖らしい派手な柄をした袈裟を着る一人の男。

 何か治療した痕跡なのか、額を横断するように大きな縫い目があり、浮かべる微笑は優しさよりも怪しさが強い。

 

「夏油……様……?」

 

 そして現れたのは、先程死んだはずの特級呪詛師──夏油傑その人だった。

 だが何かが違うと本能的に察知したのか、皆は一様に困惑し、警戒を強めていくが、そんな夏油の背後からひょこりと少女が顔を出した。

 

「やっほ〜。ただいまです」

 

 その少女は気の抜けた声と共に帰還の報告し、改めて仲間達の前に姿を現す。

 濡羽色の髪や黒いワンピース。そして、実年齢の割に大人びた雰囲気を放つ不思議な少女。

 彼らは二度と会う事はないと思っていた彼女の登場にも困惑する中、菜々子が彼女の名を呼んだ。

 

「ほ、焔、ちゃん……?」

 

「はい、私ですよ。えへへ、驚きました?」

 

 そして親友たる彼女に名を呼ばれた焔は照れたように笑いながら、ぽりぽりと頬を掻く。

 二人の登場に周りが困惑する中で、白衣の男だけが普段通りの様子で二人を見つめると、不意に夏油とほんの一瞬だけ視線を合わせ、お互いに不敵に笑いながら頷き合った。

 白衣の男はその流れで焔に目を向け、「流石だな」と感嘆の息を漏らす。

 その言葉に焔はドヤ顔をしながら、ポケットからフェニックスフルボトルを取り出した。

 より強い呪力を帯び、握るだけでもほのかな温かさを感じるそれは、彼女を救った最愛の兄からの贈り物だ。

 

「不死鳥があんなので死ぬものですか。お兄ちゃんは私が死んじゃったって思ってるかもですが」

 

 彼女が司るは不死鳥の力だ。その名の通り死ぬ事はなく、頭を潰させようが、心臓を穿たれようが、呪力が残っている限り復活する。

 もちろんそれを貴丈は知らず、知っているのは彼女自身と白衣の男、そして夏油の三人程度。

 相手に死んだと思わせる、一度しか切れない切り札だ。出来るだけ漏洩を抑える為、絶大な信頼を寄せる夏油と、自分に力の使い方を教えてくれた白衣の男にしか教えていない。

 

「なら、タイミングを見て会いに行くといい。彼も泣いて喜ぶ筈だ」

 

「今度は泣きながら私のこと殺しにきますよ、たぶん」

 

 故に彼女の復活に眉も動かさずに男がそう言うと、焔は心底楽しそうでありながら困ったようにそう返し、「もっと強くならないと」と胸の前でぐっと拳を握りながら気合を入れる。

 そんな彼女を頼もしげに見つめた白衣の男は、すぐに真剣な面持ちになると夏油に目を向けながら彼に問う。

 

「世界を喰らう蛇は卵から孵った。あとは彼の成長を待ちつつ、呪いの王を呼び覚ますだけだな」

 

「ああ。これでようやく彼らとの約束と、私の目的の達成に近づけた。全く、長かったよ」

 

 彼の言葉に夏油は頷き、楽しみだと言わんばかりに笑みを浮かべながら、達成感に満ちた表情を浮かべた。

 だがその顔は、やはりかつての夏油が浮かべたものとは違う。

 その形状しがたい違和感はほぼ直感により核心に変わり、呪詛師の誰かの口からぼそりと夏油に向けての問いかけが飛んだ。

 

「お前は、誰だ……ッ!?」

 

 その一言に夏油は「失礼だな」と苦笑混じりに返し、少々芝居じみた動作で彼らの方に振り向き、彼らに向けて告げた。

 

「私は私だ。誰がなんと言おうとも、夏油傑だとも」

 

 その宣言と共に呪詛師たちを見渡し、彼らに向けて言う。

 

「──さあ、次の計画を始めようじゃないか」

 

 

 

 

 




これにて、第一章は完結。次回から数話かけて幕間編になります。

感想等ありましたら、よろしくお願いします。
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