「桐生貴丈!お前、どんな女が
その問いかけに貴丈が真っ先に感じたのは強烈なまでの
自分がまだフルボトルを振り回すことしかできず、本当の意味での覚悟を決めるずっと前。自分にとっても未知の塊であった術式を知ろうと、何の前触れもなく訪ねてきた特級呪術師──九十九由基。
荒らすだけ荒らしてどこかに行くという、まさに嵐のような人ではあったが、彼女のおかげで新しい趣味を見つけられたのもまた事実だ。
そんな彼女が、何より優先すべき本題を無視した一つ目の質問が目の前の巨漢が投げてきたものと同じ。
貴丈は僅かに感じた頭痛に小さく唸り、目を伏せるが、巨漢の言葉は止まらない。
「性癖にはソイツの全てが反映される。女の趣味がつまらん奴はソイツ自身もつまらん。俺はつまらん男が大嫌いだ」
「……」
突然の質問と何故か熱のこもっていく言葉にひたすらに困惑していく貴丈は、とりあえずの逃げ道を求めて巨漢に問うた。
「せ、せめて名前を教えて欲しいんですけど……」
「俺か?俺は京都校二年、
その問いに間髪入れずに巨漢──東堂が返すと、いよいよ逃げ道を失った貴丈は言葉に迷い、目を泳がせた。
何故滅多にないであろう初対面の相手に性癖を暴露するという謎の状況が、呪術師となってから二度もあるのだと胸中で悪態をつくが、前回と違うことがあるとすれば今回の相手は同性で、何なら同世代であることか。
仲良くなりたいのなら、そういった異性の好みに関する話を避けては通れまい。……おそらく、だが。
「東堂先輩!」
「なんだ、桐生貴丈!」
自分にそう言い聞かせて覚悟を決め、東堂を呼ぶ事で自ら退路を塞いだ貴丈は、深呼吸をして高鳴る鼓動を落ち着かせつつ、自らが隠し通してきた性癖を宣言した。
「──俺は、背が高くて尻が大きい人が
ウジウジして伝わりづらい遠回しな表現は避け、相手の求めている解答をド直球にぶつける。こういった面倒な手合いは、こうした方が短いやり取りで済む。──筈だ。
どうだ、言ってやったぞ!と羞恥に顔を赤くしたまま不器用に不敵に笑んだ貴丈は、東堂の反応を伺おうと顔を上げた瞬間、貴丈の口から「は?」と間の抜けた声が漏れた。
「────」
東堂の目から大粒の涙が溢れ、貴丈の視線から逃れるように天を仰いだのだから混乱もしよう。
そして貴丈が知るよしもないことだが、彼の返答があった直後、東堂の脳内には
府内某所、某中学校。
「東堂先輩、本気ですか!?」
夕陽差し込む放課後の教室に、貴丈の困惑の声が木霊した。
「俺は高田ちゃんに告白する!」
高田ちゃん。それは東堂が生み出した妄想の内の人物ではなく、実在する人物ではある。
身長180cmを誇る高身長アイドル。フルネームは高田延子。
現実における東堂の推しのアイドルであり、彼女が出るイベントはもちろん、出演する番組をリアルタイム視聴、録画視聴の二度を必ずする程に推している相手だ。
そして勿論、彼女と東堂は同じ中学ではないし、もっと言えば貴丈は都内の中学に通っていた為、その三人が同じ中学校に通っているというこの状況が根本からして可笑しいのだ。
だがここは東堂の頭の中。彼がそうだと思えばそうなり、現実との多少の矛盾点など、ないに等しいのだ。
そんな東堂は心に決めたことがあった。この学校のアイドルにして、男子たちの憧れの的、高田ちゃんに胸に秘めている自分の想いを告げる事を。
それを自分が最も信頼し、信用している後輩である貴丈に相談したのだが、結果は先の第一声の通りだ。
流石の貴丈とて、憧れの先輩たる東堂が目に見えてヤバい博打に打って出ようとしているのだ。心配にもなろう。
「やめておいた方がいいですって!俺、落ち込んだ先輩見たくないんですよ!!」
「……なぜ、断られる前提なんだ」
彼の心配とも取れるが、それ以上に東堂がフラれると断定している言葉に東堂は溜め息を漏らすが、それも彼の優しさかと後輩の評価をあげた。
だが、人間誰しもやめろと言われてもやらねばならぬ時がある。
「では、東堂葵。いざ参る!」
東堂は掌に拳を打ち付けて気合いを入れると、時計を確認。
高田の下駄箱に時間と場所を指定した手紙を仕込んでおいた。その時間まで残り十分。
こちらから呼び出したのだ、五分前にはその場で待機しているのが理想だろう。
「祈ってくれ、桐生貴丈。親友が征く道を」
そして芝居がかった格好つけ方をしながらそう告げて、貴丈の脇を抜けて教室を後に。
一人残された貴丈はぼりぼりと乱暴に頭を掻くと、深々と溜め息を吐いた。
それから数分後、学校の中庭。
放課後の部活も終わる時間となり、大半の生徒が出払った頃。
ただですら暗くなってくる時間だというのに、日陰になる影響で余計に暗くなっている中庭の一角で、丸くなっている東堂の姿があった。
「だから言ったじゃないっすか!こうなるのわかんなかったかなぁ!?」
そんな彼を校舎中を走り回ってようやく見つけた貴丈は、ぜぇぜぇと息を乱しながらも東堂に声をかけ、疲労のままに彼の隣に腰を降ろす。
東堂が何と言われ、どう断られたのかは知らないが、彼がここまで疲弊しているのだ。割とばっさり切り捨てられたのだろう。
さてどう慰めてやるものかと言葉もなく思慮した貴丈は、苦笑混じりに東堂の肩を叩いた。
「とりあえず、ご飯行きましょう。奢りますから」
そう言いながら東堂の手を引いて立ち上がらせると、幼子を慰めるように背中を摩る。
後輩の優しさに当てられた東堂は再び目から涙を溢れさせるが、いつまで情けなく泣いている、この後輩に良いところを見せなくて良いのかと自分を鼓舞し、気合いで涙を止めた。
このやり取りが切っ掛けとなったのか、東堂と貴丈の仲はより一層深まることとなり、その後様々な伝説を残すこととなる。
──だがそれは、また別の話だ。
そしてこの妄想は、東堂の脳内0.001秒の中で行われたことの、ほんの一部分だ。
「俺たちは、どうやら親友のようだな」
「へ……?」
性癖を暴露した途端泣かれ、突然の親友宣言に困惑する貴丈を他所に、東堂は涙を拭いながら改めて『親友』である貴丈に目を向けた。
親友との再会が嬉しいのか混乱しているようだが纏う呪力は凪いでおり、あの五条にしっかりと鍛えられているのがわかる。
そして何よりも目を見張るのはその呪力量。東堂自身、学生でありながら一級呪術師であり、他の生徒や下手な教師陣よりも強い呪力を持っている。
だが貴丈はなんだ。書類上ではいまだ四級ではあるが、纏う呪力量は一級呪術師のそれの比ではなく、目測でも並の呪術師数十人分の呪力を持っていることがわかる。
それ程までに強力な呪力を待ちながら、こうして面と向かい合っても威圧感や圧迫感もなく、むしろ安堵さえも感じる程だ。
貴丈が本来持つ性根の良さや優しさがそうさせるのだと、親友として確信めいた事を思う東堂だが、顎に手をやりながら噂とだいぶ違うなと目を細めた。
他の生徒や教師からの又聞きではあるが、もっと強面の恐ろしい奴──顔の火傷痕のせいでそう見えると言われればそうだが──だという話を聞いていたのだが。
「まあ、人の評価などどうでもいい。親友、お前は何をしに
「え、ああ。えと……。
東堂の問いに貴丈はいまだに困惑をしながら、自分の目的である家族の抹殺についてを単刀直入に告げた。
そう、どんなに綺麗事を並べたとしても、自分がこれから行うのは家族殺しに他ならない。少なくとも、既に父殺しは済ませたのだ。躊躇いはない。
先程まで親友との再会に混乱していたというのに、本題に入った途端に表情が引き締まり声音も鋭いものに変わる。
そんな彼の成長とも言える変化に東堂は「なるほど」と頷き、ポンと彼の肩に手を置いた。
「覚悟を決めた男は、何と言われようと止まりはしない。あの時と逆だな、親友」
「……あの時?」
そして懐かしむような声音で告げた言葉に、貴丈は違和感を感じて首を傾げた。
東堂は『あの時と同じ』と言ったが、生憎自分と彼はここが初対面であるし、今までの任務か何かの拍子にすれ違ったこともない筈だ。こんな見た目の人だ、会っていれば忘れないだろう。
だが東堂は自分とは初対面ではないという体で、しかも『親友』とまで呼んでくる。
一応、自分の中での親友は東京校の同級生たちなのだが……。
一人困惑する貴丈を他所に、東堂はグッとサムズアップをしながら言う。
「ならばお前があの日してくれたように、俺も出来ることをしよう。その戦い、同──」
「東堂。あなた、何してるのよ……」
そして何か重要なことを言おうとした瞬間、扉の方から歌姫の声が二人の耳に届いた。
二人揃ってそちらに目を向ければ困り顔になっている歌姫の姿があり、彼女は東堂を見ながら溜め息混じりに告げた。
「話は聞こえていたけど、駄目よ。一級術師だからって、この前の百鬼夜行の疲れも抜け切っていないでしょう?」
「問題ない。あの程度の戦い、準備運動にもならん」
歌姫の教師として生徒を想う気持ちによる言葉を受け流し、東堂は貴丈の肩に腕を回して彼を抱き寄せた。
「俺たちのコンビにかかれば、例え特級が来ようとも怖くはない」
「……」
バンと貴丈の背を叩き、続いて自分の胸を叩きながら告げた言葉に、貴丈は額から冷や汗を流しながら無言で助けを求めるように歌姫を見つめた。
五条からはヒス持ちと言われているが、流石にこの状況で捨て置くほど鬼ではあるまい。
お願いします、何とかしてくださいと無言で訴えかけ、どうにかこの状況を打開してくださいと付け加えてみるが、当の歌姫はそれをされる前から東堂を説得しようと言葉を重ねていた。
やれ正月くらい休みなさいだとか、危険よとか、彼女なりに東堂を──正確には生徒を危険な場所に行かせたくないという気持ちはあるのだろう。
だが貴丈もまたその守るべき生徒だというのが抜けているのか、それとも彼なら大丈夫だという自信があるのか、それは貴丈にはわからないが──。
──五条先生が言うほど、怖い人じゃないかも……?
彼女が真摯に生徒と向き合っている事がわかったからか、ほんの僅かにではあるが歌姫への警戒度を下げ、その分東堂への警戒度を上げた。ヒス持ち(?)女教師よりも、自称親友の男の方をヤバいと思うのは当然だろう。
そのヤバい奴に捕まっているという軽く詰みの状況ではあるのだが、果たしてどうするべきか。
この際突き飛ばしてまおうかと、おそらくこの場における最悪の強硬手段が脳裏をよぎるが、その前に歌姫の背後にいる長身の人物に気づいて「ん?」と声を漏らしながらその人に目を向けた。
先程からいたのか、それとも今来たのかはわからないが、歌姫が扉の前を陣取っているため、入るに入れないと言う状況なのだろう。
「……あの、庵先生。後ろのその人は?」
「え?」
そして貴丈に言われてようやく気付いたのか、歌姫は慌てて振り向き、そして「あら、ごめんなさい」と謝りながら横に移動。
その長身の人物は「ありがとうございます」と歌姫に礼を言ってから入室し、東堂に捕まっている貴丈に目を向けた。
対する貴丈もまたその人物に目を向け、僅かに目を細めて相手を観察。
サラリーマンを思わせる白いスーツに身を包み、目元にはツル部分のない眼鏡──というよりはサングラスらしきものをつけた、金髪の男性。
髪をキッチリと七三分けにし、加えて無表情。
服のせいで本当のサラリーマンのように見えるが、纏う雰囲気は鋭く鋭利で、同時にどこか面倒臭げ。
──また、よくわかんねぇ人が来たよ……。
隣の東堂だけでキャパシティを越えそうだというのに、さらに謎の人物を追加という事実に、なにか悪いことしたかと自問するが、したからここにいる事を思い出して諦めたように溜め息を吐いた。
そんな貴丈の反応に気づいてか、スーツ姿の男性が東堂に言う。
「東堂くん。彼も困っていますから、一度離れた方がいいかと」
「む?そうなのか、
「まあ、ちょっと暑いです」
そして不意に差し出された助け舟に飛びつくと、東堂は不満そうに唇を尖らせながら、名残惜しそうに貴丈を開放し、近場のソファーにどかりと腰を下ろした。
額に浮かぶ冷や汗を拭いながら、貴丈はスーツ姿の男性に「ありがとうございます」と頭を下げた。
ペコリと小さく会釈を返したスーツ姿の男性は、改めて姿勢を正しながら貴丈に言う。
「五条さんから話は聞いていますね?
「あ、桐生貴丈です。あなたが五条先生が言っていた助っ人……」
「はい。そうなります」
そしめお互いに名を名乗ると共に、七海が五条が手配してくれた助っ人であることを確認。
あの五条が腕が立つと太鼓判を押しているほどの人物だ。彼のように変わり者がくると思っていたのだが、どうやらその心配はないようだ。
内心で一安心している貴丈に七海は「ええ。そうなります」と応じると、眼鏡の位置を直しながら腕時計で時間を確認し、どこか急かすように言う。
「では、早速行きましょうか。時間は貴重です」
「はいっ!えと、じゃあ、東堂先輩、また後で!」
言うや否や部屋を出てしまう七海に続き、離れるならここしかないと東堂に別れの言葉を告げて部屋を飛び出す。
後ろから「また会おう、
呪術師になってからというもの、本当に良くも悪くも毎日退屈しない。
補助監督官が運転する車に揺られる事一時間ほど。
貴丈と七海の二人は、とある廃ビルの前にいた。
話を聞いた限りでは地上五階、地下一階のそれなりに大きめな建物。
「京都にもこんな建物あるんですね」
ボケっと件の建物を見上げながら呟いた言葉に、七海は嘆息混じりに「何もお寺しかないわけではないですよ」と返して眼鏡の下で警戒心を顕にしていた。
一見すればただの廃ビルではあるのだが、目の前に来てからというもの肌に張り付くような嫌な空気をひしひしと感じているのだ。
それなのに隣の貴丈は気にする素振りを見せないのは、まだ未熟だからと断ずるべきなのか、余裕があると褒めるべきなのか。
「さて、始める前にいくつかお話があります」
「っ!?はい!」
とにかく、言うべきことは言わねばと貴丈に声をかければ、彼は驚きながらも七海の方を向いて威勢よく返事をした。
無邪気なのか、素直なのか、付き合いが車内でソワソワしながら京都の街並みを眺める彼の背中しか見ていないため、どんな人となりなのかを把握しかねている所があるのだが。
「私は五条さんからあなたを任された身です。なので、出来る限り私から離れないように。そして私が逃げろと言ったらすぐに逃げるように。いいですね?」
「了解です」
七海の指示に貴丈は表情を引き締めながら応じ、気合いを入れるために両手で自分の頬を張った。
パンパン!と鋭い打撃音が鳴るが、その程度で痛みを感じるほど今の貴丈は柔ではない。
いい気付けになったと不敵に笑う貴丈を横目に、七海はネクタイを緩め、シーツのボタンを外して前をはだけさせた。
「では、行きましょう」
七海はそう言いながらスーツの下に隠していた呪符でグルグル巻きにされた鉈のようなものを取り出す。
斬るというよりは叩く方向に重きを置いているであろうそれは、真希が扱う呪具と同じものだろうか。
「はい!」
とにかく戦闘準備だと、貴丈も彼に倣う形で手元に煙を発生させるとベルトを出現させ、それを腰に巻きつけた。
それを見ていた七海は話には聞いていたが、やはり珍妙な術式の存在に怪訝そうに眉を寄せた。
一級呪術師としてそれなりに知識も経験もある自覚はあるが、やはり彼のような術式は見たことも聞いたこともない。
だが、それをどうこう聞いたところで仕方がないと、七海は眼鏡の位置を直すと廃ビルに一足早く突入。
貴丈は慌ててその後に続いてビルに突入すると、補助監督官が辺りを囲うように『帳』を降ろす。
これで呪霊の逃げ場は奪った。後は狩るだけだ。
廃ビルに突入から数分。
各階を入念にクリアリングしながら、一つずつ上階を目指していく。
蝿頭はいれど、肝心の
「近くにはいるんすけど、気配が曖昧なんですよね……」
貴丈はすんませんと申し訳なさそうに謝るが、七海は気にする素振りもなく「いいんです」と返して最上階──五階に続く階段に足を向けた。
「お互い、出来ることを確実にやればいいんです」
「あんまり期待してないって聞こえるんですけど……」
七海の励ましとも言える言葉だが、出来ないならやるなとも取れる言葉に貴丈はげんなりと項垂れると、七海は足こそ止めないが振り向きながら貴丈に告げた。
「期待するしない以前に、私はあなたの事をあまり知らない。お互いに術師としてそれなり以上の場数を踏んでいるとは思いますが、今日が初対面です。あなたも、私がどんな事ができるのかご存知ないでしょう?」
「そうですね」
「そんな私に、五条さんのように空を飛んだり、いきなり相手を弾き飛ばしたりを期待はしないでしょう?それと同じです」
「……あの人も飛べるんですか?」
「ご存知ないのですか?」
「……っ」
七海が矢継ぎ早に放ってくる言葉に納得半分、困惑半分の複雑な表情を浮かべることとなった貴丈は、今更になって叩きつけられる五条の異次元さに思わず目眩を覚えてしまう。
だがとにかく、七海の言いたいことは理解できた。相手が何を得意としているのかすらお互いわかっていないのだ。過度な期待は酷というものだ。
少々残酷なようにも聞こえるが、それが七海なりの優しさなのだろう。
今まで言葉を交わしてきた人たちは違う、不器用であり、一見冷たいようにさえ感じるが、確かに相手を気遣う優しさが滲んでいる。
──不器用な人なのかな?
まだ一緒に行動して一時間ほどだが、何となく七海が良い人であると理解し始めた貴丈は僅かに表情を緩めるが、七海も七海で困惑の表情を浮かべていた。
──今、あの人
彼が何をできるのか把握していないのは確かだし、大人として学生である彼の負担を減らすのが役目だと、理解もしているが、先ほどの言葉が引っかかって仕方がない。
この際、お互いの術式についてある程度開示しておこうかと彼の方に振り向いた瞬間だ。
「──っ!七海さん、待ってください!」
何かに気付いた貴丈が制止の声を上げ、眉を寄せて神妙な面持ちになりながら壁に手をつき、目を閉じた。
五条の話では彼と
彼の言葉通りに立ち止まり、目を閉じた彼の分も辺りを警戒する七海を他所に、貴丈はノイズ混じりの視界を凝視して鮮明にしていく。
何かが上階に居座り、こちらを警戒しているのか階段の出入り口から視線を外さない。
「います。数は一つ、こっちを見てます」
「騒ぎすぎたかもしれませんね。ですが、道はここしか──」
警戒されている。だが上に行ける道はここしかない。
その事実から、自分が先鋒として飛び込んで意識を逸らし、その後貴丈に突入してもらおうと作戦を組み立てるが、貴丈は目を閉じたまま壁から手を離し、掌に煙を発生させた。
そこから橙色のフルボトルを取り出し、カチャカチャと音を立てて振り回す。
「桐生くん?何をするつもりなんですか?」
突然訳の分からない事をし始めた貴丈の姿に七海は困惑するが、貴丈は「任せてください!」と意気揚々に返しながらフルボトルの蓋を開けた。
『《タカ!》』
同時に二人の脳内に響く陽気な音声。
タカと名乗ったフルボトルから橙色の呪力が溢れ出し、貴丈の背中に集まっていく。
その光景に、七海は五条の警告とも言える言葉を思い出していた。
『ねえ、七海。貴丈と一緒に行動すると思うけど、彼が変なことしても驚かないでね。僕ほどじゃないけど、常識が通用しない子だから』
五条の言葉と、タカと言うおそらく鳥類の鷹と思わせる先程の音声と、背中に集まっていく呪力。
「それじゃ、一旦戻りましょうか」
そしてどこか得意げな笑みを浮かべる貴丈の姿に、七海は嫌な予感を感じながら小さく溜め息を漏らした。
その
時折肝試し感覚で入り込んでくる若者や、不意に生まれる呪霊を餌に傷を癒やし、呪力を回復し、全快したらもっと遠方まで逃げる。
あと人間二人も食えばとご機嫌だった彼だが、その幻想は容易く打ち砕かれた。
その人間が呪術師で、二人揃って自分と同じか下手をすれば今の自分よりも強い気配を放っているのだから、当然だろう。
時折視界に混じるノイズを不調のせいだと断じつつ、二人が登っている階段の方を警戒して得物となった両手を構える。
その体勢で三分ほど待った頃、突然呪術師二人は来た道を折り返し、階下へと降りていったのだ。
諦めたかと安堵の息を漏らす
「オラァァァアアアアアアアアアア!!!!」
直後、雄叫びと共に窓を蹴破ってきた貴丈の蹴りが顔面に炸裂し、吹き飛ばされた勢いのままに壁をぶち抜いて隣の部屋をゴロゴロと転がった。
『っ!?』
驚きながらも瓦礫を退かしながら立ち上がった
背中から一対の橙色の翼を生やし、白いスーツを着た男を横抱きにしているのだから、困惑もしよう。
そして混乱しているのは彼だけではない。
「……」
外に出るなり貴丈に抱き上げられ、そのまま五階まで急上昇、即突入という荒事をされたのだ、混乱もしよう。
そんな混乱する一人と一体を他所に、貴丈は七海を降ろすとタカフルボトルをベルトのフルボトルホルダーに取り付け、手元にラビットフルボトルとタンクフルボトルを取り出した。
カチャカチャと音を立ててフルボトルを振り回し、蓋を開けてベルトにセット。
『《ラビット!タンク!!》』
いつもの脳内に響く陽気な声に後押しされ、いつものようにレバーを回そうと手を伸ばした直後、
『《ベストマッチ!!》』
「っ!?五条先生が言ってたの、これか!」
聞き慣れない音声が続いて鳴り響いて驚くものの、五条が変更点があると言っていた事を思い出してすぐに納得。
止まってしまった手を再び動かし、今度こそレバーを掴んで一気に回転。
それに合わせてベルトから謎のノリがいい音声が流れ始めるが、それも無視してさらにレバーを回転。
貴丈の前後にベルトから半透明な管が伸び、それぞれがラビットハーフボディ、タンクハーフボディを生成。
『《Are you ready!?》』
それが完了すると同時に投げられた問いかけに対する返答は、既に決まっている。
右手を前に、左手を顎の前に構える、所謂ファイティングポーズを取りながら、声高らかに宣言する。
「──変身!!」
その宣言と共に姿勢を正すと、前後に展開していたハーフボディが貴丈に重なり合い、蒸気を吹きながら身体に密着。
『《鋼のムーンサルト!!ラビット・タンク!!!イェ──イ!!!!》
赤と青、二色の鎧を──五条に言わせれば『ビルド』の姿となった貴丈は七海に向けて言う。
「七海さん、行きますよ!」
「……はい。ですが、後で話があります」
彼の言葉に七海は言葉に若干の怒気が込めながら眼鏡の位置を直し、眼鏡の下で貴丈を睨みつけた。
雰囲気で七海を怒らせたと理解したが、理由がいまいちわかっていない貴丈は「え?」と間の抜けた声を漏らすが、
ビルドは拳を構え、七海は鉈を構え、同時に走り出して
貴丈、七海コンビ。京都での初戦が、始まった。
これではナナミンの受難では?作者は訝しんだ。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。