ビルド廻戦   作:EGO

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3.

「うおおおおお!!」

 

 まず真っ先に変異型呪霊(スマッシュ)に接近したのは、ビルドに変身した貴丈だった。

 ラビットハーフボディの効果で高まった身体能力に物を言わせ、七海を置き去りにする形で飛び出した彼は、タンクハーフボディである左拳を加速の勢いのままに繰り出した。

 

『ッ!!』

 

 彼の速度に回避は不可能と判断したのか、変異型呪霊は盾のように両腕に装着された汚れの目立つ白い四角形を顔の前に持っていき、横に並べて壁のようにして身構えた。

 

「シッ!」

 

 だが、そんな物お構いなしにビルドは拳を振るい、変異型呪霊の盾に向けて打ち付けた。

 インパクトの瞬間、辺りに木霊したのはベチン!と気の抜けた軽い音だった。

 そしてその音の通り変異型呪霊にもダメージがある様子もなく、拳を突き出した形になったビルドもまた困惑しているのか、盾と拳を見つめて「え、な……?」と声を漏らしていた。

 相手にダメージはない。だが、こちらの拳も痛いわけではない。柔らかい物に受け止められたような、気味の悪い感触が拳から伝わってくる。

 

『イィヤッ!!』

 

 しかし、変異型呪霊にそんなものは関係ない。

 不気味な怪鳥音と共に両腕を振り抜いてビルドの拳を払うと、防御にも使った盾で彼の腹部を殴りつける。

 だが響くのは、先程と同じ気の抜けた音。吹き飛ばされたビルドは「おわっ!?」と声を漏らすが、やはりダメージ自体はないのか着地を決めて腹を摩った。

 

「殴られても痛くねぇって、気持ち悪いな……」

 

 なんだこれと首を傾げるが、ダメージがないのならいいかと再び構えて突貫を開始。

 対する変異型呪霊も雄叫びをあげて彼に向けて突撃せんとするが、

 

「無視は困ります」

 

 ふぅと気だるげな溜め息と共に踏み出した足に鉈を叩きつけられ、前につんのめる形で転倒。

 何事かと顔をあげた瞬間、その顔面に鋭く放たれた蹴りが突き刺さった。

 肉を潰し、骨を砕く快音と共に弾き飛ばされた変異型呪霊は天井、柱、床の順でバウンドすると、ゴロゴロと床を転がって濁った血を吐き出した。

 

「桐生くん、怪我は?」

 

「え?あ、はいっ!大丈夫です!」

 

 爪先についた返り血をそのままに、七海は変異型呪霊を警戒しながらビルドに声をかけ、聞かれた彼は打てば響くように返事。

 

「なら結構。ここで仕留めますよ」

 

 彼の返事に応じた七海はちらりと腕時計を確認し、現在時刻を確認。

 急げば定時までに終わり、多少なりとも休息を取る時間は確保できるだろう。

 ……まあ、どうせ、すぐに次の仕事が入ってしまうのだろうが。

 思わず出そうになった溜め息を我慢し、眼鏡の位置を直しながら言う。

 

「先程の音と君の反応を見る限り、あの盾はかなりの柔らかさを持っているようですね。固さがない分壊しにくいでしょうが、そこ以外を攻撃すれば問題ないでしょう」

 

「ゴムの塊を殴ったみたいでしたよ、気持ち悪い」

 

 七海の解析にビルドはそう横槍を入れ、左拳に残る違和感を拭おうと手首を振った。

 七海はゴムの塊という情報は大事なのだろうかと思案するが、変異型呪霊が雄叫びをあげて立ち上がったのを合図に一旦思慮を中断。

 

「あの盾が相手の術式に関わっている可能性もあります。今後はあまり触らないように」

 

 だがまず間違いないであろう情報をビルドに伝え、「はいっ!」と即答が返ってきたのを合図に今度は七海が先陣を切った。

 対する変異型呪霊は再び盾を構えて迎え撃つ姿勢を取るが、七海は手元で鉈を回転させて勢いをつけながら、真正面から切り掛かる。

 

「──フッ!」

 

 ように見せかけ、直前で身体を翻して側面に回り込み、無防備な脇腹に鉈を叩きつけた。

 肉が潰れる湿った音と、骨を砕いた確かな感触に目を細め、これでは祓除には足りないと素早く判断。

 

『キィヤッ!!』

 

 変異型呪霊は怪鳥音と共に七海に向けて盾を振るうが、彼は素早くその場で姿勢を低くして盾を頭上を通過させると、術式を発動しながら変異型呪霊の太腿を鉈で打ち据えた。

 瞬間、先程とは段違いの快音が辺りに響き渡り、変異型呪霊の身体が宙を待った。

 バットで打たれた野球ボールのように勢いよく弾き飛ばされた変異型呪霊はそのまま壁に激突し、破壊しながら床を転がっていく。

 変身前の貴丈に負けず劣らずの力を誇るその一撃を生み出したのは、七海の術式──『十劃呪法(とおかくじゅほう)』によるもの。

 術式の効果は対象の長さを線分した時に7:3の比率の点に、強制的に弱点を作り出すものだ。

 その効果範囲は全長だけでなく、頭部や腕など部分までを対象として指定する事が可能であり、対象は呪霊のみならず、人間から無機物まで、幅が広い。そして今回は変異型呪霊の足を対象に7:3の位置──つまりは太腿に攻撃を加えたのだ。

 その効果たるや、鉈で殴られた足は太腿から先が明々後日の方向に向き、筋肉を突き破って飛び出した骨が血管を破き、夥しい量の血が噴き出すほど。変異型呪霊は訳も分からずもがきながら、想像を絶する痛みに声にならない悲鳴をあげている。

 だがそれはほんの僅かな時間だ。破壊された足が蠢いたかと思うと、ぐちゃぐちゃと肉をかき混ぜる音と共に骨が引っ込み、傷が塞がると共に元の形を取り戻す。

 再生が終わると共に立ち上がり、威嚇の咆哮をあげるが、生憎と相手は七海だけではない。

 

「俺を忘れんな!」

 

 七海よりも早く追撃に動いていたビルドが赤い軌跡を残しながら肉薄し、立ち上がった変異型呪霊の胴体に左拳を叩きつけ、インパクトと同時に大気が震えるほどの衝撃が辺りを駆け抜け、変異型呪霊の身体がくの字に曲がる。

 ごぼりと口から濁った血を吐き出した瞬間、その顔面に膝蹴りを叩き込んで顎を砕き、力任せに背筋を伸ばさせると、無防備な胴に向けて追撃の前蹴りを叩き込んだ。

 再び身体をくの字に曲げた変異型呪霊は腹を押さえて膝から崩れるが、下がってきた頭を豪快に蹴り飛ばし、壁に叩きつけた。

 壁に背を預けてぐったりとしたまま動かなくなった変異型呪霊を睨みながら、ビルドはベルトのボルテックレバーに手をかけ、回転させ始める。

 レバーの回転に合わせてビルドが放つ呪力が高まっていき、兎と戦車を模した複眼がそれぞれ赤と青の輝きを放つ。

 解き放たれた呪力を左拳に収束させ、拳が青く発光し始めると、ビルドは変異型呪霊を睨む。

 

「──これで、決める!」

 

 その宣言の元、ビルドは既にグロッキーとなっている変異型呪霊に向けて走り出し、トドメを刺さんとするが、

 

『ケシッ!』

 

 突如、理解不能の声を上げながら両手の盾に呪力を集め、それを同時に床に叩きつけた。

 その瞬間、不可視の呪力の波がビルドと七海を襲い、それに押された二人は弾き飛ばされ、至近距離で受けたビルドは床を転がりながらどうにか受け身を取り、比較的離れていた七海も崩れた体勢を素早く整えた。

 

「なんだ!?」

 

「桐生くん、無事ですか!」

 

 突然の攻撃に驚くビルドと、そんな彼を心配する七海。

 ビルドは素早く「俺は大丈夫です!」と返し、まだ拳に呪力が集まっているのを感覚で理解し、再びトドメを刺さんと動き出すが、

 

「……あれ?」

 

 肝心の変異型呪霊が見つからず、キョロキョロと辺りを見渡した。

 右にはいない。左にもいない。階段の方にも目を向けるが、やはりいない。血痕が続いている訳でもないから、まだこの階にいるとは思うのだが、見当たらない。

 

「桐生くん!左腕と腹はどうしたんですか!?」

 

 そうして警戒を強めるビルドに、七海が切迫詰まった声音で声をかけた。

 当のビルドは「へ?」と間の抜けた声を漏らし、七海に言われた左腕と腹部に目を向けると、そこには何もなかった。

 左腕の肘から先がなくなり、腹も鳩尾から臍の辺りまでが消失してしまっている。

 

「な、なんだこれ!?え、これ、どうなってんの?!」

 

 ビルドは慌ててペタペタと左腕や腹を触るが、右腕の装甲越しに何かに触れている感触はあるし、装甲部分特有の硬さも感じられる。

 見えないが、痛みがあるわけでも、違和感があるわけでもない。

 拳を握ったり、腕を曲げたりする感覚もあるし、腹を摩ってみればやはり触れている感覚がある。

 そう。見えなくなっているだけで、本来あるべき場所に、確かに腕も腹もあるのだ。

 

「と、とにかく俺は大丈夫です!見えないですけど、腕も腹も繋がってます!」

 

 ビルドは右手でグッとガッツポーズをしながら言うが、七海は「大丈夫には見えません!」と子供を心配する大人としての表情になりながら怒鳴り、辺りを警戒しながらビルドに向けて駆け出した。

 カツカツと彼が走る音だけが二人の耳に届くが、七海は不意に足元の小さな瓦礫が不自然に動いた事に気づいた。

 そして、そこからは完全に直感による動きだった。

 咄嗟に当て勘で鉈を振るった瞬間、固くも柔らかい何かを──それこそゴムを斬ったような気味の悪い手応えに眉を寄せ、先ほどビルドが言った言葉の意味を理解する。

 だがそんなものお構いなしに鉈を振り抜けば、不可視の何かが部屋の隅まで飛ばされていき、重い何かが倒れる音と共に埃が舞い、その場から離れていく足音が続く。

 

「これは……っ」

 

 その方向を警戒しつつ、七海は自分の手元を見つめて困惑の表情を浮かべた。

 手の中には鉈の柄しか残っておらず、肝心の刃部分がなくなっているのだ。だが手に馴染んだ重さも感じる。相手を叩いた手応えもある。

 血払いをくれるように宙を斬ればいつもの空気が唸る重々しい音が鳴るし、試しに床を叩けば甲高い金属音が鳴る。

 

 ──自分自身を含め、盾に触れたものを見えなくする術式、といった所でしょうか。

 

 同時に相手の術式効果に当たりをつけ、ちらりとビルドの方を確認。

 左腕と腹の消失の混乱は治まったようで、見えなくなった左腕の具合を確かめるように左腕だけでシャドーボクシングをしているようで、シュ!シュ!と拳が振るわれる鋭い音が聞こえてくる。

 それでも拳自体が見えない為か、間合いを測るのに苦心しているようだ。

 二人揃って相手の術式による不可視効果に慣れ始めると、七海はビルドに近づいていき彼と背中合わせになるように構えた。

 

「相手は見えませんが、攻撃自体は当たるようですね。ですが、適当に行動して盾に触れてしまえば、これや君の腕のように見えなくなるようです」

 

 鉈とビルドの左腕を示しながら告げた言葉に、ビルドは「それが術式みたいですね」と七海が先程した予測を後押しする。

 だが、厄介ではあるが手練れともなれば見えなくとも問題なく動けてしまう。見なくするだけの術式、にしては盾で受けたり攻撃したりに執着している様子。何か裏があるのだろう。

 万が一全身が見えなくなるようなことになれば、何かあるのかもしれない。

 術式に対する警戒心を高める七海と、とりあえずは問題なしと判断して拳を構えるビルド。

 背中合わせの二人は耳を澄ませ、微かな足音や瓦礫の揺れる音を聞き逃さず、それに合わせてジリジリとすり足で構えを微調整し、いつでも迎撃できるように警戒を緩めない。

 透明状態のまま逃げられれば面倒なことこの上ないが、どうやら相手はやる気満々のようで、こちらの気を逸らそうと壁を砕いたり、豪快な音を立てて床にヒビを入れたりと好き放題に暴れている。

 それでも二人の意識は研ぎ澄まされ、騒音に混ざって微かに聞こえて来る変異型呪霊の足音を聞き逃すことはなく、七海は眼鏡の下で、ビルドは仮面の下で、視線のみで相手の動きを追っていた。

 前後左右、様々なフェイントを挟んでこちらを撹乱しようとしているが、生憎とこちらは二人にいるのだ。背中を気にする必要はない。

 ビルドはふーっと深く息を吐き、さらに聴覚に意識を集中。ラビットハーフボディの効果で強化された聴覚は七海以上に変異型呪霊の動きを把握し、絶好のタイミングを待つ。

 一分か、あるいは十分か、もっと長い時間か。二人はどんなに時間が進もうと常に神経を尖らせ、相手の挙動を音だけで把握し続ける。

 そうして二人が隙を見せない中、先に痺れを切らしたのは変異型呪霊の方だった。規則正しく続いていた足音が突然不規則となり、一気にこちらに詰め寄ってきたのだ。

 

「来ます!」

 

「ええ、合わせます!」

 

 そして念のためと告げられた警告に七海が素早く返し、二人は同時に身体を捻って勢いをつけると、ビルドは右足による蹴りを、七海は鉈の一閃を同時に放った。

 いる場所はある程度予測できるが、見えもしない相手への直感による迎撃。土壇場で息を合わせた二人の攻撃は、変異型呪霊の突撃のタイミングにドンピシャで合わせることには成功し、変異型呪霊の悲鳴が二人の鼓膜を揺らすが、甲高い金属音と、ゴムの塊を殴りつけたような鈍い音が辺りに響いた。

 

「やべっ……!」

 

 同時にビルドの口から切迫詰まった声が漏れ、七海が弾かれるように彼の突き出した足に目を向ければ、膝から下が見えなくなった足がそこにはあった。

 七海の鉈には変化なし。彼の一撃は偶然にも盾には当たらなかったようだが、ビルドの蹴りは不幸にも盾を捉えてしまったようだ。

 彼は膝から先が見えなくなった足を見つめながら気まずそうに降ろし、具合を確かめるようにトントンと爪先で床をたたく。

 見えないが、そこに確かに存在はしているのだ。なら何の問題もない。

 二人の攻撃に吹き飛ばされた変異型呪霊は相変わらず見えないが、辺りを駆け回る足音は先ほどの攻撃が効いたのか、激しく不規則になっている。

 そろそろトドメをと身構えるビルドとは対照的に、七海は不服そうに息を漏らし、鉈に血払いをくれた。

 彼の『十劃呪法』は確かに強力ではあるが、こうも見えないとどこからどこまでが全長で、どこからどこまでが腕や足なのかが検討もつかない。故に、先の一撃はただの呪具による斬撃でしかないのだ。

 それでは相手を祓除するには火力不足で、トドメはビルドに託さなければならない。

 あるいは変異型呪霊の透明化を解除できれば自分がと思慮するのだが、おそらくその方法を探るよりも彼が祓除する方が確実だろう。

 彼に家族殺しの重荷を背負わせたくはないが、自分の術式と相手との相性があまりにも悪い。今の自分は術式なしの呪術師相当の戦力でしかないのだ。

 何より、彼自身が他の誰かの手で家族を殺される事を認めはすまい。

 

「桐生くん、お任せしても?」

 

「元よりそのつもりですっ!」

 

 七海の気遣い混じりの確認にビルドは鋭く応じ、「次で決めます!!」と威勢よく宣言。

 その声が変異型呪霊にとってはこれ以上ないほどの挑発となったのか、不可視の状態のまま昂ったように雄叫びをあげ、駆け回る速度をあげた。

 時には加速の勢いのまま二人に向けて突貫し、すれ違い様に盾で攻撃せんとするのだが、七海とビルドの二人は間一髪の所で避け続け、直接的な被弾はしない。

 それでも時には掠めてしまうのか、七海は服の一部を始めとした身体の各所、ビルドも装甲とその下の制服を含めた素肌のあちこちが透明になってしまい、二人揃って虫喰い状態へとなっていく。

 それでも本当になくなったわけではないのだ。見えないだけで感覚はあるし、多少動き辛くなるだけで大きな問題はない。

 だが少しずつ自分の身体が消えていくのを目の当たりにするのは、精神衛生上あまりよろしいとは言えまい。事実二人の表情は酷く強張り、額には脂汗が浮かんでいた。

 それを好機と見たのか、変異型呪霊はさらに攻勢を強めようと加速し、一気に肉薄。二人の存在を完璧に消し去るべく、盾による乱打を放とうとするが、

 

『《レディー・ゴー!!》』

 

 そんな彼の頭の中に、状況に反して異様に陽気な音声が鳴り響いた。

 何事だと驚愕し、振り絞った両腕をすぐに戻して盾を構えるまでのほんの一瞬。

 その一瞬の隙を、赤い閃光が貫いた。

 

『《ボルテック・フィニッシュ!!!!》』

 

 ビルドは必殺技発動を意味する音声も、打撃音さえも置き去りにするラビットハーフボディが出せる最高速度をもってして、飛びかかってきた変異型呪霊を迎撃。

 攻撃から防御への切り替えのタイミングを完璧に捉えた拳は変異型呪霊の腹部を容易く貫き、床一面に濁った血をぶち撒けさせた。

 その一撃で透明化が解除された変異型呪霊は低く唸り、血を吐きながら最後の足掻きとしてビルドの頭部に盾を押し付けた。

 しまったと目を見開き、術式発動前に腕を落とさんと鉈を振るおうとするが、

 

『にぃ、ちゃ……ん……っ』

 

 彼の耳に幼い少年の声が届き、その手を思わず止めてしまう。

 そして本来なら止めるべきだった変異型呪霊の術式が発動してしまうが、瀕死の状態で発動したからか、それとも加減した状態で発動したのか、ビルドの仮面部分のみを透明にし、貴丈の素顔を露わにする。

 覚悟が決まりきったその表情は凛としているが、瞳からは抑えきれない悲しみと、懺悔の念が込められていた。

 それでもその想いさえも押し殺した貴丈は「ごめんな」と静かに告げて、変異型呪霊の腹を貫いた拳を引き抜いた。

 支えを失った変異型呪霊は引き抜かれた勢いのままに背中から床に倒れ、びちゃりと湿った音が辺りに木霊する。

 変異型呪霊の身体が少しずつ朽ちるように煙に変わっていき、そのまま貴丈の影へと吸い込まれて消えていく。

 同時に彼が纏う呪力も大きくなっていくのだが、それに反して迫力が弱っていくのだから心配になってしまう。

 七海が声をかけるべきかと僅かに思慮している隙に、貴丈は胸に当てた右手に呪力を集めて今しがた吸収した変異型呪霊の力を捻出。

 拳から生み出された煙から白い輝きが放たれ、それが止むと共に拳の中にフルボトルが生み出された。

 呪力の流れと拳の異物感でそれに気付いた貴丈が手を開くと、そこには白いフルボトルがポツンと置かれていた。

 それの柄を確認しようと顔の前に摘み上げるとぎょっと目を見開くが、今回の相手の能力に合点がいったのか「なるほど」と呟いてベルトからタンクフルボトルを引き抜き、生成したフルボトルをセット。

 

『《ラビット!!消しゴム!!》』

 

「け、消しゴム、ですか……?」

 

 同時に頭の中に響いた音声に思わず疑問符を浮かべた七海に対し、貴丈は「そうみたいです」と返してレバーを回転。

 

『《Are you ready?》》

 

「変身」

 

 そして投げられた問いかけにいつも通りに返すと、消しゴムスマッシュの猛攻で消されたタンクハーフボディ側の装甲が白く染まりながら再構築され、その表情を覆い隠すように仮面で覆われた。

 複眼が軌跡を描く消しゴムに変わり、肩部の装甲にも消しゴムを思わせる意匠が施され、左腕を消しゴムを模した籠手に包まれる。

 同時に頭の中に術式の些細がさも当然のように流れ込み、謎だった消しゴムスマッシュの能力の詳細がようやく理解できた。

 籠手の具合を確かめるように腕を振った彼は、「ほい」と気の抜けた声を漏らしながら七海に押し付けた。

 ぐりぐりと捻りながら籠手を押しつけられた七海は不快そうに眉を寄せるが、擦り付けられる度に先の変異型呪霊に消された部分が元に戻っていき、普段の白スーツ姿になっていく。

 同時にビルドの消失した装甲も戻っていくのだから、消しゴムハーフボディの効果は消すだけでなく、元に戻すこともできるのだろう。

 

「でも、危なかったですね」

 

 そして二人の全身が元に戻った頃を見計らい、ビルドは変身を解除しながら不意にそんな事を呟いた。

「なにがですか?」と眼鏡の位置と、彼の籠手に押されて乱れたスーツを整えながら問うと、貴丈が苦笑混じりに告げた。

 

「これ、全身消えてたら元に戻せませんでしたから」

 

「……。それはつまり、あのまま攻撃されていれば、二人揃って透明人間として生きる他なかったと?」

 

「いえ、完全消滅です。死亡です」

 

「……」

 

 貴丈はなんて事のないように、二人して死にかけていたという事実を口にするが、七海は神妙な面持ちで溜め息を吐いた。

 なんと言うべきか、彼は命に対して少々無関心が過ぎるような気がしないでもない。

 いや、最愛の家族を呪い、その罪滅ぼしの為に殺して回っているのだ。命に対する価値観や、ある種の倫理観が欠如してしまっているのかもしれない。

 七海はそう思っているが、貴丈自身は仲間や民間人の命を最優先するだけで、呪術師としてはそれなりにまともな部類に入る。そして家族を祓除しきるまで、死ぬわけにはいかないと生きることに無気力というわけでもない。

 ただ、少しばかり身近な人の死に慣れきってしまっているだけなのだ。

 

「とにかく撤収しましょう。確認された変異型呪霊は他にもいます」

 

「はい。次もよろしくお願いします」

 

 七海が長居は無用と念のため辺りを警戒しながらそう言うと、貴丈はそう返して笑みを浮かべるが、そこにほんの少しの陰りがあるのを七海は見逃さなかった。

 

「私は外にいます。何かあれば、すぐに呼んでください」

 

 そして有無も言わさない圧と共に告げられた言葉に貴丈は驚くが、七海は言った通りに一足早く階段の方へと行ってしまい、足音が下の階へと続いて次第に小さくなっていく。

 一人残された貴丈は不意に変異型呪霊が残した血溜まりの前に片膝をつくと、手を合わせた。

 

「……ごめんな。せめて天国で、父さんたちと一緒にいてくれ」

 

 囁くように告げた言葉は、誰の耳にも届かない。

 きっと七海は自分に気を遣ってくれたのだ。言葉にこそ棘はあったものの、その実自分にちゃんとした別れの挨拶をする時間を与えてくれた。

 やっぱり優しい人なんだと微笑みながら、脳裏によぎるのは東京にいる恩師や親友たちの姿。

 

「心配しないでくれ、俺は一人じゃないから。だから、大丈夫だ」

 

 そしてどこか強がるように声を震わせながらそう言うと、感傷も、後悔も、全てをここに置き去りにして立ち上がる。

 まずは一人。あと何人いるのかは定かではないが、とりあえず一歩目は踏み出せた。

 ゴールまであと何歩で、必死になってたどり着いたそこが本当にゴールなのかも定かではないが、やれる事をやるしかないのだ。

 かつかつと乾いた足音を立てながら階段を降り、入ってきた出入り口からそのまま脱出。

 既に『帳』も解除されていることと、補助監督が乗る車に寄りかかって待っていてくれた七海の姿を確認。

 

「お待たせしました」

 

「いえ。もういいのですか?」

 

「はい。……その、ありがとうございます」

 

 そして彼の前まで歩を進めた貴丈が頭を下げながらお礼を言うと、七海は「何か勘違いしていそうですね」と嘆息混じりに告げた。

 その発言の意図が読めず、貴丈が「へ?」と間の抜けた声を漏らすと、七海はポンと貴丈の肩に手を置いた。

 

「私は大人で、君は子供です。大人として君を守るのも、多少の我儘に付き合うのも、当然ですよ」

 

 七海はそれだけ言うと「さあ、行きましょう」と告げて車の扉を開けた。

 普段なら子供扱いされていると憤る所なのだろうが、七海の声音やどこか優しげな表情のせいかそんな気分にもならず、むしろ胸の奥にストンと入り込んでくる。

 

「はい!」

 

 そして打てば響くように返事をすると、せっせと車に乗り込んで奥に詰めた。

 遅れて七海が乗車すると補助監督が車を走らせ、一旦京都高専への帰還を目指す。

 高速で過ぎていく京都の街並みを眺めながら、貴丈はハッとして額に冷や汗を流す。

 

 ──と、東堂先輩の出待ちとかないよな……っ!?

 

 下手すれば呪霊以上に厄介な男、東堂がいるのだ。安心などできるか。

 貴丈は額に手をやって小さく嘆くと、七海と運転席の補助監督が心配そうに彼に視線を送った。

 それにも気づかない程考え込んでいた貴丈は、開き直ったように「よし!」と気合いを入れて頬を叩いた。

 別に逃げる理由もない。向こうが多少歪ながらも友情を示してきたのなら、それに応えてやるのが男というもの。

 

「頑張れ俺、俺ならできる、大丈夫」

 

 ブツブツと自分への鼓舞を呟きながら窓の外を見つめる彼の姿は、傍から見れば異常そのもの。

 やはり休ませるべきかと七海は思慮し、補助監督も心配そうにしながらも事故だけは起こすまいと運転に集中する。

 そんな二人の反応に気付くことなく外を眺めていた貴丈は、脳内で対東堂のシミュレーションを行い、来たる接敵の瞬間に備える。

 だが結局のところ東堂がどう出てくるのか全く予想ができず、ぶっつけ本番の勝負になることを、今の貴丈が知る由もなかった──。

 

 

 

 




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