呪霊。
怒りや憎しみ、後悔、恥辱など、人から溢れた負の感情が降り積もり、形を持つほどになったもの。
姿形、その他の特徴は千差万別で、四級、三級、二級、一級、特級と、その強さによりクラス分けをされている。
特に一級以上となると、術式と呼ばれる特殊な技を使い始め、危険度が段違いに高くなる。
呪力。
相手を呪う力そのもの。負の感情がエネルギー源だと言われている。
人が呪霊を見るためには呪力が必要不可欠な力。
体内を巡るこれを操作することで身体能力、時には武器の強度を底上げし、低級の呪霊と対峙することもできる。
呪術師。
毒をもって毒を制すという言葉があるように、呪いをもって呪いを祓う人間のこと。
術式の有無はともかくとして、呪霊と同様、四級、三級、二級、一級、特級とクラス分けがあるものの、特級まで登り詰められた者は極僅か。
多くの呪術士を抱える現代日本でも、特級は三人しかいないと言えばその敷居の高さが伝わるだろう。
言ってしまえば別次元。人間離れした呪術士の中でも、化け物クラスの強さが求められる。
生得術式。省略して術式とも言われている。
呪術士、あるいは一級以上の呪霊が使う特異な技。
体内に溜まった呪力を消費し、現実離れした現象を起こす。
人間が術式を持つかは、生得の名の通り産まれた瞬間に決まる──術式の有無がわかるのは、ある程度育ってからだそうだ。
呪術界において『才能が八割』と言われているのは何の比喩でもなく、これを持つかどうかで呪術士としてのスタートラインが大きく異なる。
「そして君は後者になるね。もって生まれたって自覚はなかっただろうけど、現に君の術式は暴走して、あの惨状を生み出したわけだし」
東京とは思えない森の中を進みながら、それこそ授業を行う教師のようにそう告げたのは、両目を包帯で隠した男。
現代日本に実在する呪術士。決して多くはない彼らの中でも、最高峰の──と言うよりも、自他共に認める最強の呪術士。
三人いる特級呪術士の一人にして、今は桐生貴丈の
両目を包帯で覆っているにも関わらず、階段や木の根っこに躓かないのは、その術式なるものの賜物か。
そしていつものふざけた調子はどこにやったのか、真剣な声音でそう告げている様は、一応は教師という自覚があるからか。
少しは尊敬できそうだと内心で彼の評価をあげたのだが、それは次の瞬間には否定された。
「ま、僕には無害でただのうざい煙幕だったけどね」
今までの真面目な面持ちはどこにやったのか、にやりと得意気に笑いながら告げられた言葉に、貴丈は深々と溜め息を吐き、ぽりぽりと額を掻いた。
地面に打ち付けまくったせいなのか、割りと大きめの傷跡が残ってしまったそこを、ふとした拍子に掻いてしまうのは彼の新しい癖のようなもの。
「傷開いちゃうよ~」と気の抜けた声で言ってくる五条に、貴丈はハッとした様子で手を止め、ゆっくりと手を下ろした。
一応血が出ていないかと指先を確認し、出ていなければその手で乱暴に髪を掻き、傷跡を隠す様に前髪を垂らす。
「それじゃ話の続きをしよう。君は今から『東京都立呪術高等専門学校』に入学してもらう。そこで呪術の扱い方、呪いの祓い方を学ぶんだ」
しゅび!と人差し指をたてて告げた五条は、荷物片手に隣を歩く貴丈に目を向けた。
緊張している様子もなく、逆に落ち着いているようにさえ見えるが、実際は感情というものが欠如しているからだ。
家族を異形へと変えてしまったストレスが、家族を死に追いやったストレスが、本来の彼を磨り潰してしまったのだろう。
負の感情というのは呪術を扱う上で大切なものではあるが、それが原因で潰れてしまっては元も子もない。
ふぅと小さく鼻を鳴らした五条は、そんな彼を弄るようにツンツンと頬をつついた。
「そんな仏頂面だと同級生に嫌われるよ?今年は三人
前に回り込み、両手でぐいと口角を持ち上げながら言うが、貴丈は心底鬱陶しそうに五条の手を払った。
無愛想を越えて無関心と言うべきか、やはりと言うべきか彼が作ってしまった壁というのは分厚く高い。
やれやれと肩を竦めた五条は後ろ歩きで階段を上がりながら、貴丈に告げる。
「まあ、その前に学長との面談があるんだけどね。そこで上手くやらないと、入学も出来ないから頑張って」
「……面談があんのか?」
「うん。あれ、言ってなかったっけ?」
おかしいな~とわざとらしく首を傾げ、文字通り楽しそうに笑うその様は、悪戯を成功させた子供のよう。
額に薄く青筋を浮かべた貴丈の手は、無意識の内にその苛つきをぶつけるように再び額を掻き始めた。
だがすぐに「はい、ストップ」と五条にその手を掴まれる。
「本当、傷開いちゃうよ?僕は色々できるけど、誰かを治したりはできないからね」
「傷を治す技もあるのか?」
その言葉に、貴丈は今日一番の食い付きを見せた。
「あるよ」と頷いた五条は、けれど彼を突き放すように言う。
「でも、君の家族を元には戻せなかった。倒したらそのまま消えちゃうし、どうにか捕まえて治療してみても効果なしだ」
「……」
その言葉に貴丈は露骨に落ち込んだように俯き、溜め息を漏らす。
傷を癒す術があるのなら、異形へと転じた家族を元に戻すことも出来るのではと思った途端にこれだ。
変に希望を与えず、現実を突きつけるという意味では大変ありがたいし、なら倒すしかないと割りきる助けにもなる。
「さて、到着だ」
そして五条が足を止め、そう告げると共に、貴丈は顔をあげた。
僅かに目を見開いて驚きを露にしているのは、その光景に気圧されたからか。
寺院のようにも見える建物がいくつも並び、清掃が行き届いているのか石畳も綺麗なもの。
「……」
「ふふ。驚いた?ここが君が通う学校だよ。まあ、そう見えないだろうけど」
彼の反応に可笑しそうに笑った五条は、「こっちだ」と彼を先導して門を潜った。
その後ろに続いて門を潜り、同時に見えない何かを通りすぎたような感覚に襲われ、反射的に振り向く。
「ああ、そうだ。結界があるから、変な感じするだろうけど気にしないでね」
「そう言うのは早く言え」
じとっと五条を睨むが、当の彼は気にした素振りを見せず、「あはは」と笑いながらさっさと歩き始めてしまう。
「っ……!」
途端に湧き出た怒りの感情と、それに合わせて影から煙が溢れ始めるが、すぐに頭を振ると深呼吸をして平静を取り戻す。
こんな下らないことで呪術が暴走などしてみろ、今度こそ
別に今さら死にたくないとは言わないが、やることを見つけたのだから死ぬわけにはいかない。
死にたいと思いながら、死ぬわけにはいかないと進まなければいけない。
そんな歪な覚悟が、今の彼を突き動かしていた。
夜蛾正道。
ここ、東京都立呪術高等専門学校の学長を勤める人物であり、五条悟の学生時代には彼と、彼の所属する学年の担任をしていた人物でもある。
五条悟という特大の問題児を抱えながら、きっちり教職を勤めたと意味で周りからも一目を置かれているが、彼がそんな人物であると初見で気付ける人物は稀だろう。
刈上げ頭でアゴヒゲを蓄え、サングラスを掛けた強面の男が、ひどく苛立った様子で、何とも可愛らしい一頭身の熊のようなぬいぐるみを縫っているのだから。
「遅いぞ、七分遅刻だ」
そしてぬいぐるみに目を落としながら呟いた言葉に、五条は「七分くらいいいでしょ」と返し、山となっているぬいぐるみへと目を向けた。
「どーせ、早く来て人形作ってんでしょ?」
肩を竦め、一応の敬意が込められた言葉に、夜蛾は溜め息を吐いた。
説教するまでではないほんの僅かな、それこそ数分だけ遅刻してくる癖。
何度言っても直す気もない教え子だが、遅れてくる度に指摘するのは夜蛾くらいのものだろう。
多くの者が「五条だから」と諦めているにも関わらず。
「それで、そっちが」
だからと言って長々と問答するつもりはないのか、彼の興味は既に次に移っていた。
五条悟の隣にいる、黒髪の青年。
身長は170前後。スポーツをしていたのかそれなりに筋肉質な身体。顔立ちも整っている。
パッと見た印象では、運動系の部活に所属している男子学生と言ったところだが、彼の瞳を覗いても同じ事を言える者はいまい。
どろりと濁り、生気が乏しいとまで言える黒い瞳。
ほんの僅かな光が灯ってはいるが、それこそ死人のようだと言われても仕方があるまい。
ある意味で壊れていると言ってもいいが、その壊れていることが呪術士にとっては何よりも重要だ。
人の死を間近に感じながら己を律し、常に精神を万全の状態を保たなければ、呪いに殺される。
そういった意味では、貴丈は勝手に第一関門を越えているとも言えた。
「桐生貴丈。……です」
「っ!?ちょっと貴丈、敬語使えたの!?」
ぺこりと頭を下げて名を名乗った直後、隣で驚いた様子を見せた五条が彼に噛みついた。
ここまで彼は五条に対してはため口で、その徹底ぶりから敬語を知らないのではと疑い始めていたほど。
ここに来て放たれた突然の敬語に、なんで、なんでと聞いてくる五条は、文字通り好奇心旺盛の子供のよう。
貴丈は溜め息を吐きながら額を掻き、五条に告げた。
「あんたと話してると、弟と話してる気分になる」
「それって、君と同い年?」
「三つか、五つ下」
五条の恐る恐る確かめるような問いかけに、貴丈は無慈悲なまでに淡々とした声音で告げた。
高校一年になる貴丈が現在十五歳だから、彼の言う弟と言うのは十歳から十二歳。つまり小学生だ。
「……そっか」とどこか残念がるような、けれど芝居めいたわざとらしい動作で肩を落とした五条を他所に、夜蛾が咳払いをした。
弛緩していた空気に緊張の色が戻り、貴丈の意識は夜蛾へと向かう。
「それで貴丈。お前は何しに来た」
同時に相手を威圧する迫力と共に、その問いかけが投げられた。
何をしに来た、と言われて真っ先に思い浮かぶのは「呪術を学びに来た」だが、この学校に来た時点でそんなわかりきったことを、今さら聞いているわけではあるまい。
おそらくその先。呪術を学び、何をするかを聞きたいのだろう。
ほんの僅かな、それこそ瞬き一つの間もなくその思慮を終えた貴丈は、決まりきった答えを夜蛾に返した。
「……罪を償うため」
「なぜだ」
「あいつらを怪物にしたのが、俺だからです」
「奴らの討伐なら横の悟含め、ベテランの呪術士に任せた方がいいだろう。お前が命を懸ける意味は──」
「ある」
夜蛾の言葉を遮る形で、貴丈の口が動いた。
どろりと濁った瞳に、微かな光を灯しながら夜蛾を見つめ、律儀に待ってくれている彼に言う。
言い繕う必要はない。自分が為すべきことと、為すべき理由を口にするだけだ。
「あいつらが事情を知らない誰かに殺されたら、呪霊とかいう奴らと同じように、誰からも悼まれず、嫌悪されたまま逝くことになる」
「何も悪いことをしていないのに、ただ俺といただけなのに、そんな死に方がそんなのじゃ、あんまりだろ」
切なげに、今にも泣き出しそうな声音でそう告げた彼はゆっくりと右手を顔の前に挙げ、握り締める。
無意識の内に呪力が込められたそこには煙が渦を巻き、その奥からは力強くも儚げな赤い光が漏れている。
「まだそれは教えてないんだけどな~」と楽しそうに笑う五条を他所に、夜蛾は続きを促すように沈黙を貫いた。
そして、貴丈は告げる。
「だから、俺が皆を
「もう手遅れだって自覚はある。けど、死ぬ時にこれ以上後悔したくない」
もちろん、途中で見かけた呪霊も
真っ直ぐと見つめてくるその瞳を見つめ返せば、彼の覚悟の強さを嫌でも叩きつけられる。
隣でくつくつと鈴を転がしたように笑っている五条は、「今回は出番なしかな」と夜蛾の背後に並ぶ人形へと目を向けた。
本来であれば、入学希望者の本音を聞き出すために夜蛾と問答しながら、彼の操る人形と戦うはめになるのだが。
はあと溜め息を吐いた夜蛾は、貴丈にさらに問う。
「それでその償いが終わったら、お前はどうする」
「死刑を受け入れてさっさと死ぬ」
その問いに貴丈は間髪入れずに即答するが、「って、訳にもいかないか」と俯きながら軽く額を掻いた。
そして言いたいことを言って落ち着いたのか、僅かに穏やかになった声音で言う。
「でも、わかんないってのが本音なんです。あいつらを殺しきる前に死ぬかもしれないし、そもそも償いが終わるかもわかんないですから」
判決的には死刑ですしと自分の罪の重さを再認識しながら、それでも夜蛾が求めているであろう、前向きなことを口にした。
「だから、その時が来たら考えてみます。今は目の前のことを考えるので精一杯なんで」
そうした胸の内を言い切った貴丈は額の汗を拭い、「次はなんです?」と次の質問を待ち受ける構えだ。
命を懸けて果たしたい目的も、その動機も、一応は答えられた。
これで駄目なら、最悪独学でやりくりしなければならなくなる。
緊張に強張る彼とは対称的に、引き締まった表情を緩め、微かな笑みを浮かべた夜蛾は、「いいだろう」と呟いて彼に告げた。
「最後の質問の答えは、その時が来たら再び聞く。それまでに考えておけ」
「はい」
夜蛾の言葉に貴丈が今さら緊張した様子で頷くと、夜蛾は彼の隣で待ちぼうけをしている五条へと目を向けた。
「寮の案内と、
「はいっと。念のため聞きますけど、彼は──」
「合格だ」
五条が言った通り念のため確認すると、夜蛾は言わせるなと言わんばかりに鋭く切り返した。
五条の横では貴丈が強張った表情をそのままに安堵の息を吐き、ピンと伸びていた背筋が僅かに丸くなる。
五条がバンとその背中を叩き、「それじゃあ、行こうか」とさっさと歩き出し、部屋を出ていってしまう。
軽く一礼してから五条の後を追おうと歩き出した貴丈の背中に、夜蛾が声をかけた。
「貴丈」
「はい」
返事をしながら振り向いた彼に、夜蛾は念を押すように告げた。
「これから悟はお前の担任になる。敬語くらい使ってやれ」
「……善処します」
「そこは『はい!』って言って欲しいな~」
ひょこりと扉の影から顔を出した五条がそう言うが、「善処、します……」と貴丈の返事は変わらない。
仕方ないと溜め息を吐いた五条は「とりあえず行くよ」と再び扉の向こうに消えていき、貴丈は慌ててその背中を追いかけた。
そのまま五条に連れられ学内を徘徊すること数分。
明らかに遠回りや寄り道──途中で食堂や体育館、倉庫などに寄ったが、大した説明はなしだ──をし、ようやくたどり着いたのは寮の一室。
「ここが君の部屋ね。好きに使っていいから」
あるのはベッドと勉強机がある程度で、ここから生徒が好き勝手に弄れるように最低限の物しか置かれていないのだろう。
「二三年は出払ってるから、挨拶はまた今度ね」
五条の説明を他所に貴丈はきょろきょろと部屋を見渡し、窓を開けて外の景色──視界一杯に広がる森──を眺め、最後に荷物をベッドの上に放る。
ようやく気が休まると安心しているのか、新たな家とも言えるこの場所にたどり着けたと、気を抜いているのか。
「それにしても、罪を償うね。てっきり『ヒーローになるためだ!』って言うのかと思ったけど」
しゅび!と音をたて、右手を斜め上に、左手を腰に置いてポーズを取りながらの言葉に、貴丈は荷ほどきをしながら「確かにそうだが」と前ふりをしてから告げた。
「それは妹との約束……ですから。戦う動機ってよりは、俺が生きる意味って感じだから……です」
二人しかいないのに、律儀にも夜蛾の言葉に従おうとしているあたり、生徒になる自覚ができたのか。
その生徒が、文字通り家族殺しを行おうとしていなければ、五条も両手を挙げて喜ぶのだろうが。
「別に僕とか、先輩たちに任せてここにいてもいいんだよ?」
「嫌です。てか、今さら前言撤回なんかするわけないでしょ」
「それはそうだろうけどさ、君に殺れる?姿は変わっても、家族でしょ?」
五条が壁に寄りかかり、腕を組みながら問うと、貴丈はベッドに荷ほどきしたものをぶちまけていた手を止めた。
そして「殺りますよ」と淡々とした声音で返し、五条へと目を向けた。
濁った瞳には鬼気迫るほどの覚悟の色が灯り、錯覚だろうが赤く光って見えるほど。
「他の誰かに殺されるくらいなら、俺が殺す方があいつらも成仏しやすいと思いますし」
「まあ、この件への対処を君にさせるのが死刑先延ばしの条件なんだけどね」
そして大真面目に言い切った直後に、五条が随分と今さらなことを宣い、にやりと笑った。
「その為に君には頑張って欲しいんだよね。せっかく助けたんだから、死んでほしくないし」
「……だから、そう言うのは、もっと早く……」
「まず入学しなきゃ話にならないでしょ?話す順番は考えてるよ」
何とも適当な担任の言葉に項垂れる貴丈を見つめながら、五条は相変わらずの笑顔を浮かべながら彼に告げた。
「それじゃ、明日呼びに来るからそれまでは待機。制服はあとで持ってくるから」
「制服。まあ、学校だからそりゃあるよな」
「はいそこ、敬語なくなってるよ」
気を付けるよーに!と言い残し、五条は部屋を出ていった。
一人残された貴丈は開きぱなしの扉を閉めると、そのまま荷物の整理を始めた。
もっとも持ってきた荷物はほんの僅かだ。
そもそもお洒落だとか、インテリアなんかとは無縁だったし、あったとしても術式の暴走に巻き込まれてほとんどが燃えてしまった。
あるのは適当に見繕った寝間着や、かろうじて残っていた家族の集合写真程度。
その写真を愛おしそうに撫でた彼は、それを写真立てに入れ、机に置いた。
あとは寝間着類をクローゼットに押し込み、簡単に部屋を掃除。
そして一時間もしない内にやることをなくした貴丈は、溜め息混じりにベッドに横になった。
そのまま目を閉じ、深呼吸を繰り返す内に彼は意識を手放し、眠りに落ちた。
上も下も黒一色の空間。
そこではまた赤と青の二色の怪物と、ライオンのような異形と戦っていた。
怪物を蹴り、殴り、投げ飛ばし、様々な体術を織り混ぜて追い詰めていくが、異形には効いていないのか、すぐさま立ち上がり怪物へと襲いかかる。
パワーでは押し負け、スピードも劣り、異形の攻撃に一方的に傷つけられていく。
だが二色の怪物は倒れない。ふらつく足を懸命に踏ん張り、気合いのみで立っているかのよう。
そしてトドメを刺さんと異形が動いた瞬間、二色の怪物の手元に武器が現れた。
剣かとも思ったが違う。言ってしまえば持ち手のついたドリルのような、異形の武器。
二色の怪物はベルトについていた赤いボトルを取り外し、武器に押し込むと同時にトリガーを引いた。
『────・────!!』
そして言葉としては聞き取れない、不可思議な機械音が鳴り響き、赤いエネルギーがドリルを包む。
同時にライオン型の異形が飛びかかった瞬間、二色の怪物がドリルを振り抜き、赤いエネルギー刃でもって異形を叩き斬った。
胴を一閃された異形は臓物をぶちまけながら地面を転がり、最後には爆発四散。
二色の怪物は前と同じようにこちらに目を向けるが、今度は何もせずにただ見てくるのみ。
手を伸ばしてみるが届くわけもなく、二色の怪物は背を向けてどこかに行ってしまう。
「おい、待て……!」
反射的にそれを追いかけようと一歩踏み出した瞬間、ぐちゃりと湿り気のある何かを踏んだ音が耳に届いた。
ゆっくりと足元に目を向ければ、そこにあったのは誰かの骸。
「……っ!」
思わずその場を飛び退き、その拍子に腰が抜けて無様に倒れた。
瞬間、生暖かい液体が身体を包み、強烈な鉄の臭いが肺を満たす。
慌てて身体を起こすが、同時に辺りに広がる光景に目を剥いた。
身体をバラバラにされた家族の遺体。
身体を両断された家族の遺体。
そして原型を留めたまま、憎悪の表情でこちらを睨んでくる家族たちの姿。
それらと目があった瞬間貴丈は呼吸が出来なくなり、肩は上下すれども酸素が入ってこない。
けたけたと壊れた人形のように頭を揺らしながら笑う声に混ざり、お前のせいだ、お前のせいだとこちらを責め立てる無邪気な子供の声が辺りから木霊する。
耳を塞いでも頭の中に直接響いてくるその声は防ぐことができず、叫び声をあげようにも声がでない。
ひゅうひゅうと細く息が抜けていく音だけが喉から漏れだし、肝心の吸うことができない。
呼吸ができず、苦しさのままに再び倒れ、血の海に沈んでいく彼を、家族の骸たちが冷たく見下ろしてくる。
その中に蛇を形取った両目をした赤い異形が混ざっていたことに、彼は気付くことはなかった。
「貴丈?貴丈!大丈夫か!?」
「っ!?」
そして夢の中でも死にかけた貴丈は、五条の声によって叩き起こされた。
弾かれるように上体が跳ねあがり、覗き込んでいた五条とぶつかりそうになるが、その寸前で五条が身を引いたことで頭突きは空振りに終わる。
だが、貴丈にとってそんなことはどうでもよかった。
その気持ちの悪い感覚が胸に突っかかり、呼吸が乱れて落ち着かない。
「退屈で寝るのはわかるけど、
制服が入っているのであろう紙袋を小脇に挟んだ五条の問いかけに、「わかんねぇ」と返しながら汗を拭い、どっと溜め息を吐いた。
汗で貼り付くシャツの感触が気持ち悪いが、この男の前で脱ぐわけにもいかないのでとりあえず我慢。
「最悪な夢を見たんだと、思う……」
そして顔色も悪いまま囁くような声で言うと、五条が顎に手をやって何やら考え込んでいる様子。
「まあ、ここ何日かは酷い目にあったのは確かだしね。どうする、入学伸ばす?」
五条が一応は気を回してそう問うが、貴丈は首を横に振り、紙袋を受け取ろうと手を出した。
「大丈夫。てか、じっとしてたら駄目なタイプだと思う」
「わかった。けど、無理は禁物。やばいと思ったらすぐに言うこと」
五条の気遣いに「了解」と返した貴丈は、いい加減紙袋を渡して欲しいのかさらに手を伸ばす。
だが五条はポケットに手をいれると、ハンカチを取り出した。
「とりあえず汗拭いた方がいいよ。何なら拭いてあげ──」
そして良からぬことを言う前にそれをぶんどった貴丈は、それで顔を拭った。
瞬間に、後悔した。
どうにも顔が粉っぽい。弟たちのいたずらで、小麦粉を顔面にぶちまけられた時と似た感じがするというか。
貴丈がちらりと五条に目を向けると、彼は笑いを堪えるようにプルプルと身震いしながら、そっと手鏡を差し出した。
そこに映るのは白粉を顔面に塗りたくった貴丈の顔で、大量の汗も相まってそれは酷いことになっている。
「寝れないならテレビとDVDでも持ってきてあげようか?まあ、つまんないB級とかマイナーな映画ばっかりだけど」
「さっさと帰れ……っ!」
貴丈は手にした白粉つきハンカチを五条に放り、それは確かに彼の顔面を捉えたが、不思議なことに彼の顔は白くならず、むしろ不敵な笑みを向けられる始末。
「それじゃ、あとで持ってくるね!」
五条はそう言うと颯爽と部屋を飛び出していき、部屋をは痛いほどの静寂が包み込む。
はぁと深々と溜め息を吐いた貴丈は、クローゼットに突っ込んだ筈のタオルを引っ張りだし、改めて顔を拭い始める。
とりあえず眠れるかは別として、明日から学校となれば休む他ないのだ。
顔を拭い終え、鏡で細かくそれを確認した貴丈は、二度寝するかと再びベッドに寝転ぶが、その直後にどんどんと扉がノックされる。
『貴丈、約束通り持ってきたよ!』
呪術士最強は、案外暇なのだろうか。
貴丈は深々と溜め息を吐き、いつまでもノックしてくる五条の根気と、周りの部屋への騒音問題への気遣いとで板挟みになり、結局扉を開けることになった。
余談だが、この日だけで無駄に映画に詳しくなったのは、彼のみが知ることだ。
五条先生のはっちゃけ具合がよく分からない今日この頃。
もっと子供っぽい感じがいいのだろうか。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。