ビルド廻戦   作:EGO

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4.

 消しゴムスマッシュを撃破し、数時間ぶりに戻ってきた呪術高専京都校。

 時間帯でいえば夕方だが、年始である今は教師や生徒の姿は少なく、貴丈と七海を乗せた車は何にも遮られることなく車庫へと入って行った。

 年明け早々に駆り出されたにも関わらず、悪態ひとつなく運転をしてくれた補助監督に一言礼を言ってから降車。両手の指を絡ませて頭の上に伸ばし、乗車で強張った身体を伸ばす。

 反対側の扉から降車した七海は眼鏡の位置を直すと、ちらりと腕時計を確認。仕事の説明や移動、戦闘を含めた行動時間は、七時間程だ。これから報告書を作成することになるが、一時間はかかるまい。

 

「なら、問題ありませんね」

 

 七海はどこか感情を感じさせない声音でそう呟くと、改めて補助監督に感謝の言葉を告げた。

 二人からの言葉に補助監督は笑みを浮かべて「これも仕事ですから」と謙遜したような事を言うが、彼がいなければ仕事が大幅に滞るのは確実だ。呪術師の中では彼らを下に見る輩もいるが、そういった手合いほど、彼らが居なくなれば困るというのに。

 そうして思慮して真っ先に浮かび上がる顔は、某現代最強の呪術師だ。彼は呪術師として信頼も信用もしているが、尊敬の念を抱くことはできまい。

 

「そう言えば、何か予定があるんですか?隙あらば時計を見ていた気がするんですけど」

 

 ふぅと不満げに息を吐いた七海の変化に気付いてか、貴丈は七海と車庫に置かれた時計を見ながらそう問いかけた。

 車の中やふとした会話の合間の、こちらが不快にならないタイミングを見計らって行われる時間の確認。呪術師とて人間なのだし、人によっては寄りたい場所、やりたい事もあるだろう。七海ほどの年齢なら誰かとの待ち合わせという可能性もある。

 過去の自分が原因で、七海のプライベートを削ってしまったという事実を今更ながら理解した貴丈は申し訳なさそうな顔になるが、それに気付いた七海は「いえ、何もありませんよ」とフォローを入れた。

 

「私の癖のようなものです。気にしないでください」

 

「なら、いいんですけど……」

 

 七海は自分の術式に関する部分を除き、時間を気にする事を癖として貴丈に教えるが、その説明を受けた貴丈はどこか信じていない様子だ。彼からすれば、単に気を遣われただけという風に見えたのだろう。

 そんな彼の表情を見つめた七海は仕方ないと言わんばかりに溜め息を吐くと、「昔からの癖なんですよ」と改めて癖である事を強調すると、車庫を後にして歩き出す。

 彼に続いて車庫を出た貴丈が七海の後ろにつき、彼を追って廊下を進んでいると、七海は先ほどの続きを口にした。

 

「私は、呪術師になる以前は所謂サラリーマンでして。時間に関しては人一倍敏感なんです」

 

「サ、サラリーマンだったんですか……?なのにどうして呪術師に」

 

 彼の一言に困惑の表情を浮かべた貴丈は、ふと沸いた疑問をそのまま口にした。

 呪術師とサラリーマン。報酬の高さでいえば呪術師一択のように思えるが、命懸けの仕事だ。死んでしまっては金がいくらあっても無駄になってしまう。なら、安全に給料が手に入り、確実に使っていけるサラリーマンの方がマシなような気もするが。

 まだ社会というものを知らず、残酷な事だが今後知ることもないだろう事で悩む貴丈の姿に、七海は「ひとついい事を教えましょう」と告げて立ち止まり、彼の方に振り向いた。

 彼に合わせて貴丈も足を止め、何かいい話でもしてくれるのかと期待に胸を躍らせるが、七海なそんな彼の期待を裏切るように非情な事を口にした。

 

「まず第一に。私が呪術高専で学び、気づいたことは、呪術師はクソだということです」

 

「……へ?」

 

 七海からのいきなりの言葉に、貴丈は間の抜けた声を漏らした。

 口ぶりからして、七海も呪術高専に通っていたのは明白だ。自分のように仕方なくなのか、自分から望んでなのかはわからないが、とにかく七海は自分にとっての先輩(OB)に当たるようだ。

 だが、呪術師はクソだというのはどう言う事なのか。毎日命懸けではあるが、それが何だ(・・・・・)

 こてんと首を傾げて疑問符を浮かべる貴丈に、七海は言葉を続けた。

 

「そして一般企業で働くことで気づいたのは、労働はクソだということです」

 

「……はぁ」

 

 そちらの一般企業に関しての話は、今の貴丈にはよくわからない。両親はどこからかの援助を受けて施設を経営していたし、お手伝いさんの人たちもほとんどが住み込みのせいで、もはや家族のようなものだった。

 おかげで身近で働いている人というのがおらず、見ていない所で愚痴を吐くことはあったかもしれないが、あの人たちも何だかんだで毎日楽しそうにしていたのは確かだ。

 まあ、ほぼ初対面の相手に交渉だの、勧誘だのをして、人よりも一段と疲れるのはそうかもしれないが。

 命の危険の有無はともかく、どちらにせよ肉体的にも精神的にも疲労するのは間違いないだろう。この世で何よりも恐ろしいのは人間だというし、何ならその人間が原因で呪霊が産まれるわけで……。

 貴丈はむぅと唸りながら困り顔になるが、七海はここまで来たのだからと最後の言葉を口にした。

 

「どちらもクソであるのなら、より適正のある方をしようと思っただけです。深い意味はありません」

 

 七海は普段通りの淡々とした声音でそう告げた。

 だが貴丈は何か隠していそうだなと僅かに眉を寄せた。ただ適正があるというだけで脱サラして命懸けの呪術師になるなど、サラリーマン時代に余程酷い目にあったのか、やりがいというものを見つけられなかったのか、とにかく本当の理由を隠されている気がしてならない。

 そして、それを教えてくれる程の信頼を勝ち取れてはいないという事実を突きつけられている気がして、貴丈は小さく肩を落とした。

 見るからに落ち込んだ彼の様子に七海も困ったように息を吐くと、ぽんと肩に手を置いて僅かに微笑んだ。

 

「納得はしていないようですが、理由なんてそんなものですよ。報告は私がやりますから、君は部屋で休んでいてください」

 

「え、あ、いえ、手伝います」

 

 そんな七海の気遣いに遠慮してか、貴丈は報告に関しても手伝うつもりの様子を見せるが、七海は「いえ、結構です」と断った。

 報告書の作成と言えど、どこで、どんな呪霊を、どう祓ったのかを伝える程度だ。変異型呪霊(スマッシュ)を祓除した時の事を事細かく思い出して書面に書き出すなど、今の貴丈にやらせる仕事ではあるまい。

 家族を殺した時の些細を思い出し、書類に纏めるなど、ただですら車内で妙な事をしていた彼を、更に追い詰めるだけだ。今は休ませてやるのが正解だろう。

 

「そうだぞ、親友。Mr.七海の気遣いを無駄にするべきじゃあない」

 

 そして、そんな七海の判断に同調するように廊下の曲がり角の向こうから第三者の声が聞こえてきた。

 ずっと廊下の影から姿を現したのは、身長二メートル近い巨漢。呪術高専京都校二年、東堂葵だ。

 

「窓から車が戻ってきたのが見えてな。迎えにきたぞ、親友」

 

 腕を組んで壁に寄りかかり、格好つけてウィンクをしながら告げられた言葉に、貴丈は口から変な音を漏らした。同時に全身に鳥肌が立ち、凄まじい悪寒と共に額に冷や汗が垂れていく。

 車の中であれこれと考えたが、結局どうするべきかは行き当たりばったりのぶっつけ本番しかないとわかってはいた。わかってはいたのだが、やはりこう目の前にすると身体が萎縮してしまう。

 

 ──と、とりあえず話を合わせるべきだよな……?

 

 最低限決めていた事を胸の内で反芻すると、そもそも助けてくれませんと七海に目を向けるが、当の彼は好都合と言わんばかりに息を吐いた。

 あ、これはヤバいと思ったのはもう遅い。七海は東堂に向けて「彼を部屋まで案内してもらえますか?」と口にした。

 断る理由もない東堂も「任せろ」と首肯し、何度もしてきたようにも見える慣れた動作で貴丈の肩を組んだ。

 

「さあ、行くぞ。部屋の場所は聞いてある」

 

 東堂はそう言うと貴丈を半ば引きずる形で廊下を進み始め、引きずられる彼は困惑の表情のまま七海に助けを求めるが、

 

「では、私はここで。変異型呪霊(スマッシュ)の情報が入り次第、連絡します」

 

 七海はいっそ無慈悲なまでに淡々とした声音でそう告げて、踵を返して貴丈たちとは逆方向に向けて歩き出す。もう振り返るつもりはないことを、その早めの足取りが教えてくれた。

 

「あ、はい。わかりました」

 

 そんな七海の背中に諦観めいた声で返事をした貴丈は、東堂に引きずられて廊下を進んだ。

 ちらりと東堂の顔色を伺ってみれば、まるで親友に数年越しの再会をした時のようだ。本当にこの状況が嬉しくて堪らないのだろう。

 はぁと彼に気づかれないように溜め息を吐いた貴丈は、流れに身を任せる引きずられていた足を廊下につき、東堂の歩幅に合わせて歩を進めていく。

 東堂からすればようやく親友が乗り気になってくれたと笑みを深め、彼に合わせて少し歩調を弱めながら、「さあ、こっちだ親友(ベストフレンド)!」と曲がり角を曲がった。

 

 

 

 

 

 呪術高専京都校の男子寮。

 東京校のそれと大差はないその場所は、やはりと言うべきか部屋の間取りに関しても似通っている。

 貴丈にしても場所こそ違えど見覚えのある部屋というのは落ち着くし、一時的な活動拠点とするには都合がいいのだが、

 

「家具がベッド以外何もないのはいじめか何かですかね?」

 

 言葉の通り、その部屋にはベッド以外の家具も家電もなかった。貴丈が寮に入った初日でも、テレビや電子レンジ程度の家電はあった。それすらもないというのは、東京校生に対するいじめか何かの可能性がある。

 

「本来なら誰も使っていない空き部屋だからな。何もないのは仕方がない」

 

 そんな嫌な思考が働いた貴丈に、東堂が最低限のフォローを入れた。

 使ってもいない部屋にあれこれと家電を並べる余裕がないのか、あるいは置かれていた東京校が異常だったのか。

 

 ──まあ、どっちにしても、色々と用意をしてきてよかった。

 

親友(ベストフレンド)、俺の部屋に移るか。テレビやDVDを見る分には問題あるまい」

 

 東堂はこれでは休むに休めないと判断してか自分の部屋に誘うのだが、横の貴丈はさっさと入室し、キッチン周りに足を向けると簡単に目測で広さを確認。

 東京校のキッチンに比べて少し狭い可能性があるが、問題はあるまい。持ってきた物を置く余裕はある。

 

「♪〜♪〜♪〜」

 

 彼は上機嫌そうに鼻歌を歌いながら手元に呪力を集め、煙を発生させた。

 煙に包まれた右手をキッチンに置き、集めた呪力を解放。掌から吐き出された呪力の煙からコーヒーメーカーを取り出し、壊さないようにそっと置いた。

 

「……親友(ベストフレンド)?」

 

 いきなり煙から物を取り出した貴丈に流石の東堂も困惑するが、肝心の彼は黙々と次から次へと煙から物を引っ張り出し、部屋に陳列していく。

 

「間取りは同じかと思いましたけど、こっちの方が少し広いみたいですね。ちょっとスペースが余ります」

 

 そして東京の寮の部屋と同じように並べた筈なのに、不自然な空きスペースに目を向け、どうしたものかと顎に手をやるが、滞在するのは短期間だ。多少の違和感は我慢しなければ、向こうに戻った時にそれはそれでやりにくくなってしまう。

 

「なるほど、これが親友(ベストフレンド)の術式か。なかなか便利なものだ」

 

 部屋の入り口で彼を観察していた東堂は包み隠さぬ賛辞の声を彼に贈ると、「だが、東京校の部屋はどうなっているんだ?」とふとした疑問を口にした。

 

「空っぽですよ。必要そうなものを片っ端から持ってきたんで」

 

「旅行に出かける時にやたらと荷物が多い。昔から変わらないな、親友(ベストフレンド)

 

 そんな問いに貴丈がさも当然のようにそう返すと、東堂は感慨深そうに顎に手をやりながらそう呟き、「あの時もキャリーバッグがはちきれんばかりだったな」と懐かしむように言う。

 あの時とはいつだと胸中で呟くが、その思いをぐっと飲み込んだ貴丈は「そうでしたねー」と棒読みでそう返してコーヒーメーカーの電源を入れた。

 仕事が終わって一息つけるのだ。とりあえずコーヒーを飲まねば帰ってきた気がしない。

 

「むっ!親友(ベストフレンド)、コーヒーを淹れるのか?」

 

 そして彼の行動に気を配っていた東堂がどこか興奮した様子で問うと、貴丈は疑問符を浮かべながら「そうですけど」と返し、おかわりの分を含めて多めの湯を沸かし始める。

 

「ほう、そうか!親友(ベストフレンド)のコーヒー、前から飲んでみたかったんだ、俺の分も淹れてくれ!」

 

「あ、うす。でも、大丈夫ですか?結構苦いですよ」

 

 手慣れた動作でコーヒーの準備を進める貴丈は、ふとした疑問を東堂に投げかけた。

 真希には好評ではあるが、どうやら自分のコーヒーは酷く苦いらしい。棘やパンダは体調不良になり、あの五条ですら苦言を呈する程だ。あれから色々と工夫して味はよくなっている筈だが、果たして東堂の口に合うだろうか。

 

「……?その程度、何の問題にもならん。親友(ベストフレンド)の淹れたコーヒー、飲み干してみせよう!」

 

 だが東堂はドンと胸を叩きながら不敵に笑った。

 飲むと言うのは飲ませるべきかと、多少心配しながらも溜め息と共に「了解です」と返した貴丈は、手元に発生させた煙からコップを二つ取り出した。

 そこからは慣れたものだ。手慣れた動作でさっさとコーヒーを準備し、茶色を通り越して黒く染まった液体を差し出した。

 液体の色とは対照的に白い湯気を放つそれからは、心地よく鼻腔をくすぐるコーヒーの香りを感じるが、その味は果たして美味なのかどうか。

 

「熱いし苦いですよ」

 

 念の為の忠告を口にしながら、淹れたてのコーヒーを差し出す。

 おう!と響くような返事をしながらコップを受け取った東堂は、まずは香りを楽しむように湯気を浴びた。瞬く間に鼻腔を満たしたコーヒーの香りに表情を緩め、律儀に「いただきます」と告げてから一口呷った。

 唇の隙間を通り、舌を舐めた黒い液体。

 その熱さに小さく唸るが、すぐさま口内を支配した苦味によりそれは攫われていき、今度はその苦さに眉を寄せることになる。だが異変が起こったのはその直後だった。

 苦味と熱さ、その全てを超えるほどの激痛が口腔を、食道を、胃を、駆け抜けていったのだ。

 

「ぶほ!?」

 

 東堂はその痛みに思わず口に含んでいたコーヒーを吐き出すと、そのまま胸を押さえながらその場に崩れ落ち、かふかふと気の抜けた音を漏らしながら、陸に揚がった魚のように口の開閉を繰り返した。

 

 ──な、なんだ、これは!?身体に力が入らん!それにこれは、呪力が練れないだと……っ?!

 

 呼吸困難、手足の痺れ、異常なまでの発汗、呪力の低下及び操作不能。

 並の呪霊や呪詛師の攻撃をくらっただけではまず起こらない不調の連続に困惑するが、まずは呼吸だけでも落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。

 

「と、東堂先輩?大丈夫ですか?」

 

 貴丈はそんな東堂を見下ろしながら心配の声を投げた。ついでに「やっぱりこうなった」と独り言を漏らし、溜め息混じりに床に転がる東堂が使ったコップを回収。それを洗い場に突っ込み、東堂に向けて「水でも飲みます?」と問うた。

 そのまま適当に水道水でも飲ませるかと準備を進めるが、東堂は待ったをかけるように貴丈の足を掴んだ。

 

 ──この苦味は水ではどうにもならない。何か、他の飲み物を……っ!

 

 と、万感の思いを込めた視線を貴丈に向けた。

 その視線を受けた貴丈は熱で苦しむ弟たちの姿を幻視し、数瞬迷うように瞬きすると、ハッとして「経口補水液的な方がいいか」と勝手に納得して東堂の手を払った。

 そのまま呪力を両腕に回して筋力を底上げすると、東堂の自分の二回りも大きな肉体を持ち上げ、ベッドに腰掛けさせた。その間にも東堂は苦しそうに呻いており、試しに額に触れてみれば反射的に離してしまう程の熱を持っていた。

 これは重症だなと頭を抱えた貴丈に、東堂は震える手で掴みかかりながら言う。

 

親友(マイベストフレンド)!東堂葵の最期、高田ちゃんに伝えてくれ!俺は潔き生き、君を思いながら逝ったと……っ!」

 

 そして目から大粒の涙を流しながら、推しのアイドルに己の最期を伝えてくれと、秘めたる想いを伝えてくれと、最後の力を振り絞って吠えた。

 これが今の東堂にできる全力なのだろう。掴みかかった手からもじわじわと力が抜けていき、掴んでいるのがギリギリな様子だ。

 だが、貴丈はもはや残酷なまでに冷静だった。はぁと深々と溜め息を吐くと、ジト目になりながら東堂に言う。

 

「……呪術師がこんなんで死なないと思いますよ?」

 

 そして淡々と告げられた言葉は、己の経験に則したものだった。

 腹に風穴が開こうが、顔半分や手足が焼かれようが、こうして生きていられるのだ。適切な処置をされたという理由もあるが、高熱程度で死にはすまい。

 

「まだ死なないで、か……。親友(マイベストフレンド)、お前は優しいなぁ………」

 

 だがそんな無関心とも言える言葉を、東堂は励ましの言葉として受け取り、儚げな笑みを浮かべた。

 そのまま貴丈から手を離すと白眼を剥き、ぐったりとしながらベッドに倒れ、ぼこぼこと音を立てて泡を吐き始めた。

 その様を見下ろした貴丈はとりあえず濡れタオルを東堂の額に被せておき、今のうちに何か飲み物を買ってこようと部屋を後にした。

 一人残された東堂は苦しそうに唸っているが、

 

「高田ちゃん。俺は、必ず次の握手会、に……。ふふっ……」

 

 何だかんだで元気そうであった。

 

 

 

 

 

 ──京都校、結構広いな。

 

 自動販売機を探して校舎内を歩き回っていた貴丈は、ようやく目的の自動販売機を見つけてホッと息を吐いた。

 とりあえず買えるだけ買って部屋に戻り、後は歌姫か七海を見つけて医務室に運ぶのを手伝ってもらおう。

 貴丈は懐から財布を取り出しながらそう決めて、必要そうなものを片っ端から買っていく。

 発汗が激しかったから、経口補水液をいくつかと、お口直しにジュースを何本か。

 硬貨を入れる音と、ボタンを押す音、ペットボトルが落ちる音。

 その三つが規則正しく連続し、自動販売機から取り出した側から術式を使って煙の中に収納していく。大きめの袋も、手が埋まることもない。恨むばかりの術式ではあるが、使い方さえわかればいくらでも利用できる。

 

「物は使いよう、とはいうけどな……」

 

 どこかこの術式に関して知る度に、他の呪術師たちの術式とは違う何か、それこそ本当に呪術なのかも不安になるほどに異質な力に感じてならないのだ。

 五条がいない今、この力にあれこれと探りを入れるわけにはいかないが、東京に帰って五条がいるタイミングで、今一度組み手の相手ついでに術式を探る手伝いでもしてもらおうか。

 

 ──そうと決まれば、さっさと終わらせて……。

 

 と、彼の脳裏にはそんな思慮が過るが、すぐに怖気にも似たものを感じて額の傷跡を掻いた。

 何がさっさと終わらせてだ。家族を殺して回るのに、これではまるでお使い感覚ではないか。

 覚悟を決めて、一人残さず殺すとは決めた。だが殺すことに慣れるつもりは毛頭もなかった筈なのに、どこかで慣れ始めて自分がいる。

 

「馬鹿かよ、俺は」

 

 ボリボリと額を掻きながら自嘲的に笑った彼は、最後に自分の分の飲み物も買って自動販売機から離れた。

 部屋にコーヒーもあるが、東堂とのごたごたでもう冷めてしまっただろう。淹れなおすにしても、その間を埋めるものが必要だ。いや、むしろ東堂の介抱をするのなら淹れ直す暇もないか。

 原因が自分のコーヒーとはいえ、せっかくのコーヒー休憩の時間が削られてしまい、彼は僅かながら不機嫌ではあった。

 別にこれがパンダや狗巻、乙骨ならそこまで面倒には思わなかっただろう。自称親友と、お互いを理解しあっての親友とでは、やはり態度が変わってしまう。人とはそんなものだ。

 そしてそうやってあれこれと思慮しながら歩いていた為か、廊下を曲がろうとした瞬間に、そこから飛び出してきた誰かとぶつかってしまう。

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え、ごと……を……?」

 

 軽く肩がぶつかった程度だが、相手が誰かわかっていないこと、加えて考え込んで警戒が疎かになっていたことを材料に、とりあえず敬語で謝罪の言葉を口にしたが、尻すぼみになりながらそのぶつかった相手──おそらく呪術高専生徒を見つめた。

 凛とした切れ長の目に、深い緑色の短い髪。長い足はさながらモデルのようであり、それが支える引き締まりつつも大きめの尻や、豊かな胸に目が行ってしまったのは男のサガによるものだ。

 だがそれらを抜きにしても、貴丈はきっと彼女に目を奪われたことだろう。彼女の顔には見覚えがあり、何より今後の人生においても忘れることはないだろう親友の顔と瓜二つなのだ。

 

「真希……?」

 

 ぼそりと呟いた言葉は、きっと無意識によるものだろう。それほどまでに、ぶつかった女子生徒の顔立ちや身体つきが、真希に似ていたのだ。

 そしてぶつかった女子生徒は最初こそ貴丈の顔立ち──正確には顔の左半分を覆う火傷跡──に面を食らってはいたものの、真希の名が出た途端に「はぁ?」と不満を露わにし、彼を冷たく睨みながら腕を組んだ。

 

「あんな落ちこぼれ(・・・・・)と間違えないでくれる?私は──」

 

「あ?」

 

 そして真希と間違われた女生徒が訂正を求めて名乗ろうとした直後、貴丈の口から地の底から響いてきたような低い声が漏れ、額には青筋が浮かんでいた。

 それはそうだろう。初対面の相手と真希を間違えたのはこちらの咎だが、真希が馬鹿にされるような謂れはない。何より強さと優しさを併せ持つ彼女が、落ちこぼれの筈がないのだ。名乗ってもらう前に、そこは訂正してもらわねばならない。

 貴丈が無意識に滲ませる威圧感をそのままに、口を開こうとした直後、

 

「どないしたん、真依ちゃん。何かものごっつい呪力を感じるんやけど」

 

 真依の背後、廊下の向こうから第三者の声が聞こえてきた。

 声からして若く、どこか軽い調子を感じるそれは、本人は意図していないと思うが妙な不快感を感じる。

 貴丈は誰だと怪訝な表情となり、対して真依と呼ばれた女子生徒は慌ててバッと振り向き、警戒心を露わにしていた。

 

「この感じ、真依ちゃんやないな。こんな呪力持っとるんなら、俺含めて家の者がほっとくわけあらへん。て、ことは──」

 

 どこか、いや明確にこちらを下に見る声音でそんな事を言いながら廊下の向こうから姿を現したのは、和服の男性だった。年頃は五条と同じか少し下くらいだろうか。

 吊り目が特徴的な整った顔立ちをした青年。髪は毛先は黒く、根元にかけて金色になっていることや、耳にピアスをしていることにも目がいくが、やはり気になるのは浮かべている薄ら笑いだろう。

 相手を蔑み、自分よりも格下の雑魚としか見ていない、五条や夏油が纏っていた絶対強者の余裕とは違う嫌な雰囲気。

 そんな第一印象は最悪とも言える青年は品定めするように貴丈を見つめると、顎に手をやりながら不敵な笑みを浮かべた。

 

「君が噂に聞く桐生くんか。初めまして、俺は禪院直哉(なおや)や。一応、禪院家次期当主なんやけど、真希ちゃんから、話聞いとらん?」

 

 そうして人懐こい作られた笑みを浮かべながら挨拶をすると、貴丈の中での警戒心が最大まで高められた。

 真希や五条から耳にタコができる程に言われた「御三家には気をつけろ」という言葉が脳裏を過り、目の前の男はその中でもヤバいと噂の禪院家の次期当主とまで言ってみせたのだ、警戒しない方がおかしい。

 彼の様子から良くも悪くも話されていることを察したのか、直哉は「聞いとるみたいやな」と頷くと、ちらりと怯えたように壁に寄りかかって縮こまっている真依に目を向けた。

 

「んで、真依ちゃん。桐生くんに無礼なことしとらんよな?呪力持っとる言うてもカスみたいなもんやし、()()真希ちゃんと同じで落ちこぼれなんやから、俺らの邪魔だけはせえへんといてな」

 

 ──姉、だと……?

 

 そして直哉が真依に告げた言葉に貴丈は眉を寄せ、ちらりと真依に目を向けた。

 直哉の登場から先程まで帯びていた強気な雰囲気が霧散し、さながら嵐が過ぎ去るのを待つ小動物のようになってしまっているが、その顔立ちにはやはり真希の面影を感じる。

 真希に姉妹が──直哉の言葉からして妹がいるという話は聞いていなかったが、家族を失い、これから殺して回ることになる自分に遠慮していたのだろうか。

 まあ、その話は東京に帰ってから聞くとして、それよりも聞き捨てならない言葉があった。誰の親友が落ちこぼれだ、コラ。

 

「ま、ええわ。細かい話はパパたちがするやろうし、こっちはこっちで好きにやらせてもらうわ」

 

 貴丈が冷たく睨んでいることに気付きもしない直哉は、下卑た視線を真依に向けると、悪戯を思いついた悪ガキを更に邪悪にしたような笑みを浮かべた。

 

「パパも兄さん方も、学長に新年の挨拶しとんねん。どうせ長話しとるやろうし、暇やから、俺の相手してや」

 

「ぇ、ぁ……」

 

 直哉の提案に真依は消えいりそうな声を漏らし、逃げるように僅かに後ろに下がるが、生憎と後ろは壁であり逃げることはできない。

 呪術界御三家、禪院家において呪術師であることが大前提だ。術式がなくとも呪霊を視認でき、形は千差万別だろうが戦えることが、彼らにとっては当然のこと。それが出来ねば落ちこぼれであり、壮絶な差別の──黙認されるイジメの対象となる。

 呪術師の家系でありながら呪霊が見えない真希が最もたる例だが、もう一つ差別の対象となるのが、女子であることだ。

 一部例外的な存在はあれど男と比べて非力で、戦いには向かない身体つき。それでも戦場に立たんとする者は多いが、そんな彼女らに向けられる視線はいつも冷たいものだ。

 女の呪術師に求められるのは『強さ』のみならず心技体、そして美しさを持つ『完璧さ』だとは、誰が言った言葉であろうか。

 そして、残念なことに真依はその『完璧』には程遠い。

 呪術師を名乗ることをどうにか許される程度の微弱な呪力。

 呪霊との接近戦になれば、あっさりと不利となる膂力。

 そんな彼女も様々な縁があり呪術高専京都校にいるわけだが、彼女が禪院家にいた頃の扱いは、それは酷いものであっただろう。

 訓練や学問の時間にハブられるのはまだいい方で、やらなくてもいい仕事を延々とやらされることもあれば、不手際の責任を取らされたり、八つ当たりの標的にされたり。

 そして、目の前の男──直哉はその中でも特に危険な人物だ。禪院家次期当主を自称し(・・・)、それに否を言わせない高い実力を持つ彼は、禪院家の中でもそう言った選民思考とも言えるものにどっぷりと浸かっている。

『三歩後ろを歩けない女は背中を刺されて死ねばいい』などとのたまう程に男尊女卑の思考が強く、反論、抵抗しようものなら純粋な力と技によって捩じ伏せられる。

 そんな相手と、おそらくだが長時間二人きりになるのだ。何が起こっても不思議ではあるまい。

 

「な、ええやろ。こないなとこ歩き回るってことは、真依ちゃんも暇しとったみたいやし。ほな、桐生くん、また」

 

 故に真依は動くことができなかった。他の男や、見ず知らずのナンパであればあっさりと突っぱねただろうが、この男の恐ろしさを骨身に染みるまで刻まれた身体が、彼を怒らせるな、ただ耐えればそれでいいと警鐘を鳴らしている。

 彼女の沈黙をいつも通りに(・・・・・・)了承と受け取った直哉や、浮かべた薄ら笑いをそのままに彼女に手を伸ばし、肩を掴もうとした瞬間だった。

 横合いから伸びてきた手が直哉の腕を掴み、彼女に触れるのを止めたのだ。

 

「え……?」

 

「あ?」

 

 真依と直哉は揃って声を漏らし、直哉の腕を掴んだ相手──瞳を赤く輝かせ、見るからに不機嫌オーラ全開で直哉を睨む貴丈に目を向けた。

 彼の放つ圧に真依は狼狽えるが、直哉は新しいおもちゃを貰った子供のように好戦的な笑みを浮かべ、彼を睨み返した。

 

「なんや、桐生くん。これから真依ちゃんと久しぶりに親族水入らずの時間を過ごそうと思ったんやけど」

 

 直哉は人当たりのよさそうな作り物の笑顔を浮かべてそう言うが、貴丈は感情を感じさせない抑揚のない声で言う。

 

「言葉にはしてないですけど、見るからに嫌がってるでしょう。少なくとも、家族に誘われてする表情じゃない」

 

 ちらりと横目でいまだに自分が割って入った事に驚いている真依に目を向け、彼女を守るように今度は身体を二人の間に割り込ませ、彼女を背中に隠した。

 その姿は、イジメられる妹を守る兄そのものだ。

 理由はわからない。二人の間に何があったのかも知らない。だが、声も出さずに、けれど助けを求めるように震える相手を前にして、何もしない訳にはいかない。

 家族と交わした約束が、正義の味方(ヒーロー)になっていう願い(呪い)が、今の彼を突き動かしていた。

 

「一緒に遊ぼうと誘われたら、余程の相手でもなければくしゃっと嬉しそうに笑うものです。でも、真依さんはそんな顔しなかった。あなた、嫌われてますよ、自覚ないんですか?」

 

 そして単刀直入に告げられた言葉と、煽りとも言える追加の一言に直哉は「あ゛?」とドスの効いた声を漏らしながら、額に青筋を浮かべた。

 先程まで浮かべていた余裕そうな笑みから途端に真顔になり、瞳には隠すつもりもない強烈な怒気を滲ませる。

 

「初対面の相手への礼儀がなっとらんわ。こっちが下手に出てると見て、調子乗っとるんとちゃう?」

 

「……あの態度で下手に出てるつもりだったんですか?」

 

 直哉が吐いた侮辱とも取れる言葉を軽く受け流し、ついでに更に煽っておく。ビキリと音を立てて額の青筋が増えたのは、気のせいではあるまい。

 

「……もうええわ。やっぱいい子ちゃんぶるのは疲れるわ」

 

 そしてもはや怒気を超えて殺意を滲ませ始めた直哉はそう言うと、腕を掴む貴丈の手を払い、逆に彼の手首を掴み返した。

 

「真依ちゃんと遊んだならあかん言うなら、桐生くんが遊んでくれや」

 

 直哉がそう告げた直後、貴丈の動きが止まった。

 何だ、何が起きたと思考することはできる。だが、身体が一切動かないのだ。

 そしてそれと同時に困惑する貴丈の視界から直哉が姿を消し、

 

「まずは一発目や!!」

 

 その宣言と共に身体が動くようになった貴丈は、反射的に声がした方向──自分から見て左に顔を向けた瞬間、彼の顔面に直哉の拳が打ち据えられた。呪力による強化も乗っていたのかその威力は凄まじく、殴られた貴丈は勢いのままに窓をぶち破って中庭まで飛んでいき、ゴロゴロと地面を転がることになる。

 

 ──い、一体何が……っ!?

 

 突然身体が動かなくなり、動けるようになったと思った途端に殴打とは、まさに正面から奇襲を受けたような状態だ。

 先の一撃で噴き出してきた鼻血を乱暴に拭いながら立ち上がると、直哉は割れた窓ガラスを乗り越え、貴丈を殴った拳を見せつけるようにプラプラと振りながら好戦的な笑みを浮かべた。

 

「今謝るんなら、見逃したるけど?」

 

 一見彼の慈悲を思わせる言葉ではあるが、その裏には自分は絶対に負けないという確固たる自信が見え隠れしており、どちらかと言えば「弱いお前と戦うなんて時間の無駄」とでも言いたげな雰囲気を醸し出している。

 だがそんな彼をハッと鼻で笑った貴丈は「冗談言うなよ」ともはや敬語を使うに値しないと決めたのか、タメ口でそう吐き捨てて構えをとった。

 動きを封じる術式か、あるいは高速で動く術式。先程の行動から直哉の術式がどちらか一方であるとあたりをつけるが、問題はそこであった。

 

 ──変身する隙は、くれないだろうな……。

 

 術式を展開してビルドに変身するには、ベルトの取り出し、装着。ボトルの取り出し、装填。ベルトのレバーを一定数回転。生成された鎧の装着。という、言葉にすれば致命的なまでの隙をある程度の時間をかけて晒すことになる。直哉はそれを終えるまで一々待ってはくれないだろう。

 なら、昔のようにフルボトルを活用しての肉弾戦をメインにするしかない。

 ふーっと深く息を吐き、油断なく構える貴丈を見ながら、直哉はふと背後からの視線に気づいて割れた窓の方に目を向けた。

 そこにら窓の影からこちらを覗き見る真依の姿があり、貴丈と直哉を交互に見つめている。

 

「そや、真依ちゃんはそっちにいてな。勝手に動いたら、桐生くんより先にボコしたるから、気ぃつけや」

 

「ッ!」

 

 そして中庭の手頃な──戦闘中でも見張りやすい位置の木陰を指差しながらそう言うと、真依は迷うような素振りを見せるが、直哉が「はよせぇ」と凄みながら急かすことで無理やり移動させる。

 彼女が指定の木陰にたどり着くまでの数十秒の間、貴丈は動かなかった。何か下手を打てば真依に危険が及ぶ可能性がある。第一印象は割と最悪だが、真希の妹だというのなら、それだけで守る理由には十分だ。

 真依が例の木陰に移動すると直哉は満足そうに笑うが、すぐに表情を引き締めて貴丈に視線を戻した。

 

「なんや。変な鎧を着て戦ういうから待っとんねんけど、着ないんか?」

 

「……っ!」

 

 明らかな挑発。だが、時間をくれると言うのなら先程の問題はクリアだ。

 貴丈は文字通りのハンデを与えられた事実に眉を寄せるが、万全で挑めるのなら多少の恥は飲み込もうと決め、手元に発生させた煙からベルトを出現させ、腰に装着。

 そのまま左右それぞれの手に赤と水色のフルボトルを取り出し、それを振って封じ込められた呪力を活性化させ、蓋を開けようとした直後だった。

 

「──はい、時間切れ」

 

 直哉のそんな呟きが貴丈の耳に届き、直後、彼の視界に直哉の拳が迫っていた。

 両手のフルボトルを持ち、振り回していた都合上防御も回避も間に合わず、直哉の拳が再び貴丈の顔面に突き刺さった。

 快音を響かせながら殴り飛ばされた貴丈は再び地面を転がることになり、今度は立ち上がる素振りを見せずに突っ伏してしまった。

 

「なんや、つまらん。相手との力量差も知らんで喧嘩ふっかけんは──」

 

 そして勝ちを確信して倒れる貴丈を煽ろうとした直後、違和感を感じて貴丈を殴った拳に目を向けた。

 呪力で強化したというのに妙に痛む。異様に熱をもっているし、動かそうとすると激痛が走るのだ。

 

「……っ。なんや、これ」

 

 その原因を探ろうと拳に目を向けた直後、直哉は困惑の表情を浮かべて狼狽えた。

 無防備な貴丈を殴りつけた筈の拳が腫れ上がり、指の何本かも本来なら曲がってはいけない報告に曲がり、中の血管が切れたのか真っ青になっているのだ。

 

『《ダイヤモンド!》』

 

 直後、頭の中に響いてくる異様に陽気な声。

 真依にも聞こえているようで彼女は音源を探そうと辺りを見渡すが、中庭にはスピーカーの類は見当たらない。

 まさかと直哉が貴丈に目を向けると彼はむくりと立ち上がり、見せつけるように右手を開いた。

 そこに握られていたのは、水色のフルボトル──ダイヤモンドフルボトルだ。

 

「俺が何の備えもなくやると思ったか?」

 

 そう吐き捨てながら不敵に笑った彼は、殴られた筈の顔を指で叩いた。

 コツコツと硬い音がしたかと思えば、彼の顔を覆うようにダイヤモンドの防壁が姿を現す。

 直哉に殴られる直前に、ダイヤモンドフルボトルの蓋だけを開けて殴られると判断した顔面を保護。あとは拳で押される勢いのままに吹っ飛び、地面を転がっていただけだ。

 チッと舌打ちしながら和服の袖を破き、砕けた拳に巻いて簡単なグローブを作った直哉を見つめながら、貴丈はダイヤモンドフルボトルをベルトに装填し、もう一つの赤いフルボトル──ラビットフルボトルの蓋を開けてベルトにセット。

 

『《ラビット!ダイヤモンド!》』

 

 頭の中に響く音声に『ベストマッチ』の一言はない。あまりいい組み合わせではないようだ。

 だが、直哉に警戒心を持たせるには十分だ。先程の受けることでのカウンターを警戒してか、手出しをしてこない。

 貴丈はその隙にレバーを回転させ、ベルトの中を二つのフルボトルから抽出された呪力が満たしていく。

 

『《Are you ready!?》』

 

 それが最高潮まで高まった瞬間、ベルトから投げられる問いかけ。

 もう聞き馴染んだそれも、実際は常に覚悟を問うてくる割と残酷なものど。

 だが、その返答は決まって一つだけだ。

 

「──変身!」

 

 そして高らかに叫んだ直後、貴丈の身体を赤と水色の鎧が包み込んだ。

 貴丈からすれば使い慣れたラビットハーフボディと、夏油との戦い以来久しぶりとなるダイヤモンドハーフボディ。

 ベストマッチではないため出力が不安なものだが、どうせタイマン勝負なのだ、勝とうが負けようが長期戦にはならないだろう。

 ラビットハーフボディが放つ赤い光をダイヤモンドハーフボディが反射し、キラキラと赤い輝きを放つ姿は不気味なものだが、直哉は怯まない。

 

「面白い鎧やな。バラバラにしたる……ッ!」

 

 彼は変わらず獰猛な笑みを浮かべながら、砕けた拳をそのままに構えを取る。

 対するビルドは右腕、左足は軽やかな動きで、左腕、右足は重々しい動きで構えを取った。

 直哉と貴丈(ビルド)、二人の決闘が始まろうとしていた。

 

 

 

 




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