ビルド廻戦   作:EGO

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5.

 呪術高専京都校、中庭。

 正月の静寂に包まれている筈のその場所で、ビルドと直哉は睨み合っていた。

 ジリジリと摺り足で間合いを測るビルドとは対照的に、直哉は不敵な笑みを崩さない。先程の打撃の感触と拳の具合からして、下手な打撃ではこちらが怪我をしてしまう。

 

 ──やけど、俺のスピードにはついてこれへんやろ……?

 

 最初、それこそビルドが変身する前。彼は直哉の速度についていけず、文字通り顔面に痛いのを喰らっている。それに、二発目も防御を固めただけでそれもギリギリ間に合っただけ。避けたり、カウンターを狙う余裕はない。

 

 ──なら、余裕や……ッ!

 

 直哉のその判断はあながち間違いではない。彼の速度に反応できずに攻撃をもらい、その後もギリギリのタイミングで防御を固めることで、相手に殴らせて壊しただけのことだ。

 それが彼の限界だと。貴丈の反射速度では、自分には触れることもできないと、直哉は判断した。

 だがそれだけで判断を下していいほど、貴丈は、ビルドは簡単なものではない。

 ニヤリと口角を吊り上げて笑う彼を睨みながら、ビルドはゆっくりと左足に重心を傾けた。

 足首に装着されたホップスプリンガーが縮んでいき、最大まで力を溜めた状態で固定。

 それと同時に、直哉は己の術式を発動した。

 彼の術式──『投射呪法』。自らの視界を画角として一秒間の動きを二十四の瞬間に分割したイメージを予め頭の中で作り、その後それを実際に自身の体でトレースする術式だ。

 しかし、それを行うには天性のものと言うべきコマ割りの才能が必須であり、それがあっても使いこなすにも相当な鍛錬も必要となる、少々どころではない癖がある術式だ。

 だがその分、ある程度の物理法則を無視した動きを可能となり、たったの一秒間による瞬間的な加速や、不可思議な軌道をしての肉薄など、初見では対応不可な戦闘を展開することができる。

 事実、次の瞬間には直哉はビルドの視界から消えて背後に回り込み、無防備な背中に蹴りを入れようと身体を動かした。だがその直後、今度は直哉の視界からビルドの姿が消えた。

 直哉はぎょっと目を見開いても遅い。既に体勢を取ってしまった彼は蹴りを放ってしまい、その瞬間に脳天をダイヤモンドの鉄槌が打ち抜いた。

 快音を響かせて彼の脳天を打ち抜いたのは、ビルドの右足の踵落としだ。

 彼は直哉が動いた直後、ホップスプリンガーを炸裂させ、ちょうど死角になるが、迎撃するには高すぎない高度まで跳躍。直哉が蹴りを空振った直後、その隙を狩るための蹴りを見舞ったのだ。

 呪力による強化を乗せられた、ダイヤモンドの硬度をもったあまりにも重すぎる一撃は、本来なら人の頭蓋を砕くには十分すぎる力があっただろう。

 だが現実はそうではなく、快音と共に地面に沈められた直哉は、額を流れる血をそのままに血走った目でぎろりとビルドを睨みつけた。

 トンと軽い音と共に着地したビルドは地面に倒れる直哉を見下ろしながら言う。

 

「お互い一発ずつ。止めるなら今しかねぇけど」

 

「ざけんなや!俺を見下ろすなっ!」

 

 ビルドが一応の妥協点を設けてお互いに拳を引くように忠告するが、直哉は弾かれるようにそう告げ、倒れた状態からビルドに向けて足払いを放った。

 直哉は「うお!?」と間の抜けた声と共に身体が宙に浮いたビルドを睨みながら投射呪法で一度距離を取り、額の血を乱暴に拭うと、再度投射呪法を使って地面に倒れる彼に肉薄。

 立ち上がろうと地面についた手を更に払ってこかし、呪力の乗せたスタンプをビルドの顔面に放つが、彼は素早く地面を転がることで回避。

 

「避けんなや!!」

 

 そんなビルドに悪態をついた直哉は、地面を転がっていく彼を追いかけていき、踏み躙ることに固執しているように、何度も足を振り下ろした。

 だが転がっていくだけでもそれなりに速いビルドを捉えきれず、ビキリと音を立てて額に青筋を浮かばせた直哉は、投射呪法によりビルドの行き先に回り込み、彼の顔面──左頰に蹴りを放った。

 直後響くのは骨が砕ける乾いた音、なのだが、それはビルドの、つまり貴丈の頰から聞こえたものではない。

 その音の主である直哉は骨が砕けた激痛に歯を食い縛り、「ざっけんなや……ッ!」と悪態混じりに投射呪法によって距離をあけた。

 ビルドを蹴り抜いた右足の具合を確かめるように足首を回し、痛いだけで動きに支障はないことを確認。

 対してすっと立ち上がったビルドは、直哉が蹴った左頰──ダイヤモンドハーフボディを撫で、仮面の下で不敵な笑みを浮かべた。

 ダイヤモンドハーフボディの特徴はその名の通りの硬さだが、どうやら直哉のパワーではそれを越えることはできないようだ。

 

 ──まだ本気じゃねぇ可能性もあるけど、とりあえずダイヤモンドの方は外さねぇ方がいいな。

 

 防御力は充分。速度も充分。だがパワーが足りない。いや、足りないのではなく、殺さないように加減するのなら、ラビットハーフボディのパワーでは戦闘不能に追い込まないというべきか。

 だがラビットハーフボディを変えてしまえば、おそらく直哉の速度に反応出来なくなる。ここはダイヤモンドフルボトルを変え、被弾覚悟のカウンターを狙うべきか。

 仮面の下、誰にも見えないことをいいことに困り顔を浮かべた貴丈だが、すぐに表情を引き締めて直哉を警戒。

 当の直哉も僅かな仮面の動きでビルドが自分から意識を逸らしていたことに気づいたのか、額の青筋を増やしながら食い縛った歯を剥き出しにし、ビルドを睨む。

 

「俺の前で考え事とは、ええ度胸やないか!!」

 

 そして彼の油断を指摘しながら投射呪法を発動。一秒二十四フレームの動きでビルドに肉薄した彼は、殴るわけでもなくすれ違い様に彼の肩を叩いた。

 直後、ビルドは動きを完全に止め、貴丈は『またこれか!』と動けない故に胸中で舌打ちを漏らした。

 彼が完全に静止した時間は約一秒。

 これもまた投射呪法の術式効果だ。本来なら術式発動と共に一秒間に二十四コマの動きを組み立てねばならないが、それに失敗した場合、動く筈だった次の一秒間、何もできない時間が発生する。

 そしてそれを、相手に強いることができるのも投射呪法の強みだ。

 術式を発動しながら相手に触れれば、触れられた相手は直哉と同様に視界を画角として、一秒二十四コマ打ちをしなければならない。もちろん直哉の術式を知らない貴丈にそれができる訳もなく、結果的に一秒間の硬直のデメリットのみが反映される。

 その隙に直哉は無防備な背中に蹴りを入れ、ビルドを吹き飛ばした。

 身体が動くようになったと同時に吹き飛ばされたビルドは呻き声をあげ、真依の足元に転がり込む結果となった。

 

「いてて。どんな術式だよ、これ」

 

 ビルドは蹴られた背中を摩りながら立ち上がり、顎に手をやって数瞬考える素振りを見せ、隣で面食らっている真依に視線を向けた。

 

「何かヒントない?こう、断片的でもいいから」

 

 見るからにこちらを警戒する彼女に、身振り手振りを交えて助言を求めるが、彼女は口を噤んで何も言わない。

 駄目かと肩を落とすビルドを嘲笑いながら、直哉は「当然やろ」と告げて真依に目を向けた。

 

「真依ちゃんは身内やけど、術式を教えるわけないやろ。弱いし、口軽そうやし、術式の種が漏れたら一大事や」

 

「……。家族を信じてねぇのか」

 

「当然やん。パパはともかく、どいつもこいつも俺より弱い癖して威張り散らすし、次期当主は俺を差し置いて自分やって信じてる奴もおる。身内いうても敵なんよ。いつ殺し合うかもわからん相手に、術式の一から十まで教えるわけへん。特に、女なんて軽〜くいじめてやれば、簡単に口割るし」

 

 さも自分が禪院家最強だと、次期当主は自分がなって当然だという、異常なまでの傲慢さを滲み出しながら、直哉はそう告げた。

 ちらりと真依に邪悪な気配を孕んだ視線を向ければ、彼女は額に冷や汗を流しながらぎゅっと自分の身体を抱きしめ、無意識の内に乱れ始める呼吸を落ち着かせようと努めるが、やはりそう上手くはいかないようだ。

 だが、そんな彼女を守るように立ちはだかったビルドが直哉に言う。

 

「生憎、俺はお前が何を言ってんのかわかんねぇ。けど、これだけは言える」

 

 仮面の下で血のように赤く輝く瞳を細めながら、貴丈はベルトからダイヤモンドフルボトルを取り外し、タンクフルボトルを差し込んだ。

 いつぞやに真希から聞いていた御三家の異常さ。あの時はまだ他人事で、真希の夢を応援すると決めてからは彼女が立ち向かう相手の大きさがいまいち理解できなかったが、ようやくその一端が見えた気がした。

 そんな思慮の裏で流れるベストマッチの音声を適当に聞き流しながらレバーを回転。背後の真依に気遣ってか真横にタンクハーフボディが生成されていき、左頰、右腕、左脚が形作られる。

 家族を信じられない者への怒り。

 家族を出世の道具か、邪魔者にしか思っていない目の前の男への怒り。

 それら全てが呪力に変わり、彼の身体から濃密な呪力が滲み出る。

 

「──絶対にぶっ潰す。このクズ野郎が……ッ!」

 

『《Are you ready? 》』

 

 その宣言と同時に投げられた問いかけに、貴丈は一度深呼吸をした。

 禪院家に喧嘩を売る覚悟。まず間違いなく、後ろの真依にも面倒をかける覚悟。そして、東京で頑張っている真希さえも巻き込む覚悟。

 自分だけではなく、他人も巻き込むことになるそれを、自分の独断で決めてしまっていいのかと自問するが、真希はとっくに決めている筈だなと不敵に笑んだ。

 だが後ろの真依はどうだろうかとふと疑問が浮かぶが、まあいいかと匙を投げた。

 しばらく京都にいるのだ、その間は守ってやればいいし、その後の事は歌姫に任せればとりあえずいいだろう。

 

「──変身!」

 

 そうと決まれば、彼は強い覇気がこもった声をあげて変身を宣言。

 それを合図にしてダイヤモンドハーフボディがタンクハーフボディと交換され、ビルドはラビットタンクフォームに変身を完了。

 

『《鋼のムーンサルト!ラビット・タンク!!イエーイ!!! 》』

 

 状況と、貴丈の覚悟と表情とは裏腹に、底抜けに能天気な声が三人の頭の中に響いた。

 ラビットハーフボディ、タンクハーフボディの接合部から蒸気が噴き出し、身体に隙間なく密着した。

 ここからは賭けだ。殴り倒されるよりも早く、直哉を殴り倒す。術式の謎は多いが、すくなくとも何かしらの効果で『一秒間速くなるか、一秒間相手の動きを止める』というのは、何となくわかった。

 種はわからないが、結果はわかったのだ。どうとでもなろう。

 

「──さあ、実験を始めようか……っ!」

 

 右手で砲撃する戦車を模した右複眼のアンテナを撫でながらそう告げて、同時に直哉に向けて駆け出した。

 そして彼の言葉が余計に神経を逆撫でされた直哉は血管が破裂せんばかりに額の青筋を濃くすると、「ざけんのも大概にせぇ!」と怒鳴りつけた。

 直後に彼は術式を発動。一秒間の超加速をもってビルドに肉薄し、拳を振るわんとするが、その一秒足らずの間に、ビルドもラビットハーフボディに呪力を集中。

 左頰、右腕、左脚が赤く光り始め、彼もまた超加速状態に移行。

 直哉が加速の勢いのままに振るった拳を赤い軌跡を残す右腕で向かって左側にそらし、高速の裏拳を直哉の顔面を打ち据えた。

 パン!と快音が響かせながらのけぞった直哉は投射呪法で離脱を図るが、それよりも速い膝蹴りが彼の腹部を捉え、身体をくの字に曲げた瞬間にその顎を音よりも速い右ジャブが打ち抜く。

 

「〜〜っ!?」

 

 その一撃の重さはたいした事はない。だがその異常なまでの速さが乗った拳は容易く直哉の脳を揺さぶり、彼は目を見開いたままがくんと身体を傾け、膝をついた。

 そこに追撃の蹴りが迫るが、直哉も意地を見せて今度こそ投射呪法を発動し、離脱。

 ビルドの蹴りが赤い軌跡を残しながら空を切り、投射呪法で背後に回り込んだ直哉はその無防備な背中に掌底を叩き込み、鎧の内側に衝撃を通した。

 骨が軋む程の衝撃に「くっ!」と小さく呻いたビルドは振り向き様に手刀を振るうが、直哉はそれを逸らして先程のお返しと言わんばかりの裏拳をビルドの顔面に叩き込み、ついでに肩に触れて投射呪法を発動。

 

「──っ」

 

 映画のフィルムの中に閉じ込められるような形で動きを止めたビルドの腹に渾身の正拳突きを叩き込み、身体をくの字に曲げた彼が吹き飛ぶよりも早く彼の頭を掴み、顔面に膝蹴りを一発。

 身体を大きく仰け反らせたビルドだが、すぐに体勢を整えて目の前で追撃せんとする直哉に牽制の左ジャブを放つ。

 タンクハーフボディ故、その速度は遅く、直哉からすれば余裕で対応できるものだ。

 事実彼はそれを的確に受け流し、その接触の一瞬の隙に投射呪法を発動。ビルドに一秒の静止(フリーズ)を与え、顔面に蹴りを入れた。

 蹴り飛ばされる勢いのままに地面を転がった彼はすぐさま立ち上がり、ラビットハーフボディに呪力を集中。

 全身で加速状態に入りながら、左の複眼に多めの呪力を込めて嗅覚、聴覚をさらに強化。

 それに気づかぬ直哉は投射呪法による加速で一気に肉薄し、彼の脇腹に拳を叩き込んだ瞬間、ぎょっと目を見開いた。

 今までの貴丈の反応速度からして、反応できたとしても先ほどのように当て勘で発動を潰すか、あるいは防御を固めるかの二択。直哉はそう判断していたのだが、現実は違う。

 赤い光を纏う右手が直哉の拳を掴んでおり、それに狼狽えたほんの一瞬の硬直の隙に直哉の腹に左拳を叩き込んだ。

 それでも流石禪院家というべきか、直哉は腹に呪力を集めて防御力を底上げするが、その程度でタンクハーフボディのパワーを抑え切るのは不可能だ。

 凄まじい衝撃と、それに伴うダメージにごぼっと音を立てて血を吐き出した直哉は、あり得ないと言わんばかりにビルドを睨みつけた。

 なぜ反応できたのか、なぜ自分の速度に着いてこられたのか、様々な疑問が浮かんでは消えていく。

 対するビルドは冷静で、仮面の下で得意げな顔をしながら小さく笑みを浮かべた。

 ラビットハーフボディによる嗅覚の強化により、あまり嗅ぎたくはないが直哉の体臭を追いかけ、聴覚の強化により身体が動く度に揺れる風の音や、直哉の息遣い、踏み込んだ拍子の地面と足の擦れる音、筋肉が伸縮し、骨が動く音を頼りに彼の動きを先読みし、防御を置いたに過ぎない。

 そしてその結果として、捕まえたのなら作戦は成功だ。

 彼は掴んだ直哉の拳から一瞬手を離し、手首を掴み直すと、再び右拳を直哉の腹に叩き込んだ。

 ドゴッ!と鈍い音が中庭に響き渡り、文字通りビルドの拳が腹にめり込ませ、内臓を掻き回された直哉はさらに血を吐き出し、舌打ち混じりに投射呪法を発動し、ビルドに一秒の硬直を与えるが。

 

「こいつ、離せや……っ!」

 

 彼は動きを停止させたまま、直哉の手を離さずに彼の離脱を許さない。

 直哉が焦ったようにビルドの顔面を蹴りつけるが、それと同時に硬直も終了。ビルドは無防備な状態のまま蹴られたというのに怯みもせず、直哉の顔面に拳を叩き込んだ。

 だがその直後には再び投射呪法により動きを止められ、防御も何もできない状態で腹に拳を叩き込まれると、仮面の下でかふっ!と声を漏らして肺の空気を吐き出す。

 だが、その程度でビルドは離れない。彼とて様々な修羅場を潜り、特級呪術師が放った特級呪具の一撃さえも当たっているのだ。あれに比べれば、直哉の拳など子供のそれと大差はない。

 歯を食い縛って直哉の手首を握る手に骨を砕かんばかりの力を入れ、投射呪法で止められる前に拳を直哉の胸に叩き込む。

 そこからは、まさにターン制のゲームを見ているようであった。

 ビルドが殴り、直哉が止めてから殴り、ビルドが殴り返す。

 二人がいる場所を中心に──殆どが直哉のものであるが──血飛沫で赤く染まり、その手の光景に慣れている筈の真依も引いてしまう程。

 

「いい加減、離れろやっ!!」

 

 そして、整った顔を腫れや切り傷がぐちゃぐちゃにされた直哉は激昂の声をあげ、ビルドの顔面に拳を叩きつけた瞬間、それは起こった。

 拳のインパクトの瞬間と、拳を強化する呪力の流れ。その誤差0.000001秒以内のまぐれが、この瞬間に起こったのだ。

 それを直哉自身も自覚しておらず、ビルドもまず起こらないだろうと無警戒だったもの。

 

 ──黒き稲妻が直哉の拳から迸り、今までビクともしなかったビルドを、容易く吹き飛ばしたのだ。

 

「……あ?」

 

 その事態に思わず声を漏らした直哉は、吹き飛んだ地面を転がるビルドと、彼を殴り飛ばした己の拳を見つめ、すぐに確信的な笑みを浮かべた。

 黒閃。これこそが黒閃だ。ようやく出すことができた、ようやく更なる一歩を踏み出せた。

 己の身に起きたことを自覚した途端、全身の呪力の流れをごく自然に認識し、凄まじいまでの全能感と多幸感に包まれた。

 

「ははっ!ええな、ええなぁ!!堪んないわ、この感じ……ッ!!!」

 

 両腕を大きく広げ、夕焼けの色に染まった空を見上げながら、余裕を取り戻した直哉はテンションをあげながらニヤリと笑った。

 うぅと苦しげに呻きながら立ち上がったビルドを見つめ、即投射呪法により接近。

 先程までとは段違いの速度に面を食らうビルドは碌な反応もできず、次の瞬間には視認もできない速度で腹を打ち抜かれ、仮面の下でごぼりと血を吐き出した。

 膝から崩れるよりも速く動いた直哉はビルドの背に両手を組んだ鉄槌を落として地面に這わせると、その背中に今度こそとスタンプを叩き込み、彼を踏み躙った。

 

「もう負ける気がせぇへんわ……!!いい加減、負けを認めたらどうや?」

 

 そうして煽り根性全開で告げた言葉にビルドは返す余裕もなく、一瞬の閃光と共に変身が解除され、血まみれの貴丈が姿を現した。

 

「もう鎧も着てられんのかいな。じゃ、俺の勝──」

 

 自分の勝利を宣言し、上機嫌のまま真依に視線を向けようとした瞬間、貴丈が勢いよく立ち上がり、直哉を退かして地面を転がっていく。

 それを冷たく見送った直哉は鼻を鳴らして「まだやんの?」と貴丈に問うと、彼は赤く輝く瞳で直哉を睨みつけ、ふーっと深く息を吐く。

 頭だけではなく全身くまなく痛いが、それは相手も同じこと。黒閃後のゾーン状態なことに加え、それに伴う大量のアドレナリン分泌で痛みを感じていないだけ。時間が経てばそのうち動けなくなる──筈。

 

 ──それまで立ってられる自信ねぇけどな……っ!

 

 がくがくと震える膝を叩いて喝を入れ、拳を構えて身構える。

 痛いのには慣れている。それを抱えて戦うのにも慣れている。なら問題はない。

 だが、意地だけでどうにかなる状況ではないことも確かだ。

 変身なしで直哉の速度についていける自信はないが、やりようならある。

 いや、正確にはそれすらも賭けではあるのだが。

 貴丈はゆっくりと右足を引いて腰を捻り、右拳にありったけの呪力を集めていく。

 対する直哉も最後の抵抗──それこそ一矢報いるためだけに立っていることを察し、小さく舌打ちを漏らした。

 こちらを睨んでくる瞳、敵意を剥き出しにして、勝ちを諦めていない生意気な瞳。満身創痍で立つ彼の姿に、直哉は無意識の内に真希の姿を重ねていた。

 術式どころか呪力を持たず、稽古と称して何度ボロボロになるまで打ちのめそうが、こちらを睨むことだけは辞めなかった、思い出すだけでも腸が煮えくりかえる感覚。

 

「上等や。ぶっ殺したる……ッ!」

 

 直哉は血走る瞳に殺意を宿しながらそう告げ、術式を発動しようとした瞬間、ぞわりと背筋に冷たい感覚が駆け抜けた。

 貴丈は構えを変えていない。だが纏う雰囲気が変わったのだ。

 今までは彼の怒りを表すように揺れていた呪力が突然凪いだかと思えば、瞳の赤みが増していき、その瞳孔が蛇のそれのように縦に裂けている──ような錯覚を覚えた。

 拳を構える彼の背に大蛇が現れ、同じく赤い瞳でこちらを睨んでくる幻覚さえも見え始めた直哉は己を鼓舞するように貴丈を鼻で笑い、「雑魚が、寝とけやっ!!」と息巻いて投射呪法を発動。

 一秒二十四コマの動きで貴丈の右隣に近づき、拳を振るわんとした瞬間、貴丈は素早くそちらに振り向いて拳を合わせるが、

 

「見え見えや、馬鹿が!!」

 

 直哉はその拳を掻い潜り、貴丈の肩を叩いて投射呪法を発動。

 彼は再び加速状態に入り、動けなくなった貴丈の顔面を砕いてやろうと蹴りを放った瞬間、貴丈の姿が消えた。

 

「あぁ゛っ!?」

 

 それに困惑の声をあげたのは、仕方があるまい。

 今まで攻撃への反応はともかく、術式による硬直への対応は何もできていなかったのだ。それがここにきていきなり対応するなど、予想できまい。

 ザッ!と地面が擦れる音がしたのは、直哉の背後。彼がぎょっと目を見開いて振り向いても、時すでに遅し。

 直哉の投射呪法に対し、完璧に対応してしまうほどの完全なる集中状態。

 怒りはいい。だがそれが技の精彩を失わせるのなら、それは一旦捨て去ってしまう精神力。

 

「一秒間に二十四回。頭の中で動きを細切れにして、それを自分にトレースさせる。面白い術式だな、禪院直哉」

 

 貴丈は直哉が振り向いた直後、彼は静かにそう告げて手加減なしの拳を彼の顔面に叩き込んだ。

 ぐちゃりと肉が潰れ、骨が砕ける音が響いたのと同時、彼の拳から裏庭を駆け巡る黒い稲妻が発生し、木陰で見ていて真依も思わず悲鳴をあげるほどの衝撃波が中庭に面する窓の大半を叩き割り、直哉の身体が宙を舞った。

 

「──黒閃……っ!いいねぇ、力が漲ってくるこの感じ……ッ!!!」

 

 どさりと音を立てて倒れた直哉を一瞥し、格好つけて黒閃の成功宣言した貴丈は黒い呪力の残滓が纏わりつく拳を見つめ、得意げに笑った。

 ここぞという時に出るのはいいが、不意に出てくるのは勘弁願いたいと思いつつ、ふらふらと立ち上がる直哉を睨んだ。

 顔半分が見事に腫れ上がり、痛々しいを通り越してエグい事になっているが、それでも貴丈を睨んでくる瞳から闘志は消えていない。

 まだやる気かよと肩を竦めた貴丈は黒閃の残滓を腰に巻き付けてベルトを生成すると、ラビットフルボトルとタンクフルボトルをセット。

 諸々の音声を聞き飛ばすとレバーを回し、ボトルに込められた呪力を活性化させ、彼の前後にタンクハーフボディとラビットハーフボディをそれぞれ生成。

 

『《Are you ready? 》』

 

 その掛け声と共に両手を胸の前で交差させ、ゆったりとした動作で前に突き出す。

 

「変身」

 

 普段のそれとは違い静かに、けれど今まで以上に力強く告げられた宣言と共に、生成されたハーフボディが貴丈の身体に密着。

 噴き出す蒸気を切り裂きながら、右手で戦車の砲塔を模したアンテナを撫でた。

 

「まだやるだろう?お互い、やり足りねぇよなぁ……っ!」

 

 そして貴丈にしては珍しく好戦的な笑みを浮かべながらそう告げて、素早く構えを取った。

 対する直哉もペッと口に溜まった血を吐き、構えた。

 お互いに満身創痍。だが黒閃後の全能感と、根本的な呪力操作の強化。アスリートでいう所のゾーン状態に入った二人は、普段の120%の実力を発揮し──、

 

「そこまでじゃ!!」

 

 二人が動き出そうとした直後、第三者の声が裏庭に響いた。

 何事だと相手を警戒しながらもそちらに目を向けた貴丈と直哉は、そこにいる二人の人物に目を見開いた。

 一人は禿頭で耳、鼻、口にピアスをつけ、白い顎髭と眉毛を伸ばし、着物を着た、物々しい雰囲気をたたえる老人。 今の声は彼のものだろう。

 もう一人も老人ではあるが、どこか気の抜けた雰囲気を纏う筋骨隆々の男。棘のように鋭い髭が特徴といえるが、酒瓶を片手にしているあたり、酒好きなのだろう。

 

「なんや、学長にパパまで。邪魔すんなや!!」

 

 直哉がそんな二人に噛み付いた直後、はぁと酒臭い息を吐いたのは酒瓶を持っていた老人だ。

 彼は直哉、ビルド、真依を見ると、小さく溜め息を吐いて直哉に告げた。

 

「帰るぞ、直哉。もう暇つぶしは済んだろう?」

 

 ペタペタと草履が地面を蹴る音と共に歩み出した老人は、未だに構えを解かない二人に睨み、厳格な雰囲気を醸し出しながら告げた。

 

「この勝負、禪院家当主──禪院直毘人(なおびと)が預かる!双方拳を下ろせ!!」

 

「「っ!?」」

 

 彼の発した言葉に二人は面を喰らい、思わず相手と顔を合わせてしまうが、やはりというべきか構えを解くつもりはないらしい。

 そんな二人の様子に再び溜め息を吐いた直毘人は、直哉と同じ術式──『投射呪法』を発動し、直哉に肉薄。

 あまりの速度に反応が遅れた彼の頭に拳骨をお見舞いし、鈍い音が辺りに木霊した。

 直後、ついに限界を迎えたのか、直哉が白眼を剥きながら崩れ落ちる。

 マジかと倒れた直哉と、彼を倒した直毘人を見ていたビルドだが、不意に彼がこちらに振り向き、「まだやるか?」と問うてきたのを合図に構えを解いた。

 ベルトからボトルを取り外して変身を解除し、ボロボロの身体を外気に晒した。

 

「この餓鬼が面倒をかけたな。だが一つ聞かせてくれ、桐生貴丈」

 

 そんな彼に直毘人が問いを投げかけると、貴丈は「なんですか?」と痛む頭を押さえながら聞き返す。

 

「なに、こいつが無礼なのは百も承知だが、それで殺し合いにまで発展した理由を知っておきたくてな。殴り倒してそれでしまいだろうに」

 

「……別に、そいつが気に入らなかっただけですよ」

 

「それで、気に入らなかった理由は?」

 

 随分とずけずけと踏み込んでくるなと多少の警戒心を露わにしながら、ここで嘘をつくのもそれはそれで面倒になりそうだなと思慮した彼は、溜め息を吐いてから直毘人に返した。

 

「そいつは俺の親友を──真希を、そしてあいつの妹の真依さんを侮辱した。それだけですよ」

 

 赤く染まった瞳がゆっくりと黒く戻っていく中で、彼は淡々とした声音でそう告げた。

 その返答に満足したのか、あるいは小馬鹿にしているのか、小さく鼻で笑った直毘人は遅れて駆けつけた直哉の兄たちに「こいつを運んでやれ」と指示を出し、嫌々ながらもそれに頷く子供たちを一瞥。

 そのまま直哉を引き連れて裏庭を後にしようとした直毘人は、「また会おう、桐生貴丈」と告げて出て行くが、貴丈はその背中に邪悪な雰囲気を孕んだ笑みを浮かべながら、小さくこう告げた。

 

「──チャオ、禪院直毘人」

 

「それで桐生貴丈よ」

 

 そのまま立ち尽くす真依の方に歩み出した直後、その背中に強烈な怒気が込められた声が投げられた。

 ビクリと肩を跳ねさせて驚きを露わにした貴丈はゆっくりと振り向くと、そこには憤怒の表情を浮かべる禿頭の老人──呪術高専京都校校長、楽巌寺嘉伸(がくがんじよしのぶ)の顔が目の前にあった。

 一応、任務前に挨拶に行ったのと、五条から説明されていたからまだわかるが、ほぼ初対面の相手との距離感ではあるまい。

 

「楽巌寺学長!?これは、その……」

 

「修繕代は後で請求する。早う片付けぬか!!」

 

「はいっ!すんません!!」

 

 しゅび!と勢いよく敬礼で返した貴丈は走り出し、途中で真依の手を取って裏庭を横断。

 

「ちょ、ちょっと……っ」

 

「いいから手伝ってくれよ。一応は当事者なんだし」

 

「私は──」

 

 勝手に共犯に仕立て上げようとする彼の態度に苦言を呈しようした真依だが、不意に自分の手を掴む彼の手に目を向け、小さく驚きを露わにした。

 何度も直哉を殴ったその手には血が滲み、内出血のせいなのか色が紫色に染まり、腫れていることも相まって大変なことになっている。

 

「あんた、何でこんなことしたのよ」

 

 ぼそりと呟いた言葉は、無意識のものであった。

 彼女自身も自分の口から出た言葉に驚いているのか、慌てた様子で口に手を当てているが、貴丈は構うことなく笑みを浮かべ、真依を真っ直ぐに見つめながら告げた。

 

「困ってる人を見たら助けずにはいられない性分なんだよ。仕方ねぇだろ」

 

 そう言った彼はくしゃりと無邪気な笑みを浮かべ、「さっさと片付けようぜ」と彼女の手を離さない。

 その手の温もりや力強さに、思わず姉の姿を重ねてしまった真依は小さく舌打ちを漏らすと、床に点々と残る赤い跡──貴丈から垂れている血痕に気付き、溜め息をひとつ。

 

「まずは止血でしょ。床が汚れてるわ」

 

「……。そうだな」

 

 彼女の指摘に今更になってハッとした貴丈は乱暴に額を拭い、べったりと血がついたそれをうへぇと気持ち悪そうに眺めた。

 

「……洗い物増やしてどうするのよ」

 

 そんな彼の行動に真依は溜め息混じりに額を押さえると、彼の手を引いて医務室を目指して歩き出した。

 手を引かれる彼は「うぉぉ」と気の抜けた声を漏らし、彼女に引かれるがまま歩みを進めた。

 

「よくあいつの術式、わかったわね」

 

 隠そうとはしているが、足や手を庇うような動作をする彼を気遣ってか、何か話題を探していた真依がそう問うと、貴丈はこてんと首を傾げて「よくわかんねぇ」と返して苦笑した。

 

「黒閃を受けてから、なんか記憶が曖昧なんだよな……。なんか変なこと言ったなかったか?」

 

 そしてはははと乾いた笑みをこぼしながらの言葉に、真依は「ええ、別に」と返して口を閉じた。

 普段の彼を知らない真依は気付かない。直哉との戦いの終盤、貴丈ならまずしない言動が多く見られたことに、気づけない。

 そして貴丈の心の奥底で、ご機嫌そうに嗤う蛇の存在に、貴丈自身も気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 




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