「申し訳ありません、もう一度お願いします」
貴丈と直哉の決闘騒ぎから二日。
呪術高専京都校の談話室。歌姫に朝一番に呼び出された七海は怪訝な表情を浮かべながら、彼女の言葉を聞き返していた。
歌姫の方も自分の言った言葉がどれほど馬鹿げているのかを理解しているのか、眉を寄せたまま深々と溜め息を吐いた。
「……禪院家からの要請で、桐生くんとあなたの任務に真依を同行させて欲しいそうよ。今回の騒動の責任を取らせろとか、なんとか……」
「確認ですが、彼女の階級は」
「三級よ」
「……上は彼女を死なせるつもりですか?」
七海はここで歌姫に何を言ったところで無意味な事を理解しつつ、単刀直入に禪院家の判断への批判を口にした。
一応、貴丈自身はそういった階級が未定なので四級となっているが、彼の実力でいえば一級、件のフルボトルなるものの組み合わせ次第では特級相当という、階級詐欺もいいところの強さだ。
だが、真依は違う。勉学に励みながら仕事をこなし、少しずつ評価を得て階級を上げているのだ。階級以上の実力というのはあるまい。三級ともなれば、彼女には悪いがまだまだ弱い部類に入る。今回の任務に関しては力不足だ。
歌姫もそれに関しては同意なのか、困惑の表情で「まったくよ」と額に手をやった。
騒動の責任を負うべきは当事者の直哉か貴丈、あるいは貴丈の監視役でもある七海か歌姫だろう。なぜ巻き込まれただけの真依が……。
「……巻き込まれたじゃなく、あの
そこで記憶の中にある貴丈の証言を洗い直した歌姫は、本当の意味での事の発端は貴丈と真依と直哉の三人の口論にある事を思い出す。
まさか、禪院家はその責任を取らせたいのか。たかが口喧嘩の尻拭いに、命を賭けろと。
「桐生くんの実力はだいたいではありますが理解しています。ですが
七海は眼鏡の位置を直しながら嘆息混じりにそう告げて、手元の資料に目を向けた。
歌姫から先程の指示と共に渡された書類の束には、今回見つかった
京都郊外の山中にある廃車置き場にて存在を確認。
術式の有無、呪霊の階級は不確定なれど、至急対処されたし。
「……」
残酷なまでに淡々と記された事実の羅列に七海は眉を寄せ、これをどう貴丈に伝えたものかと思慮した。
ただですら京都に来てからハードスケジュールで動いているのだ、肉体的にも疲弊しているところに、精神的な追撃を放つわけにもいかない。
だが、伝えなければならないのも事実だ。
深く息を吐いた七海は書類から視線を外し、いまだに悩んでいる歌姫に目を向けた。
彼女が一番真依の実力を理解しているのだ。大切な生徒が卒業するよりも早く死んでしまうなど、考えたくもない。
だがここで禪院家の意向をつっぱねてしまえば、それこそ真依に何があるかわからない。
キリキリと痛む胃を押さえつつ、歌姫はちらりと時計を確認。
時刻は午前八時。既に犠牲者が出ている以上、行動を起こさねばならず、もう迷っている時間はない。
生徒の命の安全を考えれば、行かせるべきではない。だが、彼女の立場や今後を考えれば、行かせる他ない。
はぁ〜と頭を掻きながら深々と溜め息を吐く歌姫を他所に、七海は静かに覚悟を決めた。
守るべき人物が増えるのは厄介ではあるが、やるべき事は変わらない。
貴丈、真依を守りつつ、呪霊を──貴丈の家族を
貴丈にあてがわれた一室。そこは本来、彼が過ごすための部屋なのだが、
「見ろ
「ぇ……?あ、はぃ……。ふぁ〜……」
何故か東堂が入り浸り、彼のプライベートタイムというものが文字通り皆無となっていた。
今も朝のニュース番組にゲスト出演──おそらく番宣だろう──している高田ちゃんの登場にはしゃぐ東堂の横で、欠伸を噛み殺しながら朝のコーヒーの準備を進めていた。
東堂にも飲むかと聞いたが、今回は遠慮するとあっさりと断られてしまった。
準備を進める度に部屋を満たしていくコーヒーの香りを堪能しつつ、ちらりと件のアイドル高田ちゃんが映るテレビに目を向けた。
「……ッ!」
それと同時に彼は目を見開き、眠気が完全に飛んだ意識が完全にテレビに向いた。
東堂も彼の変化に気づいたのだろう。不敵な笑みを浮かべながらテレビの正面から少しずれ、コーヒーの準備をしている貴丈からも画面が見やすいようにしてやった。
貴丈は「ありがとう」と礼を言うが、その視線はテレビに釘付けだ。
隣のアナウンサーとの身長差やパネルとの対比からして、180センチはあるだろう。その上衣装の上からでもわかるほど肉付きもよく、安産型と言っていいほどに尻がでかい。
「俺は、彼女を知らずに今まで過ごしてきたのか……ッ!」
ダン!と台バンしながら苦虫を噛み潰したような表情になる貴丈を他所に、東堂は顎を摩りながら高田ちゃんの一挙手一投足に意識を向け、放たれる言葉に耳を傾ける。
どうやら夜の番組のスペシャルに出演するようだ。それは見逃せない。
高田ちゃんから話題がそれ、カメラが他のニュースキャスターを映した隙に貴丈に目を向けた。
「どうだ、
「最悪だ。もっと前から知ってりゃ、イベントに行ってたかもしれねぇ……っ!!」
コーヒーをちびちびと舐めるように飲みながら、貴丈は思わず悪態をついた。
前までは弟妹たちの面倒を見なければと職員の人たちと施設を奔走し、テレビ番組なぞ下の弟妹たちが見たいものを優先していたのだ。アニメやゲームの知識はあれど、アイドルの知識はほぼ皆無。
──帰ったら、もうちょいテレビ見よ……。
テレビ番組はいつも朝のニュースを見て、天気を確認して、それきりだ。
授業に参加し、実習という名の実戦を経験し、帰ってきたら泥のように寝る。こうして考えてみると、所謂ゴールデンタイムという時間帯は大概外にいるか、寝ている。これでは情報弱者と嗤われても何も文句が言えない。
もっとアンテナを立てていかねぇとな〜とコーヒーを飲みながらぼやいていると、コンコンと扉がノックされた。
「誰だ、俺たちの朝のルーティンを邪魔するのは……!?」
東堂が敵意剥き出しで扉を蹴破らんとするが、その直前にキャスターが高田ちゃんに話題を振り、彼女が応答を始めた為に行動をキャンセル。飛び出した勢いのままに反転し、元の位置に座り込んだ。
彼が出てくれるとばかり思っていた貴丈は面を食らうが、すぐにコーヒーが注がれたコップを置き、「今開けます」と告げてから扉を開けた。
「おはようございます、桐生くん。朝から申し訳ありませんが、見つかりました」
扉を開けた直後、律儀に開くまで待っていた七海が開口一番にそう告げた。
何が見つかったなどと、下らないことは聞かない。自分にその報告がくるということは、つまりそういう事だ。
「わかりました。すぐに準備を──」
「待て、
すぐさま準備──と言っても着替えるだけだが──をしようとした貴丈の肩に手を置き、彼と交代で七海と対面した東堂は深刻な表情で問うた。
「その任務、時間はどれほどかかる。夜までには終わるのだろうな」
「そこは相手次第、としか。何か予定が?」
七海を前にしても一切物怖じせず、むしろ威圧的なまでの態度で投げられた問いかけに、七海はさも気にした様子もなく質問を返した。
七海の言葉が不満なのか、額に青筋を浮かべながら貴丈の肩に腕を回した東堂は、「ある!」と声を張り上げた。
「今晩の番組に我らが高田ちゃんがゲスト出演する!俺と
「……え、マジっすか?」
そして彼の言葉に間の抜けた声を漏らした貴丈は、信じられないと言わんばかりに東堂を見るが、肝心の東堂は気にしていない。
彼は貴丈ならば共に見てくれると、同じものを、同じように見てくれる筈だと、信じて疑わない。
これから任務に向かい、戦闘をこなし、帰ってきても食事だシャワーだで忙しいだろう。その後、もしくはその途中で東堂と共にテレビを見ることになるのか。
──また、夜更かしすることになんのか……。
貴丈は思わず溜め息を吐いた。正月になってからというもの、昼夜が逆転しているような気がしてならない。
崩れたリズムの修正には時間がかかる。折を見て治さねば、学業に悪影響が出るだろう。
それもこれも、この任務で無事に帰還できたらの話だが。
「こうなればMr.七海!俺も今回の任務、参加させてもらうぞ!」
ドン!と胸を叩きながらそう告げると七海は悩む素振りを見せるが、東堂の実力を──学生にして一級術師であり、先の百鬼夜行においても、単独で特級呪霊一体、一級呪霊五体を祓った文字通り規格外の強さ。戦力としては申し分ない。
「いいんですか、東堂先輩?貴重な正月休みですよ?それに相手は、その……」
だが貴丈は違う。一応は先輩である東堂を自分の都合に巻き込んでいいものかと、悩んでいるようだ。
相手は呪霊と銘打たれてはいるが、元とはいえ人間であることに変わりはない。東堂に人殺しをさせたくはないのだろう。
それは確かに彼の優しさではあるが、向けられた東堂はどうやら立腹しているようだ。
ふんと鼻を鳴らすと、「俺が
「昔からそうだ、お前は自分一人で何もかもを背負おうとする。たまには俺にも背負われてくれ、
そして彼と耳元で貴丈を諭すように優しい声音でそう告げた東堂は、思わず彼を見た貴丈に向けてウィンクをして見せた。
昔からというほどの付き合いはないし、背負えるのなら全て自分で背負うつもりである貴丈にとって、大きなお世話といっていい言葉であるが、不思議と東堂の言葉はすんなりと胸に届いた。
東堂に人殺しの罪を背負わせるつもりは毛頭ないが、
「手伝ってくれるのなら、よろしくお願いします!」
たまには甘えてもいいのだろうかと、普段の彼では欠片も思わない事がさも当然のように思考に割り込んできた。
そして告げられた言葉に東堂が否を言うわけがなく、「任せろ、
勝手に話が進む七海は僅かに不満そうに息を吐くが、今回は真依の参加も決まっているのだ。これで何かあっても
最悪の場合は生徒三人の無事が最優先だが、東堂と貴丈は余程のことがなければ自力で何とかする実力は備えている。なら、彼女には失礼だが守るべきは真依だけだ。
それなら、まだ何とかなるだろうか。
「さあ、そうと決まれば征くぞ
「あ、新しい伝説……。前の伝説を知らないですけど」
早速東堂と貴丈が噛み合っていないが、大丈夫だろう。
七海は僅かに痛む胃を気遣うように腹を摩り、二人に気付かれないように小さく溜め息を吐いた。
やると決めたら、無駄に行動が早いのが学生たちの良い所だろう。
貴丈、東堂はもはや着慣れた呪術高専の制服に身を包み、気合いを入れながら補助監督が待っているという車庫に辿り着いたのだが、そこには二人が想定していない人物の姿があった。
歌姫、七海と何かを話し込み、隠そうと努めているようだが隠しきれない苛立ちを募らせるその姿を認めた貴丈は「あれ」と声を漏らしながらその人物──真依に声をかけた。
「真依、何で居るんだ?まさか、見送りに来てくれたのか?」
「そんな訳ないでしょう!?元はと言えば、あんたのせいで……っ!」
貴丈が驚きつつも、どこか茶化すような声音でそう言うと、二人との会話を打ち切った真依が彼に掴みかかり、前後に振り回し始める。
脱力しているからか、真依が揺らした分だけ貴丈はがっくんがっくんと大きく前後に揺れ、食べたばかりの朝食が食道を逆流していく感覚が喉をあがっていく。
うぷっと口から嗚咽を漏らすと、それを合図に真依は慌てて彼から距離を取り、「吐くからトイレ行きなさいよ」と彼女のせいで吐きそうになっていることを棚に上げて車庫脇のお手洗いを指差した。
「だ、誰のせいで……っ」
貴丈は口元を拭いながら彼女を睨むが、怒りよりも彼女がここにいる事についての疑問の方が大きいのか、歌姫に問うた。
「……あの、何で真依がここにいるんですか?」
「………禪院家からの横槍があったのよ。彼女も任務に連れて行けってね」
嘆息混じりに告げられた言葉に貴丈は僅かに目を細め、「……またあいつらか」と若干殺意まで感じさせる声音で呟いた。
京都に来てまだ三日ではあるが、彼の中での禪院家の評価はただ下がりしていた。真希からの忠告で評価のハードルをそれなりに下げていたつもりなのだが、それすらも軽く下回ってきたのだ。
もし何の前情報もなく直哉と出会っていたとしたら、まず間違いなくこちらから手を出していたと断言できる程度には嫌悪を示す相手。
直毘人のおかげで全員が全員、直哉ほどクズではないとわかってはいるが、禪院家の連中は真依を行かなくともいい死地に向かわせるつもりらしい。
「大丈夫なのか?その、真依がどんくらい強いのか知らねぇんだけど……」
貴丈は単刀直入に真依に問うと彼女は言い淀む様子を見せ、「三級よ」と一応の階級を口にした。
彼女からすれば恥ずべきことなのだろう。これから強くなればいいという向上心のようなものも、あまり感じない。
これから向かう任務の危険性を把握している七海、東堂は不服そうにしているが、貴丈は「俺より上じゃねぇか」とポンと真依の肩に手を置いた。
「俺も、ついでに乙骨も四級だ。まあ、俺に関しては上の連中がどうするか迷ってるって話だけど……」
「なによ、私に対する嫌味?」
ポリポリと頬を掻きながら告げた貴丈に、真依は彼の手を払いながらそう返す。だが彼は気にした素振りも見せず、苦笑しながら言う。
「そんな訳ないだろ。単純にもっと自信を持てってこと」
浮かべた微笑みをそのままに払われた手を再び真依の肩に乗せ、彼女の瞳をじっと見つめる。その瞳は真希と瓜二つではあるが、彼女と違い強い迷いを感じさせ、怯えや恐怖の色も隠しきれてはいない。
その瞳は迷子になった妹たちのそれを思い出させ、貴丈にとって放っておくという選択肢も消える。
「誰かはわかんねぇけど、真依がやってきた事を認めてくれる人もいるってことだ。俺は、まあ、何しても褒められた立場じゃねぇし……」
先程まで凛としていた表情に僅かな翳りを見せながら、それでも貴丈は笑って見せた。ここでへこんでいては、真依を慰めるところではなくなる。
「真依は真依にしかできない事があるって。まだそれが見つかってないか、目の前にあるのに気づいてねぇだけでさ。だから大丈夫!もっと自信をもって、馬鹿にしてきた連中を見返してやればいい!」
「……馬鹿じゃないの?」
彼の必死とも言える慰めの言葉も、対して真依には届いていないようだ。
彼女はたったの一言で彼の言葉を断じると、小さく溜め息を吐いた。下手な慰めも、労いも、彼女にとっては逆効果なのだろう。
むぅと小さく唸った貴丈だが、補助監督が腕時計をしきりに気にしている事に気付き、時間切れを悟った。あの様子からして、出発予定を過ぎているようだ。
今回は仕方ないととりあえず諦めた貴丈だが、不意に彼女の手を取って告げた。
「まあ、来るしかねぇなら仕方ねぇ」
ちょっと、放しなさいよと真依の抵抗を他所に、貴丈は早く乗ろうぜと車の方に引っ張っていき、振り向き様に不敵な笑みを浮かべた。
「──何かあっても守ってやるよ」
「──」
彼の言葉に真依は驚いたように僅かに目を剥くが、すぐに嘲るような笑みをこぼして「馬鹿じゃないの」と悪態をこぼすが、言葉と表情の割に嫌がっている様子はない。
真依にとっても意外だったのだろう。直哉との一戦直後でもあったが、貴丈の言動の節々に姉を──本人的には嫌っている筈の真希の存在を感じてしまい、何故か不思議と安堵してしまう自分がいるのだ。
そんな自分にも苛立ちが募るが、他に苛立つ原因があるとすれば自分たちの後方だ。
「流石だ、
何故か訳知り顔で腕を組み、何度も頷きながら貴丈と真依を眺める東堂だ。
彼の中では既に貴丈と真依が親密な関係であるという方程式ができているのだろう。ぶん殴ってでも訂正してやりたいところだが、自分が殴ったところで一切ダメージはないのは目に見えている。やるだけ無駄だ。
「さあ、行こうか
獰猛な笑みを浮かべて三人を煽った東堂だが、すぐに表情を引き締めて神妙な面持ちでそう告げた。
相手は呪霊であるが、根本的な意味で呪霊ではないのだ。祓うのではなく、殺しにいくのだ。呪詛師相手のそれとも違う覚悟が必要だ。
補助監督の運転する車に揺られ、たどり着いたのは京都の都市部郊外にある車の廃棄場だった。
鉄鯖に覆われ、形をそのままに朽ちていくのを待つ廃車が山のように積まれている。
『
それはその筈だ。移動中の車内において簡単なブリーフィングがあったのだが、そこで既に犠牲者が出ているというむねの話をされたのだから。
自分が直接手にかけたわけではない。だが自分の術式が暴走しなければ、きっと死ななかった人たちだ。罪悪感がないと言えば嘘になる。
今はその人たちの冥福を祈る他になく、やれるのはせめてもの罪滅ぼしをするだけだ。
深く息を吸い、錆の臭いがこびりつく酸素を取り込み、ゆっくりと吐き出す。
隣の七海はネクタイを緩めながら鉈を取り出し、東堂は上着を脱ぎ捨てて上半身裸となった。真依も無言で腰に下げていたホルスターから拳銃を取り出し、弾倉を確認。
貴丈も手元に発生させた煙からベルトを取り出し、腰に巻きつけた。
次いでラビットフルボトル、タンクフルボトルを取り出し、蓋を開けると共にバックルのセット。
ベルトから鳴り響く音声を纏めて聞き流し、レバーを回転。
『Are You Ready?』
「──変身」
『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!イエーイ! 』
ベルトからの問いかけに貴丈は重苦しい雰囲気のまま返答し、ビルドに変身。赤と青の二色の鎧に身を包んだ彼は、ハッとして辺りを警戒した。
視界にノイズが走り、自分たちを観察している何者かの視界がちらつく。車の影から見られているようだ、かなり近い。
「気をつけてください、もうすぐそこにいます!」
ビルドが警戒のために声を張り上げた瞬間、周りから騒々しいエンジン音が聞こえ始める。
四人はそれぞれ前後左右を警戒し、周囲に目を光らせていると、廃車の影から何かがエンジン音を響かせながら飛び出してきた。
「東堂先輩!」
それは東堂の正面。ビルドは警告を口にするが、東堂は「問題ない!」と返し、飛び出してきた何かを蹴り倒し、流れるようにトドメの踵落としを叩き込んだ。
瞬間響くのは、金属がへしゃげる異音だ。東堂も足に感じた固い感触に眉を寄せ、撃破した何かを改めて確認。
それは一言で言えばバイクだった。誰かが捨てて行ったのか、あるいは運ばれてきたのか、それは定かではないが、錆の目立つそれは捨てられて長い時間が経っているように見える。
「バイク、なぜバイクが……」と破壊したバイクを踏みつけながらぼやいた東堂は、じっと目を凝らしてそのバイクを注視。
呪力の残滓──残穢が見えることを確認した彼は、「気をつけろ」と皆に警告。
そして彼の声に反応するように、エンジン音が一つ、また一つと増え始め、タイヤと砂利が擦れるドラフト音や、急ブレーキ音まで聞こえ始める。
目を凝らせば廃車の隙間には無人のまま爆走する様々なバイクを確認することができ、その数はおそらく二桁はいる。
「相手の術式はバイクを操る!いや、もしかすればそれ以外もいけるかもしれん!!」
東堂は音の方向だけでなく、動いていない廃車にも警告しながら自分の推察を叫ぶと、七海は影から飛び出してきたバイクを鉈で叩き壊しつつ「そのようですね」と返す。
ビルドは真依を庇いながら手元に煙を発生させ、ドリルクラッシャーを取り出すと、刀身を取り外してガンモードに変形。
タンクハーフボディの効果で高まった射撃能力にものを言わせ、飛び出してきたバイクを撃ち落とし、破壊していく。
真依も負けじとバイクを迎撃するが、拳銃の弾丸一発程度では中々止まらず、他の三人が一撃で破壊していく中、一人だけ時間がかかってしまう。
彼女が鳴り響く銃声に紛れるように舌打ちを漏らすと、
『ヒャハハハハハハハハハハハ!!!!!』
相手を小馬鹿にし、濃密な蔑みの感情が込められた嗤い声が響き渡った。
バイクを迎撃しつつそちらに目を向けたビルドは、仮面の下で大きく目を見開いた。
それは人型の
バイクのヘッドライトを思わせる血走った一つ目がぎょろりと呪術師たちを睨み、鹿の角のように頭から伸びるハンドルはただの飾りではなさそうだ。
「また随分と派手な奴が出てきたな」
ビルドはそんな事を呟きながら、ふと違和感を感じて変異型呪霊──バイクスマッシュの右手に目を向けた。
壊れたように嗤い続ける彼の拳は体色のそれとは違う赤黒い色に染まっており、更に目を凝らせばポタポタと血が滴っている。
まさかと仮面の下で脂汗を滲ませたビルドの思考を読んだのか、バイクスマッシュは嗤いながら血に濡れた右手を呪術師たちに向けると、廃車の影から真新しいバイクが飛び出してきた。
ビルドは素早くそれを撃破せんとドリルクラッシャーの銃口を向けるが、すぐに攻撃を中止して身を翻した。
隊列の隙間を高速でバイクが通り抜けて行く風圧を感じながら、真依は「ちょっと!」とビルドに悪態をつくが、すぐに彼が攻撃しなかった理由を察して苦虫を噛み潰したような表情となる。
今しがた駆け抜けたバイクに、有刺鉄線で人が括り付けられていたのだ。身体のあちこちあら血を滴らせ、動く度に血が滲む様は見ているだけでも痛ましい。
そしてそれを見せつけるように人を括り付けたバイクが止まったかと思えば、微かな呻き声と呼吸音が聞こえてきた。どうやら報告にあがっていなかった被害者がまだおり、それを人質にされたようだ。
なら、どうする。少々賭けだがバイクを破壊して救出するか、バイクスマッシュを撃破してから確実に助けるか、進む道は二つだが、
「
「私に何させようってのよ!!」
「東堂くんではないですが、私たちがいることをお忘れなく」
思慮を深める彼に、東堂、真依、七海の声が届いた。
その声にハッとして顔を上げたビルドは、仮面の下で苦笑しながら頷いた。
「わかりました!力を貸してください!!」
彼の頼みに三人はそれぞれ応じ、東堂が「それで作戦は!」とビルドに問うた。
「やるだけ、やってみます!!」
ビルドは少し不安そうにそう返すと手元に煙を生み出し、人質救出の為のフルボトルを取り出すのだった。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。