ビルド廻戦   作:EGO

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8.

 やるべきことは単純だ。

 変異型呪霊(スマッシュ)殺し(祓い)、囚われた人を救う。やるべき事は、その二つだけ。

 だが問題は多い。東堂と七海、真依の三人で変異型呪霊(スマッシュ)が操る廃バイクの猛攻を防いでくれているが、その時間も無限ではない。

 何より、そのバイクの一台には民間人が有刺鉄線でくくりつけられているのだ。彼の安全を考えるのなら、時間をかけてはいられない。

 故にビルドの判断は早かった。防御を三人に任せ、救出に全ての意識を注ぎ込む。

 仮面の下で目を細め、手元に発生させた煙から紫色のフルボトルを取り出した。

 カチャカチャと音を立てて数度振って込められた呪力を活性化させ、蓋を開けて呪力を解放。

 

『《スパイダー!》』

 

 その瞬間、その場にいる全員の頭の中に陽気な声が響き渡った。

 先の共闘でも使われなかったフルボトルの音声に七海は眉を寄せ、ちらりとビルドの様子を確認。

 スパイダー──つまりは蜘蛛。使う能力はある程度察する事はできるし、確かにこの状況においては最適に近い判断だろう。

 ならば、問題なしと彼から視線を外した七海は、今度は廃車の山の上でこちらを嘲笑っているバイクスマッシュを睨みつけ、さてどう引き摺り落としてやろうかと僅かに思慮。

 

「Mr.七海!」

 

 そんな七海に声をかけたのは、すれ違いざまにバイクを蹴り壊した東堂だ。

 

超親友(ブラザー)に合わせて、俺の術式を解禁する!俺を信じてくれるか!」

 

 そして東堂は有無を言わさぬ迫力をもってそう告げると、七海は「わかりました!」と打てば響くように返す。

 何の指示もない真依は不満そうに舌打ちするが、自分では何もできないとわかっているためか、ただの八つ当たりとしてバイクを破壊していく。

 そんな三人のやり取りを見やりながら、ビルドはベルトのバックルに嵌るラビットフルボトルを引き抜き、そこにスパイダーフルボトルをセット。

 

『《スパイダー!タンク!》』

 

「ベストマッチ!……はなしか」

 

 最近になって聞き始めたばかりだというのに、なぜか聞き馴染みのある音声に身構えていたが、それが鳴らなかったので僅かに残念そうに漏らすビルド。

 あの音声が鳴るということは、それはいい組み合わせである証拠だ。ここ一番の場面で、術式の方からも後押ししてくれるというのは思いの外ありがたいのだ。

 それを求めていたここ一番でそれがないのは、少々不安ではあるがやるしかない。やれねばあの人は死ぬのだ。

 ビルドは意を決してバックルから伸びるレバーを回し、スパイダーフルボトルとタンクフルボトルの呪力を刺激し、さらに活性化させる。

 スパイダーフルボトルとタンクフルボトルが互いの呪力を高めあい、より強力な呪力を生み出し、ビルドの身体を包み込む。

 

「──変身!」

 

 それが最大まで大きくなった瞬間にビルドは叫んだ。

 その瞬間、赤いラビットハーフボディが紫色に変わり、ウサギの横顔を模していた左目の複眼が蜘蛛の巣を模したものに変化し、右肩にはデフォルメされた蜘蛛を思わせる装甲が装着された。

 スパイダータンクフォームに変身したビルドは右腕を回して気合いを入れると、辺りを見渡して人質を捜索。

 

「……っ!そこか!」

 

 そして、すぐに見つけた。人質をくくりつけたバイクがエンジンを吹かしながら真依に向けて突っ込んでいく。

 彼女もそれに気づいているようだが、すぐに背中に人がいることに気づいて迎撃から回避に行動を変更。

 その場を飛び退こうとした瞬間、彼女の前にビルドが割り込んだ。

 ずさっ!と足裏を地面を擦りながら急停止した彼は、呪力を溜めた右肩の蜘蛛型装甲を人質付きバイクに向け、

 

「はっ!」

 

 気合い一閃と共に呪力を解放。

 込めた呪力が全て蜘蛛の糸に変換され、一直線に猛スピードで迫るバイクに向けて吐き出された。

 さながら弾丸を思わせる速度で吐き出されたそれと、バイクが激突する直前、いきなり花が開くように糸が広がると、バイクとそれにくくられた人質に覆い被さり、地面に貼り付けに。

 

『ヒャハ!?』

 

 突然ビルドが姿を変え、さらに糸を吐いた事実に驚くバイクスマッシュは、糸に捕らえられたバイクに呪力を送って無理やりにでも加速させようとするが、エンジンを空吹きする音が辺りに響く。

 そうしている間にも蜘蛛の糸がバイクと人質に絡まっていき、ついに限界を迎えたエンジンから異音がしたかと思えば、その動きを完全に停止させた。

 ビルドはホッと安堵の息を吐くが、糸が絡まる都合で有刺鉄線が余計に食い込んでいないか心配そうに人質を見やるが、どうやら気絶しているようで、声をかけても反応がない。

 だが、それでも関門は突破した。

 

「人質確保です!」

 

「よし!流石だ、超親友(ブラザー)!!」

 

 ビルドが叫んだ瞬間、東堂がサムズアップしながら彼を激励すると、七海に視線を送った。

 七海が無言で頷いて応じ、東堂に向けて走り出すと、彼は呪力を込めた手を叩いた。

 その瞬間、東堂とバイクスマッシュの位置が入れ替わり、東堂が廃車の山の上に、バイクスマッシュが七海の目の前に移動していた。

 それこそが東堂の術式である『不義遊戯(ブギウギ)』。東堂の拍手を合図に、一定以上の呪力を持つもの──人や呪具など──の位置を入れ替えるという、単純明快な効果だ。今回は東堂とバイクスマッシュの位置を入れ替えたが、勿論範囲内であるビルドや真依との位置を変えることもできる。

 

『ヒャ?』

 

 勿論それを知るよしもないバイクスマッシュは、何が起きたのか訳が分からず間の抜けた声を漏らした瞬間、その顔面に七海の鉈が叩きつけられ、振り抜かれる勢いのままに弾き飛ばされる。

 ガシャン!とけたたましい音を立てながら廃材の山に突っ込んだバイクスマッシュを睨んだ七海は、小さく舌打ちを漏らした。

 今の一撃は、無論彼の術式である『十劃呪法《とおかくじゅほう》』を発動しながらの一閃だ。頭部の長さを線分し、その7:3の割合の境界を寸分の狂いなく打ち抜いたそれは、並の呪霊であれば即祓除間違いなしなのだが、その手応えは硬かった。まさに鉄塊を殴りつけたような衝撃が、鉈を伝って腕を痺れさせる。

 伊達にバイクを模した変異型呪霊(スマッシュ)ではないのだろう。まさにその全身がバイクであり、その材質は金属よりも更に硬い。

 

 ──厄介ですね。

 

 ふーっと深く息を吐き、突っ込んできたバイクを一撃で粉砕した七海は、それよりも硬いバイクスマッシュを砕く方法を思慮するが、バイクスマッシュが雄叫びをあげながら廃材の山から出てきたのを合図に一旦保留。

 頭部から角のように伸びるハンドルを自ら握り、ひねる事で背中のエンジンを吹かし始め、エンジン音が激しくなるにつれて纏う呪力を高まっていく。

 

「ここからが本気ということですか」

 

 七海がぼそりと呟き、身構えた瞬間、バイクスマッシュが静止状態から一瞬で最高速度まで加速し、七海の懐に飛び込んだ。

 その速さに七海が思わず目を剥くが、それを傍観しているほど東堂も甘くはない。

 パン!と景気の良い音を立てながら拍手をすると、七海とビルドの位置が入れ替わった。

 ビルドは既にベルトのレバーを回転させており、紫と青の呪力がそれぞれのハーフボディを輝かせ、複眼が怪しく光る。

 

『《レディー・ゴー!!ボルテック・アタック!!》』

 

 ベルトから陽気な音声を響かせながら、右肩の装甲から再び糸の塊が発射され、七海を襲わんとしていたバイクスマッシュの身体をぐるぐる巻きにし、身動きを封じた瞬間、

 

「──ラァ!!」

 

 渾身の呪力を込めた左ストレートが、バイクスマッシュの腹を打ち抜いた。

 金属を粉砕する甲高い快音を響かせ、その装甲をバラバラに瓦解させたバイクスマッシュは再び廃材の山に突っ込んでいき、ついに崩れたそれの下敷きになる。

 それと同時に走り回っていたバイクが糸が切れた人形のように動きを止め、あちこちの壁や廃車に突っ込んで横転していく。

 それを視界の端で捕らえながらふーっと息を吐いたビルドは、油断なく廃材の山を睨みながら構えた。

 ビルドに代わって真依の隣に立つことになった七海も彼女を庇いながら身構え、廃車の山から飛び降りた東堂がビルドの横についた。

 不敵な笑みをそのままにビルドの肩を叩くと、ビルドはちらりと東堂の顔を伺い、仮面の下で笑みを返す。

 その直後、廃材の山の中からエンジン音が漏れ始め、大爆発と共に粉微塵となった廃材が弾丸となって辺りに放たれた。

 呪力も何も込められてはいないが、その速度で人体に当たればまず間違いなく風穴が開くであろうそれは、まさに全方位に放たれた散弾のよう。

 

「なめんな!」

 

 だが、ビルドは狼狽えない。

 彼は右肩に呪力を集めて即座に解放すると、周囲の廃車や廃材に適当に糸をばら撒き、即席で糸の壁を作成。

 太く、粘度の高いそれは複雑に重なり、絡まりあい、一切の隙間なくビルド、東堂、七海、真依の四人と爆心地を分かる壁となった。

 壁の奥からベチベチと破片が壁に突き刺さる音が聞こえてくるが、貫通する気配はない。

 流石は超親友(ブラザー)と胸中でビルドを褒める東堂だが、すぐに違和感を感じて壁の向こうに意識を向けた。

 爆発に合わせて膨らんだ呪力が一点に収束し、より強い呪力となって鋭くなっていくのだ。

 

超親友(ブラザー)、気をつけろ!何かくるぞ!」

 

「了解です!」

 

 東堂は慌てて隣のビルドに警告すると、彼もすぐに状況を察して返事をすると、すぐに動けるように脱力した。

 直後、糸の壁が急激に熱されたように赤くなり、ドロドロに溶け始めた。

 なんだと仮面の下で目を見開くビルドと、警戒を強める東堂。後ろの七海と真依もそれぞれの得物を構えて警戒していると、

 

『ヒャッハーッ!!!』

 

 雄叫びと共に、一台のバイクが飛び出してきた。

 ぎょっと目を見開いた東堂とビルドが左右に転がると、二人がいた場所を炎を尾のように引きながらバイクが通過し、その姿を見せつけるように急停止。

 

『ヒャハッ!ヒャハハ!!ヒャーハッハッハッハッ!!!』

 

 驚く四人を嘲笑うそれは、声からしてバイクスマッシュだろう。

 だが、その姿があまりにも違う。歪ながら人型であった先程までとは違い、頭部をそのままバイクのハンドル部分とし、胴体を車体、両腕を両脚をそのままアーム代わりに、呪力で生み出された炎を纏うタイヤと接続されている。

 まさにバイク型の変異型呪霊(スマッシュ)。これが彼の本来の姿なのだろう。

 

「変身、いや変形する呪霊か!面白い!!」

 

 突然の事態に驚くビルドを他所に、東堂は好戦的な笑みを浮かべて変形したバイクスマッシュに向かっていくが、どうやらバイクスマッシュは相手をするつもりはないようだ。

 フロントライト代わりの目玉をぎょろりと回すと、再び笑い声をあげながら急反転。エンジンを吹かすと共に呪術師たちがいない方向に向けて走り出した。

 

「な!?逃げるつもりか!?」

 

 ぐぉん!と空気を唸らせて振るった拳が空を切った東堂は、背中──と言うよりかは後輪か?──見せて逃げるバイクスマッシュに向け、不義遊戯を発動させんと両手を挙げた。相手との位置替えをするには、相手を術式範囲内に収めなければならない。最高速度による逃げは、確かに東堂を相手にするならば善い手ではあるだろう。

 真依がバイクスマッシュの背中に向けて何発か発砲し、そのほとんどが直撃しているが、相手は怯む様子を見せない。

 だが、その中の一発が後輪を捉えるとほんの僅かに体勢を崩し、速度が落ちた。

 その一瞬の減速が、バイクスマッシュが不義遊戯範囲外へと逃げきれる筈だった、ほんの一瞬の時間を奪った。

 

「―――超親友(ブラザー)の友にして、俺の後輩を侮るからだ」

 

 東堂が格好つけたセリフと共に、手を叩こうとした瞬間、彼の足元の地面がさながら水面のようにボコボコと泡立ち、東堂がそれに気づいて視線を下に向けた瞬間、水柱をあげながら何かが地面から飛び出してきた。

 真下からかちあげられた東堂の巨体が宙を舞い、水柱の中には彼を打ち上げた何かの影が見えている。

 

「な!?」

 

「東堂くん!」

 

「ちょっと、何してんのよ!?」

 

 突然の事態にビルド、七海、真依が東堂の身を案じる中、東堂は空中で身を捩り、「ふん!」と気合い一閃と共に水柱に潜む何かに蹴りを放つ。

 不意打ちに対して反撃をされるとは思っていなかったのか、その何かは無防備に東堂の蹴りをくらうと水柱の中から蹴り出され、地面に叩きつけられた。

 水柱に代わって今度は砂塵が舞い、東堂が地面に降り立つと共にその何かは砂塵から姿を見せた。

 それは、まさに異形であった。辛うじて人型は保っているものの、人としての名残があるのは地面を踏み締める両脚のみで、手があるべき場所には巨大なヒレが、背中にも人にはある筈のないヒレが生え、感情を感じさせないぎょろりと大きな黒い目が、こちらを睨んできている。

 

「なんだ、あれ……」

 

 ビルドは慌てて身構えるが、その瞬間に視界にノイズが走り、ノイズの向こうに自分を含めた呪術師たちが見えるのを確認し、相手が変異型呪霊(スマッシュ)であることを確認。

 

「新手、そいつも変異型呪霊(スマッシュ)です!」

 

 ビルドがそう叫ぶと、変異型呪霊(スマッシュ)は矢のように鋭く尖った歯を剥き出しにすると、ぴょんと跳ねて地面に背中から倒れ込むと、ドボン!と音を立てて地面に潜航。

 それだけで相手の術式を理解した四人が警戒するが、変異型呪霊(スマッシュ)は特徴的な背ビレだけを地面から生やしながら、高速で辺りを泳ぎ回る。

 たかがヒレ、されどヒレ。残像を残しながら進みそれが倒れている廃バイクに当たった瞬間、まるで紙切れを斬るようにバイクを両断し、ついでに近くの廃車も切り裂いてしまう。

 

「凄まじい切れ味です!決して触らないように!」

 

 次々と廃車やバイクが斬られていく様子を見ながら、七海は三人に向けて叫んだ。

 三人がそれぞれ応じた直後、今度は周辺一帯を囲む『帳』が震え、どこからかバイクスマッシュの笑い声が聞こえて来る。どうやら、先程の糸の壁を突破したのと同じように『帳』も突破せんとしているようだ。

 ビルドはまずいと仮面の下で脂汗を滲ませ、僅かに迷うようにバイクスマッシュがいる方向と、泳ぎ回る新手の変異型呪霊(スマッシュ)──サメスマッシュに目をやった。

 どちらかを相手すれば、もう片方の相手はできない。自分の家族を祓う(殺す)という重荷を、他人に背負わせたくはないが──。

 ビルドはちらりと東堂、七海に目を向けると、二人は確かに頷き、東堂は胸を叩きながら「こっちは任せろ、超親友(ブラザー)!」と不敵に笑んだ。

 ここに来るまでに東堂から耳にタコができる程に言われた言葉『もっと頼れ』が、今更になって脳裏を過ぎる。

 仮面の下で僅かに笑んだビルドは「お願い、します……っ!」と絞り出すように東堂と七海に言うと、二人は否もなく飛び出し、地面を泳ぐサメスマッシュの足止めをせんと挑んでいく。

 なら俺はバイクの方だと意識を向けた瞬間、脳裏にとあるイメージが湧き上がり、視界の端にはサメスマッシュに壊されずに済んだ廃バイクが横たわっている。

 ビルドは無言のまま駆け出すとそのバイクを起こし、適当に取り出したフルボトル──今回はライオンフルボトルだ──の蓋を開け、シートに突き刺した。

 瞬間、フルボトルから溢れた呪力がバイクに流れ込み、煙に包まれたかと思うと、金属が軋む異音を響かせながら変形していく。

 ボロボロで錆に覆われていた車体が赤く染まり、フロント部分には歯車を思わせる意趣が加わり、リア部分にはフルボトルを模した呪力タンクが生成される。

 

「おお、すげ〜」

 

 そして新生したバイク──頭によぎった名前は『マシンビルダー』──のシートを叩いた彼は、すぐに跨ってハンドルを握り、エンジンを始動。

 リア部分のフルボトル型タンクに溜められた呪力をガソリン代わりにエンジンを吹かすマシンビルダーの具合を確かめたビルドは、真依に目を向けて「乗れ!」と端的な指示を出す。

 

「え?な、なんで私なのよ!」

 

「遠距離に攻撃できるのはお前だけだろうが!てか、二人はあいつの相手に忙しいっての!」

 

 突然の指示に驚き、実力不足を痛感していた真依は異を捉えるが、ビルドは彼女を急かすようにそう告げて、サメスマッシュの相手をする二人の方を指差した。

 高速で泳ぐサメスマッシュの速度に対応しつつ、時には東堂の『不義遊戯』を使って無理やり地上に引き出し、七海が刃のように鋭く振るわれる両手のヒレの連撃を鉈で捌き、反撃を挟んでいる。

 だが、決定的なダメージは与えられていないようで、七海に殴り飛ばされたサメスマッシュは再び地面に潜航していく。

 東堂は早く行けと言わんばかりに二人にサムズアップすると、ビルドは「早く!」と彼女を急かし、『帳』の様子を確認。

 補助監督も頑張ってくれているようだが、ヒビが入り、表面に波紋が広がっていく様子からして、破られるのも時間の問題か。

 

「………ああ、もう!乗ればいいんでしょう!?免許持ってるのよね!?」

 

 そして、もう選んでいられる状況ではないと嫌でも理解して真依は彼に駆け寄りながら、なによりも重要なことを彼に問うた。

 そう免許、免許だ。これから命を預けるのだから、それだけは聞いておきたい。ヘルメットがないのは怖いが、呪霊と相対する恐怖に比べれば何を恐れる必要がある。

 真依は彼の返事を待たずにマシンビルダーに乗ると、ビルドは無言でエンジンを吹かし始めた。

 

「……ねえ、ちょっと?」

 

「……」

 

「……免許は?」

 

 嫌な予感がする。真依が頰に嫌な汗を垂らした瞬間、ビルドは無言のままマシンビルダーを急発進。

 

「ち、ちょっと!?待ちなさ──」

 

 後ろから聞こえる抗議の声は、とりあえず聞き流すことにして。

 

 ──その瞬間ガラスが割れるような音をたてながら、『帳』が砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 ──どうして、こうなったのよ……?

 

 真依は高速で過ぎ去っていく夜の森を見つめながら、胸の内側でそんな悪態をついていた。

 森に響くエンジン音と前方から聞こえる笑い声。それに混ざる、語彙力の欠片もない罵倒の声。切り裂かれる風に乗って聞こえるそれらは、確実に普通の呪霊が発するものではない。

 

 ──本当に、どうしてこうなったのよ……っ!

 

 百鬼夜行も終息し、ようやく訪れた新年。

 実家に帰ることもなく、学校で静かに過ごすつもりだったのに。

 直哉に絡まれ、そこを貴丈に救われ、後片付けを手伝うという、大きなトラブルに巻き込まれはしたものの、後は彼に近づかねば何の問題もないとたかを括っていたのに。

 

「真依!攻撃を頼む!」

 

「ああ、もう!やればいいんでしょう、やれば!!」

 

 自分は何故か貴丈──正確には彼が変身したビルドが操る異形のバイクに乗せられ、逃げ出した変異型呪霊(スマッシュ)の追撃をしている。

 なぜ七海ではないのか、東堂はどうしたと叫びたくなるが、この場にいるのは自分と貴丈だけで、七海と東堂は現場に残るもう一体の変異型呪霊(スマッシュ)の祓除に専念せざるを得ない状況だ。

 先程は勢いに身を任せたが、冷静になった今はやはり不満を言わざるを得ない。

 

「本当、最悪……ッ!」

 

 真依は悪態を吐きながら、拳銃(リボルバー)の銃口を遥か前方を走る錆びたバイクと、それに跨る変異型呪霊(スマッシュ)に向け、引鉄を引いた。

 耳元で響く発砲音と硝煙の香りに脳を揺らされながら、マシンビルダーの操作を違えることはない。

 そして吐き出された弾丸は寸分の狂いなくバイクスマッシュに当たるが、やはり火力が足りないのか怯まない。

 真依は舌打ちを漏らし、更に引鉄を引いた。放たれた弾丸は再びバイクスマッシュを捉えるが、装甲に弾かれてしまう。

 

『ヒャハハ!ムダ、バカ、ザコ!ヒャハ!!』

 

「〜〜!あんのバカバイク……ッ!!」

 

 彼女では自分を倒せないとたかを括ったバイクスマッシュは真依を嗤うが、それが事実である以上真依は言い返すこともできず、適当な悪態をつくに終わる。

 それでも銃口をぶれずにバイクスマッシュに向けている辺り、負けを認めてはいないようだ。だが、あの時は確かに減速させられたのだ。正確に車輪を撃ち抜けば、止めるまではいかなくとも援護くらいはできる。

 だが、相手もこちらもバイクで全速力で走っているのだ。安定して狙うなど、ほぼ不可能だ。深呼吸をして安定しようにも、バイクが揺れているのだから当然のこと。

 だが、急がねばならない。速度からして、あと五分もせずにバイクスマッシュも、自分たちも住宅地に到着してしまう。

 そうなれば最後、あのスマッシュを倒せたとしても何かしらの処分は免れない。除名で済めば、まだいい方だろうか。

 そんな最悪を避けるためには急がなければならない。なのにバイクスマッシュとこちらの速度はほぼ同じ。これでは追いつきようがない。

 焦りが彼女の手元を震わせ、上手く照準も合わせられない中、不意に彼女の腕をビルドが掴んだ。

 

「邪魔しないでよ!これじゃ──」

 

「落ち着け。その銃じゃ当たっても倒せねぇだろ」

 

 半ばやけくそになり始めている真依にビルドは冷静にそう言うと、彼女が持つ拳銃に手を添え、呪力を流し込んだ。

 彼の手元から発生した煙が真依の拳銃を包み込み、異音と共にその形を歪めていく。

「ちょっと」と困惑の声を漏らす真依を他所に、その変化はすぐに終わった。

 煙が晴れると共に姿を現したのは、拳銃とは程遠い大型の銃であった。

 銃口が一つから六つに増え、六発分だったシリンダーも大量の弾丸を思わせる意匠が加わり、大きさも二回りも三回りも大きく。

 まさに片手ガトリング銃とも言えるそれに真依は驚くものの、普段は呪力を込めた弾を使っていたが、これには銃そのものに呪力が込められている。

 銃型の呪具など、長い呪術界の歴史においても希少なもの。

 

「これならいけるだろ!任せたぞ、真依!!」

 

 そんな驚く彼女に、ビルドがそう告げた。

 出会ってほんの三日。出会い方こそ最悪ではあるが、背中を任せるに足ると、ここ一番を任せるに値すると、彼の言葉には彼女に向けた全幅の信頼が込められていた。

 その言葉を受けた真依は鼻を鳴らすと、「誰に物を言ってんのよ!」と悪態混じりに照準をバイクスマッシュに向けた。

 彼女の目に迷いも、焦りも、恐怖もない。彼に任されたのだ、その期待に応じなければ呪術師としての名が廃る。

 いつもの癖で僅かばかりの呪力を弾丸に込め、ほんの一瞬引鉄を引く。

 その瞬間、瞬き一つの間に六発の呪力のみで構成された弾丸が吐き出され、反動で腕が跳ね上がってしまうものの、寸分の狂いなくバイクスマッシュの後輪を撃ち抜き、ついでと言わんばかりにリア部分をバラバラに破壊していく。

 

『〜〜〜!?!?』

 

 バイクスマッシュは声にならない悲鳴をあげながら、下半身を粉砕された勢いで地面を転がることになった。

 前方で転倒したバイクスマッシュを追い抜き、マシンビルダーを降りたビルドは、スパイダーフルボトルをラビットフルボトルに交換。

 

『《鋼のムーンサルト!ラビット!タンク!イェーイ!!!》』

 

 ベストマッチ音声を聞きながら、スパイダーハーフボディがラビットハーフボディに換装され、貴丈からしても使い慣れたラビットタンクフォームへと変化。

 バイクスマッシュは無事だった腕を使って地面を這い、逃げようとするが、ビルドが逃すわけもない。

 彼はゆっくりと彼に歩み寄りながらベルトのレバーを回転。

 

『《レディー・ゴー!ボルテック・フィニッシュ!!》』

 

 ベルトから鳴り響く陽気な声と共に呪力が高まり、握りしめた左拳に集まっていく。

 そして対して時間もかけずにバイクスマッシュに追いついた彼は、ぎょろりとこちらを睨んでくるバイクスマッシュの目玉を見つめながら拳を引き、

 

「じゃあな。もう、ゆっくり休め」

 

 そう告げた瞬間、バイクスマッシュの目玉がどこか安心したように細まり、歪な口が微笑むように僅かに口角があがる。

 

『にぃ、ちゃん……?おやすみ、なさい……」

 

 その口から漏れたのは、先程の笑い声とは程遠い、無邪気な子供のもの。

 誰よりも走るのが好きで、いつかお兄ちゃんよりも速くなると笑っていた、弟の顔が脳裏を過ぎる。

 だが、貴丈に躊躇いはない。やると決めたのだ、もう止まらない。

 

「―――ああ。おやすみ」

 

 彼は静かにそう告げて、拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 マシンビルダーに跨り廃車置き場に戻るまで、ビルドと真依の間に会話はなかった。正確には彼が放つ話しかけるなというオーラに負け、真依が口を開かなかったと言うのが真実ではあるが。

 

「戻ったか、超親友(ブラザー)

 

 そうして戻ってきた彼を迎えたのは、脱いだ上着を回収して車の窓を鏡代わりに、髪や衣服の乱れを整えていた東堂だ。

 補助監督はどこかに電話──内容からして病院だろう──しているようだが、七海の姿がない。

 

「あの、七海さんは?」

 

「念のため辺りを警戒している。一応、民間人がいるからな」

 

 東堂はそう言うと近くの木を指差した。

 そこには包帯でぐるぐる巻きにされ、さながらミイラのようになっている人質にされていた男性がいるが、いまだに気絶しているようで呼吸音のみが聞こえて来る。

 彼と七海が無事だとわかり、小さく息を吐いたビルドはベルトからフルボトルを引き抜き、変身を解除。

 貴丈の姿に戻った彼は、「変異型呪霊(スマッシュ)は?」と手短に東堂に問うた。

 東堂はただ無言で頷き、ぽんと貴丈の肩に手を置いた。

 

「無事に仕留めた。苦しかったろうが、もう楽になったさ」

 

「……そう、ですか……」

 

 彼の言葉に貴丈はようやく胸を撫で下ろし、強張っていた表情が僅かに緩む。

 それでも、やはり家族を殺し、殺されたという事実には堪えているのか、疲労も相まって表情には影が差す。

 

「故人を偲ぶのは当人と縁のある者の特権だ。俺から何か言うことはない」

 

 そんな彼を突き放すように東堂が言うと、真依が前に出て「あんた、たまには人の気持ちを──」と彼を責める言葉を吐こうとするが、それを遮る形で東堂は言葉を続けた。

 

「だがな、超親友(ブラザー)。俺たちは親友だ。泣きたいのなら胸を貸してやる。あの時、俺の涙を受け止めてくれたようにな」

 

「俺は……あなたの涙を受け止めた覚えは、ない、です……っ」

 

 東堂の言葉に貴丈は歯を食い縛り、声を震わせながらそう返すが、目には涙が溜まっていた。

 己の未熟さが、東堂たちの手を汚させた。

 己の未熟さが、民間人にも被害を出した。

 後悔することは多い。反省するべきこともある。後悔し、反省し、それでもやるべきことは一つ。

 

「…………東堂先輩。俺、もっと強くなりたいです」

 

 貴丈は目に溜まった涙を拭い、表情を引き締めながらそう告げた。

 手を伸ばしても手遅れかもしれないが、強くなれば顔も名前も知らない誰かを守れる筈だ。

 誰かの手を借りることも大事ではあるが、強くなれば一人でできることも多くなる。

 

「そうだな。強さとは結果の積み重ね。勝利の興奮も、敗北の辛酸も、味わってこそ意味がある。超親友(ブラザー)には、辛い道だとは思うが」

 

 東堂も貴丈の覚悟を受け取ってか、彼の肩を抱きながら不敵な笑みを浮かべた。

 

「だからこそ、俺が鍛えてやる。あとどれだけ京都にいられるかはわからんが、それまでの間、な」

 

「いいんですか?折角の正月なのに……」

 

「どうせ暇をするだけだ。それなら、超親友(ブラザー)といた方が退屈しない」

 

 東堂はそう言うと貴丈の背中を叩き、不意に真依にも目を向けた。

 

「真依、お前もだ。どうせ暇だろう?」

 

「……!?な、なんで私まで!」

 

 すぐさま真依は東堂に反論しようとするが、それよりも早く東堂が真依が腰にぶら下げているガトリング銃を指差した。

 

「その呪具。超親友(ブラザー)が作ったものだろう?それを上手く扱えるようにならねば、超親友(ブラザー)をお前には任せられん!」

 

「べ、別に私はそいつなんか任されたくないわよ!」

 

「そう言うな。お前の本心はこの俺が誰よりも理解している」

 

「絶対に理解してないわよ!てか、あんたなんかに理解されたくないわ!!」

 

 喧々囂々。先程までの張り詰めた雰囲気はどこにやったのか、東堂と真依は貴丈を挟んで口論を始め、貴丈は困り顔で乾いた笑みをこぼす。

 二人の口論は補助監督が病院の手配を終え、七海が戻って来るまで続いたのだった。

 

 

 

 




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